髪の毛、よし。綺麗。
化粧、よし。はみ出てない。
着物、よし。シワはない。
笑顔、よし。固くない。
「いざ、戦場へ!」
私は廊下を走り出す。そして鞋を履き、外へと駆け出した。なぜこんなにも急いでいるかって?そう。来たんだよ。
「利吉さ――――――グブォッ!」
完璧な猫撫で声で叫ぶものの、それは最後まで発することなく失敗に終わってしまった。
そう。今忍術学園にはあの山田先生の息子の売れっ子フリーの忍者、利吉さんが来ているのだ!来ているのに!
「誰だこんな場所に落とし穴作った奴ぅぅうう!!」
私は見事に落とし穴に落ちてしまったのだった。いつもはこんなことには絶対ならないのに!不運!どこぞの委員会よりずっと不運!綾部か!?七松か!?落とし穴作る奴は忍術学園にはこの二人くらいしかいないんだよドチクショー!!
「おやまあ。珍しい」
「ッ!綾部やっぱりお前か!」
そしたら穴の外からひょっこり顔を出してくる美形の少年が。
四年い組 綾部喜八郎
穴掘り小僧の異名を持つ、そいつ。しかし厄介だ。こいつは私の経験上、一筋縄では助けてくれない。
「今日はどうしたんですか。あなたがかかるなんて珍しい。それにそんなにめかし込んで、綺麗な着物が土まみれですよ」
「うるさい!出せ!」
「普段のあなたならすぐに出れます」
「深いんだよこの穴ぁああ!」
いつもよりも五尺は深い。
綾部の奴、どうしてこんなところにこんな深い落とし穴なんか掘ったんだよこの子ったら。せめて苦無。苦無があれば…!しかし生憎今は忍具なんて一切持ってない。
あああ、なんでよりによって。穴の中でがくりとうなだれているとハンと鼻で笑う声が上から聞こえた。
「傑作ですね」
「おうおう先輩に向かってなんて口きいてんだよ。よし殴る。お前は殴る」
「どうやって?」
「くっ!待ってろ!」
もう利吉さんなんてどーでもいいわ。私は素手で落とし穴の壁を登りはじめた。手や足ををかけるところがなければ作ればいいじゃない。手でがりがりと土を掘りながら、徐々に壁を登っていく。着物がどんどん土で汚れていくが、どうせ貢ぎ物惜しくはない。
「ぜっ、ぜはっ!ど、どうだ…!」
「おやまあ」
再び地上に戻って来れた私はくたくただった。どはーっと豪快に息を吐いてから地面へと倒れ込む。
「さすがですね」
「くのたまナメんな」
「褒美に口づけしてさしあげましょうか」
「いらん。水をくれ」
「残念」
何が残念だ。
チッと舌打ちするとびちゃびちゃと上から水をかけられた。
こいつはほんっとーに、全く礼儀のなっとらん奴だ。
「化粧が取れましたね」
「ああそうだね」
「利吉さんには会えません」
「コラお前知ってたのかよ」
「私を誰だと思っているんです」
「生意気小僧」
「もっと水が必要ですか」
「うわっぷ、ぶはっ」
どばどばと息ができんくらい顔に水を落とされてしまい、たまらず謝る。
そしたら許してくれたのか水責めは終わった、が、水が鼻に入ってものすごく痛い。
「もういい。風呂に入る」
「お供します」
「させるか」
それから何故か綾部はしばらく私に付き纏い、しばらく風呂には入れなかったし私は最強に疲れた。
(綾部くんと落とし穴)
「なんでついてくんだ」
「お供しますと言ったじゃありませんか」
「本気か!」