『さあ、始まりました!お馴染み学園長先生の突然の思いつき、上級生の先輩方によるチーム対抗お宝争奪戦!実況はわたくし、一年は組学級委員長の黒木庄左ヱ門がお送りします!』
学園の運動場でマイクを手に高らかに庄左ヱ門が宣言する。
本日の催しは先述の通り、上級生による対抗戦だ。
『解説は考案者であり、くノ一教室の特別講師でもある辰弥さんに来て頂いています』
『何かないかと問われて発言したらとんでもない事になっちゃいました。皆頑張ってね』
悪びれた様子もなく紹介に預かった辰弥が、マイクを向けられてひらひらと手を振った。
『さて、今回は対抗戦と言いつつも武力攻撃はお宝を相手チームが手にした時のみという事のようですが』
『本来戦忍でもない以上は忍者の武力行使は最終手段だからね。そこまでの駆け引きでどうにか、という練習になるかと思って』
庄左ヱ門が首を傾げる。
『駆け引き、とはいってもチーム戦ですよね?情報を聞き出そうにも相手が敵だと分かれば難しいのでは…』
実況の机に万が一の火種が飛んでこないように盾を使ってバリケードの準備をしている兵太夫と団蔵が庄左ヱ門の声を言葉を聞いて顔を見合せた。
「あはは、庄左ヱ門ったら」
「相変わらず冷静だよな」
楽しそうな笑みを浮かべた辰弥は庄左ヱ門の言葉に大きく頷いた。
『だから今回は、実態はペア忍務なんだ。勝敗はチーム戦だけどね』
『と、いいますと?』
『二人一組で己のチームは分かっている。けれど他の誰が同じチームなのかは分かっていない。お宝とは別の場所にチームを記した密書も設置されているから、誰がいかに早くこの密書を見つけられるかが重要だね』
『つまり密書が見つかるまでは相手チームとして潜り込んで活動することも可能ということですね』
よくできましたと言わんばかりの辰弥の笑顔に庄左ヱ門は拳を作った。
『さあ、各チーム配置に着いたようです!赤チームは学園長の庵、白チームは校舎一階の空き教室が拠点となります』
お手伝いの一年は組の生徒達がそわそわと肩を震わせる中、始まりの合図が鳴った。
**
ところ変わって教室の廊下で、乱太郎が勢いよく手を挙げた。
「はーい!白チーム教室前の現場レポーターの乱太郎でーす!」
「同じくきり丸でぇーす!これ、お駄賃出るの?」
「きりちゃん、学園行事だから…」
隅でいじけるきり丸を横目に苦笑いを浮かべながら乱太郎は教室の中を覗き込むと早速先輩達が話をする様子が見えた。
「つまるところ、ペアの相手以外は誰も信用ならんということか」
「初手で集まったメンバーくらいは信じたいものだがな」
六年い組、潮江文次郎と立花仙蔵。堂々とした振る舞いからこのチームのメンバーであることは確実なようだ。
「…もそ」
「長次が人数がたりないんじゃないか、って」
六年ろ組、中在家長次の通訳をしているのは同じ図書委員のくノ一教室六年生の霧谷あずみだ。
「あ、すみません、三郎が向こうのチームの偵察に行っていまして」
手を挙げたのは五年ろ組の不破雷蔵。どうやら鉢屋三郎とペアを組んでいるようだ。
「どうだか、ごそっとうちのペアがあっちに紛れて、不破がこっちにきてる可能性もあんぞ」
「まあ、確かにあっちのチームは六年生が少なそうだからね」
鼻で笑って肩を竦めたのはくノ一教室六年生の西東さなぎ。冷静にそれに同意したのは同じくくノ一教室六年生の弥刀由々だ。
「なはは!まあ細かいことは気にせずに勝ちに行くぞ!」
「ふっ、私の実力を持ってすれば勝利は必ず我らが手に」
笑顔で朗々と声を張上げたのは六年ろ組の七松小平太。そしてお得意の自惚れを語りながら天井を仰いだのは四年い組平滝夜叉丸。
「となると四年生であちらにいるのは喜八郎とタカ丸さんか」
「うおお…俺、ちょっと緊張してきた…」
四年ろ組田村三木ヱ門と浜守一郎も白組の拠点で顔を見合せていた。
「そういう話なら六年生はは組以外はこっちにいるな」
文次郎の言葉に六年生が顔を見合せた。
「一旦現状の名簿を作るぞ。密書の在処については特にヒントはなかったようだが」
仙蔵の声掛けに長次が筆を走らせ始めた。
「密書を探すチームとお宝を狙うチームに別れた方が良さそうですね」
「そんなら、ペア同士以外と組んだ方が良さそうだな。万が一裏切り者だとしても巻き返しが効く」
雷蔵の提案にさなぎが釘を刺す。
「なら私はお宝争奪戦チームにゆくぞ!」
「七松、突っ走らない。一旦はここのリーダーは潮江と仙蔵でいいんだよね?」
由々の発言に皆の視線が文次郎と仙蔵に向いた。
「ああ。裏切り者ではない、と口で言うのは容易いが勝利に導くために尽力しよう」
「だな。情報戦とはいえ取りまとめ役も必要だろ。仙蔵とはペアで俺達は間違いなく白組だ」
「よろしくお願いします。立花先輩、潮江先輩」
三木ヱ門が頭を下げるのに倣うように守一郎も頭を下げた。
「ちなみに雷蔵、いつ連絡をとるの?」
あずみの声掛けに雷蔵は頷いた。
「朝一の会合が終わればすぐに」
「となると鉢屋先輩の情報を持ってしてメンバーを分けた方がいいかもしれませんね」
滝夜叉丸の発言に守一郎が首を傾げた。
「なんでだ?あっちがこっちの密書の在処を知ってる、とか?」
「違うよ、鉢屋先輩の情報があれば少なくとも相手のリーダーと上手く行けば宝の物と場所もわかる。そうすればそれぞれのチームにどれだけ人員がいるか分かるだろ」
三木ヱ門の助け舟になるほど、と守一郎は頷いた。
「三木ヱ門…貴様私の台詞をよくも!」
「はん!この学園のアイドルの言葉を心して聞いたか?!」
「そこまで。三木ヱ門の言う通り、宝が何であるかという情報すらない。こちらの宝は一番に教室に来た我々が既に隠しておいたが…何かだけは伝えておこう」
仙蔵と文次郎は顔を見合せて頷いた。
「達磨だ」
「金ピカの?」
「なんでそうなるんだよ、普通の赤の達磨だ。情報が出揃うまでは宝の場所を他に伝えるつもりは無い」
小平太のツッコミに文次郎が肩を落とす。改めて伝えられた情報を各々がどう使うかはこれからだ。
「ちなみに、あたしもさなぎと別の教室を調べたんだけど密書の在処らしき情報をみつけたんだ。これはここで言った方がいいかな?」
由々の申し出に文次郎が首を振った。
「後で個別に聞く。一旦は解散だ」
「暫くは情報収集といこう。半刻後ここに戻っきてくれ」
**
「一方こちらは赤チーム、学園長先生の庵の前です!現場からは僕、しんベヱと」
「喜三太でお送りしま〜す!」
学園長の庵は障子で締め切られている。
そっと中を覗くと皆が円陣を描くように座っていた。
「で、錚々たる顔ぶれな訳だが」
「ごめんよ留三郎、皆…」
「見ての通り、お宝が伊作の作った薬の手桶の中におちてしまい、どろどろぬめぬめになってしまった」
蓬のような特有の薬の香りを漂わせたまま、赤チームのお宝こと、こけしがドロドロの薬の入ったの手桶の中央に鎮座している。
「寧ろ、怪我の功名かもしれませんね」
フォローでなく切り出したのは五年い組の尾浜勘右衛門だ。
「あの、伊作先輩。このコケシ、もう少しこのまま置いておいて貰えますか?」
くノ一教室五年生の海がおずおずと発言した。
「どうして?このままじゃどんどん匂いが移っちゃうんじゃない?」
四年は組斉藤タカ丸が首を傾げると、五年い組哉川六郎太がこけしをまじまじと見つめた。
「誰かが手を触れたら一目瞭然ですからね」
「まあ今のままだと手が滑って持ち出せなさそうだしな」
五年ろ組竹谷八左ヱ門が苦笑いを浮かべる。ドロドロとしているのにつやつやとしている妙な薬だ。
「あの」
控えめに手を挙げたのはくノ一教室五年生の畦辻望だ。
「お宝はこのまま置いておくとして、人数が違うのが気になるんですが」
「一人少ないのは三郎があっちのチームに偵察に行ってるからだよ」
望の問に五年ろ組不破雷蔵が笑顔を向けた。
「鉢屋くんとペアなんだ」
じっと雷蔵を見つめたくノ一教室五年生の高村麻子が問う。
「うん。今回の件は同室の方が事前に打ち合わせできるって打診があったからね。僕は望ちゃんを誘うか随分迷ったんだけど、三郎がこっちの方がいいかもって」
「ま、辻褄は合いそうですねぇ」
欠伸をしそうな勢いで四年い組綾部喜八郎がぽそりと言った。
「密書があればメンバーについてはどうにかなる。一旦は情報を集めるしかない、か」
「こちらは六年生も少ないし、苦労をかけるかもしれないけど皆頑張ろうね」
六年は組食満留三郎と善法寺伊作に励まされ皆一様に頷いた。
「一旦リーダーは食満先輩と伊作先輩ってことで大丈夫ですか?」
勘右衛門の申し出に留三郎と伊作は顔を見合せた。
「ああ。しかし一応俺達が白チームじゃない証明をした方がお前達も安心出来るんじゃないか?」
「まあでも、お宝がその様子ですし大丈夫だと思いますよ」
望の冷静な返しに、留三郎はそうかと胸を撫で下ろした。
「庵の周りに罠張っとく?」
「あ、終わったら解除できるなら有難いな」
麻子の申し出に海が賛同する。会話に加わらないまま意気揚々と喜八郎が立ち上がった。
「僕も蛸壺掘ってきまーす」
「とりあえず一旦は解散でいいか。各員情報や準備をして半刻後にまた落ち合おう」
留三郎の号令に皆短く返事をして、各々別の場所へと散っていった。
「その罠と蛸壺…僕がうっかり掛からないといいけど…」
ボヤいた伊作の言葉は、外にいたレポーター達だけが聞いていた。
**
食堂の厨房。上級生は皆空き教室か学園長の庵に居る頃合に影が二つそこにはあった。
「確かに腹の探り合いはちょいと面倒だとは言いましたけれど!」
目の前にはずらりと豆腐の列。なんでこんな事にとくノ一教室五年生叢雲つばめは豆腐を前に唸る男の顔を恐る恐る覗き込んだ。
「アノー…久々知サン?」
「皆に食べてもらう豆腐はどれがいいんだ」
「あっ、豆腐と対話中か…」
決してサボるつもりは無かったが、日没までの長丁場ということで差し入れの豆腐を持っていこうと話して、たどり着いたこの厨房で、相棒が頭を抱えでどれくらい経っただろうか。
「そろそろ行かないと先輩に怒られそうだぞ…?」
「ああ!すまないつばめ。そうだよな、兎に角豆腐を持って行くのだ!」
「うむ。我々は確か教室…いや学園長の庵だったか?」
チームカラーは覚えているものの集合場所をすっかり忘れてしまった。
「この際だ、どっちにも豆腐をお届けしよう!」
意気込んでいる兵助にそういえば豆腐の話になると、こういう奴だったよな…等と思いながら、豆腐を運ぶ桶を持ち上げる。
「うし、それじゃとりあえず教室からいきますか」
「美味しく食べて貰えたら嬉しいな」
いい笑顔を向けられて、確かにお前の豆腐は美味しいが今はそれどころではないと至極真っ当なツッコミを何故か飲み込んでしまったつばめであった。
**
「雷蔵の後をつけてくる」
穴ぼこだらけの学園長の庵の周辺を見渡して望はぽつりと麻子に零した。
「…大丈夫?」
「麻子ちゃんは、どっちだったと思う?」
げ、と麻子が綺麗な顔を歪める。望の言わんとしていることを察したようだ。
「俺はアイツは雷蔵だったと思うよ」
後ろから声を掛けた勘右衛門に六郎太が続く。
「なら私は三郎の方に掛けようかな」
「おっ、なになに?相談事か?」
がばりと勘右衛門と六郎太の肩に八左ヱ門が腕を回した。
「さっきの雷蔵、畦辻さんが追い掛けてくれるって」
勘右衛門の言葉に八左ヱ門はぱちりと瞬いた。
「あー…なんか企んでるかもだしなあ」
「竹谷先輩」
泥だらけの喜八郎が八左ヱ門と六郎太の間に割って入る。
「六郎太先輩は僕の物なので触らないでくださーい」
「悪かったよ…」
苦笑いを浮かべながら八左ヱ門が頭を搔くと、六郎太と喜八郎の間で矢羽音が飛び交った。
「だあっ!悪かったから矢羽音で痴話喧嘩するなよ?!」
そんなやり取りを横目に、望が皆の顔をぐるりと見渡した。
「兎に角、行ってくるね」
「うん、気を付けて」
竹林を掛けていく望の後ろ姿を見送る一行の後ろで、海が勘右衛門の裾を引いた。
「勘ちゃん」
「うん、4人で話そっか」
**
「まあ、コイツはあからさまな嘘をつける質じゃないしな」
白チームの教室で顔を付き合わせているメンバーは文次郎、仙蔵、長次、あずみ、由々の五人だ。
文次郎の言葉に、あずみはぽこぽこと茹だったタコのようになってしまった。
「…あれ?そういえばさなちゃんは?」
「さなぎはあたしとペアなんだけど、雷蔵を念の為に追って行ったよ」
長次がこくりと頷く。三郎とペアだという雷蔵を皆疑っているようだ。
「所で、どんなものを見つけたんだ?」
由々が懐から出した手紙には暗号が記されている。
「一寸か」
「…これだ」
仙蔵が長次の手渡した一寸角の棒に暗号を巻き付ける。
「せんせいにきけ」
「なんだ随分遠回りだな」
がしがしと頭を搔く文次郎を横目に、由々は前へとでた。
「あたし、行こうか?」
「ふむ、ここまでの白チームは私、文次郎は確実にチームメイトだとして…ここに居る面々は信頼出来ると思っている」
仙蔵は文次郎に目配せをすると、文次郎は大きく頷いた。
「理由は簡単だ。さなぎと由々は皆のいる前で潜入者の可能性を示唆して情報を最小限に留めた。長次は名簿をと言った時に真っ先に筆を取っただろ。照らし合わせたら一発で分かる物を敵が記すはずがない」
「いいの?敵を欺くにはって奴かもだよ」
由々が二人の推察に切り込むと、仙蔵は肩を竦めた。
「長期戦には有用かもしれないが今日の日没までが勝負だ。そんなに気の長い策は立てれまい」
「ああ。まずはあずみと由々で先生を探してみてくれ。半刻後のチーム分けにはさなぎを使う」
「分かったわ」
文次郎の指示にあずみは頷いた。
「…ところで、宝は何処に?」
長次の問いに仙蔵が口を開いた。
「守るものも場所が分からなければ守れないだろうからな、この面々には教えておこう。宝は窓際の隅にある」
「ごめんくださーい」
気の抜けた声が聞こえて、皆肩を震わせた。
「お豆腐のお届けに参りました」
「へ、兵助?!」
「それにつばめちゃんも?」
「あっ、どもども…マイフレンドの豆腐デリバリーでっす!」
豆腐の入った手桶を机の上に置いたつばめが敬礼をして見せる。
「なんだそりゃ…というかお前ら白組か?れ」
「ちょいと待ってくださいよ、潮江パイセン!僕らは次のお届け先があるので文句はお後で!んだらば!」
脱兎のごとく兵助の腕を掴んで走り去って行ったつばめを見送って、はあと肩を落とした。
「集合したら頂こうか…」
仙蔵の気の抜けた声にこくりと皆頷いた。
**
「どうだった?」
御堂の奥、雷蔵と顔を合わせた三郎は二人だけで取り決めた矢羽音を飛ばした。
──雷蔵の方に一人、私の方に一人だ。
──僕達どっちからも怪しまれているみたいだね
当然だろう。どちらも不破雷蔵。これは雷蔵が決めた話だ。
──畦辻と、麻子が
──うん、多分
なるべく声を潜める。矢羽音とはいえ、聞かれて万が一解読でもされたら面倒だ。
「どうなるかな」
「さて、なるようになるだろうさ」
口元に弧を描いたのはどちらが先だったか。
「さて、そろそろ戻ろっか」
「うん、また後で」
拠点に戻る各々をそれぞれ影が一つ追いかけて行った。
**
「で、話というのは」
締め切られた学園長の庵。座り直した留三郎に勘右衛門は小さく頷いた。
「暗号が置いてあったのを海が見つけたんです」
「…暗号には『せんせいにきけ』とあったので、密書の場所、だと思います」
海の話を静かに聞いていた留三郎はなるほどと腕を組んだ。
「で、スパイのいる可能性があるから俺達にだけ伝えた、と」
「今雷蔵を畦辻さんが追ってる。あちらが本命、と見せかけてもう一組ほど潜っていそうだね」
伊作の言葉に海は僅かに目を見開いた。
「分かるんですか?」
「嘘をつく時、人ってちょっとした癖みたいなのがでるんだ。ほら、保健室って皆嘘をつくことが多いだろう?強がるにしても、仮病にしても」
伊作の言葉に留三郎は苦笑いを浮かべた。
「だから伊作には色々正直に話した方がいい。まあ、色々聞いて回った結果、一組残念ながらあっちの陣営だったみたいだが…雷蔵にはまだ話しは聞けてない」
伊作がいれば密書要らずのような気がして勘右衛門は苦笑いを浮かべた。密書はあくまで味方を確実にするものであって、今回の忍務は宝を取る事にある。ただ、それがどんなものなのか、何処にあるかは知らされていない。
こちらの宝は不運にも、隠されることも無く薬漬けにされて、床の間に置かれているわけなのだが。
「雷蔵があちらの陣営だとするとこっちには三人向こうの陣営が…いや、そうすると数が足りなくないですか?」
今回は総勢二十四名。十二名ずつの割り振りの筈だ。
「お邪魔します」
聞きなれた声に勘右衛門は勢いよく振り返った。
「兵助?!」
「お豆腐のお届けに参りました!」
**
「ようやく見つけた…!」
薄い気配を辿って、にこやかに佇む教師を見上げる。
「土井先生、お疲れ様です」
「うん。あずみも由々もご苦労さま。暗号を解いたみたいだな」
半助は息を切らせている六年生のくのたまを交互に見つめた。
「さて、肝心の密書だが、私はもってないんだ。ゆやさんに預けていてね」
「その、ゆやさんはどちらに?」
大きく息を吐いてからあずみは半助に向き直った。
「食堂に向かっていたから行っておいで」
「ありがとうございます」
「失礼します!」
一礼して半助に見送られながら再び走る。
「由々、ちょっとだけ待って…」
「あずみ大丈夫?ほら」
あずみが差しのべられた手を掴んで再び走り出す。食堂に辿り着くと、ゆやが冷たい水を渡してくれた。
「二人とも、お疲れ様です」
「ゆやさん、密書は…」
「はい、どうぞ」
密書を袂から取りだして、ゆやは笑顔で差し出した。
「ありがとうございます」
由々はそれを受け取ると真っ先に中を開いた。
「…まさか」
「ねえ、由々。急いだ方がいいよね」
「うん…!ゆやさん、ご馳走様でした!」
「二人とも、気をつけて」
走り去って行った背中に手を振って、ゆやはおにぎりでも拵えようと米を掬った。
**
「さてここで情報の整理をしようかのう」
「学園長先生!」
実況机に現れた学園長に庄左ヱ門は目を見開いた。
「白組は今密書を拠点に届けておる。赤組は密書こそないがメンバーの全貌がわかったようじゃな」
「大川君の見立てでは、どちらが勝つと思う?」
辰弥の問いに学園長はにやりと口角を上げて見せる。
「さて、それは最後のお楽しみじゃ!」
**
「いけいけどんどーん!」
「な、ななまつせんぱぁああい」
「待ってよふたりともー!」
竹林を抜け、学園長の庵へと向かってくる土煙がひとつ。先陣を切るのは七松小平太と、引っ張られて泣く泣く着いて来ている平滝夜叉丸。
そして竹林の入口を見張っていた斉藤タカ丸がそれに続いて走ってくる。
「六郎太先輩」
「…いや」
目配せする喜八郎に、六郎太は言葉少なく首を振った。
「向こうのお宝は窓際の隅にあるらしくて」
「ちょっと待て兵助」
情報共有を受けていた留三郎が兵助をとめたその時だった。
「どんどーん!」
開け放たれた扉から飛び上がった小平太が勢い良く落ちてきた。
「小平太…!やるか?!」
にやりと笑った留三郎に、小平太は上手く着地をしてから辺りを一瞥した。目の端にこけしを捉えるとニカリと快活に笑う。
「いや、いい!邪魔をしたな!帰るぞ滝夜叉丸!」
「え、ええええ?!」
再び凄まじい勢いで戻って行った小平太に呆気を取られていると、踏鋤の先端に薬まみれのこけしが引っ掛かった。
「よっ」
勢いよくこけしを飛ばした喜八郎に応じるように、六郎太が受け取った。
「戻るぞ」
踵を返した六郎太の前には雷蔵の姿があった。
「六郎太!」
その呼び声だけで察した六郎太は、こけしを雷蔵に向かって振りかぶって投げた。雷蔵はそれを受け取って教室の方へと足を向ける。
「雷蔵、どこ行くの」
竹林を抜ける道に立ちはだかったのは、雷蔵を追っていた望だった。
「ごめんね、望ちゃん」
微笑みを向けて駆け出そうとした雷蔵の背中に、麻子は満面の笑みで声を掛けた。
「そんな偽物で満足なの?」
雷蔵の手の中でどろりと溶けたこけしに、振り返って庵に視線を投げると、留三郎と伊作が立っていた。
「裏切り者が居るかも分からないのに俺達が無策で宝をここに置いていたと思うか?」
「六郎太と喜八郎については分かってたんだ。だから具体的な策を海ちゃんに練って貰って麻子ちゃんに罠を仕掛けておいて貰ったんだよ」
抜けているように見えても、朗らかな雰囲気を醸し出していても、この二人は六年生なのだと六郎太は眉を寄せた。
「それで、望ちゃんは仕掛けてこなかったんだね」
どろどろの掌を苦笑いを浮かべながら払って、雷蔵は望に向き直った。
「宝を持ち出した相手以外に武力行使は禁止されているから」
雷蔵が抜けた後の麻子からの矢羽音で、望は桶の中で鎮座したこけしが偽物だと知っていた。麻子のことだから上手くやるだろうと思っては居たものの、流石にこけしが溶けるところまでは想像出来なかった。
「はあ、やっぱり三郎にこっちに来て貰ったほうが良かったかな」
「私は雷蔵を間違えないし、こういう駆け引きもちょっと楽しかったよ」
愛しい恋人はそうかもねと肩を竦めて笑った。
**
一方白チームの拠点では、散々仲間に怒られた鉢屋三郎が廊下で正座をしていた。
「ややこしい動き方しやがって」
「はい、すみませんでした西東先輩…」
豆腐を食べ終えた仙蔵は溜息を零してその様子をちらりと見遣る。
「で、お前が此方を騙した理由は?」
「緊張感が出て面白いかなーと思いまして」
敵を欺くには味方からと言うが、三郎のあの行動は明らかに楽しんでやっているとしか思えない。
「潮江先輩、戻りました」
敵方の偵察に出ていた三木ヱ門と守一郎が戻ってきたのを見て文次郎は頷いた。
「ご苦労。どうだ?」
「潮江先輩、七松先輩に出撃命令みたいなのは出しました?」
守一郎の問いに仙蔵が首を振った。
「小平太は周辺を回っていた筈だが」
「それが、罠だらけの竹林を七松先輩が塹壕を掘りながら推し進んでおりまして…」
文次郎と仙蔵が頭を抱えるのを横目に、長次が立ち上がる。
「長次?」
「ごめん!今戻りました!」
「あずみ大丈夫?無理しないで」
走り詰めで息も絶え絶えのあずみの背中を摩りながら、由々が密書を二人のリーダーに手渡す。
「これだよ、密書。あまり驚かずに聞いてほしいんだけど…」
「どんどーーん!」
勢い良く飛び込んできた小平太に周りが目を奪われる。
「七松先輩…!」
叫んだのは滝夜叉丸だ。一瞬の虚を突いたのか、手には赤い達磨が握り込まれていた。
「よし!戻るぞ滝夜叉丸!」
滝夜叉丸の首根っこを掴んで小平太が窓から飛び出る。
「…小平太…!」
すかさず縄鏢が小平太の腕を捉えた。
「中在家先輩、御免!」
戦輪の輪子が宙を舞い、縄を切って滝夜叉丸の指先へと戻る。
「でかしたぞ滝夜叉丸!このままつっこめ!」
有り余る体力を惜しみなく活かしたまま、小平太は再び学園長の庵へと滑り込んだのだ。
**
鳥の子が舞い込んで煙が上がったかと思うと、中から学園長が出てきた。
「そこまで!この勝負、赤チームの勝ちじゃ!」
高らかな宣言に赤チームから歓喜の声が上がる。
「と、いうか、結局戦略も何もねえじゃねえか!」
小平太を追ってきた文次郎が噛み付くのを見て、留三郎はニヤリと笑った。
「なんだ負け惜しみか?」
「言わせておけば留三郎!」
「おうやるか文次郎!」
「もう二人とも喧嘩はダメだって」
見兼ねた伊作が二人を宥めるように交互に見ている。
「六郎太と喜八郎も仲間だったのか。初手から此方に潜っていたのだな」
「居眠りをしていたら開始時刻になってしまって…」
「僕は六郎太先輩の付き添いです」
得意気な喜八郎に仙蔵は苦笑いを浮かべながら頷いた。
「結局引っ掻き回せなかったー」
「真逆七松先輩の力技で終わるとは」
三郎と勘右衛門が何処か物足りなさそうに顔を見合せているのを横目に、雷蔵は笑みを浮かべて頬をかいた。
「僕はちょっと楽しかったよ」
「雷蔵が妙な動きしたせいでこっちの空気ちょっとピリついてたんだからな」
八左ヱ門ががくりと肩を落とす。
「なあ、久々知。まだ豆腐残っているのでは…?」
恐る恐る後ろから声をかけたつばめに、はっと兵助は息を飲んだ。
「そうだ!俺食堂に行ってくる!」
手伝いを言い出すか皆顔を見合わせて、結局皆兵助に続いて食堂へと向かった。
「好きだな、五年の忍たま連中も」
その背中を見てさなぎが呆れたように息を吐いたのをみて、あずみはお腹を押えた。
「…私も、ちょっとお腹すいちゃった…かも」
「ずっと走りっぱなしだったししょうがないよ。ゆやさんが何か仕込みしてたし、あたし達も見に行く?」
由々の提言にさなぎは暫し迷ってから仕方ないと頷いた。
「長次悪かった!」
切られた縄鏢を手にじっと小平太を見詰める長次に、小平太はぺこりと頭を下げた。
「私が新しい縄を見繕うのを手伝おう!」
「…必要ない、これも競技だ」
「じゃあもう怒ってない?」
ふう、と長次は息を吐いてこくりと頷いた。その様子に小平太は目を輝かせる。
「よーし!なら今日のご飯は私の奢りだ!」
「もそ」
そんなやり取りを見ながら、そういえば自分もお腹が減ったと豆腐から逃れたつばめは空を仰いだ。
「これが勝利の空か…」
ふっとニヒルに笑うと後ろから手を掴まれて引き寄せられる。
「つばめちゃん、何処にいたの」
「うぉおお捕まった!の、望サン、僕はちょっと所用が」
「折角の勝利だから皆で美味しいもの食べない?って話してたのに」
にっこりと笑う麻子につばめがぴくりと反応する。
「勝利と言って良いのか分からないけど…」
「海ちゃんは謙虚すぎ。私が罠を仕掛けられたのは海ちゃんの策があったからだし」
「豆腐作ってて何にも知りませんでした」
元はと言えば相方が悪いのだが、ちゃんと仕事をしていた級友の話を真に受けると逃げたくもなる。
「そのお陰で七松先輩が情報とってくれたんだし」
「うんうん、皆の勝利ってことで」
「お団子食べに行く?」
海の提案に皆笑顔で頷いた。
「先輩達盛り上がってるなあ」
がくりと肩を落とした三木ヱ門に守一郎は笑みを向けた。
「まあまあ、あれは誰も予想できないって」
「三木ヱ門と守一郎は白チームだったんだよね?どうだった?」
タカ丸の問いに三木ヱ門が眉間の皺を深くする。
「滝夜叉丸の奴、こっちの仲間って顔で座って…あーもう!悔しい!」
「それでこっちでは見かけなかったんだねー」
「タカ丸さんの所はどうでした?」
守一郎に聞かれてタカ丸はうーんと首を捻った。
「お豆腐が美味しかったかな」
「しっかしなんで俺たちが片付けの手伝いなんて…」
「まあまあきり丸、それにしても先輩達凄かったね」
「僕途中から何言ってるかぜーんぜん分かんなかった」
お馴染みの乱太郎、きり丸、しんベヱを初めとする一年は組の一行は今回の騒動の片付けに追われていた。
「ねえそっちどう?」
「うん、もう終わる。もうちょっと掃除したいけど」
顔を覗かせた三治郎に伊助が天井を見上げた。
「片付けが終わったらどうするんだっけ?」
「そろそろご飯なんじゃない?」
傍にいた喜三太に虎若が話し掛けると、一人また一人と去っていく先輩達の背中を見ながら喜三太がお腹を抑えた。
「お前達、順調か?」
「そろそろ終わると思います」
確認に来た半助に庄左ヱ門が駆け寄る。そろそろ日も暮れてくる頃だ。
「ゆやさんが皆におにぎりを作ってくれているから終わったら皆で食堂にいくぞ」
「やったー!ゆやさんのおにぎり〜」
しんベヱが頬を抑えながら踊り出しそうな勢いで飛び出した。
「ん?あれ…?」
乱太郎が懐に手を入れたのを見て、きり丸が首を傾げる。
「どうした?乱太郎」
取り出したのは密書。本来であれば赤チームが取りに来てくれるはずのものだ。
「それ、今回のチーム分け?」
覗き込んだしんベヱに乱太郎はがくりと肩を落とした。
「出番が少ないと思ったら…やっぱり私って不運なのかも」
「まあまあ、それより飯食いにいこーぜ!」
「うん、乱太郎行こ!」
きり丸としんベヱに励まされて乱太郎は笑みを浮かべて大きく頷いたのだった。
穏やかな日常