幼い頃、少女と共に人形で遊んだ記憶ばかりが、微睡みのように脳に浮かんでは消える、今日この頃。
近所に住まうナマエという名の少女の後を尾けるのが、ランダル・アイヴォリーという青年の近頃の日課であった。
普段ずば抜けて奇天烈で大胆である癖に、気に掛かる少女へのアプローチは、唯々背後から見つめるのに留める小心者だった。
某日。
純白のワンピースに身を包んだ少女の露になった愛らしい肩甲骨に、ランダルはまるで引き寄せられるようにして森林へと足を踏み入れた。
少女が雨上がりの澄んだ新緑の中鼻歌をすると、それに応えるように小鳥が囀ずる。そっと伸ばした指先に野鳥が飛び乗ると、穏やかな笑みを浮かばせ野鳥と鼻を擦り合わせた。
ランダルは、大昔に兄が見せてくれたファンタジイ映画のようだとにやにや口角を歪めた。
野生の栗鼠や兎が少女の足元に集い始めると、暫くしてそれに便乗するように茂みから何かが跳び跳ねた。
風に膨らんだ白いレエスの裾から伸びる脚に飛び付いたかと思うと、少女の衣服の中へと消えていく。
「おや。」
何だろう。ランダルは瞳をすっと細くさせ、じっくりと様子を眺める。
最初こそ少女には異常が無いように見えたが、軈てそわそわと落ち着かない素振りを見せ、自身の身体を細腕で抱き締めると、その場に蹲ってしまう。
震えながらも辺りを見回すと、木陰の熱視線に気が付いたのか、何故此処に居合わせたのかも分からぬ不審な男の胸元へ一目散に飛び込んだ。
勢い余って湿った芝生に二人共々倒れ込み、少女は半ば縋るように、殆ど幼子のようにしがみつく。
それはさながら、今世の別れを交わす憂いの恋人達のように、熱く情熱的な抱擁に見えた。
噦り上げ喉を小さく震わせながら、浅い呼吸を繰り返す。
蚊の鳴くように細く儚い声色で、ナマエはランダルに拙い救いを乞う。
思ってもみない邂逅だった。
熟した林檎のような血の気が頬に透け、美しい陶器のような素肌に滴が伝う姿に、ランダルは何処か、自身を奥深く抉られたような気になった。
「ワタシに任せてっ」
ランダルは興奮気味に白手袋を外しそこらに放り投げると、白いレエスのワンピースの中へ、そおっと指先を侵入させた。それは微かに震えている。
少女の柔らかな素肌はランダルの少々べたついた掌を快く受け入れた。
少々鋭い指先で、今尚跳ね蠢く脅威を捕らえようと、辿々しくも薄い腹や胸の辺りをまさぐっている。
ナマエは身体に蔓延するむず痒さに、鼻がかった吐息が漏れるのを抑えきれず、目尻を濡らしながら身を捩る。
彼女の頭上から降り落ちる鼻息は酷く荒々しかった。
「アっ!」
やがてランダルが手応えを感じ、ゆっくりと衣服から何かを引き摺り出す。
手中には、長い手足を懸命に伸ばし、其処から逃れようと小さく踠く蛙の姿が有った。
それが口を尖らせ一度、げろりと鳴いたのを見届ける。
「とんだイタズラ蛙だねっ。
……へ、ハハ……………蛙の腸は何センチか知っている?」
努めて平静を装いそう問いかけた刹那、ランダルの乾いた上唇に、何かが触れた。
呆けて数度瞬きし、それが少女の唇なのだと気付いた瞬間、まるで電気椅子に腰掛けたかの様な大きな痺れが、彼の爪先から頭の天辺まで大きく駆け巡る。
芝生の上に四つ這いになり、息を弾ませながら彼の唇を前のめりに食む姿は、酷く野性的に見えた。
軈て離れ、互いの鼻先が触れ合う距離に留まったかと思うと、皮が剥け荒んだ彼の唇を、上目遣いにちろりと舐める。
「有難う。」
其れ、私の世界には要らないの。
そう告げ艶やかな微笑みを浮かべると、すくと立ち上がり、自身の衣服に付いた汚れを丁寧に手で払う。
乱れた裾を元通りにして前へと向き直ると、先程までの表情はすっかりと抜け落ちて、楽観的な笑みを絶やさぬ元の愛らしい娘に戻っていた。
ランダルは何も言えず、唯腰を抜かしたように無様に芝生に転がったまま、鼻歌と共に遠ざかる華奢な背を眺める事しか出来ない。
呆然自失としながらも自身の左手を確認すると、確かに捕らえていた筈の蛙は居らず、微かな粘液の感触ばかりが残っていた。
(ランダル・アイヴォリー)