「甘すぎる」
男はマグカップに口をつけ、険しい顔をしたあとに言った。
その男の恋人、オリフェージアは料理が下手である。飲み物を作ることさえ苦手なのに、この男はオリフェの作る物しか食べないと我儘を言う。下手だろうがなんだろうが、彼女には作る以外の選択肢がなかった。人に作らせたこともあったが、一口食べて一言。
「下げろ」
それ以降、何も口にしない時期があったのはまだ記憶に新しい。
オリフェは、淹れなおした方が良いかしら、と聞いても素っ気なく「必要ない」と男は返した。感情が希薄なところもあり、そんなことで怒るオリフェではない。こういうやりとりは日常茶飯事であった。
しかし、その甘ったるいものを飲むルシファーという男は優しいのか酷いのか、何年も幼馴染兼恋人をやっているオリフェは理解している。彼女は、にこにこと笑っていた。
「研究室に籠もってるんだ、恋人が淹れてくれたものくらい飲みたいだろう。」
「そういうものかしら。」
研究が思う通りに進んでいないのだろう。机のみならず、床にも書類の山がいくつも出来上がっている。ルシファーは手招きをして、近付いてきたオリフェをそのまま抱き寄せた。
「少し、休んだら?」
「今休んでいる。」
ルシファーがおおきく溜息を着いたのを合図に、お互いの身体は離れていく。目を通しておけとオリフェに書類を渡し、彼はまた机へと向かった。
「ああ、今夜は空けておけ。外食に行くぞ。」
「わかったわ。」
オリフェの返事は聞いていないようだった。さらさらとペンの走る音を聞きながら、書類を抱えて彼女は静かに研究室を後にする。
ブラックコーヒーを頼んだはずなのに何故こんなにも甘いのか。砂糖など、何も入れてないとオリフェは言った。新たな研究テーマかもしれないと思いながら、ルシファーは砂糖の塊のようなコーヒーを胃に流し込む。やはり甘すぎるな、と二度目のその言葉は、口元がゆるんでいた。


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