いつものように、慌ただしい朝だった。ヴァンピィは服を着替えるときに母から見て可愛いかを気にするし、今日見た夢の話をしたかったのか食事中も喋り続けていたし、午後の勉強の時間もわからないからやりたくないよお、なんて母に愚痴る。
母は服はどれも可愛いと言うし、食べながらお話しないと叱るし、ママも見るから一緒にやりましょうとヴァンピィの勉強を見る。きちんと言う事を聞くヴァンピィを見てニコニコと笑う母。積もりに積もったそんな日常にイライラして、つい言ってしまったのだ。

「ママはどうせ、僕なんかよりヴァンピィの方が良いんだろ!」

感情に任せて物を言うのは愚か者のする事だ。普段は、ママなんて別に、という態度をとっているし、外でもママと呼ぶヴァンピィと違って母様と呼び敬語を使うくらい、興味が無いはずだった。でもそれは建前で、甘え方がわからないヴァイトにとって、いつもオリフェから気にかけてもらえている甘え上手なヴァンピィが羨ましかったのだ。
小さくオリフェがヴァイト、と名前を呼んだが、ヴァイトは言葉を続ける。

「手のかかる子の方が可愛いって言うしな…、僕はどうせ可愛くない!」

実際のところは可愛いとか可愛くないとか以前に、ヴァンピィがお転婆すぎて手がかかりっきりになってしまい、ヴァイトに構ってあげる時間を作ってあげられなかった。それはオリフェの落ち度だ。ヴァイトとの距離感を計りかねていたオリフェは、ただ甘え下手なだけだったのに、構われるのが苦手なのだろうと解釈していたのもあり、着かず離れずを保っていたのも原因だと言える。ヴァイトは所謂、"親の手をかけさせない良い子"だった。

「ヴァイトが可愛くないなんてこと、あるはずないじゃない。貴方に寂しい思いをさせてしまったわ、ごめ……」
「うるさい!偽物のくせに、母親ぶるな!」

色々あって親を亡くした二人の母になっただけであり、オリフェはヴァンピィとヴァイトの本当の母親ではない。最初は親友を置いて外の世界へ行ってしまった彼女への償いの気持ちだったり、幼くして親を失ったというこの姉弟に対して同情もあったかもしれないけれど、オリフェはそんな感情を忘れるくらい、二人を大切にして、また二人から大切に思われて、本物の母のようなものだったのに。
そこで黙っていたヴァンピィが声を荒げる。

「謝って……、ヴァイト、ママに謝って!」
「ヴァンピィ……!?」
「ヴァイトの言ったことは、ママが『ヴァイトは本当の子供じゃない』って言うのと同じことなんだよっ!それはすごい傷つくし、そんなこと、ききたくないよぉ……!」

泣きながら言うヴァンピィに、たじろぐヴァイト。オリフェは落ち着かせるように、ヴァンピィの頭を撫でる。

「ヴァンピィちゃんも、そういうこと、ママに言ったことあるからわかるけど……やだよぉ……。」

ヴァンピィも昔、口うるさく言ってくるオリフェに嫌気がさして、本当のお母さんじゃないのに、と言ったことがある。
「そうですね、ごめんなさい。」
未来の王女にそんなことを言われてしまっては、それより下に位置するオリフェは謝るしかなかったのだ。しかしヴァンピィはオリフェが謝った直後に、ちがうのぉ、とぼろぼろ涙を零し、オリフェに抱き着く。
「ママがママじゃなくなったら、やだあ……!ごめんなさい……。」
そうしてすぐに解決したが、どうしてすぐにヴァンピィが謝れたのかという謎は、オリフェの中でなあなあになって終わっていた。ヴァンピィは言ったあとに、もし同じことをママから言われたら、と思ってすぐ謝罪が出来たというだけなのだが、まさかそんなこと考えていたとは、とオリフェは感心してしまう。

「ヴァンピィ、ほら、大丈夫?」
「ヴァイトとママが……」
「ふふ、大丈夫だから。わたしは少しヴァイトとお話があるから、あなたは顔を洗ってきなさいな。」
「うん……。ヴァイト、ちゃんとママと仲直りしてね」

ヴァイトとオリフェの仲が拗れれば、きっとオリフェは"母役"をやめてしまう。そんなことを思うヴァンピィ。姉弟喧嘩、親子喧嘩というにはあまりにも複雑すぎる関係なのでヴァンピィがそう思っても仕方ない。
ヴァンピィが部屋を出ていって、オリフェと二人きりになるヴァイト。意外にも、ヴァイトはすぐに「ごめんなさい」と言ってきた。

「ママに『ヴァイトは自分の息子じゃない』って言われるのは、すごく嫌だ。……考えなしだった。」
「うん」
「ヴァンピィばかり構っていて、ママは僕のことなんて要らないのかと思ったんだ……。」
「そんなわけないわ。あなたもわたしの大事な子供なのだから。寂しい思いをさせてしまって、ごめんね、ヴァイト。」

どう頑張ったって、今から血が変わるわけでもない。どれだけお互いが本物になりたいと願っても、なれない。オリフェはやんちゃしていた過去もあり、王女とその弟の面倒を見るなんて、と他のヴァンパイアに歓迎されてもいなかった。
だが今は三人で一歩外に出れば、家族とお出掛けですか?と声をかけてくる人ばかりだ。人はきちんと見ているのだと、オリフェは思った。
そんな思いをさせてしまったのは申し訳ないとは思いつつも、構ってくれないと怒るだなんて、可愛いヴァイトを抱きしめる。ヴァイトに触れたのはいつぶりだったかを考えないと思い出せないくらいには、撫でたり抱きしめたりしていなかった。甘え下手な彼にはわたしから撫でたりしてあげようと心に誓うオリフェと、母の温もりに甘えるヴァイトと、顔を洗ってきたらしいヴァンピィが部屋に入ってきて「なにしてるのー!ヴァンピィちゃんもぉー!」と、ヴァイトごとオリフェを抱きしめる。

「ヴァンピィ、苦しい!」

ヴァンパイアの家族は、今日も元気です。


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