雨の日だった。朝なのか夜なのか暗かったせいでわからないが、雨の音だけが響いていた。ベッドに寝転がり面白いと巷で噂の本を読んでいたけれど、ありきたりで、自分を満足させるには足りないもので、吸血鬼になったら感性まで変わるのかと思ったのを覚えている。
ここ百年、噂というものが耳に入ってこなかっただけで、物語に触れてこなかったわけではない。人の暮らしを見聞きしながら娯楽を嗜む状況にあるのも、きっと彼のおかげだろう。
その彼もわたしの隣で本を読んでいたが、いつの間にか眠っていた。本の途中で居眠りなんてしない人だから、よほどつまらなかったのだと思う。
綺麗な顔してるな、とか、寝ていても絵になるな、とか、本のことをすっかり忘れて彼に魅入った。寝顔なんていつも隣で見ているはずなのに。百年前もまた、見ていたはずなのに。
「おやすみ、DIO」
このまま時間が止まってしまえばいいと思いながら、わたしも襲ってきた睡魔に身をゆだねることにした。

変わらず雨の音は聞こえていた。重たい瞼を開いて隣にいる彼を見ると、見たことがない穏やかな顔をしてわたしを見つめている。大きい彼の手がわたしの頭を撫でて、起きたのかと優しい声で聞いてきた。その手は昔の彼の手ではないのを、わたしは知っている。
「寝ててもいいぞ」
「ううん。……貴方が起きてるなら、起きるわ」
「そうか」
合わせていた目が逸らされた。昔から彼が何を考えているのか私にはわからない。本を読み直そうと思い手を伸ばすと、その手は彼に遮られる。
「どうしたの?」
掴まれた手首は痛かった。百年前とは違い感情任せに行動することもあまり無く、彼がこうすることには意味があると考えるようになったのは私も成長した証といえよう。昔だったら、振り払って言い合いになっていた。今は不安げに揺れる瞳がとても愛おしい。
「結婚するか」
「……」
「おい、何か言え」
唐突に言われたその言葉を理解するのに、また百年かかりそうだ、と冗談を言える雰囲気ではなかった。彼は真剣そのものだ。横暴で勝手で、幸せにするなどの言葉を求めているわけではないけれど、なんとも彼らしいプロポーズだった。
「こういう時、なんて言えばいいのかわからないわ」
「黙って頷けばいい」
「貴方、何か言えって言ったじゃない」
わたしの可愛くないところだ。だが彼はそれを照れ隠しだと察してくれたらしく、そういうことじゃない、と笑った。きっとこれから先、既に人間ではないわたし達はずっと二人で生きていくのだろう。その相手にわたしを選んでくれたのは涙が出るほどに嬉しかった。雨の音はいつの間にか止んでいた。

本屋へ行くけれど一緒にどうか、とジョルノに誘われた。こんな雨の日の夜に?と聞いてみると、欲しかった本の発売日を忘れていたらしい。特に予定も無いので、一緒に来てみたけれど。
「その本、面白いんですか?」
噂は廃るのが早い。昔流行ったよね、と言われる程度の本を手に取ってみる。まさかプロポーズされた時に読んでいた本を、ここで見かけるとは思ってもみなかった。
ジョルノが本を持ったままのわたしを心配する。本の内容なんてすっかり忘れてしまったので、彼には面白いかどうかなんて説明できない。雨が降っている、午後8時の話だった。


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