それは祈りに似た、


メイドと王子様の恋物語なんて、大体結末はわかる。絶対に結ばれずに、片思いで終わってしまうのだろう。
そもそもそういう本さえ見たことがない、物語の主人公はキラキラ綺麗で素敵なお姫様。王子様とお姫様が素敵に結ばれました、めでたしめでたし。
メイドなんて主人公になれるわけがない、だってその王子様に仕える人なんだもの、身分が違いすぎてしまう。

ねぇ、だからね神様、もしも私のこの考えを聞いていたら、どうかあの人には私のこの気持ちを伝わらないようにしてください。
私は何も持っていないからあげれるものは何も無いけれど、このお願いごとだけは聞いてください。

そしてどうか、私があの人を想う事だけは許してください。





「あっ!ハナレ様ハナレ様!見てくださいあのお餅すっごく美味しそうです!」
「あぁ、そうだな。」

嬉しそうに駆け出すナマエを見て、俺はほんの少しだけ頬を緩める。
戌の一族の祈念の儀も無事に終わり、新しく新年を迎えられた事を嬉しく思うし、なによりナマエと一緒に街を歩いていることに喜びを感じる。

年末は恒例通り忙しく、中でも祈念の儀を務める戌の一族の王子、イヌイはいつも以上に稽古に励んでいた。

(…来年は、俺の亥の一族が…。)

まだ年が明けたばかりとは言え、気が抜けない。俺も一層力を入れなければならないだろう。

「ハナレ様?」
「ん?どうした?」

新たな目標と決意を胸に秘めていれば、彼女が俺の事を覗き込んできていた。
手には先程美味しそうな餅、と言っていたやつだろうか、2つほど手に持っていて、片方は俺の分なのだろうかと思うと引き締めた気持ちと表情がまた緩みそうになってしまいそうになる。

「いえ、何だかぼーっとしていたので、どうしたのかと思って…。」
「ああ…すまない、少し考え事をしていた。」
「そうですかぁ。」

それ以上は特に追求もされず、彼女はいつも通りの可愛らしい笑顔に戻り、はいどうぞ!と持っていた餅を一つ俺に渡してきた。俺はそれを受け取り、一口食べると甘い味が伝わってきて、やはり頬が緩んでしまう。

「えへへ、本当私、ハナレ様の甘い物食べた時の嬉しそうな顔可愛くて大好きです。」
「…?可愛いのはナマエだろう…?」
「うえっ!?」

男に言う言葉ではない物が聞こえて思わず反応してしまったが、本心を述べたまでだ。
俺はナマエの笑顔が好きで、俺をハナレ様と呼んで後に付いてくる姿が好きだ。それと仕事を頑張る姿も。

そんな事を伝えれば、何故か困ったような、照れたような表情を浮かべたナマエはありがとうございます、と笑う。
この少女は、俺の好きをどう捉えているんだろうか。

ナマエはこよみの国に来て随分経つ、俺もまだ幼かった頃に、幼いメイドがいるなとすれ違った時に思った。
今のナマエは泣くことは全くなく、いつもニコニコ笑っているが、幼い頃に一度だけ彼女が泣いたところを見たことがある。
本人は覚えているかどうかもわからない淡い朧気な記憶だ。それでも俺は今でも思い出せるし、泣き止んだ後のキラキラした、まるで太陽のようなナマエの笑顔は本当に綺麗だと、幼いながらに思ったんだ。

そして俺が彼女に向けているこの感情は、愛おしくてこの腕に抱きしめてしまいたいという物だ。
これはイヌイとシンに言わせれば、恋愛感情という物なのだろう。

俺はナマエが好きだ。立場なんて関係ないと俺は思うから、どうかこの気持ちを拒まないでほしい。

それでも今は、ナマエが困ったように笑う気がするから、俺は何も告げられずに王子とメイドという関係が続いていくんだろう。

それでも、

「!ハナレ様…?」
「…城まで、手を繋いでも構わないだろうか。」
「……はい!勿論!」

こういう我儘だけは、許して欲しい。


title by ライリア

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