[04]
基本的に俺達兄弟は某緑色のSNS以外は特に繋がっていない。呟きSNSはアカウントは知っているがフォローフォロワーの関係ではないし、顔本はトド松兄さんやチョロ松兄さんしかやってない。某緑でつながっていれば十分だし、気になるようなら自分でTLを監視しとけという暗黙のルールである。まあ普段俺は身内垢は帰りたい協会の活動しかしてないが。因みに俺やトド松兄さん、チョロ松兄さんは呟きSNSは複数のアカウントを持っている。そのうちの一つが身内監視用のアカウントだ。俺はどのアカウントも積極的に使っているが二人の兄はあまり稼働していない様子。まあ面倒くさいしね、一々切り替えるのは。
取り敢えず緑ではなく呟きの方の身内用アカウントで「やばい」とだけ呟いて電源を落とす。これを見れば多少帰りが遅くなっても何かあったんだなと分かって余計な心配を掛ける必要はないだろう。別の心配を掛けてしまうが。
目の前を見れば俺に睨みを聞かせている不良が数人。隣には俺と同じく涼しい顔をしながら内心「ヤバい死ぬ」と本気で思っている友人。いったいなぜこんなことに…。まあ、発端は不良に絡まれていた女性を助けたというベタな展開から始まったのだが。助けたのは友人であって決して俺が進んでやったわけではない。だから俺を見逃してくれとは思ったが、しっかりと俺の鞄を掴んで離さない友人は「お前も運命共同体だ馬鹿野郎」と言った風に俺を見る。やめろ、俺怪我とかしちゃうと後々面倒くさいんだってば。
「正義のヒーロー気取りかよ」
「お前らみたいな奴マヂムカつくわぁ〜w」
「言っとくけど俺らめちゃんこ強いよ?」
俺は友人とアイコンタクトを交わす。「どうよ?」「喋り方がダメ。知性がない。√3点」「能力は?」「攻撃と素早さはちょっと高そうだけど、防御が紙装甲。あとやっぱり知性がない」「…経験は?」「多分特に場数踏んでない。そしてやっぱり知性がない」「これ俺ら行ける?」「ヤバみ。知性と速さは足りてる」 等々。とにもかくにも戦わずして勝つ方法はなさそうだ、と俺と友人はそれぞれ鞄や上着を後ろへ放り投げ腕まくりをした。あまり怪我をしないようにしなければいけない。兎に角攻撃を避けた後に確実な一発で仕留めるという理想的な戦い方を常に俺は強要されているんだ。強いられているんだよ冗談抜きで。
友人もそれは同じようで、喧嘩が嫌だとか怖いとかではなく、ただただ怪我をするのと痛いのが嫌だといった風だった。お互い「怪我するときは一緒だから」「せやな」と顔を見合わせて不良へと向き直った。
今、今世紀最大の喧嘩バトルの火蓋が切って落とされた。(大嘘)
***
「あ゛ーーー…やっちゃったぁ……」
「こっちもだわー……」
結果的に言えば勝った。辛い勝利だけど。俺は持病があるのであまり激しい動きはできないが、その分友人が俺があまり動かなくていいようにいい感じに弱らせた敵を俺の近くまで飛ばし、それを俺が刈り取る作業を延々と繰り返した結果だ。だがしかしやはり無傷とは難しいものだ。俺も友人も満身創痍とまでは行かないがやはりそれなりの怪我を負ってしまった。俺に至っては片足を鈍器で殴られたので、少し動かす度に痛みが走りまともに歩けない。確実に罅あたりは行ってるだろうなぁ…や、折れてるわコレと呑気に考えていた。友人は左手をやられたようだった。
「腕いいのか?そろそろコンクール近いんじゃなかったっけ」
「近いけど利き手じゃないからワンチャンある」
「ああそ」
お互い常人が見れば顔をしかめる程傷だらけだが、呑気な声が出るあたりあまりひどい傷という訳でもないのだろう。
「お前帰れる?運ぼっか?」
「いやそっち腕使えないじゃん。いいよ兄さん呼ぶし」
「……え、正気?」
「……しゃーなしやろ…」
お互いの家族の厄介さは十二分に理解している俺達。友人も友人で帰ったら姉たちが怖いのだろう。主に何かを仕出かさないか、での恐怖だが。彼は母子家庭な上姉が三人の四人姉弟、家族の中で男が一人だけで一番年下なのでそれはそれは可愛がられている。
「お前も、お姉さんたちに何て説明すんだよ」
「…転んだ、は…きついよな…」
「むりむり」
はー、と深い溜息を同時に吐いてから俺は近くにあった台に座り、友人は鞄と上着を掴んで俺に放り投げた。
「俺ここに居た方がいい?」
「いや早く帰れよ。家族が心配すんぞ」
「お前もだろ。 じゃあま、遠慮なく帰らせて頂きまーす」
「おー。…明日学校来れるといいな」
「……や、多分無理…」
二人とも死んだ目をして、友人だけはすごすごと帰っていく。俺は暫くその場で何をするでもなくボーっとしていた。特にアクションを起こす気力が無かったからだ。ポケットに入れたままだった腕時計を見れば時刻は六時ジャスト。因みにこの時期の俺の門限は五時半である。小学生かよ。連絡を入れれば指定時間までは許容範囲内だが、連絡もなしに門限を破るとチョロ松兄さんが怖い。あーヤダヤダ。もう一度ハァーと溜め息を溢した瞬間にケータイのバイブ音が鳴った。画面を見ると"チョロ松兄さん"の文字がある。噂をすれば何とやら。これ絶対明日自宅療養だろうな…。
少しの間出るか出まいか悩んだが、今出なかったら後がもっと厄介なことになるだろうと思い渋々通話ボタンを押した。
「…あー…もしもし?」
『名松!門限もうとっくに過ぎてるよ?早く帰ってきなさい!!』
『母ちゃんかよ』
「母ちゃんかよ…」
電話から聞こえたおそらくおそ松兄さんの声と俺のツッコミが被った。なんか悔しい。おそ松兄さんと被るとか。しかしああ見えて門限にはおそ松兄さんが一番厳しい。門限をうっかり過ぎてしまった日には一週間まっすぐ家に帰って来なければいけないのだ。もう高校生なんですが。しかしまあ今回は許してくれるはずだ。俺けが人だし。……うん。けが人だし。
『とにかく、もうすぐ夕飯だから早く帰ってくること』
「んー…や、ね?早く帰りたいのは山々なんだけど……」
じわじわ焦りと嫌だという思いが募っていく。ああ、今からお迎えを頼むんだな俺。しかもこの様子じゃそこに兄さんたちみんないるんだろうな。その中で俺は頼まなければいけないのか。「怪我して動けないから迎えに来て」と。
『名松?』
「…うん。ごめん。足折れた。迎えに来て?」
出来るだけ何でもない風にあっけらかんと言ったが、一瞬で向こう側の空気が凍った。気がした。恐れていたことが起こってしまったか…普段兄弟だろうとそのクズ度合を大いに発揮する松野家男児たちだが、その兄弟が血の繋がっていない他人に痛めつけられたときのキレ具合と言ったらヤバいの一言に限る。それは「やられたらやり返す(等倍とは言ってない)」の顕著な例として挙げられる程の仕事っぷりだ。まあ兄さんがやられたら俺も実行犯に回ってしまうわけだが。
しかし、それはやられた対象が兄弟の中で下に行くにつれて威力が倍増していくというラッキーなんだかアンラッキーなんだかよく分からない付属効果がついている。俺は兄弟の中で一番下、後はもう言いたいことは分かるな?つまりそういうことだ。本当、いつ警察にしょっ引かれるか気が気じゃない。
『…今どこ?』
「…学校近くの、文具屋の、裏の空き地」
『すぐ行くからそこで待ってて』
「ハイ」
待ってても何も動けないんだってば。そんな言葉は発しないけど。チョロ松兄さんの声は普段よりも五倍程低かったから、これは帰ったら絶対に説教フラグだな。明日の自宅療養は確定フラグか。寝たい。
特に何もすることがないので壁に背中を預けて空を仰ぐ。橙色から藍色へのグラデーションが綺麗で、まるでオーロラを見ている気分だった。生のオーロラを見たことはないが。そう言えばずっと前にもこんなことがあったっけ。
あの時は確か猪事件が起こって大分経った、俺が小学校の高学年になった時で、その辺りになると既に兄離れの兆しが見えており、それでも家に帰ってネットをしている方が楽しいからという理由で真っすぐ家に帰っていた時期だ。下校のチャイムが鳴って早々に帰ろうと鞄を掴んだとき、クラスのガキ大将が取り巻きを引き連れて俺を呼び出したのだ。場所は学校近くの空き地。さっさと用事を済ませて動画の巡回に行きたいと呑気に考えていた俺はガキ大将の取り巻きに突き飛ばされた所で意識を目の前にやっと集中させた。
なんでも、ガキ大将の片思いの相手であるクラスのマドンナちゃんが俺の事を好きだと言ったらしい。当時リア充なんかにこれっぽっちも興味がなかった俺は「あ、へえ…」くらいの反応しかできなかった。確かに現実ではマドンナちゃんは可愛い部類に入るんだろうが、俺の中での可愛い部類の第一条件で最重要項目は"二次元であること"だ。残念。現実を見れない非常に残念な頭を持った俺を好きになってしまったマドンナちゃんは後々にちゃんと丁寧に振った。ごめんね許して。そして普段すかしている(ように見えているらしい)俺の事が常々気に食わなかったガキ大将はこのことで不満が爆発したらしい。俺を痛めつけようとした訳だ。今思えば子供ならではの発想で大変微笑ましいよな。当事者、つまり俺からすればゴミ以下の理由だった訳だが。
何も分からず突き飛ばされるは俺のネットサーフィンの時間を削られるはその日出てきた給食が苦手なものばかりだはで踏んだり蹴ったりだった俺はその時の機嫌は最高に悪かった。普段の俺からしてみれば珍しく高く喧嘩を買い、渾身の力で相手を殴り飛ばした。普段からチョロ松兄さんに口を酸っぱくして言われていたのが「急な激しい運動は避けること!準備運動せずに走ったり、心臓や肺に負担が掛かるような身体の動かし方は絶対にダメ!」ということ。だがこの時は頭からその約束事が綺麗にすっぽ抜けていた。俺は準備運動なんてする暇もなく最初からフルに全身を使って暴れまわった。
で、泣きながら逃げ帰るガキ大将たちを丁寧に見送りながら俺はずるずるその場に座り込んで肩で息をした。段々と荒くなる息遣いにヤバいな、と思いながら服の上から胸の部分にぎゅっと圧力をかける。それでも息苦しさは収まらずに思い切り吸い込んだ空気が変なところに入り、それを発端として咳が出た。これ死ぬんじゃね?なんて頭はとても呑気に構えていた。 そんな時、俺の耳に声が届いたのだ。
「名松!!」
「……ウィッス」
幼いころの兄と被ったが、その幻想を頭を振ってどこかへやる。すっかり薄暗くなった視界で声の方に目をやれば、赤と緑のパーカーが見えた。おそ松兄さんも来たのか、確かに俺一人を抱えて帰るのは大変だもんな。
ひらりと片手を上げて応えたが兄は目もくれずに手に持っていた俺のパーカーをそのまま俺に被せ、その上から兄の上着を掛けられる。そんな重装備はいらないのだが。
「大丈夫か?痛い所ないか?」
「(強いて言うなら全身痛いけど)まあ大丈夫」
「ぼっろぼろだな〜」
おろおろとしているチョロ松兄さんとは対照的におそ松兄さんはけらけらと笑うような表情をしていた。だが、実際にその瞳は全く笑っていない。俺は背筋が少しだけ寒くなる。
「……あのさ」
「ん?」
「俺、ちゃんと勝ったから」
「うん」
「だからその、いいよ別に」
いいよというか、やめてください。そんな思いを込めておそ松兄さんを見るが、笑っているように見えて笑っていないおそ松兄さんは完全にキているようで、俺の望んだ答えを発することはなかった。
「そっか!流石俺の弟!日頃十四松のプロレス技見てるだけあるなぁ〜」
「…えっと、だからね?」
「もういいから、帰るよ二人とも」
俺の言葉を遮ってチョロ松兄さんが俺を背中に背負う。最期まで言わせてくださいとは思ったがチョロ松兄さんの声が若干震えているあたり大分心配を掛けてしまったんだな、と少し反省した。この様子じゃ呟きの方も見ていたんだろうな。
小さく溜息を吐けばおそ松兄さんが頭を撫でてくれる。最近俺溜め息吐いてばっかだな。
結局次の日は自宅療養でトド松兄さんに看病かんしされながら一日を過ごした。他の兄弟はどこかへ行っていたようだったが、トド松兄さんがケータイを離さないのを見てそっと意識を別の物へとやった。
取り敢えず緑ではなく呟きの方の身内用アカウントで「やばい」とだけ呟いて電源を落とす。これを見れば多少帰りが遅くなっても何かあったんだなと分かって余計な心配を掛ける必要はないだろう。別の心配を掛けてしまうが。
目の前を見れば俺に睨みを聞かせている不良が数人。隣には俺と同じく涼しい顔をしながら内心「ヤバい死ぬ」と本気で思っている友人。いったいなぜこんなことに…。まあ、発端は不良に絡まれていた女性を助けたというベタな展開から始まったのだが。助けたのは友人であって決して俺が進んでやったわけではない。だから俺を見逃してくれとは思ったが、しっかりと俺の鞄を掴んで離さない友人は「お前も運命共同体だ馬鹿野郎」と言った風に俺を見る。やめろ、俺怪我とかしちゃうと後々面倒くさいんだってば。
「正義のヒーロー気取りかよ」
「お前らみたいな奴マヂムカつくわぁ〜w」
「言っとくけど俺らめちゃんこ強いよ?」
俺は友人とアイコンタクトを交わす。「どうよ?」「喋り方がダメ。知性がない。√3点」「能力は?」「攻撃と素早さはちょっと高そうだけど、防御が紙装甲。あとやっぱり知性がない」「…経験は?」「多分特に場数踏んでない。そしてやっぱり知性がない」「これ俺ら行ける?」「ヤバみ。知性と速さは足りてる」 等々。とにもかくにも戦わずして勝つ方法はなさそうだ、と俺と友人はそれぞれ鞄や上着を後ろへ放り投げ腕まくりをした。あまり怪我をしないようにしなければいけない。兎に角攻撃を避けた後に確実な一発で仕留めるという理想的な戦い方を常に俺は強要されているんだ。強いられているんだよ冗談抜きで。
友人もそれは同じようで、喧嘩が嫌だとか怖いとかではなく、ただただ怪我をするのと痛いのが嫌だといった風だった。お互い「怪我するときは一緒だから」「せやな」と顔を見合わせて不良へと向き直った。
今、今世紀最大の喧嘩バトルの火蓋が切って落とされた。(大嘘)
***
「あ゛ーーー…やっちゃったぁ……」
「こっちもだわー……」
結果的に言えば勝った。辛い勝利だけど。俺は持病があるのであまり激しい動きはできないが、その分友人が俺があまり動かなくていいようにいい感じに弱らせた敵を俺の近くまで飛ばし、それを俺が刈り取る作業を延々と繰り返した結果だ。だがしかしやはり無傷とは難しいものだ。俺も友人も満身創痍とまでは行かないがやはりそれなりの怪我を負ってしまった。俺に至っては片足を鈍器で殴られたので、少し動かす度に痛みが走りまともに歩けない。確実に罅あたりは行ってるだろうなぁ…や、折れてるわコレと呑気に考えていた。友人は左手をやられたようだった。
「腕いいのか?そろそろコンクール近いんじゃなかったっけ」
「近いけど利き手じゃないからワンチャンある」
「ああそ」
お互い常人が見れば顔をしかめる程傷だらけだが、呑気な声が出るあたりあまりひどい傷という訳でもないのだろう。
「お前帰れる?運ぼっか?」
「いやそっち腕使えないじゃん。いいよ兄さん呼ぶし」
「……え、正気?」
「……しゃーなしやろ…」
お互いの家族の厄介さは十二分に理解している俺達。友人も友人で帰ったら姉たちが怖いのだろう。主に何かを仕出かさないか、での恐怖だが。彼は母子家庭な上姉が三人の四人姉弟、家族の中で男が一人だけで一番年下なのでそれはそれは可愛がられている。
「お前も、お姉さんたちに何て説明すんだよ」
「…転んだ、は…きついよな…」
「むりむり」
はー、と深い溜息を同時に吐いてから俺は近くにあった台に座り、友人は鞄と上着を掴んで俺に放り投げた。
「俺ここに居た方がいい?」
「いや早く帰れよ。家族が心配すんぞ」
「お前もだろ。 じゃあま、遠慮なく帰らせて頂きまーす」
「おー。…明日学校来れるといいな」
「……や、多分無理…」
二人とも死んだ目をして、友人だけはすごすごと帰っていく。俺は暫くその場で何をするでもなくボーっとしていた。特にアクションを起こす気力が無かったからだ。ポケットに入れたままだった腕時計を見れば時刻は六時ジャスト。因みにこの時期の俺の門限は五時半である。小学生かよ。連絡を入れれば指定時間までは許容範囲内だが、連絡もなしに門限を破るとチョロ松兄さんが怖い。あーヤダヤダ。もう一度ハァーと溜め息を溢した瞬間にケータイのバイブ音が鳴った。画面を見ると"チョロ松兄さん"の文字がある。噂をすれば何とやら。これ絶対明日自宅療養だろうな…。
少しの間出るか出まいか悩んだが、今出なかったら後がもっと厄介なことになるだろうと思い渋々通話ボタンを押した。
「…あー…もしもし?」
『名松!門限もうとっくに過ぎてるよ?早く帰ってきなさい!!』
『母ちゃんかよ』
「母ちゃんかよ…」
電話から聞こえたおそらくおそ松兄さんの声と俺のツッコミが被った。なんか悔しい。おそ松兄さんと被るとか。しかしああ見えて門限にはおそ松兄さんが一番厳しい。門限をうっかり過ぎてしまった日には一週間まっすぐ家に帰って来なければいけないのだ。もう高校生なんですが。しかしまあ今回は許してくれるはずだ。俺けが人だし。……うん。けが人だし。
『とにかく、もうすぐ夕飯だから早く帰ってくること』
「んー…や、ね?早く帰りたいのは山々なんだけど……」
じわじわ焦りと嫌だという思いが募っていく。ああ、今からお迎えを頼むんだな俺。しかもこの様子じゃそこに兄さんたちみんないるんだろうな。その中で俺は頼まなければいけないのか。「怪我して動けないから迎えに来て」と。
『名松?』
「…うん。ごめん。足折れた。迎えに来て?」
出来るだけ何でもない風にあっけらかんと言ったが、一瞬で向こう側の空気が凍った。気がした。恐れていたことが起こってしまったか…普段兄弟だろうとそのクズ度合を大いに発揮する松野家男児たちだが、その兄弟が血の繋がっていない他人に痛めつけられたときのキレ具合と言ったらヤバいの一言に限る。それは「やられたらやり返す(等倍とは言ってない)」の顕著な例として挙げられる程の仕事っぷりだ。まあ兄さんがやられたら俺も実行犯に回ってしまうわけだが。
しかし、それはやられた対象が兄弟の中で下に行くにつれて威力が倍増していくというラッキーなんだかアンラッキーなんだかよく分からない付属効果がついている。俺は兄弟の中で一番下、後はもう言いたいことは分かるな?つまりそういうことだ。本当、いつ警察にしょっ引かれるか気が気じゃない。
『…今どこ?』
「…学校近くの、文具屋の、裏の空き地」
『すぐ行くからそこで待ってて』
「ハイ」
待ってても何も動けないんだってば。そんな言葉は発しないけど。チョロ松兄さんの声は普段よりも五倍程低かったから、これは帰ったら絶対に説教フラグだな。明日の自宅療養は確定フラグか。寝たい。
特に何もすることがないので壁に背中を預けて空を仰ぐ。橙色から藍色へのグラデーションが綺麗で、まるでオーロラを見ている気分だった。生のオーロラを見たことはないが。そう言えばずっと前にもこんなことがあったっけ。
あの時は確か猪事件が起こって大分経った、俺が小学校の高学年になった時で、その辺りになると既に兄離れの兆しが見えており、それでも家に帰ってネットをしている方が楽しいからという理由で真っすぐ家に帰っていた時期だ。下校のチャイムが鳴って早々に帰ろうと鞄を掴んだとき、クラスのガキ大将が取り巻きを引き連れて俺を呼び出したのだ。場所は学校近くの空き地。さっさと用事を済ませて動画の巡回に行きたいと呑気に考えていた俺はガキ大将の取り巻きに突き飛ばされた所で意識を目の前にやっと集中させた。
なんでも、ガキ大将の片思いの相手であるクラスのマドンナちゃんが俺の事を好きだと言ったらしい。当時リア充なんかにこれっぽっちも興味がなかった俺は「あ、へえ…」くらいの反応しかできなかった。確かに現実ではマドンナちゃんは可愛い部類に入るんだろうが、俺の中での可愛い部類の第一条件で最重要項目は"二次元であること"だ。残念。現実を見れない非常に残念な頭を持った俺を好きになってしまったマドンナちゃんは後々にちゃんと丁寧に振った。ごめんね許して。そして普段すかしている(ように見えているらしい)俺の事が常々気に食わなかったガキ大将はこのことで不満が爆発したらしい。俺を痛めつけようとした訳だ。今思えば子供ならではの発想で大変微笑ましいよな。当事者、つまり俺からすればゴミ以下の理由だった訳だが。
何も分からず突き飛ばされるは俺のネットサーフィンの時間を削られるはその日出てきた給食が苦手なものばかりだはで踏んだり蹴ったりだった俺はその時の機嫌は最高に悪かった。普段の俺からしてみれば珍しく高く喧嘩を買い、渾身の力で相手を殴り飛ばした。普段からチョロ松兄さんに口を酸っぱくして言われていたのが「急な激しい運動は避けること!準備運動せずに走ったり、心臓や肺に負担が掛かるような身体の動かし方は絶対にダメ!」ということ。だがこの時は頭からその約束事が綺麗にすっぽ抜けていた。俺は準備運動なんてする暇もなく最初からフルに全身を使って暴れまわった。
で、泣きながら逃げ帰るガキ大将たちを丁寧に見送りながら俺はずるずるその場に座り込んで肩で息をした。段々と荒くなる息遣いにヤバいな、と思いながら服の上から胸の部分にぎゅっと圧力をかける。それでも息苦しさは収まらずに思い切り吸い込んだ空気が変なところに入り、それを発端として咳が出た。これ死ぬんじゃね?なんて頭はとても呑気に構えていた。 そんな時、俺の耳に声が届いたのだ。
「名松!!」
「……ウィッス」
幼いころの兄と被ったが、その幻想を頭を振ってどこかへやる。すっかり薄暗くなった視界で声の方に目をやれば、赤と緑のパーカーが見えた。おそ松兄さんも来たのか、確かに俺一人を抱えて帰るのは大変だもんな。
ひらりと片手を上げて応えたが兄は目もくれずに手に持っていた俺のパーカーをそのまま俺に被せ、その上から兄の上着を掛けられる。そんな重装備はいらないのだが。
「大丈夫か?痛い所ないか?」
「(強いて言うなら全身痛いけど)まあ大丈夫」
「ぼっろぼろだな〜」
おろおろとしているチョロ松兄さんとは対照的におそ松兄さんはけらけらと笑うような表情をしていた。だが、実際にその瞳は全く笑っていない。俺は背筋が少しだけ寒くなる。
「……あのさ」
「ん?」
「俺、ちゃんと勝ったから」
「うん」
「だからその、いいよ別に」
いいよというか、やめてください。そんな思いを込めておそ松兄さんを見るが、笑っているように見えて笑っていないおそ松兄さんは完全にキているようで、俺の望んだ答えを発することはなかった。
「そっか!流石俺の弟!日頃十四松のプロレス技見てるだけあるなぁ〜」
「…えっと、だからね?」
「もういいから、帰るよ二人とも」
俺の言葉を遮ってチョロ松兄さんが俺を背中に背負う。最期まで言わせてくださいとは思ったがチョロ松兄さんの声が若干震えているあたり大分心配を掛けてしまったんだな、と少し反省した。この様子じゃ呟きの方も見ていたんだろうな。
小さく溜息を吐けばおそ松兄さんが頭を撫でてくれる。最近俺溜め息吐いてばっかだな。
結局次の日は自宅療養でトド松兄さんに看病かんしされながら一日を過ごした。他の兄弟はどこかへ行っていたようだったが、トド松兄さんがケータイを離さないのを見てそっと意識を別の物へとやった。