[03.a]

 遠い遠い記憶。それは恐らく十年ほど前の思い出。


 その時の俺はまだ小学生になったばかりで、年の離れた兄たちの背中をずっと追いかけていた覚えがある。まだまだ泣き虫で気弱で、兄たちに置いて行かれることが何より嫌だった純粋な頃の俺。
 今では兄は周りを見られる(若干そうでないときもあるが)ようになるまでに成長したが、この時の彼らはそれはそれは意地悪で意地汚くて近所でも悪童として有名だった。特におそ松兄さんやチョロ松兄さんがその筆頭だった覚えがある。

 俺はそんな兄でも慕っていたし、もちろん今もそれは変わらない。だが、あの時の兄の方は違ったらしい。本当に小さい頃は俺の面倒をよく見てくれたが、一人で立って行動できるようになるにつれ段々とそれもなくなった。まああの兄たちが大人しく年の離れた弟の面倒を見るなんて大変つまらなかっただろう。きっと他の友達やトト子さんと遊びたかったに違いない。
 後ろをぱたぱたとついてくる俺に見向きもせずにさっさと兄は自分の行きたいところへ遊びに行くのがいつしか日常になっていた。

 その頃は気弱で優しかった十四松兄さんや真面目だった一松兄さんが偶に待っていてくれて、俺を一緒に遊びに連れ出してくれていた。その“偶に”が俺はとても嬉しくて大好きだった。普段ほったらかしにされるのは寂しいけれど、その分少しでも構ってくれる時があれば嬉しさは倍増すると知っていた。あの時の俺は今の俺よりも随分と達観していたように思う。


 だが、兄たちが中学に上がり少し経った時、忌々しい事件が起こった。



「おそまつにいちゃん…ほんとにだいじょうぶ…?」

「大丈夫だって!ほんっと名松は心配性だな〜」


 ケラケラ笑うおそ松兄さんとチョロ松兄さん。俺と同じように少し不安そうにしている十四松兄さんは俺の手を繋いでくれている。

 この日、珍しく兄弟全員で裏山行きそこにある小屋を秘密基地にしようと計画を立てていたのだ。しかしこの山は熊はいないが他の野生動物はいるわけで、その中でとりわけ危険視されていたのが猪だ。しかも、この時期は餌も中々取れないことから人でもなんでも動くものは無差別に襲う恐れがあると言われている。もし猪と遭遇してしまったら…と考えると、当時チビで怖がりだった俺は少しだけ泣きそうだった。それでも着いてきたのは久々に兄たちと一緒に過ごせる時間を与えられたからだ。


 暫く道なりに進み、段々と人ひとりがやっと通れるくらいの道になったころ、目当ての小屋までもう少しという時だ。進行方向先の繁みががさがさと揺れた。俺と十四松兄さんは大袈裟に肩を震わせる。逆におそ松兄さんやチョロ松兄さん、カラ松兄さんは少しだけわくわくしたような瞳をそちらに向けた。……今考えると本当この頃からポンコツな頭をしている長男だなぁとつくづく思う。
 俺は十四松兄さんの足にしがみ付きながら必死で猪ではないことを願った。が、この頃から自分の嫌な予感というものは的中するらしく、茂みから現れたのは案の定猪だった。フラグ回収が早い。

 しかもその猪は普通ではなく、所謂主のようなビッグサイズだった。これには思わずおそ松兄さんも苦笑い。な訳ない。普通に兄弟そろって全員が( ゚д゚)゚д゚)゚д゚)゚д゚)゚д゚)゚д゚)゚д゚)←この表情なのだからなんとも情けない。俺を含めた松野家兄弟はこんな事態を全く予想していなかったのだろう。おそ松兄さんの「に、逃げろおぉぉ〜〜〜〜!!!!!!!!」という叫び声で全員が一気に山を駆け下りる。


 因みにここで一つ。 まず猪や熊などの人に危害を加える恐れのある野生動物に出会ったら慌てず騒がず、冷静にゆっくりその場を離れよう。間違っても大声をあげたり威嚇したり、背中を見せて急に走ったりなんてことはしてはいけない。


 最早予測(したくはなかったが)できた現実に俺は心の中でおそ松兄さんに呪詛を唱えながら必死に走った。皆よりは短い脚だったが、その分身体は軽かったので平均よりは走るのは早かったのだ。だが、俺──いや俺たちは山を舐めていた。いつもいつも外で走り回っているから楽勝だろう、麓まで体力は持つだろうと甘く考えていたのだ。平地のコンクリートと荒野のようなでこぼこした土とでは訳が違うということを、その時の俺たちはちゃんと理解していなかった。
 踏みなれない、走りにくい土の感触をそろそろ鬱陶しく思い始めたその時、俺は先日降った雨でできたぬかるみに足をとられて思い切りスッ転んだ。それだけならまだよかった、いや追われているからよくないか。俺はそのまま斜面をごろごろと転がり、道を外れて崖の方へと転がり落ちた。そしてそのまま崖下へ真っ逆さまという訳だ。裏山にある崖なんてたかがしれているが、当時小さかった俺からしたら割と迫力のある高さだった。しかもごろんごろん転がり脳がシャッフルされて何が何だか分からなくなった後に空中に放り出されて直後の急降下だ。トラウマ必至だが、無事絶叫系大好き系男子に成長しました。

 不幸中の幸いだったのが、崖下はちょっとした湖になっていることと、偶々そこへ散歩に来ていた近所の老人たちがお昼を食べてくつろいでいたことだった。いきなり空から降って湖にドボンした俺を見て老人たちはさぞ驚いただろう。誰も心臓発作を起こさなくて本当によかった。…ああ、兄さんたちは途中で俺がいなくなったのに気付いたみたいだった。おせーよちくしょう。


 そのまま病院へ搬送された俺はこの時期の入水と急激な運動によって体調を大いに崩した。もう崩したとかそういうレベルではなかった。本当にアレは死ぬかと思った。高熱に加え吐き気、止まらない咳。最後には喉が血の味だったのを覚えている。そして俺は山で生えている木のアレルギーもあったらしく、それがすべて重なって結果喘息を発症してしまった。謂わば、ただ運が悪かった俺の不幸の連鎖だったのだ。


「ごめん、ごめんな名松……ごめん…」


 でも、兄たちはそうは思っていなかったようだった。俺が病院でひゅーひゅーうんうん唸っている間ずっと俺の手を握って謝り続けていたらしい。これは父さんから聞いた話だ。


 この頃からだった。兄たちがほんの少しずつ変わり始めたのは。
 おそ松兄さんは出かけるとき絶対に俺と手を離さなくなった。カラ松兄さんは一日一回必ず「元気か?辛くないか?」と聞いてくるようになった。チョロ松兄さんは俺の行動をよく見て運動をしようものならすぐに飛んできて注意するようになった。一松兄さんは俺の為によく水を持ち歩くようになった。十四松兄さんは普段よりも俺といる時間がずっとずっと増えた。トド松兄さんは出かける回数が格段に減り、家にいるときは必ず俺の視界に入るようになった。

 みんながみんな責任を感じていることはすぐにわかった俺は、出来るだけ一人でなんでもしようとした。迷惑だけは掛けたくない、心配かけさせてごめんなさい、俺はもう大丈夫。そんな思いを込めて行動を起こすが、寸の所で止められるか兄が先に済ませてしまっていることが殆どだった。そんな自分を情けないと責めたこともある。
 真夜中に咳が止まらないなんて日常茶飯事で、兄たちを起こしてはいけない一心で俺はいつも布団の中に丸まるが、いつの間にか兄が来て俺の背中を撫でてくれているのだ。それも、俺よりも辛そうな顔で。そんな顔をしてほしい訳じゃないのに、いつもいつも馬鹿みたいに笑っている六つ子の兄たちの顔がみたいのに。ごめんなさいと声にならない声で泣き続ける俺を、兄もまたごめんなと涙声になりながら背中を撫でる。そんなことが暫く続いた。







「名松ー!!!野球しよー!!!」


 あれから十年と幾月程。六つ子の兄と俺は今も変わらず兄弟をしている。…この説明はちょっと変か。

 十四松兄さんが俺に言う野球は決まって野球盤のことだ。本当のスポーツも俺はやりたいけれど、それは十四松兄さんが絶対に許してはくれないしもし何かの間違いで実行してしまった日には、チョロ松兄さんとおそ松兄さんの雷を通り越した核弾頭並みの雷撃が落ちることが分かっているから絶対にやらない。…本当はやりたいけど。


「いいよ。居間まで一緒に行こう」

「一緒に行く!!」


 特に重要ではない学校の課題をそうそうに切り上げて、俺は十四松兄さんの空いている手を握った。



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