[07]



 現在の時刻は20:48、俺は既に布団の中に居てぼーっとしながら携帯を操作していた。スレッドやまとめ、その他サイトなどを監視しながらふあぁ、と欠伸を漏らす。男子高校生にしては健康的、というかお年寄りみたいに早い時間帯だが、昨日割と遅くまで起きていてしかも今朝は日直でいつもよりも早く起きなくてはいけなかったので睡眠時間が足りていないのだ。その為普段は21:00〜22:00前後まで居間や隣の寝室で好き勝手している兄さんたちに付き合っているのだが今日は早めに退散させてもらった。

 それにしても眠い…そろそろ寝ようか。このリンク先のページ見てから寝よう。
 俺が開いているスレッドの書き込みに『このサイトのわんこめっちゃかわええwwww』と書かれており、そのすぐ下にURLが貼られていた。わんこか、にゃんこもいたら今度一松兄さんにも教えてやろう。少しだけ眠気を飛ばしながらわくわくしてリンク先を開く。

 背景は白でリンク色がピンクというどこにでもありふれたサイトで、TOPには子犬のチワワの可愛らしい写真が貼られてあった。ああ^〜心がわんわんするんじゃ^〜なんて思いながらにやにやと笑い、『魅惑のわんこ画像☆』というリンクをタップする。
 パッと表示されたのも普通のページだったのだが、何かがおかしかった。全く画面が操作不能になっている。スライドしてもタップしてもなんの反応もない、ページも真っ白。なんだ、バグか? パソコンでこれやられるとめちゃくちゃ焦るんだけど、携帯だとそう危機感もなくすぐに再起動を掛けたりするのが常だ。いつも友人から「スマホにもちゃんと愛情注いだげて…」と言われる。大きなお世話だ。 こつこつ、と画面を叩いてもやはり反応がないので、諦めて電源を落とそうとしたその時、画面いっぱいに赤い文字が現れた。


「…!」


 それは『許さない』という文字羅列を延々と赤色で敷き詰めたもので、段々とその色は黒に、背景は赤に変わっていく。 なんだこれ、なんだこれ。何が起こっているんだ?
 布団の中でわたわたとしていると、画面が急に暗くなった。しかし一番上のURLは表示されているので携帯そのものが落ちた訳ではなく、ページが暗くなっただけだろう。 …これはアレだ、ブラサ、というかショックサイトだろうか。まさか俺が踏んでしまうとは…ちゃんとスレ読んでおけばよかった。

 まだバクバクとうるさい心臓を押さえつけながら、ハァァ…と震えたため息を吐きページを消そうとすると、突然けたたましい女の笑い声と共に真っ暗だったページに画像が浮かび上がった。


「―――っ!!」


 それは目だった。ただの人間の目じゃない。加工か何かを施した、有り得ない程に黒目が大きく吐き気すら覚えてしまう気持ちの悪い目。それをばっちり目が合ってしまった。
 合成音のような男か女か分からない声が携帯から流れてくる。



――「 つ ぎ は お ま え 」――







 俺はガバリと布団を剥いで無言で部屋を出る。もちろん携帯は手に持ったまま。

 おそらく居間にいるであろうからそちらへ向かう。足を動かすにつれて段々と速度が速まっているのは気のせいである。断じて怖いとかそんなんじゃない。



 居間に近づくとテレビの音と話し声が聞こえていて、また酒盛りしてんのかあいつら…と呆れながらも足の速度は緩めなかった。
 力任せにスパーン!と障子を開くと中に居た奴ら、六つ子ニートである兄さんたちはびっくりしたような顔をこちらに向ける。


「…えっと、名松…?」

「ど、どうした…?」



 珍しく戸惑いを全面に現したカラ松兄さんと十四松兄さんが声を掛けてくる。俯いている俺の表情は読めないだろう。俺は無言でずかずかとこの空間に入り、おそ松兄さんの元まで行って手に持っていた酒をぶん捕りちゃぶ台の上に置く。
 そして未だに一言も発さずに足の間に入り込んでおそ松兄さんに抱き着いた。ビシャアァン!とどこかで雷が鳴ったような気がした。


「おいおいおいおいおいおい名松ちゃん? え、何?酔ってる?酒飲んだ??」



 普段こんなこと絶対にしないから面白いぐらいに焦っているおそ松兄さん。酒を飲んでいたからアルコール臭い、が今はそれでも離れる気にはならなかった。
 先ほどのことをまたリアルに思い出し涙が出てくる。

 ぐず、と鼻を啜ればおそ松兄さんはぴたりと動きを止め、次にそっと優しく俺の頭と背中に手を置いた。


「どした? 兄ちゃんに言ってみ」



 正直に言えば、めっっっっちゃ怖かった。本当の本当の本当に心臓止まるかと思った。何だよアレただの爆弾じゃん。ネットボムも良いところだよふざけんないい加減にしろよ。みんなはちゃんとスレとか書き込みの雰囲気とかURLを確認してから開いてね絶対だからね。あとネット触ってる人ならわかると思うけどこういうこと結構日常茶飯事だから、俺みたいにビビりな人は無暗に貼られてるURL直に開いちゃだめだよ。



「名松〜泣いてるだけじゃさすがのお兄ちゃんも分かんないよ。なんかあったの?」

「名松!名松!これ食べる?すんげー美味しいよ!」

「泣き止んで〜…名松、泣かないでよぅ…」



 兄さんたちが必死に俺をあやそうとしてくれる。小学校低学年以来の光景だろう。

 俺は普段あまり泣かない方なんだが(動物物見るとすぐ泣くけど)、だからなのか一度涙腺が決壊すると中々止まらない。自分でも体内水分量大丈夫なのかと心配になるほどには泣く。別にギャン泣きすると言う訳ではないのだが、ぼろぼろ零れてくる涙が一向に止まらないのは本人も「水飲まなきゃ水…」と思う程度には量が多い。
 泣いてるときはまともにしゃべることができないので、仕方なしに携帯をちゃぶ台の上に置いた。頼む察してくれ。

 最初に気づいたチョロ松兄さんがそれを手に取って電源を入れる。するとまたさっきのページが開いて最初からあのクソ茶番を繰り返していた。あれループ制かよ本当無理…。
 しばらく無言で見ているだけだったおそ松兄さんを除いた六つ子たちだったが、先ほどのシーンになって怖いものが大の苦手なトド松兄さんと一松兄さんが悲鳴を上げて後ずさる。吃驚系が苦手な十四松兄さんはビクゥッ、と一度震え、案外耐性のついているカラ松兄さんは「よくできているな」と斜め上の感想を述べて、意外と俺よりもそう言う事に詳しいチョロ松兄さんは「これ久々に見たわ」と酒を煽っていた。同じ六つ子なのに本当にこういうところは個性出るなーと思う。
 音声だけはこちらに届いていたので俺はまたおそ松兄さんの服を握りしめる力を強めた。


「あちゃーモロ見ちゃったの?」

「…ん゛」

「なっ…こっ…!」

「所謂ブラクラみたいなもんだよね。てかこのサイトまだあったんだ」

「一松兄さーん!息してますかー!?」



 災難だったな〜とおそ松兄さんが俺の頭を撫でる。何だかんだで一番安心する手だ。…でもなんかムカつくから涙を拭いておいてやろう。


「名松うちの家で一番ホラー耐性ないもんね」

「いやいやこれ普通に怖いからね!?名松じゃなくてもビビるわ!」

「名松、あんまり泣きすぎると綺麗な瞳が溶けるぞ?」



 カラ松兄さんがまだ空けていない缶ビールを俺の目元に充ててくれた。冷てえ…気持ちいい。


 冷たい缶のお蔭で大分涙の勢いも止まってきた。
 今日は早く寝るつもりだったのに…とんだロスをしてしまった。今すぐにでも布団に戻りたいが、ぶっちゃけ一人で二階に戻るのだけはしたくない。あの目が未だに脳内にちらついている。今夜一人でトイレ行けるだろうか。



「もうそろそろ十時回るけど、名松どうする?」

「…ねる…」

「とか言いながら一向に手を緩める気ないよねえ。もう少し優しくしてくれるとお兄ちゃんうれしだだだあだだだだ! ギブギブギブ!!」



 身じろぎをしたおそ松兄さんを逃がさねえよと言わんばかりに腕に力を籠める。いくら弟と言っても俺だって男子高校生だ。それなりの力はある。……まあ兄さんたちには絶対かなわないんだろうけど、それでも痛みを意識させるくらいの力は持ち合わせている。

 脱出を諦めたおそ松兄さんが優しく俺の背中をぽんぽんと叩くので俺も力を緩めた。



「今日は一緒に寝るか〜」

「…ん゛…」

「もう名松半分寝てるよ…」

「名松、寝るなら布団行こう」

「ぼ、僕ももう寝る…」



 そのままおそ松兄さんは俺を抱き上げて寝室へと向かう。後ろからトド松兄さんと一松兄さんも付いてきた。そうだよね怖いもんね。

 既に布団が敷かれていたらしく、部屋に入るとすぐにおそ松兄さんは俺を抱えたままごろんと横になる。…相変わらず固いなこの布団…。


「ほれほれ、もう寝ちゃえよ。今日早かったんだろ?」

「……製作者殺す…」

「分かったから、穏やかな心を持ちな」

「製作者殺す」

「製作者殺す」

「こういう時のお前らって本当名松の教育に悪い」



 松野家三大ホラー絶対殺すマンの言葉におそ松兄さんは苦笑いを零した。
 とんとんと一定のリズムで優しく叩かれる背中に俺の意識はウトウトし始める。



「…も、ね゛る……」

「おー寝ろ寝ろ。朝はお兄様が起こしてやるよ」

「…はやいよ゛…」

「いいよ別に」

「……あんがと…」



 おー、と軽く返事をしたおそ松兄さん。
 頭をぽすんと胸板に預けると頭を撫でてくれた。

 俺は最後に伝えたい言葉を口にしてフッと意識を落とす。



「…製作者殺す」

「まだ言うか」



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