[03]

おそ松兄さん:「かせんじききて!!!」



 そろそろ風呂に入って寝ようかとしていたところにこのメッセージだ。嫌な予感しかしない。というか、絶対この予感は当たる。

 兄たちは全員いない。上にこの時間。絶対に飲み食いした勘定目当てで呼び出された。彼らはお金に関しては兄弟というものに遠慮はない。まだ学生で弟である俺にすらたかってくる。
 余裕のある時期で心底よかった。これがもしイベントが近ければ地獄しか見なかっただろう。だが態々俺を呼びつけるということはチビ太さんの所だろう。彼らは俺の事を絶対に居酒屋へは入らせない。

 痛む頭を押さえて、いつものパーカーを着て母さんに一言告げてから俺は家を出た。


 あまり走らないようにゆっくりと目的地に向かえば、河川敷にぽつんと一軒の屋台があるのが見えた。カード可と書かれている何ともハイテクなシステムを持ったおでん屋台。六人の男がぎゅうぎゅう詰めになって座っている。
 …いや、既に何人かは飲み潰れていた。俺は一つ溜息を吐いて階段を下りていく。


「こんばんは、チビ太さん」

「お、名松か!さっさとこいつら連れて帰ってくれよ!」


 心底うんざりした様子のチビ太さんを見て同情する。酔っ払った彼らの相手は本当に面倒くさい。特にチョロ松兄さんはああ見えて一番酒癖が悪いのだ。普段ちゃんとしている彼が一度リミッターを外せば場は混沌とする。どうやら潰れている様子を見るに相当飲んで暴れた後なのだろう。


「ほら、帰るよ兄さんたち」

「名松〜」

「あーはいはい。分かったからさっさと帰り支度して」


 いつもより数倍絡んでくるおそ松兄さんをいなしてチョロ松兄さんの方に投げる。一松兄さんはカラ松兄さんが背負うだろうし、十四松兄さんとトド松兄さんはまあお互いがお互いを見るだろう。
 明日が休みでよかった、と俺は既に疲れ切ったサラリーマンのような顔をしているだろう。証拠にチビ太さんがこちらに憐みの目を向けている。



「…いつもいつも大変だなお前ェ…」

「はは…慣れましたよ…兄たちの相手ご苦労さまです」


 お互いがお互いを慰めるように気を使って声を掛けるが、二人とも尋常じゃない程疲れた声色だった。辛い。



「…万超えてないですよね?」

「学生から金取んのは…」

「いいんですよ。寧ろツケまで払えなくてすみません」


 そう言うとチビ太さんは「お前も苦労すんなァ…!」と泣き始めた。彼は人一倍人情のある人なのだ。そこにうちの六つ子がまんまと付け入る訳だが。

 明らかに五千円以上は飲み食いしているだろうに、五千円以上は受け取ってくれないチビ太さんに頭を下げながら少しだけ遠い兄たちの背中を追いかける。おそ松兄さんは待っててくれたようで、少し先の電柱に背中を預けていた。



「先に行っててよかったのに」

「弟おいてく長男がどこにいるってんだよ〜」


 酔いが回りいつもよりふ抜けたへらへらとした笑みを浮かべて俺の頭を撫でるおそ松兄さん。チョロ松兄さんを抱えているので代わりに荷物でも持とうかと思ったが、そういえば俺を含めた松野家兄弟は特に物を持ち歩く習慣がないのを思い出した。

 少し先にいる他の兄弟たちの背中をゆっくり追いかけながら帰路に着く。


「今日はまた随分と飲んだね」

「チョロ松がさぁ、まぁたしゅーしょくしゅーしょくうるさくて!」

「いや、それはチョロ松兄さんが正しい」

「俺は名松にいっしょうやしなわれるつもりだからいーの!」

「うわぁ…」



 一生こいつの為に働かなければいけないのか俺は。しかもおそ松兄さんは別に特別家事ができるとかそんなスキルは持ってない。寧ろ部屋は散らかしたら散らかしっぱなしだ。勘弁してくれ。

 ハァーと息を吐き出せば白くなった。そろそろ冬が近づいてきている。


「…そういえばさ、兄さんたち絶対に俺を居酒屋には呼びつけないよね。何で?」

「なんでって、そりゃあおまえタバコダメだろ?」


 きょとーんとした表情も顔が赤いので間抜け面にしかなっていない。が、少々俺は驚いた。

 俺は喘息を持っていて過度な運動や煙、埃がダメな奴だ。日常生活に若干支障をきたすものの、まあやっていける程度。しかし煙草の煙が充満している居酒屋へと足を運べば確実に俺の肺は全力で危険信号を鳴らすだろう。

 そこらへんはちゃんと考えてくれているあたり、やはり兄なんだなと思った。



「おまえのぜんそく、俺のせいだから」



 ぽつりと呟いたおそ松兄さんの横顔は酷く影が掛っていた。


「…アレルギーのせいだよ。おそ松兄さんのせいじゃない」

「いや。俺のせいだ」


 俺の否定する言葉を食い気味に否定するおそ松兄さん。そういえば酔った彼に俺の喘息の話はNGだったと今更ながら後悔する。まさかそんな理由で俺をチビ太さんの屋台の時にしか呼びつけないとは思わなかった。

 兄たちは決まって俺の喘息を自分のせいだと言う。そんな訳ないだろこのタコと何度も言っているが、そこだけは何が何でも認めずに自分を責めようとする。ドMかよ、と思ったりもするが、それもこれも兄たちの根底にある優しい気質が原因だ。
 俺はそれが嫌で嫌で仕方がない。兄たちに、自分のこの忌々しい病気のせいで責任を感じさせてしまっているのかと思うとやるせない気持ちになる。

 違うのに、違うのに。幼い頃はそうやって大泣きしたが、やはり兄たちは否定はせず困ったように俺の頭を撫でるだけだった。


 金にはハイエナかハゲワシの如く意地汚く執着するというのに、こういう所はまるで壊れ物を扱うかのように接する兄たちに若干困惑する。というか、照れくさいという思いが強い。
 下を向いた俺の頭をおそ松兄さんがぽんぽんと撫でる。


「ほら、かえるぞ名松」

「…ちゃんと前見て歩いて」


 だらしのない兄を一生養うかどうかは置いといて、今だけは面倒を見てやろうとそっと心に決めた。



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