[よいこわるいこげんきなこ(そのに)]
ぱちりと目が覚めると辺りはまだ薄暗かった。俺とチョロ松に挟まれている筈の十四松が部屋の隅に転がっているのを見つけ、俺はずるずると引きずって布団の中に収める。本当にすごい寝相だなあいつ。携帯の電源を入れると画面に5:18と表示されていた。いつも通りの時間に目が覚めた。今日は一旦起き上がってしまったからもう眠れないな。よし。外に行こう。
この世界に来てからというもの、俺の生活はとても健康的になったと思う。朝早くに目が覚め、簡単な朝食を取ってからカメラとスケッチブックを抱えて朝早くから街を徘徊する。…ぼけ老人みたいな言い方しちゃった。まあ、とにかく今俺はとても健康的だ。
欠伸をしながら洗面所に来て歯を磨く。その時ふと昨日飲んだ薬のことを思い出して俺はパジャマを脱ぎ、鏡に背中が映る様にした。
「! 生えてる…」
髪の話ではなく、翼の話です。
なんと、見事に小さな小さな翼が生えていた。少しそこに意識を向けるとぱたぱたと動く。なにこれ、自分の物ながら可愛いんだけど。色は真っ白なので白鳥とか?でもアルビノになったらみんな真っ白だしね。……てか最早天使じゃねーかこれ。十四松とかトド松とか一松とかに生えてきてくれないかな。兄松に生えるのでもいいよ本当にお願いします。この実験が終わったら絶対薬盛ってやる…そして写真に収めるんだ…。
一度意識すると気になるもので、服にひっかかりはしないものの動かせば服も微妙に蠢く。うーん、これラストスパートばれずに過ごせるかな…別にばれても説明すればいいんだけどさ。なんかこう、ドッキリ大成功的なこともしてみたい気もする。いやでもカラ松はまたなんか疑い深い目を向けてきそうだな。いい加減俺の事ちょこっとくらい信用してくれてもいいと思うんだ。兄弟に生えたらカラ松の「マイスウィートエンジェル」って台詞聞けるかな。
相棒たちをバックに詰めて俺は家を出た。外はかなり寒く、息を吐くと白くなった。ザ・冬って感じだな。こういうの風流っていうんだろ俺知ってる。今日は兄弟が起きる前には家に帰ってこよう。末松 と遊ぶ約束したし。
そろそろ雪が降るかもしれないな、と思いながら俺はその辺にいる野良猫や空、電信柱などをカメラに収めていく。まだ薄暗い外は何だかいつも見ている世界とは別に見えて少しだけ楽しかった。休日にまだ日が上る前に目覚めて外出るのなんかテンション上がるよね。まだ寝られるのにってちょっと損した気分にもなっちゃうけど。しかも俺大体この時間に活動してること多いし。
段々と空が明るくなってきたころ、ふと翼の事が気になってちょっとだけ視線を背中の方へ向けてみる。服の下にある翼は小さくぱたりと揺れ、それに合わせて服も少しだけ動いた。
これって空はまだ飛べないけどちょっとくらい滞空することとかできないかな?落下中に少しだけスピード緩めたり見たいなの。私、気になります!
視線を彷徨わすと丁度手ごろな段差があった。階段3、4段分ほどの高さの段差を上がりぴょんと飛び降りるときに翼に意識を集中させる。
「!、〜〜っいだい…っ」
無理でした(・ω<)-☆
いや、本当、こんなちっさい翼でどうにかなる訳ないよねほんとごめん。じーんと足が痛む。ダイレクトに足に伝わってきた痛みは尋常じゃない。この骨の痛みっていくつになっても慣れないわ。
暫くそのまま蹲ってパッと立ち上がる。なんかテンション下がったからスタバァ行ってあったかいの飲もう。ハァ…。
ちょっと期待したのになぁ…即決はやっぱり得策じゃないってことかぁ…。取り敢えず翼が大きくなるまで待てということか。
「……あれ、翼生えたら服着れないよね…?」
とんでもないことに気付いてしまったどうしよう…。
家に帰り、十四松とトド松と野球盤をしている間中俺は何とか服に切れ込みを入れてどうにかならないかと思案していた。お陰で大分生返事みたいになってしまって末松には申し訳ないと思っている。
あれから数日が過ぎた。順調に俺の翼は育ち、今では服でぎりぎり隠せるか隠せないかの大きさになっている。鏡で見るたびに「どう見ても天使なんだよなぁ…」と思う。だって翼真っ白何だもん。本当にすごいよコレ。最近では滞空時間が伸びて十秒くらいなら飛べる(跳べる?)ようになった。まるで常にパラシュートを背負っている感覚だ。ただ翼が真っ白なのがちょっとネックなだけ。俺は自分じゃなくて松たちの天使姿が見たいのだが。毎日夜中翼を確認する度に、終わりに近づいているようで少しだけ寂しいのは内緒だ。「もうすぐ(翼生活とも)さよならかな…」みたいな厨二発言も今だけは許してほしい。
危ぶまれた服の件なのだが、取り敢えずユから始まるシンプルな服ご用達の某大手ブランド店で黒い大き目のパーカーを買い、背中の翼がある部分を横一文字に切れ込みを入れたことで落ち着いた。翼を出せるし仕舞えるしで結構便利です。
デカパンに見せると「お見事だスなぁ〜」と言われた。ついでに、急に翼が開いても上手いこと切れ込みに行くように色々と調整してもらった。あなたの技術がお見事ですよもう。彼が言うにそろそろ最終形態?に入るそうだ。夜中に翼ばさぁとかやって兄弟を起こしたくはないんだけど…一人で夜中起きとくか酒(チューハイ)でも飲みながら。
…あと、最近なんかやたらと兄弟たちが構ってくるんだけど何なのだろうか。背中を取られるわけには行かないから出来るだけ一人になりたいのに、気が付けば退路を塞がれ部屋に軟禁(語弊)されている。ちょっとでも立ち上がろうとしたら何か服の裾掴まれてずるずる引きずられて座らされる。喧嘩売ってるとしか思えないんだけどほんと何なの。突然の反抗期にお兄ちゃん戸惑いを隠せないよ。せめてトイレには行かせて。
今も俺の撮った写真を見ながらおそ松がさりげなく俺の退路を断っている。さりげなくずりずりとイマジナリーライン的な線をずらしてみてもすぐに修正されるか他の兄弟が新たに塞いでくる。ちょっと包囲網しすぎじゃない?そろそろ真剣に外の世界へ羽ばたいていきたいんだけど。
「どうした?名松」
「!、いや、別に」
今まさに正面突破だと腰を浮かそうとしたとき、カラ松が何ともない風に振り向いて俺に笑顔を向けてきた。出鼻挫かれた感半端ないんだけど。くそっ…まさかアレか?「お前らに天使薬盛ってhsprしてやるぜゲッヘッヘ」というゲスい思考がばれてしまったとでもいうのか…?それを阻止するために…?うう…後生ですお願いします…せめて一人だけでもいいんで薬盛らせて…!!
くっ、かくなるうえは今夜にでもこいつらを酒で潰して……あ、ダメだ俺普通のお酒飲めない上に言うほど強いわけでもない。確実におそ松か十四松あたりに潰されるわ。
…んー良い考えが思い浮かばん…取り敢えず、おそ松に今晩ぼっち酒盛りすることを伝えておこう。どんな些細なことでも伝えておかなければ拗ねるんだよねあいつ。長男なのに。可愛い。
四つん這いでおそ松に近づきパーカーを引っ張る。彼は上機嫌で「何だぁ?名松〜」と俺の頭をわしゃわしゃしてきた。ムツゴロウさんかな?
「今日、夜、俺酒盛りするつもりなんだけど…」
「お、そうなの?じゃあ兄ちゃんもお邪魔しちゃおっかな〜」
うんまあそうなりますよね。おそ松が来れば自然と他の兄弟も集まる。ある意味兄弟限定でカリスマレジェンドだよねおそ松って。はぁ〜長男尊い。むしろ六つ子が尊い。
結局今夜の翼覚醒全裸待機酒盛りはいつもの兄弟間でのどんちゃん騒ぎへとシフトチェンジすることになった。別にいいんだけどね。うちの兄弟何だかんだで早寝の奴多いし、俺が一番睡眠欲低いから。
(side_jyushimatsu)
名松兄さんが変。
そう一番初めに気付いたのはおそ松兄さんだった。いっつもパチンコをするときのような顔じゃなくて、とってもあっけらかんとしてとっても真剣な顔をして呟いた兄さん。その手には名松兄さんのスケッチブックがあった。またぱくったみたい。おそ松兄さんは本当に名松兄さんの絵が好きだ。
僕も、最近の名松兄さんは少し変だと思う。いつも以上に早起きで遅寝で、外にいる時間が長い。外に居るっていうか、僕ら兄弟と接する時間が極端に短い。銭湯へも最近は一緒に行っていない。少し…いや、かなり寂しい。生まれてこの方ずっと一緒に居た兄弟なんだもの、他の兄弟も同じようで一松兄さんはいつもよりずっと機嫌が悪くカラ松兄さんへの当たりが強かった。
なんでだろ?名松兄さん僕らの事嫌いになっちゃったのかな? そう考えていたらとっても悲しくなって、いつもより静かにしてバランスボールで遊んでたら名松兄さんが来て、僕の頭を撫でながら通り過ぎて行った。
それだけで僕はすごくすごくうれしくなって名松兄さんに飛びつく。「うぐっ…!?」と声を上げた名松兄さんは何とか足を踏ん張っていた。またやっちゃった、力が強いから気を付けろっておそ松兄さんから言われてたのに…。そんなことを考えていると、ふと名松兄さんの背中に違和感を感じた。なんだかいつもの兄さんの背中じゃないみたいに。
なんだろ?と思って名松兄さんに「名松兄さん、背中どうしたの?」と聞くと、兄さんは「っなにが?別に何もないけど…」と言われた。あれ?ともう一度背中を触ろうとすればスッと避けられて「それより十四松。キャッチボールしよう」と言ってくれたから僕は一気に元気になって「やる!!」と言った。そしたら名松兄さん、ほっと息を吐いて目を細めた。「よかった、いつもの兄さんだ」ってその時は思ってたんだ。
ある日、夜中に目が覚めると名松兄さんが隣に居なかった。僕は何だか嫌な予感がして、チョロ松兄さんを引き摺って家の中を駆けずり回った。洗面所まで来たとき、ほんのり灯りが漏れていたのに気づいてチョロ松兄さんと目を合わし、ちょっとだけ扉を開けて中を確認した。そこには名松兄さんがいた。ちょっとだけ安心して声を掛けようとした時、チョロ松兄さんが僕の肩を掴んで止めた。「なあに?」と聞くと、「ちょっと待って」と言われる。
その時のチョロ松兄さんの顔はとても真剣で、今まで見たこともないくらい切羽詰まったような顔をしていた。僕は大人しくまた名松兄さんに視線を移す。名松兄さんは上のパジャマを脱いでいた。こんな時間からお風呂入るのかな?と思った時、名松兄さんの背中からバサリと白いものが出てきた。
「───!」
ばさ、と小さな音を立てて開いたそれはまさしく羽。真っ白で、ふわふわで、とってもきれいな天使の羽だった。それは名松兄さんの背中から生えていて、兄さんはそれを鏡越しに見て時々ぐい、と引っ張ったりしている。
名松兄さんは天使だったのかな?すごいや!僕の兄弟は天使だった!! 感動で目をキラキラとさせていると、ふと肩に置かれたチョロ松兄さんの手に力が入っていることに気付く。見ると、チョロ松兄さんはこの世の終わりのような顔をしていた。
「…チョロ松兄さん、どうしたの…?」
小さくそう聞いても、何も返してくれない。僕はもう一度と口を開いたその時、名松兄さんが静かにぽつりとつぶやいた。
「…もうすぐ、さよならかな…」
その言葉に僕はハテナマークを浮かべる。僕は馬鹿だから、あんまり言葉の裏に隠れた本心みたいなのを汲み取ったりするのが苦手だ。さよならって、何が?目を見たら何となくわかるんだけどな、なんて思って僕は扉に手を掛けた。その瞬間に、チョロ松兄さんが僕の口を手で塞いで寝室までずるずると引きずっていく。行きしなと逆だ。
寝室に来たチョロ松兄さんは僕を布団に居れて自分も入る。他の兄弟は寝ているから、こしょこしょと小さな声でしゃべるチョロ松兄さんと僕。
「どうしたの?」
「…十四松、今日見たこと、名松には絶対に内緒ね」
「なんで?名松兄さんが天使かどうか聞きたいよ」
「ダメ。明日おそ松兄さんにこのこと言うから」
「……チョロ松兄さん、何に怯えてるの…?」
チョロ松兄さんはまるで何かを怖がっているかのように表情が硬かった。僕が首を傾げてそう問うと、チョロ松兄さんはぐっと言葉を詰まらせて俯く。やがて、ぽつりと呟く。
「…名松、この家から出て行っちゃうのかも…」
がつん、と頭を殴られたような気がした。実際はそんなことなかったんだけれど、それくらい僕には衝撃的な言葉だった。
だって、名松兄さんが、だよ?ただでさえ僕ら七つ子は七人で一つなのに、一番兄弟に甘いって言われてる名松兄さんが僕らの輪から外れるなんて。
僕のショックが伝わったのか、チョロ松兄さんは言葉をつづける。
「名松、さっきさよならって言ってた。…なあ、十四松」
「…なに?」
「天使ってさ…生きてる人間が慣れるわけないよね…?」
そう、だ。 天使様は、人間じゃないんだ。死んだ人が天使になるんだって、どこかの絵本で見た気がする。
…あれ?じゃあ、名松兄さんは?名松兄さんは天使だったけど、今この場にいるよ?なのに、真っ白な羽が生えて、でも、生きてて…。
「……名松兄さん、どっか行っちゃうの……?」
難しいことは考えられない。でも、今だけは必死に考えて考えて、そして答えを見つけた。
名松兄さん、僕らの前から消えちゃうの?そんなの、僕は嫌だ。嫌だよ。
例え表情が無くなっても、羽が生えても、兄さんは兄さん。松野名松は一人だけで、その兄弟と家族は僕らと父さん母さんだけ。その輪の中から名松兄さんだけがどっか行っちゃうなんて、そんなの絶対に嫌だ。
「明日、おそ松兄さんに相談しよう」
「…うん。…名松兄さん、空に還ったりしないよね…?」
「大丈夫、大丈夫だよ十四松」
涙声の僕を慰めるようにチョロ松兄さんは頭を撫でてくれる。
そのうち戻ってきた名松兄さんはいつも通りに僕の隣に身体を滑り込ませた。暫くして規則的な寝息が聞こえると、僕は身体を反転させて名松兄さんの腕にぴったりとくっつく。
どこかに行かないように。どこへも行けないように。
ねえお願い兄さん。僕らを置いて何処かに行くなんて言わないで。
僕を、置いて行かないで。
この世界に来てからというもの、俺の生活はとても健康的になったと思う。朝早くに目が覚め、簡単な朝食を取ってからカメラとスケッチブックを抱えて朝早くから街を徘徊する。…ぼけ老人みたいな言い方しちゃった。まあ、とにかく今俺はとても健康的だ。
欠伸をしながら洗面所に来て歯を磨く。その時ふと昨日飲んだ薬のことを思い出して俺はパジャマを脱ぎ、鏡に背中が映る様にした。
「! 生えてる…」
髪の話ではなく、翼の話です。
なんと、見事に小さな小さな翼が生えていた。少しそこに意識を向けるとぱたぱたと動く。なにこれ、自分の物ながら可愛いんだけど。色は真っ白なので白鳥とか?でもアルビノになったらみんな真っ白だしね。……てか最早天使じゃねーかこれ。十四松とかトド松とか一松とかに生えてきてくれないかな。兄松に生えるのでもいいよ本当にお願いします。この実験が終わったら絶対薬盛ってやる…そして写真に収めるんだ…。
一度意識すると気になるもので、服にひっかかりはしないものの動かせば服も微妙に蠢く。うーん、これラストスパートばれずに過ごせるかな…別にばれても説明すればいいんだけどさ。なんかこう、ドッキリ大成功的なこともしてみたい気もする。いやでもカラ松はまたなんか疑い深い目を向けてきそうだな。いい加減俺の事ちょこっとくらい信用してくれてもいいと思うんだ。兄弟に生えたらカラ松の「マイスウィートエンジェル」って台詞聞けるかな。
相棒たちをバックに詰めて俺は家を出た。外はかなり寒く、息を吐くと白くなった。ザ・冬って感じだな。こういうの風流っていうんだろ俺知ってる。今日は兄弟が起きる前には家に帰ってこよう。
そろそろ雪が降るかもしれないな、と思いながら俺はその辺にいる野良猫や空、電信柱などをカメラに収めていく。まだ薄暗い外は何だかいつも見ている世界とは別に見えて少しだけ楽しかった。休日にまだ日が上る前に目覚めて外出るのなんかテンション上がるよね。まだ寝られるのにってちょっと損した気分にもなっちゃうけど。しかも俺大体この時間に活動してること多いし。
段々と空が明るくなってきたころ、ふと翼の事が気になってちょっとだけ視線を背中の方へ向けてみる。服の下にある翼は小さくぱたりと揺れ、それに合わせて服も少しだけ動いた。
これって空はまだ飛べないけどちょっとくらい滞空することとかできないかな?落下中に少しだけスピード緩めたり見たいなの。私、気になります!
視線を彷徨わすと丁度手ごろな段差があった。階段3、4段分ほどの高さの段差を上がりぴょんと飛び降りるときに翼に意識を集中させる。
「!、〜〜っいだい…っ」
無理でした(・ω<)-☆
いや、本当、こんなちっさい翼でどうにかなる訳ないよねほんとごめん。じーんと足が痛む。ダイレクトに足に伝わってきた痛みは尋常じゃない。この骨の痛みっていくつになっても慣れないわ。
暫くそのまま蹲ってパッと立ち上がる。なんかテンション下がったからスタバァ行ってあったかいの飲もう。ハァ…。
ちょっと期待したのになぁ…即決はやっぱり得策じゃないってことかぁ…。取り敢えず翼が大きくなるまで待てということか。
「……あれ、翼生えたら服着れないよね…?」
とんでもないことに気付いてしまったどうしよう…。
家に帰り、十四松とトド松と野球盤をしている間中俺は何とか服に切れ込みを入れてどうにかならないかと思案していた。お陰で大分生返事みたいになってしまって末松には申し訳ないと思っている。
あれから数日が過ぎた。順調に俺の翼は育ち、今では服でぎりぎり隠せるか隠せないかの大きさになっている。鏡で見るたびに「どう見ても天使なんだよなぁ…」と思う。だって翼真っ白何だもん。本当にすごいよコレ。最近では滞空時間が伸びて十秒くらいなら飛べる(跳べる?)ようになった。まるで常にパラシュートを背負っている感覚だ。ただ翼が真っ白なのがちょっとネックなだけ。俺は自分じゃなくて松たちの天使姿が見たいのだが。毎日夜中翼を確認する度に、終わりに近づいているようで少しだけ寂しいのは内緒だ。「もうすぐ(翼生活とも)さよならかな…」みたいな厨二発言も今だけは許してほしい。
危ぶまれた服の件なのだが、取り敢えずユから始まるシンプルな服ご用達の某大手ブランド店で黒い大き目のパーカーを買い、背中の翼がある部分を横一文字に切れ込みを入れたことで落ち着いた。翼を出せるし仕舞えるしで結構便利です。
デカパンに見せると「お見事だスなぁ〜」と言われた。ついでに、急に翼が開いても上手いこと切れ込みに行くように色々と調整してもらった。あなたの技術がお見事ですよもう。彼が言うにそろそろ最終形態?に入るそうだ。夜中に翼ばさぁとかやって兄弟を起こしたくはないんだけど…一人で夜中起きとくか酒(チューハイ)でも飲みながら。
…あと、最近なんかやたらと兄弟たちが構ってくるんだけど何なのだろうか。背中を取られるわけには行かないから出来るだけ一人になりたいのに、気が付けば退路を塞がれ部屋に軟禁(語弊)されている。ちょっとでも立ち上がろうとしたら何か服の裾掴まれてずるずる引きずられて座らされる。喧嘩売ってるとしか思えないんだけどほんと何なの。突然の反抗期にお兄ちゃん戸惑いを隠せないよ。せめてトイレには行かせて。
今も俺の撮った写真を見ながらおそ松がさりげなく俺の退路を断っている。さりげなくずりずりとイマジナリーライン的な線をずらしてみてもすぐに修正されるか他の兄弟が新たに塞いでくる。ちょっと包囲網しすぎじゃない?そろそろ真剣に外の世界へ羽ばたいていきたいんだけど。
「どうした?名松」
「!、いや、別に」
今まさに正面突破だと腰を浮かそうとしたとき、カラ松が何ともない風に振り向いて俺に笑顔を向けてきた。出鼻挫かれた感半端ないんだけど。くそっ…まさかアレか?「お前らに天使薬盛ってhsprしてやるぜゲッヘッヘ」というゲスい思考がばれてしまったとでもいうのか…?それを阻止するために…?うう…後生ですお願いします…せめて一人だけでもいいんで薬盛らせて…!!
くっ、かくなるうえは今夜にでもこいつらを酒で潰して……あ、ダメだ俺普通のお酒飲めない上に言うほど強いわけでもない。確実におそ松か十四松あたりに潰されるわ。
…んー良い考えが思い浮かばん…取り敢えず、おそ松に今晩ぼっち酒盛りすることを伝えておこう。どんな些細なことでも伝えておかなければ拗ねるんだよねあいつ。長男なのに。可愛い。
四つん這いでおそ松に近づきパーカーを引っ張る。彼は上機嫌で「何だぁ?名松〜」と俺の頭をわしゃわしゃしてきた。ムツゴロウさんかな?
「今日、夜、俺酒盛りするつもりなんだけど…」
「お、そうなの?じゃあ兄ちゃんもお邪魔しちゃおっかな〜」
うんまあそうなりますよね。おそ松が来れば自然と他の兄弟も集まる。ある意味兄弟限定でカリスマレジェンドだよねおそ松って。はぁ〜長男尊い。むしろ六つ子が尊い。
結局今夜の翼覚醒全裸待機酒盛りはいつもの兄弟間でのどんちゃん騒ぎへとシフトチェンジすることになった。別にいいんだけどね。うちの兄弟何だかんだで早寝の奴多いし、俺が一番睡眠欲低いから。
(side_jyushimatsu)
名松兄さんが変。
そう一番初めに気付いたのはおそ松兄さんだった。いっつもパチンコをするときのような顔じゃなくて、とってもあっけらかんとしてとっても真剣な顔をして呟いた兄さん。その手には名松兄さんのスケッチブックがあった。またぱくったみたい。おそ松兄さんは本当に名松兄さんの絵が好きだ。
僕も、最近の名松兄さんは少し変だと思う。いつも以上に早起きで遅寝で、外にいる時間が長い。外に居るっていうか、僕ら兄弟と接する時間が極端に短い。銭湯へも最近は一緒に行っていない。少し…いや、かなり寂しい。生まれてこの方ずっと一緒に居た兄弟なんだもの、他の兄弟も同じようで一松兄さんはいつもよりずっと機嫌が悪くカラ松兄さんへの当たりが強かった。
なんでだろ?名松兄さん僕らの事嫌いになっちゃったのかな? そう考えていたらとっても悲しくなって、いつもより静かにしてバランスボールで遊んでたら名松兄さんが来て、僕の頭を撫でながら通り過ぎて行った。
それだけで僕はすごくすごくうれしくなって名松兄さんに飛びつく。「うぐっ…!?」と声を上げた名松兄さんは何とか足を踏ん張っていた。またやっちゃった、力が強いから気を付けろっておそ松兄さんから言われてたのに…。そんなことを考えていると、ふと名松兄さんの背中に違和感を感じた。なんだかいつもの兄さんの背中じゃないみたいに。
なんだろ?と思って名松兄さんに「名松兄さん、背中どうしたの?」と聞くと、兄さんは「っなにが?別に何もないけど…」と言われた。あれ?ともう一度背中を触ろうとすればスッと避けられて「それより十四松。キャッチボールしよう」と言ってくれたから僕は一気に元気になって「やる!!」と言った。そしたら名松兄さん、ほっと息を吐いて目を細めた。「よかった、いつもの兄さんだ」ってその時は思ってたんだ。
ある日、夜中に目が覚めると名松兄さんが隣に居なかった。僕は何だか嫌な予感がして、チョロ松兄さんを引き摺って家の中を駆けずり回った。洗面所まで来たとき、ほんのり灯りが漏れていたのに気づいてチョロ松兄さんと目を合わし、ちょっとだけ扉を開けて中を確認した。そこには名松兄さんがいた。ちょっとだけ安心して声を掛けようとした時、チョロ松兄さんが僕の肩を掴んで止めた。「なあに?」と聞くと、「ちょっと待って」と言われる。
その時のチョロ松兄さんの顔はとても真剣で、今まで見たこともないくらい切羽詰まったような顔をしていた。僕は大人しくまた名松兄さんに視線を移す。名松兄さんは上のパジャマを脱いでいた。こんな時間からお風呂入るのかな?と思った時、名松兄さんの背中からバサリと白いものが出てきた。
「───!」
ばさ、と小さな音を立てて開いたそれはまさしく羽。真っ白で、ふわふわで、とってもきれいな天使の羽だった。それは名松兄さんの背中から生えていて、兄さんはそれを鏡越しに見て時々ぐい、と引っ張ったりしている。
名松兄さんは天使だったのかな?すごいや!僕の兄弟は天使だった!! 感動で目をキラキラとさせていると、ふと肩に置かれたチョロ松兄さんの手に力が入っていることに気付く。見ると、チョロ松兄さんはこの世の終わりのような顔をしていた。
「…チョロ松兄さん、どうしたの…?」
小さくそう聞いても、何も返してくれない。僕はもう一度と口を開いたその時、名松兄さんが静かにぽつりとつぶやいた。
「…もうすぐ、さよならかな…」
その言葉に僕はハテナマークを浮かべる。僕は馬鹿だから、あんまり言葉の裏に隠れた本心みたいなのを汲み取ったりするのが苦手だ。さよならって、何が?目を見たら何となくわかるんだけどな、なんて思って僕は扉に手を掛けた。その瞬間に、チョロ松兄さんが僕の口を手で塞いで寝室までずるずると引きずっていく。行きしなと逆だ。
寝室に来たチョロ松兄さんは僕を布団に居れて自分も入る。他の兄弟は寝ているから、こしょこしょと小さな声でしゃべるチョロ松兄さんと僕。
「どうしたの?」
「…十四松、今日見たこと、名松には絶対に内緒ね」
「なんで?名松兄さんが天使かどうか聞きたいよ」
「ダメ。明日おそ松兄さんにこのこと言うから」
「……チョロ松兄さん、何に怯えてるの…?」
チョロ松兄さんはまるで何かを怖がっているかのように表情が硬かった。僕が首を傾げてそう問うと、チョロ松兄さんはぐっと言葉を詰まらせて俯く。やがて、ぽつりと呟く。
「…名松、この家から出て行っちゃうのかも…」
がつん、と頭を殴られたような気がした。実際はそんなことなかったんだけれど、それくらい僕には衝撃的な言葉だった。
だって、名松兄さんが、だよ?ただでさえ僕ら七つ子は七人で一つなのに、一番兄弟に甘いって言われてる名松兄さんが僕らの輪から外れるなんて。
僕のショックが伝わったのか、チョロ松兄さんは言葉をつづける。
「名松、さっきさよならって言ってた。…なあ、十四松」
「…なに?」
「天使ってさ…生きてる人間が慣れるわけないよね…?」
そう、だ。 天使様は、人間じゃないんだ。死んだ人が天使になるんだって、どこかの絵本で見た気がする。
…あれ?じゃあ、名松兄さんは?名松兄さんは天使だったけど、今この場にいるよ?なのに、真っ白な羽が生えて、でも、生きてて…。
「……名松兄さん、どっか行っちゃうの……?」
難しいことは考えられない。でも、今だけは必死に考えて考えて、そして答えを見つけた。
名松兄さん、僕らの前から消えちゃうの?そんなの、僕は嫌だ。嫌だよ。
例え表情が無くなっても、羽が生えても、兄さんは兄さん。松野名松は一人だけで、その兄弟と家族は僕らと父さん母さんだけ。その輪の中から名松兄さんだけがどっか行っちゃうなんて、そんなの絶対に嫌だ。
「明日、おそ松兄さんに相談しよう」
「…うん。…名松兄さん、空に還ったりしないよね…?」
「大丈夫、大丈夫だよ十四松」
涙声の僕を慰めるようにチョロ松兄さんは頭を撫でてくれる。
そのうち戻ってきた名松兄さんはいつも通りに僕の隣に身体を滑り込ませた。暫くして規則的な寝息が聞こえると、僕は身体を反転させて名松兄さんの腕にぴったりとくっつく。
どこかに行かないように。どこへも行けないように。
ねえお願い兄さん。僕らを置いて何処かに行くなんて言わないで。
僕を、置いて行かないで。