[よゐこわるいこげんきなこ(ふぁいなる)]

※メリバ。微グロ注意。





 季節限定のチューハイって当たり外れが大きい。大体当たりなのだが、外れた時のあの衝撃的な不味さと言ったら他の比ではないくらいだ。あれならぶっちゃけ日本酒とか飲んでる方がまだマシだ。
 しかしいくら当たりが美味しいからと言って限度ってものをちゃんと考えないといけない。ハメを外した後に後悔するのは絶対に自分なのだから。

 何が言いたいかっていうとお酒はほどほどにしなさいって話です。


 ぐで〜っと床に転がっている兄弟たちを見て俺はため息を吐いた。もちろん心を落ち着かせるためだ。泥酔してその拍子に一夜の過ちからのお互い意識して紆余曲折あってからのゴールインとか素敵やん。始終ビデオカメラに収めたい。
 この居間の中で現在ちゃんと意識がはっきりあって身動きの取れる人間は俺一人だけだった。後は皆お酒が回っていてまともに起きている奴はいない。

 開始直後からやたらめったらに酒を進めてくるチョロ松とおそ松に早々に潰されると危惧した俺は、ある程度飲んで一松が酔ってきた辺りで潰れた風を装って部屋の端っこで仮眠を取った。炬燵で寝ると風邪引くから。目が覚めた時は末松に挟まれてたから寒くなかった。その時には既にカラ松とおそ松以外は既にダウンしていたようで、おそ松と珍しく最後まで残っていたカラ松は話もそこそこに酒を煽っている状態だった。俺が起きたのを見たおそ松はまた俺に酒を進め始めたが、頭が痛いからとそれを断ったのは正解だったようだ。
 酔っていた二人にさらに酒を回して潰れるのを待つことができた。

 これでこの家で意識のあるのは晴れて俺だけになったという訳だ。因みに父さん母さんは既に就寝済みである。「程々にしなさいよ〜」と言った母さんの言葉は兄弟には届かなかった様だ。
 ごろりと床に転がっている一升瓶やら空き缶やらを集めてそれぞれのゴミ置き場に持っていく。本当にどんだけ飲んだんだこいつら…兄弟内でザル基上戸と下戸がぱっきり分かれているとはいえザル組の酒の摂取量は異様だと思う。因みにザル組はおそ松カラ松十四松で下戸組は一松トド松チョロ松だ。いや、チョロ松は若干上戸寄りか?自制するときはするんだが一度タカが外れると狂ったように飲んで暴れて突然の睡眠を貪り始めるのでちょっとよくわからない。決まってその次の日は二日酔いでぶっ潰れている。俺は一応下戸に入るみたいだ。まあ日本酒とか飲めないしね。


 一度居間に戻ったが、炬燵の外で転がっている弟松たちを見て毛布くらい掛けたげないとという使命感に駆られた俺は七つ子ルームへと足を運ぶ。毛布といっても、七つ子で使う用のくそでかい奴しかないんだけどな。アレ二階から一階に運ぶの無茶だわホント。翼使って飛んだらちょっとは楽なんだろうか。いやでも見られたらちょっと面倒くさいしなぁ。

 そんなことを考えながら毛布をどうにか折りたたんで持ち上げようとすると、背中に激痛が走った。


「―――っぁ゛!」


 あまりの痛みに膝から力が抜けて毛布の中にぼふんと倒れ込む。その間も痛みは断続的に背中を刺激していた。ちょうど翼の付け根辺りだろうか。もしやこれ来ちゃったんじゃない?


「っい゛、だ、ぁぁ…っ」


 ってか尋常じゃないよこの痛み。最終形態に入るのこんな痛いの?自分自身の身体を掻き抱くように腕を肩に回す。…*静寂と孤独* あほなことしてる場合じゃねえな。しかしこの痛みをあいつらに味合わせる訳には行かないなぁ…本当に痛いし。
 じんじんビキビキと痛む背中。いっそ気絶したいと思いながら額に脂汗を浮かべて俺は痛みに耐える。ドMの素質を開花させておけばよかっただろうか。







「――!! う、ぁあ゛っ」



 先ほどよりも鋭い痛みが背中を一気に襲った。その瞬間、背中からバサァと音が聞こえる。


 肩で息をしながら俺は背中に手を当てようとして、やめた。翼の具合を確かめる為だったが、既に自分の視界に入るくらいに大きくなった翼が見えて意味を成さないと理解したからだ。こんなにも立派になった翼は暗い部屋の中ではほんの少しだけ発光している見たいに綺麗で透き通っていた。これ本当に何の鳥だろう。しっかしまあ七つ子ルームが羽まみれになってしまったのは、あとで謝らないと…。ひらひら舞っている羽を一つ掴んで溜息を吐く。服はデカパンが調整してくれたおかげで大した損害はないようだった。良かった。



 その時、ふと背後から音が聞こえた。バッとそちらを振り向くとおそ松が目を見開いてこちらを凝視している。 やべえ。バレた。いや、別にいいんだけど。最悪のタイミングでバレた。どうする?説明するか?いやでも「鳥人間薬で翼生えました〜☆きゃぴるん☆」とか言われても俺なら問答無用で病院を勧める。頭の方の。…三十六計をするしかないか。取り敢えず心を落ち着かせるために。

 何も言わずに固まっているおそ松から視線を外して俺はベランダへと続く窓を見た。幸いなことに鍵は掛かっていない様子だったので、俺は立ち上がって窓の方へと走る。翼をバサリと広げて窓の取っ手に手を掛けた。


「! うわっ」


 前のめりに掛けていた体重が一気に後ろに引っ張られる。次に襲ってくる衝撃に目を瞑るが、思ったほどの大きいものではなかった。羽がクッションになったこともあったのだろう。
 何が何だか分からず混乱していると、ぎゅっと身体が圧迫される。


「…おそ松兄さん…」



 おそ松が俺を抱きしめ、翼に顔を埋めていた。おい、俺がもふもふ堪能できないのに一番乗りってちょっとずるくね?俺もやりたいんだよできないけどね?そこ代われよ。
 ちょっと離せそして翼を触るなダイレクトに神経繋がってるっぽいんだよこれ! そんな思いを込めて身を捩るもびくともしない。腐っても長男…!素敵やん…!! 
 身を捩れば捩るほどおそ松の力は強くなった。しかしそこでへこたれる俺ではない。人生ネバーギブアップ。ぐいぐいおそ松の腕を引っ張ったり抵抗していると、痺れを切らしたのかおそ松は俺の頭を掴んで布団へと押し付け馬乗りになった。

 アッ――ちょっ、首痛い首痛い首痛い。あと頭蓋骨砕けそうだからちょっと力緩めてくれると名松うれしいな〜。


「…―――逃がさない」


「…え、」


 突然の宣言(AA省略)。ちょっと待ってよ、別に一回くらい見逃してくれても良くない?そりゃ、アレだ。仲間はずれ嫌いなおそ松に隠し事(笑)してたのはちょと悪かったと思ってるけど…いやこの場合俺の方が仲間はずれ感否めないよね?

 俺のそんな思いは届かなかったようで、おそ松は頭のはそのままに俺の肩から手を放して翼をぐっと掴む。


「これが無ければいいんだよな?」

「――っお、そ」



 徐々に翼を持つ手に力が籠められる。本気で待ってほしい。おそ松さん、それ千切る気?冗談だよね?結構というかかなりというかマジで痛いと思うよ?俺がね?何よりも俺がね?おそ松は力込めて「ヒャッハー我慢できねえ!!」って暴れればそれで終わりだろうけど俺にすんごいダメージ来ると思うよ?神経一応繋がってるからね?

 翼の付け根からミシミシという嫌な音が聞こえ、同時に鈍い痛みもどんどん加速していく。必死に抵抗しようとするが馬乗りになって頭を押さえつけられているのでまともな行動は起こせない。頭が不自由になると人間、どうしてもうまく身体を動かせないというのは本当のようだ。


「ま、って…!にいさ、やめて、やめ…っ」

「大丈夫だからな、名松」


 おそ松の声がすぐ近くで聞こえる。痛みで意識が朦朧としてきた。あの、もし仮に全部千切り終えたとして布団が惨殺後の流血事件現場パラダイスみたいになっちゃうと思うけど大丈夫?血が出るかとうか分からんけど、この痛みだと恐らく多かれ少なかれ出ちゃうと思うよ?

 ああ、もう本格的に意識が混濁してきた。目の前がちかちかするし呼吸も荒い。
 俺、死ぬんじゃないだろうか。









「兄ちゃんが助けてやるから」





 ぶちり、という何かが引き裂かれる音と同時にその言葉が聞こえ、それを最後に俺は意識を失くした。
































(side_osomatsu)




 チョロ松から話を聞いた直後に立ち上がったカラ松を止めるのはそりゃもう骨が折れた。言葉の綾とかではなく本当に。骨が折れる(物理)ってやつだ。

 カラ松は何かにつけて名松に対して過保護だから仕方がないが、それにしても今回ばかりは我慢ならなかったようだ。まあそれもそうか。


「名松の背中に羽が生えてたんだ…真っ白の。それに、「もうすぐさよなら」って言ってた。
……名松、泣きそうだった」


 そんなこと聞いて黙ってる兄ないし弟がいるだろうか。少なくとも松野家にはいないようだ。
 最近背中を妙に気にしたり一人きりになりたそうにしていたのはそういうことだったのか。そりゃあうちの兄弟皆天使だとか思っちゃったりすることもあるよ?え、ブラコン?お互いさまだからいいんだよ。だのに、本当に羽が生えてるだなんて思っても見なかったし、それで「ばいばい」と言われて空に羽ばたいてかれたらきっと俺は気が狂ってしまうかもしれない。

 俺達は七つ子だ。生まれた時から死ぬ時までそれは変わらない。誰一人欠けてはいけない。そうやって、ちゃんとわかって理解して今まで生きてきたんだと思っていた。
 でも違った。
 名松は、この松野家という巣から、七つ子というカテゴリーから外れようとしている。…外されようとしている。それは決して許されないことだ。七人で一つなのに、一人が欠けたら四肢の一つをもがれたような痛みが、違和感が、不快感が伴う。


 絶対に名松が俺達から離れる事がない様にしなければならない。



 まず、誰かしらが名松と行動を共にする。少し窮屈そうにしていて良心が痛んだが、絶対に一人にしてはいけない。
 そしてできることなら、あいつを家から極力出さないようにする。俺達の視界から消えないように、俺達の周りからぬくもりが消えないように行動を制限する。それにも名松は何か言いたそうだったが、結局兄弟に甘々な名松は特に文句を言うことはなかった。






 そして、終にやってきた。 その日のお昼に名松は「夜に一人で酒盛りをする」と言った。その言葉を聞いて俺達はすぐにピンと来る。ああ、"今夜"が"その時"なのだと。俺達を何とか酔い潰して、誰にも何も言わずにこの家から出て行ってしまうつもりなのだろう。俺も参加することを名松に伝え、目線だけで一松とカラ松を見る。二人は僅かに頷いて酒の買い出しに行くと言った。出来るだけアルコール度が高いものを買ってくるようにメールで伝える。





 俺達を潰すつもりなら逆に潰してしまえばいい。その発想は正解だったようで、名松は酒盛りが始まってしばらくして一番に潰れ、部屋の端でブランケットに包まれてすやすや眠りだした。


「あーあー…酒に弱い癖になんでこういう作戦とっちゃうのかねえ…」

「名松らしいっちゃ名松らしいよ。力技じゃないところが。ちょっと疎かだけど」


 そう言った俺達を後目に一松とトド松が名松に近づき、ブランケットを剥いでゆっくりとパーカーを捲った。
 すると、服に引っかかった後真っ白な羽が床にへにゃりと垂れる。小さくぱさ、と音を立てたそれはまさに天使の羽としか形容しようがない程白く綺麗だった。

 少し離れたところから見ている自分ですら息を呑んだくらいなのだから、間近でみた一松とトド松はどう思ったのだろうか。


「…―――きれい」

「…そう、だね」


 やっと喋ったのはそんな二言。しかしそれ以上は何も言わない。別に言葉なんていらないのだ。
 カラ松なんかは羽から少しも目を逸らさずにガン見している。顔がマジすぎてお兄ちゃんお前が怖いわ。


「触ったら起きるかな…」

「やめときなよ。汚れる」


 羽が。 トド松もそれに怒ることなくそうだね、と言って一枚だけ写真を撮ってまた服とブランケットを戻した。
 十四松が珍しくハイペースで飲んでいる割には元気がないようで机にぐでっと脱力している。チョロ松も又然りだ。


「元気ねえなお前らー」

「…僕たちは一回見ちゃってるからね。最悪なんだか最良なんだかよくわからないタイミングで」

「……名松兄さん、本当に帰っちゃったりしないよね?大丈夫だよね?」

「だーいじょうぶだーって!だって」


 あいつの帰る場所はここだろ?


 そう言うと十四松とチョロ松は少しだけ笑って「そうだよね」と言った。
 ちらりと名松を見ると、ブランケットを取られたのが寒かったようで少し身を捩ったが、それでも目を開けることはなく寝息を立てる。おーおー、幸せそうな顔して寝ちゃって…。

 取り敢えず名松は潰した。なら俺の仕事はもうないな、と上機嫌で酒を呷った。


















 しかし、俺の考えは甘かった。途中で名松が起きることなんて考えてなかったし、自分が寝落ちすることも考えてなかった。一応兄弟内で一番酒に強い自信があったからだ。人はこれを慢心という。

 名松に勧められた酒を飲んでからの記憶がなく、目が覚めれば部屋は真っ暗で少しだけ綺麗になっていた。空き缶や空き瓶が無くなっているから、誰かが持って行ったのだろうと痛む頭を押さえて辺りを見回す。
 その瞬間、俺は立ち上がり居間を出た。名松がいないのだ。

 どくどくとうるさい心臓を押さえつけて玄関へ行く。見ると名松の靴はあった。まだこの家の中にいるのだろうか。それとも靴を履かずに?そんな考えがぐるぐる頭の中で回り呆然としていると、ふと廊下に何かが落ちていることに気が付いた。


「…これ」


 拾い上げたそれは羽だった。一片の、この真っ暗な空間には些か似合わない綺麗な白い羽。俺は顔を上げて前を見る。羽は続いて廊下の奥へと落ちていて、俺達の部屋がある二階の階段の真ん中にも落ちていた。まさか二階に?
 俺はひゅっと息を呑み、出来る限り音を立てずに階段を上る。やけにぎしぎしと鳴り、いつもよりずっと道のりが長く感じた。


 俺達の部屋の前まで来ると、部屋の障子が開けっ放しになっていた。俺は息を潜めてこっそりと中の様子を伺う。
 すると、その時急に視界が真っ白になった。バサリという音しか聞こえず、思わず目を瞑る。  暫くして恐る恐る目を開けると、大きな翼を広げている名松の姿が目に入った。ぜえはあと肩で息をして苦しそうにしている。
 俺はふらりと部屋の中に誘われるようにして入った。その時肩が障子に当たりガタ、と音を立ててしまう。びくりと驚いたようにこちらを見た名松。「拙い」、名松の瞳はそう語っていた。





 その瞳を見て、俺の中に言い知れない感情が土砂崩れのように雪崩れ込んできた。






 窓へ駆ける名松の羽を掴み、自分の腕の中へ引っ張り込む。腕の中に閉じ込めても名松は抵抗した。頬にあたる羽は痛いどころかむしろ心地の良い肌触りだった。

 名松は本当に帰りたい、還りたいのだろうか。この家を出て、たった一人で。名松は良くても俺は良くない。俺は名松がいないと死ぬ自信がある。名松の撮った写真を見れなくなるのも、名松が描いた絵を見れなくなるのも、偶に息抜きと称して作ってくれる少し形が歪な兄弟を模った人形が見れなくなるのも、俺は嫌だ。
 ぐっと力を入れてもばたばたと暴れる名松。

 弟相手にあんまり手荒な真似はしたくないが…仕方がないか。俺は名松の頭を掴んで布団へ押し付け、倒れ込んだ身体に馬乗りになる。そこでようやく名松の力が緩んだ。

 は、は、と荒い息を吐く名松にぞく、と背筋に何かが通る。一松じゃあるまいし、俺に加虐趣味なんて無かった筈なんだけどなぁ。


「…―――逃がさない」


 絶対に。絶対に、逃がしてなんかやらない。
 俺は肩に置いていた手を離し、名松の羽の付け根を握った。力を入れると名松から小さく悲鳴が漏れる。


「これが無ければいいんだよな?」

「――っお、そ」


 ぎりぎり力を込めて行けば名松は泣きそうな声になる。普段真顔のマジトーンしか耳にしないので、少し新鮮だ。
 そういえば、この羽は千切ったところで血は出るんだろうか。名松は痛そうにしているから神経は通っているんだろうが、何分天使の羽なんてお目に掛かったことがないのでよくわからない。もし血が出たら俺達の布団がお釈迦になるのは確実だろう。

 力に任せて案外脆いそれを引っ張る。ミシミシ、ミチミチと嫌な音を立てるたびに名松から引き攣った悲鳴が漏れた。


「ま、って…!にいさ、やめて、やめ…っ」



 遂にはぼろぼろと涙をこぼし始める名松。 普段の俺ならば頭を撫でて慰め、さりげなく原因を突き止めることに徹するだろう。しかし今はそれはできそうにない。始終だれが要因かなんてわかっているし、今慰めたとしても意味を成さないだろうから。

 俺はスッと名松の耳元に口を寄せた。


「大丈夫だからな、名松」



 お前を連れて行こうとするこの悪者はすぐに俺が消してやるから。そしたら、お前も俺達もいつも通りの日常に戻れるだろう?

 …ああ、でも名松は少しだけ変わっちゃうか。でもまあ、仕方ないよな。名松を守るためには少し厳しいこともしなくちゃいけないから。




「兄ちゃんが助けてやるから」




 ぶちりと千切れた名松の片翼は、ぶわりと幾百もの羽となった。予想とは裏腹に血は一滴も出ず、しかし名松の背中には羽がちぎれた痕が残る。これはこれで良いな。
 今ので名松は気絶してしまったようだ。その方が名松も楽だろう。さて、と俺はもう片方の翼へ手を掛ける。


「あー…明日も一回買い物行かなきゃなー」



 首輪と鎖と…あとは手錠とか?それにこの羽が散らばった惨状を片付けるためのゴミ袋も。俺は手の力を緩めずそのままにし、周りを見回した。


「……はは、これがホントの羽毛布団、ってか?」


 またぶちっと翼が千切れる。
 それと同時に、居間の障子が乱暴に開かれる音が聞こえた。










 ―What a pity!It is a bad ending!残念! バッドエンドです!



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