[IF.よゐこわるいこおんなのこ]

※拍手コメントで「よゐこ主が女の子ならどないなるんや?」って聞かれたのでそれの答えです。こうなります。たぶん。














 松野家のど真ん中に入れ替わって(?)から早数年。…女になってから早数年。俺は今日も今日とて外でカメラを構えて被写体をレンズで捉える作業に没頭していた。……いや、別に働いてない訳じゃないから。副業ちゃんとやってるから。イメージグッズとか作ったりして多少の利益は出てるから。…虚しい…。



 数年前、目が覚めたら見知らぬ林の中とか笑えないよね。一瞬本気で死を覚悟した。しかも服装がセーラー服で動きにくかったし、そのお陰でいろんなところ引っ掛けまわってボロボロにしちゃったし。…そんで、いきなり六人も兄弟ができちゃうし。本当にあの時期は混乱し過ぎてまともに対人しても会話が出来なかった。一日ボーっとして素数を数えてるだけで終わってたと思う。結構傷だらけだったから入院しちゃったし。でも怪我の割には入院の期間長かったなぁ。それに六人の兄弟や両親もひっきりなしに来るもんだから、一体何の祭りかと思ったよ。


 で、その兄弟っつーのがさっきも言ったと思うけど松野家なのです。あの、「おそ松さん」のな。びっくりだよね?俺が一番びっくりした。目が覚めたら六人おんなじ顔があるんだもの。ぶっちゃけリアルで見たら怖かった。確かにこれはドッペルゲンガー疑っちゃうわ。まだあの時は学生で見分けがそんなにつかなかったってのもあるかもしれないけど。
 病院に居るときに看護師さんや彼らが話していたことを盗み聞きしてまとめた結果、俺が松野家の長女で六つ子…いや七つ子?の真ん中っ子だというのをそこで知った。理論上七つ子とか無理だと思うんだけど、そこは何らかの力が働いたと思っておこう。

 …まあその、そこで色々とめっちゃくちゃに気を使われた訳。俺を発見した当時、物凄くボロボロで生気のない目(これは今もだけどね!)をしていたので、その、アレです。えっと、…男の人に、ね?無理やり襲われたんじゃないか、みたいな…そんな感じに疑われちゃったり勘違いされちゃったり、そんでそん時の俺はマジで混乱中で何も言えない状態だから……本当に申し訳ない。ぶっちゃけただ現実についていけなくなったクズがリアルエスケープを極めてたってだけなのに。母さん…松代さんとかトト子ちゃんなんかにすんごい気使われたんだよ…居た堪れない…。
 退院して年を跨いでからはこの話題がなんか俺の前では禁句みたいになっちゃってるみたいだし…松野家に気使わせちゃってて俺ホント五回くらい死んだ方がいいかもしれないな。見た目は女の子でも中身干からびたおっさん(笑)だぜオイ。


 ハァーと溜め息を吐くが虚しく空気が白くなるだけだ。もう冬も終盤なのにまだ息が白くなるんだな。風流だ。時間帯がそろそろ夕方になるからというのもあるかもしれないが。俺はカメラの電源を落とし肩に掛ける。そのままベンチに座って空を見上げた。


 とても綺麗な夕焼けである。鴉が黒い影を作りながら山の方へ飛んで行っているのを見て、俺は何だか無性に某機械の歌姫が歌っている坂がついてるあの歌を歌いたくなった。とはいっても、一人で外で歌うなんてそんな恥ずかしい真似できないのだが。何だか憂い気な顔をすることしかできねえな!それにこの世界にあの歌姫はいないのだ。悲しきかな…。

 お腹空いた、とお腹を抑え早く帰りたいとも同時に思う。ならさっさと一人で帰ればいいものの、それはしてはいけないことになっている。
 というのも、俺は学校を卒業してから午後六時以降を一人で出歩いたことがないしそれを許されていないからだ。


 急に目の前に影が出来る。顔を上げるとそこにはマスクをつけたいつものパーカー姿の一松が立っていた。


「名松姉さん」

「…一松」

「迎えに来た。帰ろ」

「うん」



 スッと手を差し出してくる一松。

 高校を出てからというもの、帰る時間になるとどこからか兄弟の誰かが現れて一緒に家に帰るというのをほぼ毎日欠かさずやっている。別に俺が頼んだわけじゃない。そんなこと恐れ多くて出来るわけがない。気が付いたらこんなことになっていたのだ俺は無実だ。
 どこに居ても、街から離れても建物内にいても隠れてもどこからともなくやってくる松野兄弟に俺は最初はうすら寒い物を感じていた。なんだお前ら、兄弟レーダー有能過ぎない?俺にもそのレーダーくれない?できれば絡みのある時だけビンビンに反応するタイプのがいいな。初めの方は別に迎えに来なくてもいいといつも言っていたが、おそ松による無言の圧力(笑顔百万ボルト)によってそれは完封された。可愛かった悔しいくそっ。

 まあ、松野家唯一の女の子だし、過去に勘違いだが色々あったので心配する気持ちはまあ分からなくはない。しかしながらだな、もしこれで俺が普通の女性だったから確実に「もう!今度から兄弟の洗濯物と私の洗濯物一緒に洗わないで!!」って松代さんに直談判してるところだぞ。構い過ぎも度を超すと過干渉とかそういうレベルじゃなくなるから、程々の方がいいと思う。
 しかし俺的には松野家のプライベートな絡みが間近で見れるのは垂涎ものなので、特に邪険にはしていない。そもそも松野家邪険にするとか良心痛んでできない。そんなことしたら死ぬと思う。



「今日どこ行ってたの」

「商店街の方行って、その後公園」

「…本当に?」

「……ねこの、集会にも行った」

「見せて」


 勘が鋭い一松に今日行った場所を言うが、やはりツッコまれてやむなく猫を盗撮していたことを告げる。こういう時本当に察しが良いんだよねえこの子。あんまり空き地とか人のいないところには行くなと言われているので、これはまた後々怒られるだろうなぁ…。


 一眼レフの電源を再び入れて一松に渡せば彼はほんの少しだけ口元を緩めてそれを受け取った。可愛い天使かよ。
 俺はそんな一松を横目に足元にあった石をカッと蹴り飛ばす。


 誤解されているのならその誤解を解けばいい。俺は何度も何度もそれを試した。しかし結果は惨敗。特にカラ松の疑うような探るような、兎に角鋭い視線にいつも最後は何も言えなくなってしまうのだ。あの人ほんと眼光鋭すぎて怖い。
 ならばと必死に自分なりに元気ですよアピールすればその内納得してくれるんじゃと思いそれを実行に移すもやはり完封された。
 トド松に何て言われたと思う?「お願い姉さん、もうそんな顔しないで…お願い…」って……おい俺の顔そんなに酷かった?トド松半泣きだったんだけど、俺の顔そんなに絶望するほどえぐいの?

 もうね、こっちが泣きたいですわ。可愛い可愛い弟にそんなこと言われて絶望しない兄基姉がいるだろうか、否。割と洗面所とかで頬っぺた引っ張ったりしてちゃんとした笑い方を勉強したりしたが、何の成果も得られませんでしたァ。


「…一松」

「なに」

「私、もう一人でも大丈夫だよ」


 もう一々お迎え来なくてもええんやで…。てかマジで面倒くさくないの?ローテしてるとは言え毎日だぜ?そりゃ天気悪い日は俺外出ないけど、それ以外本当にほぼ毎日だぜ?俺なら三日で飽きるよ。
 そろそろ兄弟の負担を無くしたい俺は本当にもういいんだぞいという思いを込めて、言葉を噛み締める様にそういった。すると、一松がぴたりと足を止める。少し進んで俺も足を止め、振り返った。


「……一松…?」



 一松は俯いているのでどういう表情をしているのか分からない。少しだけ肩が震えている。嬉しすぎて感動してんの?と思い一松に手を伸ばすと、その手をガッと掴まれた。握力強すぎィ。



「なんで」

「いちま、」

「何でそういうこと言うの」


 顔を上げた一松はいつもの怠そうな目とは違い、ギラギラとしてどこか捕食者を連想させるような雰囲気を出していた。要は、なんかすんごい切れてる。どしたん。


「一人で大丈夫?…そんな訳ないじゃん。姉さんは一人になっちゃダメなんだよ、姉さんは一人じゃ何もできないでしょ。僕や他の兄弟がいないと、姉さんはすぐダメになっちゃう。…壊れちゃう。だから一人なんて絶対ダメ。今だって外に出したくないのに、そんな事言ってると本当に家から出られなくするよ」


 ちょっと、一松にしては珍しい早口で何言ってるのかよくわかんなかったんだけど、とにかく貶されてるのだけは理解できた。流石に一人で米炊くことくらい出来るわ舐めんな。
 俺も随分と低く見られているようだな…や、この歳で彼氏なし職なし取柄なしのニートだから実際立ち位置は底辺なんだけど。彼氏無しは許して中身男だから。一松にここまで馬鹿にされるのもいっそ清々しい。新しい扉が開いたりはしないが、何だか新鮮なものを感じる。

 というかちょっと手の力緩めて貰ってもよろしいですかね。結構めりめりいってんだけど、一松さん。



「…一松、痛い…」

「……」

「いちまつ…」



 俺の腕を掴んでいる一松の手に空いている方の手を重ねる。一松は暫く無言だったが、ややあってから徐々に力を緩めてくれた。弟が素直な子で本当によかった。

 まあ力は緩めても離してはくれないんだけどね。



「……帰るよ」

「…うん」



 先ほどの荒々しさから一変し、元の落ち着きを装う一松。カメラを自分の肩にかけて俺の手を引く一松は学生時代の、あの小さい背中ではなく成人男性の大きな背中をしていた。猫背ではあるが、やはり彼ももう大人の男なんだなというのを今更ながらに実感する。

 きっと一松は今日の事をおそ松たちに報告するのだろう。兄弟間で最早恒例となっているらしいから。正直、もういい大人なのでそれだけは何としてもやめさせたい。しかもちょっとでも気に入らないことがあればチョロ松が率先して俺に説教してくるんだもの。絶対今日の事も怒られるだろ。怒られポイント全然わかんないけど。
 握られている手を見つめ、俺は帰ってから起こるであろう事態を考え一抹の不安を覚えた。
 一松だけにってな。自分の才能が怖い。





































(side_ichimatsu)



 僕には一つ年上の姉さんがいる。…年上と言っても年齢事態は変わらない。生まれた順番が一つだけ先だったというだけだ。僕らは世にも奇妙な七つ子だから、歳は同じでも生まれた順番で上下が決められた。
 むさ苦しい男兄弟の中でたった一人だけ女の子だったのが名松姉さんだ。

 彼女は僕らクズの中で一人だけちょっと異質だった。女の子だからっていうのもあるだろうけれど、それとは別にもっと違う何かが名松姉さんの中にあるんだろうと僕は思っている。
 写真を撮ることと絵を描くこと、あとちょとした物を作ったりするのが好きで、天気が悪い日なんかは外に出ず居間でずっと十四松やトド松のリクエストに応えて色々と作ったり描いたりするような人。それが松野名松。一見不愛想にも見える鉄仮面というか、真顔加減だが本当はとても優しくて笑顔の似合う人。数年前の事件がきっかけで表情は無くなってしまったが、本来の優しい気質は変わっていない。


 数年前、名松姉さんは数日間行方不明になった。当時はそりゃもう大騒ぎで、僕らも毎日毎日夜遅くまで姉さんが行きそうな場所を探していた。それでも全く片鱗すらも見つけられず、絶望が見えてきた頃姉さんが見つかったと連絡があり、安堵する暇もなく病院へ直行したが、その日は何故か姉さんには会わせてくれなかった。会えたのは母さんだけで、家に帰ってきた母さんは怖い顔で父さんとずっと話し込んでいた。
 次の日無理を言って姉さんに会いに行ったが、一度ちらりとこちらを見ただけで後は何の反応もなかった。文字通り、何も。
 母さんやおそ松兄さんたちが何か話しかけてもシーツを握りしめて俯いているだけで、身体はほんの少しだけ震えていた。姉さんは傷だらけで、自慢だった長い髪の毛はばっさりと短くなってしまっていて、それが何だか無性に悲しかったのを覚えている。


 あの時の僕らは馬鹿だったから何が何だか分からなかった。どうして姉さんが反応してくれないのかも、父さんと母さんが暫く怖い顔でずっと病院と警察を行き来していたのかも、姉さんが傷だらけなのかも。
 でも年を取るごとに、世間を理解していくごとに段々とその全貌が見えてきて、僕らは殺意を通り越した黒い感情を覚えその日からずっとその思いを胸に秘めて過ごしてきた。

 姉さんはただ行方不明になっただけじゃない。…―――誰かに乱暴をされたのだ、と。
 それから僕ら兄弟はゆっくりと、だが確実に"良い子"から逸れて行った。元々良い子なんて柄じゃなかったけど。…特におそ松兄さんとかはね。

 名松姉さんだけがあんな辛い思いをするだなんて絶対に許せない。許されていい訳がない。そんな俺達を見て姉さんは無理に明るく振舞おうとしていたけれど、既に表情筋は家族以外では喜怒哀楽の判別が出来ない程機能していなかった。無理に笑おうと鏡の前で頬をぐい、と引っ張る姉さんを見てトド松が泣いていた。



「名松からは絶対に目を離すな。絶対に、何があってもだ」



 以前カラ松から言われた言葉に、僕はキレ気味に「何当たり前のこと言ってんだ殺すぞ」と返したことがある。いつもなら怯えるあいつだが、その時は全く意に介さずに何を考えているかは分からない、それでも真剣な目をしていた。後から十四松に聞いた話によると、姉さんの腕にリストカットの痕を見つけたらしい。それも一つや二つじゃなく、幾つも。

 だから僕らは成人を過ぎた今でも名松姉さんの行動を逐一監視している。姉さんの携帯はもちろん、よく使うシャープペンシル、一眼レフ、ブルーライトカットの眼鏡、一組しかない姉さんの靴…ありとあらゆる物にGPSを仕込んでいる。発案者はチョロ松兄さんだ。流石、真のサイコだなとその時は感心した。
 そこからは夕方五時前後には必ず名松姉さんの手を引いて家に帰るのが僕らの絶対的なルールになった。その事に名松姉さんは少し不満を感じているようだが、元々兄弟大好き人間な彼女なので表立って拒否することはなかった。


 …しかし、今日は名松姉さんの口から「一人でも大丈夫」という言葉が出てきて、僕は柄にもなく少しだけ早口になってしまった。

 急に何を言い出すのだろうか。姉さんは一人になんてなっちゃいけないのに。今の姉さんを一人にしたら今度こそ誰にも何も言わずに独りぼっちで死んでしまう。何故急にそんなことを言い出したのだろう。…もしかして、誰かに何か言われたのだろうか?僕ら、七つ子から誰か一人が欠けるなんてありえない話なのに、それをさも当然の如く語り名松姉さんを誑かした奴がいるのだろうか?もしそうなら、見つけ出さなければならない。姉さんにとっての危険因子は潰さなければいけない。何が何でも、もう二度と姉さんが傷つかないように徹底して排除しなくてはいけないのだ。



「…名松姉さん」

「どうしたの一松」



 先ほど強めに握ってしまった手を一度離し、僕は再びその手を今度は所謂恋人繋ぎというものに握りなおした。名松姉さんは不思議そうな顔をしていたが、特に嫌がる素振りは見せない。寧ろ懐かしそうに眼を微かに細めている。



「明日、一緒に空き地行こうか」

「本当?」

「うん。今日猫缶買ったから」

「楽しみだな。行きしなに鰹節も買っておこうか」

「そうだね」



 ついさっきの張り詰めた空気のことなんて微塵も感じさせない和やかな雰囲気。流石、兄弟一兄弟に甘いと言われている名松姉さん。さっきのもちょっとした反抗期みたいなものと思っているのだろうか。


 …まあ、その方が都合がいいけど。
 帰ったらおそ松兄さんに今日の事を報告しておかないと。


 また、あの日のように名松姉さんが傷つかないように。



back
ALICE+