[よゐこわるいこかなしいこ]

※拍手コメントで書いてほしいと言って頂いたネタです。提供ありがとうございました!




 とある粗大ごみ置き場でカラスと格闘していたら随分と遅くなってしまい、家に帰ったのは時刻が十時を回ったころだった。おそらく寝ているであろう家族を起こさないように静かに廊下を歩いていると、リビングに小さく明かりが灯っているのが見え、不思議に思い障子を開けた。するとそこにはカラ松が傷だらけで座って梨を食べていたのだ。包帯だらけのその姿を見て俺はファ!?と思いながらも無言で駆け寄り、効果音だけでわたわたとすれば彼は力なく笑って頭を撫でてくれた。そこで思い出したのだ。「カラ松事変」の話を。

 え、あれ、うっそ、今日だったの…!?ってことはエスパーニャンコ回も今日だったの!?待って待って待って、ちょっ、タイムマシンタイムマシン!おい、冗談じゃねえ…!なんで一、二を争うくらい好きな回を見逃すんだよ俺三十七回くらい死んどけよマジで!


 とりあえずそんな邪念は一切見せずに救急箱を取り出し、カラ松の腕や顔にある細かい傷に絆創膏を張っていく。それにしても本当に頑丈だなカラ松…。先ほどよりかは柔らかい表情をしてカラ松はされるがままだ。これ俺のポジションにほかの松をぶち込みたい。今度これのネタで新刊でも出すか。
 そこでふと俺は何か大事なことを忘れている気がした。おや?と思い少しだけ首を傾げる。気づいたカラ松がどうした、と聞いてくるが俺自身も何を忘れているのかさっぱりわからない。全く出てこない、が何かを忘れていることだけはわかる。…なんだろう。

 それは風呂に入っても、カラ松とともに寝室に行って布団に入っても思い出すことはなかった。まあ、はっきり思い出せないということは大したことではないのだろう。今日は帰りが遅かったからもう寝るか。俺は段々と意識がなくなる中、脳内の奥らへんで何かがちかちかするのを感じたが、それに構っていられるほど睡魔には強くなかった。













―――「俺はこの家には必要ない」


――そんなことない


―――「誰も助けてくれなかった、誰も俺が消えたって悲しまない」


――違う、それは違うよ


―――「もう、いいよな。俺は終わったんだ、次に行くことにする」


――待って。ねえ待ってよ、ダメだよ





―――「“松野カラ松”は今日で終わりだ」












「っ!!」




 ガバッ、と起き上がる。 肩で息をしながら呼吸を整えるが、どくどくと鳴る心音は俺の余裕のなさを表していた。俺はチラリと向こう側で眠っている包帯姿のカラ松を見る。




 嫌な夢を見た。それは生前(?)嫌と言うほど呟きSNSや某イラスト投稿サイトで見たカラ松の鬱エンド。カラ松事変を皮切りに不憫で若干鬱のカラ松が増えたが、それの一部始終を夢で見てしまった。あれ、妄想するにはいいんだけど実際に見るとなると本当にきつい。それに俺結構ハッピーエンド主義者だからバッドエンドな鬱カラ松見てると泣き喚きたくなる。「全員幸せになってください!!」と号泣しながら酒を飲んで酔っ払い、次の日友人から「二度と酒盛りに呼ぶな」とメールされたのはいい思い出だ。そのあと何度も酒盛りしたけど友人はちゃんと毎回来てくれた。
 まだ寝ているみんなを起こさないようにそっと布団から抜け出す。時刻はまだ六時を回ったばかりだった。静かに歩みを進めてカラ松の元まで行き、しゃがみ込んで寝顔を見つめる。寝てるときは本当に見分けがつかない六つ子だ。俺もこんな顔で寝てるのだろうか…。


 鬱カラ松はどうせただの創作なのだ。気にすることはない。今だってちゃんとここで寝てるし、昨日だって特に変なことはなかったし、大丈夫大丈夫。創作上の設定だから。本当は六つ子、いや七つ子仲良しだから。だって原作はモノホンのギャグ路線突っ走ってるし。偶にシリアス混じるけどそういうガチめのドシリアス鬱はなかったから。普通だったから大丈夫。


 ……いや待てよ?俺が存在するこの世界がどうして“普通”だと認識できる?だって元は六つ子なのになぜか七つ子になっちゃってる。一人多い、一人だけ余分なんだ。その余分が元に戻る力が働いてしまったら…。
 …………カラ松鬱エンド…?


 だ、ダメだダメだ!!松野家は全員そろって松野家なんだ!誰か一人かけるなんてあってはならない…!
 そうだ。俺が阻止すればいいんだ。しばらくカラ松をストーカげふんげふん監視して、鬱に行きそうならどうにかこうにか修正に持っていけばいいんだ。

 俺は立ち上がり七つ子ルームから出ていく。
 そうと決まれば即行動。俺はたった今からカラ松の守護霊(スタンド)になるのだ。生半可な気持ちでは務まらない。


 待っていてくれ。平和な松野家の未来のためにこの松野名松、いざ参る。



***





「……名松…?」

「なに?」

「い、いや…何かあったか?」

「特に…何も」



 ぴったりとくっついている背中からカラ松の温かさが伝わってくる。

 現在居間では俺とカラ松、そしておそ松が自分のやりたいことを好きなようにやっていた。と言ってもおそ松は胡坐をかいて逆立ち中、カラ松は包帯や絆創膏以外はいつも通り鏡で自分磨き(笑)中。そして俺はそのカラ松の背中を背もたれにして百均で買ったリボンを弄ってロゼットを作ろうと四苦八苦していた。
 そんな俺の様子にカラ松は焦ったように声をかけてくるが、知らん。俺は絶対にお前を闇落ちさせないからな。誰が何を言おうと、テコでも動かないぞ。



「どうしたんだよ名松〜そんなカラ松にくっついちゃって」

「…うーん、気分?」

「えーじゃあお兄ちゃんともくっついてよ」

「気分じゃない…」

「ひっでーのー」



 ケラケラ笑うおそ松。カラ松はどうしたらいいのかわからないようで少しあたふたしている。しかしそんなことで怯む俺ではない。要は松野家が幸せならそれでいいのだ。過程はどうであれ最後は大団円で終われば俺は満足なのである。その為にも、今は心を鬼にしてカラ松の行動制限げふん監視を続けなければならない。

 くっそ不愛想な鉄仮面な俺では癒されないだろうが、できるだけ中和できるように前にカラ松が作った猫のぬぐるみを常にそばに置いておくようにしている。こうしたらまだ何とか我慢できるだろうきっと。ふっ、完璧な作戦だ…我ながら自分の才能が怖い…。




 それから数日間俺はカラ松の守護霊(スタンド)の役目をちゃんと果たした。カラ松が立ち上がれば俺も立ち上がって後ろをついていったり、お出かけする時もちゃんと(無理やり)許可をとって着いていったり。カラ松は苦笑して「トイレだから」や「お前にとっては楽しくないかもしれないぞ?」と言って俺の頭を撫でるが、俺は守護霊(スタンド)なのでどこまでも貴方だけについていきます。でも愛してくれとは言いません。無性にあのゲームやりたくなってきた…。

 包帯が取れてからもちょこちょこ着いて行ったり傍にくっついていたりすれば、そのうちカラ松の方から何かと誘われたりするようになった。暗い雰囲気も鬱の気配も出てこなかったので、これは俺の完全勝利と言わざるを得ないな。

 さすが俺。作戦成功!
























(side_osomatsu)



 スッと立ち上がったカラ松にピクリと反応した名松。居間から出ていくカラ松の後ろを、猫のぬいぐるみ片手にてこてこ着いていく姿は親鳥の後ろを必死に歩く雛を彷彿とさせた。おーおー、微笑ましいことで、と苦笑する。しかしそれがどうしても気に入らない奴もいるようだ。
 一松は一心不乱に呪詛を吐き、トド松はあのえげつない顔でカラ松と名松が消えていった方向を睨みつけていた。因みに十四松とチョロ松はそれぞれ野球とレイコの集まりに行っている。


「…チッ、何アレ…」

「クソ松殺すクソ松殺すクソ松殺すクソ松殺すクソ松殺す…」

「ちょっとー陰鬱な空気満たさないでくんね?」


 俺がそう言うが二人とも聞く耳を持たない。まあ確かに、アレは傍から見れば微笑ましいが俺たちから見れば羨ましいを通り越して「抜け駆け殺す」の領域まで達してもおかしくはない。
 しかし名松があそこまでカラ松を気にする理由を知らないわけではないので、あまり邪魔できないのが難点だ。それは俺たちのせいでもあるので身から出た錆とはまさにこのこと。この二人もそれはわかっているのでこうやって物や空気に当たり散らしてストレスを発散している。


「ケガ治るまでだからな…それ以降はぜってえ許さないからな……」

「トッティ顔ヤベエことになってんぞ」

「クソ松殺すクソ松殺すクソ松殺すクソ松殺すクソ松殺す…」

「一松はそろそろ呪詛吐くのやめろって」



 全く手のかかる弟たちだ。

 カラ松が大けがを負って帰ってきたその日から名松のアレは始まった。文字通り、朝のおはようから夜のおやすみなさいまでカラ松とともに行動しているのだ。名松なりに心配しているのだろう。兄弟に激甘な名松はその兄弟がバラバラになることを好まない。

 心配されているカラ松は最初は嬉し戸惑いといった風であったが、最近では味を占めたらしい。わざと名松の視界から消え、それに気づいた名松が焦って猫のぬいぐるみを抱きながら、うろうろと迷子の子供のような雰囲気でカラ松を探すのであいつはそれが嬉しくて楽しくて愛おしくてたまらないのだ。実際俺だってカラ松の立場になれば同じことをするだろう。むしろ一日二日くらい消えたりして、名松が玄関でずっと待ってるのをにやにやしながら眺めたい。そう思えばものの数分で姿を現しているカラ松のほうがまだ良心的か。でもまあ仕方ないよな、俺名松大好きだし。名松だって俺の事大好きだから。

 カラ松はカラ松で出かけることが多くなった。おそらくは名松が着いてくるのをわかっていて外出頻度を上げているのだろう。そんなことをすれば後が怖いぞ、とは言ったがあいつはそれにさえ笑顔で「そうしたらまた名松は俺と一緒にいてくれるな」と言い放った。本当、サイコパス過ぎて怖いよあいつ。


 ぶつぶつ言っている弟たちを横目に俺はため息を吐いた。

 ま、この家から離れないのなら別に何でもいいんだけどね。



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