[IF.よゐこわるいこみしらぬこ]

※なご探の世界です。一松は警部してます。カラ松は生存して館の主人してます。
※よゐこ主冷え性過激派になってます。













 ザッザッと箒が地面を削る音が辺りに響く。今時魔女っ子箒で庭の落ち葉の掃除をすることになるだなんて思いもしなかった。高そうなシャツにズボンにジャケット、そしてふりふりのエプロンという誰得なのかわからない装備で俺はバカでかい屋敷のバカでかい庭をひたすら無心で掃き続けている。
 一言だけ述べるのならば「どうしてこうなった」よりは「いっそ殺せ」の方が俺の心境的に合っている。ハァァ…と重い溜息を吐きながら空を仰ぐ。太陽が眩しいぜ全く。


 アニメで放送されたおそ松さんの中でも頭一つ飛びぬけて際立った話の中の一つ、なごみ探偵おそ松さん。あの、六つ子が六つ子ではなくただの他人として動いている内容は俺たち松ラーの視聴者からすればほの切なくもあるが、それを大いに上回るご馳走(ネタ)として話題になった。何あの十四松のめっちゃまともな性格。くっそ可愛い。トド松の短気っぽいのもやばいしチョロ松の平和主義そうな笑みも可愛すぎる。おそ松とかただの幼女じゃん。色松に至ってはもう何も言うことがない。
 俺はそんな世界観が好きだったし、それは七つ子になっても変わらなかった。出来ることなら舞台の上で彼らに演じてほしかったくらいだ。しかしまあ今のこの状態を望んだわけでは決してないということをみんなだけは信じてほしい。


 旦那様がいらっしゃるであろう部屋の窓を見上げながら手を止める。

 俺はこの屋敷に引き取られた行く当てのない旦那様の遠縁の子供、という設定らしい。俺自身はっきりわかっていないことが多すぎるので、今はまだ調査中なのだ。歳は高校一年生で、成績は可もなく不可もなく持前の(消滅寸前の)スキルを活かして美術関連は上々。
 そしてこの屋敷の旦那様なのだが、なんかもうお察しの通りと言いますか、カラ松その人である。 アニメではバスローブ姿オンリーだったのだが、普段はちゃんとした良いとこの旦那のような上等な服を着ていて、その姿は文句なしにかっこいい。ちゃんとしてると本当にイケメンなんだけどなーうちの兄弟。
 因みにどうして急になごみ探偵?とは思ったが、答えてくれる人なんて存在しないからその疑問を抱くだけ時間の無駄だ。

 俺はカラ松に引き取られ、屋敷の雑用なんかの一切を請け負っている。カラ松は俺を引き取る前に従業員をみんなやめさせてしまったみたいで、炊事なんかも本人はやったことがないらしい。ならなんでやめさせたんだよふざけんなと叫ぶには遅すぎたのだ。
 しかもメイドさん用の作業着(所謂メイド服)しかないと言われて無理やり着用されそうになったが何とか回避した。エプロンだけは首を振ってくれなかったので渋々着ている。本当は上下ジャージが良いんだけど、カラ松に「どうせそんなに高くない服だから、作業する時はこれを着てエプロンを着けてくれ」と言われて言う通りにしている。本当に誰得かよく分からないけど。しかも高くないってアレ"カラ松の中では"高くないって意味だから。普通に諭吉行ってるからね絶対。金持ち怖い…。


 本日何度目か分からないため息を吐いたとき、遠くの方からひゅーと風を切る音が聞こえてきた。うん?なんだ? 耳を澄ますと北東の方から聞こえてくる。しかもよくよく聞けば人の声もだ。
 そちらに目をやると、茶色の物体がこの屋敷目掛けて墜落していた。


「!?」



 って、アレおそ松だ。何してるんだあいつ。へろへろと頼りない旋回の後、彼は一本の木に激突した。バサバサとカラスが飛び立ち逃げる。あそこ巣なかったっけ…ごめんよカラスさん…。

 慌ててその木の下まで行き声を掛ける。


「あの、大丈夫ですか?」

「お、名松じゃーん!大丈夫大丈夫!ちょっと待ってろな、すぐそっち…おわっ!?」

「え゛っ」



 バキ、と嫌な音が聞こえ一瞬間がありその直後に上からおそ松が降ってくる。勘弁してくれ。
 つい去年まで義務教育だった身。いくら成長期と言っても数メートル上から降ってきた成人男性を支える力はない。俺は呆気なくおそ松の下敷きになった。これで死ねるなら本望だが、一度でいいからチョロ松たちの職場訪問をしたかった。南無三。

 背中から地面とこんにちはした俺は一瞬意識が遠のきかける。


「あたた…あ、名松、大丈夫か?」

「…ウィッス…」

「悪いな〜グライダーやっぱ難しいわー」


 ケラケラ俺の上で笑っているおそ松。俺の顔の横に両手をついてくれているので全体重が掛かっているわけではないが、いつまでも地面とよろしくしている訳にはいかないのでどいてほしい。おそ松のおかげで散りに散った葉っぱの片付けもしなければならない。


「あの、探偵さん…俺片付け…」

「ホントこのエプロン趣味悪いよなぁ。ここまで着せたら全部統一しろって話だよ」

「あのぉ…」

「あれ、でもこれ結構脱がしやすいね」



 俺の話を全く聞いてくれない。カラ松もそうなんだけど、何でどいつもこいつも俺の言う事言う事すべてスルーするんだ。いじめか。早くどいてくれとおそ松の肩を押すがびくともしない。こう見えて結構鍛えてるんだな…まあ探偵って頭はもちろん身体もすごい使うっつってたし…ホームズが。でもそろそろ本気でどいてほしい。掃除の後はカラ松にお茶を持っていかなければいけないし、裏庭の花壇に水やりも終わってない。


「俺まだやることが…」

「いいじゃんいいじゃん。どうせあの変態主人に色々言われてんだろ?そんなことより俺と遊んだほうが絶対楽しいって!」

「いや楽しいとかじゃなくて…っ」



 するする俺のエプロンを脱がしていた手が半脱げのそれをそのままにして、俺のジャケットの中に入ってきた。めっちゃ手冷たいんだけど大丈夫それ。手袋してんのにその冷たさってどうなの…あ、外気で冷えたとか?グライダー使ってたら風に直当たりだもんね。


「あの…手、っ」

「ん?なあに?」

「っ、や、」



 冷てえっつってんだろうがぶち殺すぞ。十四松程ではないにせよ俺も結構寒がりなんだよ体温低めだし。おそ松の腕を掴めば逆にするりと指を絡められてきゅっと握られた。つ、冷たい…。身体をぶるりと振るわせるとおそ松が堪え切れないとばかりにくつくつ笑った。冷たさにびっくりしたのがそんなにおかしいのかぶち殺すぞ。


「探偵さ、」

「ね、名前呼んで」

「っあ」



 耳元で囁かれてぞわりと悪寒が背中を駆け抜ける。耳から首にかけてのラインが弱点の人って割といるし、俺もそのうちの一人だ。よっておそ松死刑。

 腹に一発入れるために膝を曲げたその時、おそ松が素早い動きで俺の上から飛びのいた。そんなアクロバティックな動きできたのかよ。にしても急にどうした。俺動けますよアピールですか。
 どうせ俺はそんな動きできませんよーと思いながら顔を横に向けると、そこにはカラ松が子供には見せられない程冷たい表情をして立っていた。手にはボウガンが握られている。…え、撃ったの?もしかして。



「ちょっと〜邪魔すんなよ変態ペド主人」

「ああすまない。害獣は駆除しなければいけないと思ってな」

「は、獣はどっちなんだか」



 乱れたジャケットとエプロンを戻しながら起き上がる。おそ松を見ると頬に一文字の赤が引かれていた。本当に撃ったのかカラ松…。
 カラ松は先ほどの表情とは一転し爽やかに笑って俺に近づき頬を撫でた。


「名松、悪いが裏庭の花壇を頼んでいいか?それが終わったら洗濯物を干してくれ」

「あ、は、はい」



 何だか有無を言わさないその雰囲気が怖い。偶にカラ松こういうところあるんだよなぁ…前にうちの玄関の前で人が死んでてチョロ松たちが来たことがあるけど、あの時もこんな感じだった。触らぬ神に祟りなしってね。大人しく俺はおそ松に軽く会釈をして裏庭へ向かった。






















(side_osomatsu)







 てこてこと走り去っていく名松の背中に手を振りながら目の前のサイコパスを睨む。
 俺を撃ったそのボウガンを手に持ちながら優しい目で名松を見ていた。上と下で全く違う温度に吐き気がする。



「かぁ〜やだねえ、これだから変態ペドサイコパス野郎は」

「半分はお前も当てはまるものだがな」


 にっこりと笑う目の前の館の主人。しかし目は全く笑っていない。けっ、あいつの前でだけ良い恰好しいなクソサイコ野郎、本当にいけ好かない。

 こんな奴の庇護下にいるなんて名松も可哀想に。大事に大事にされすぎて、その醜く悪臭を放つ執着と言う名の糸に雁字搦めになっていっているのに気が付いていないのだ。
 少しだけ調べさせてもらったが、こいつは名松の遠縁だが本当に繋がっているかどうかわからない程の血縁関係しかない、実質ただの他人だ。なのに自ら進んで名松のことを引き取ったらしい。当然遺産目当てなのではという声も他の親戚から出ていたらしいが、名松の貯金に一切手を付けていないところを見るとそう言う訳でもなさそうだ。むしろ、こいつは"名松自身"が目的なのだ。

 聞いた話によれば名松の元家庭は機能不全家族と言うものらしく、お金に不自由はあまりしていなかったものの、家族としての関係性は彼が中学に入るころには既に破綻していたようだ。そのせいか名松自身も口数や表情に違いが少なくなり、終いにはあのような鉄仮面になってしまったのだとか。今時こんな時代にもとんだ毒親がいたものだ。…時代が変わってもそいつらがいなくなることはないのだろうが。
 しかし、ここ最近では名松にもちゃんと表情と言うものが追加されてきたような気がする。先ほどのセクハラ紛いのスキンシップでほんの少しだけ焦ったような表情をした時は何とも言えない高揚感に襲われた。怯えて嫌がる彼を無理やりにでもひん剥いて声が枯れるまで鳴かせたらどうなるのだろうか。自然と上がる口元、それと同時にまたバシュッと撃たれて俺は首だけを動かしそれを避ける。


「そろそろお引き取り頂けないだろうか?この後予定が詰まっているんだ」

「へっ、お前だけだろ?俺は名松とよろしくしてるからお前はお仕事とよろしくしてろよ」


 そう言うと目の前の男の雰囲気はざわりと変わる。目に見えて殺気を飛ばしてくる奴に俺は怯える訳でもなく楽し気に口笛を吹いた。


「ほんっと、獣はどっちだよ」

「少なくとも"害"になるのはお前の方だな」

「自分は良い子な愛玩用とでも言いたいのか?」

「違うさ。そもそも  ――愛玩用は名松だろう?」



 …やっぱヤバいわこいつ。何でもない顔でさらっとこんなこと言っちゃうんだぜ?一日でも早く名松が気付いてここから逃げ出すことを祈ろう。その際は俺の家へ招待すればいい。
 ただ、こいつが一度執着したものをそう簡単に手放すような男ではないということは俺が一番よく分かっている。



「…いつかその"愛玩用"に手を噛まれなければいいな」

「そうなったら躾をし直すだけだ。慣れてるからすぐ済むさ」

「あっそ」



 チラリと奴の腰にぶら下がっている金属を見る。あらゆる道具、薬が揃えられている地下部屋の扉の鍵。これが名松に使われる時が来る前に彼を連れ出さなければ。

 またボウガンを撃ってきた奴に煙幕を張り一時退却する。あーあ、名松との幸せライフはまだ当分先みたいだな。
 一応あの神経質そうな警察にも事の顛末を緩く伝えておこう。上手くいけば名松が懐いている鑑識と警部を連れて行って何かしらのアクションを起こしてくれるだろう。


 俺はグライダーに捕まりながら趣味の悪い大きな館を後にした。



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