[IF.よゐこわるいこてんしのこ]

※拍手コメントで頂いたネタリクエストです。ありがとうごさいました…!











 オッス、俺松野名松。現在年齢も職業も不詳のぶっちゃけ不審者。…や、職業は一応わかってるか。わかってるって言うか、無理やり納得させられたと言うか何と言うか。それは追々話す。
 その、色々とツッコミたい部分もあるし放棄したい部分もあるんだけど、一つ言えること。

 俺の身体縮んでいる上に羽生えてます。以上。




 正直俺も誰得だよって思ったよ。大きさで言えば手のひらサイズ。所謂小人ってやつ?あの大きさで背中に真っ白い羽が生えてた。もうね、アホかと。俺が。
 寝て起きたらこの状態だったんだ。底の浅いバスケットにクッションとタオルが敷かれていたその場所が寝起きの俺のポジションだった。見たらみんなが巨人みたいになってたし視界も低いしでめちゃくちゃ混乱した。しかもおそ松たちも何も気にせずに起きて俺を鷲掴みで持ち運ぶから二、三日食欲失せた。混乱とかそんなんで。ずっとバスケット…いや、寝床?でぐったりと現実逃避してたらえらく皆に心配されたので、何とか無理やり自分を納得させて立ち直った。最初はどうすんだよこれって絶望していたが、慣れたら結構自由気儘で楽しい身体だ。…いや自由ではないか。

 おそ松たちは俺が一人で外に出ることが何故か気に食わないようで、ついこの間オンリーワンで駄菓子屋行こうとして窓に足掛けたら、偶々居合わせたカラ松にえらい剣幕で怒られた。それはもう、ものすごい勢いで詰め寄られた。怖かった。その後一週間俺専用の首輪とリードつけられて過ごした。寝床もバスケットから鳥かごにグレードダウンしたし、出入り口には南京錠掛けられてた。ペットじゃねえんだからさ。

 でもまあ確かにこんな風貌の奴が外出歩いてたらうわ…ってなるよな。そこは俺が軽率だったごめんなさい。でもね、アレですよ。俺がどっか飛んでいこうとするたびにぱしっとハエを取るかの如く捕まえて宙ぶらりんでどこに行くか根掘り葉掘り聞くのはやめてほしいんだよ。結構心臓に悪いんだよねアレ。「はい、取りま〜す」って声掛けてくれたらまだ何とか心の準備ができる。急にぐわって身体掴まれて目前まで持ってこられて「どこ行くの?何しに行くの?一人じゃなきゃダメなの?」って聞かれるの本当、もう、怖いッスはい。
 俺もそういったことされて身に染みたんで最近ではあいつらの頭の上とかフードの中とか、パーカーのポケットとかに潜り込んでいるのが標準装備になってしまった。そうしとけば大体機嫌が良いことが分かったから。この身体だとありとあらゆるものがビッグサイズで新鮮だからアトラクションみたいで楽しいと言えば楽しいので、ポケットの中が一番好きだ。因みに一松の猫とはお友達です。偶に一緒にお昼寝したりする。


 しっかし、今では慣れてしまったが一体どういう原理でこうなってしまったのか…。本当に突然朝起きたら縮んで羽生えてたんだよなあ。別に俺はおそ松たちに羽が生えて縮んでくれと土下座してお祈りしても、まかり間違っても自分に降りかかってほしいなんて考えたことはない。しかもおそ松たちはそんな俺を何も疑問に思わずにまるで最初からそうであったかのように接して日常生活、基ニート生活を享受している。うーん…考えれば考えるほど謎だ…。俺の一眼レフはめちゃくちゃ小さいモデルのものに変わっていたし、水彩の筆も大きい太いものがなくなっていた。この身体では扱えないってことはわかってるんだけど、中古とは言え結構高かったんだぞあれ。俺の身体が元に戻ったらちゃんと却ってくるんだろうな。



「こーら名松」

「み゛ゃっ」



 急にフードを摘ままれてぎゅん、と景色が上から下に流れる。ぱちぱちと瞬きをしていれば俺の視界いっぱいにおそ松の顔が現れた。ご褒美かな。今日も可愛いですねおそ松兄さん俺は大変満足です。



「くすぐったいから頭に潜ったらダメって何度言ったらわかるかなー」

「でも、落ち着くよ」

「うんそれは嬉しいんだけどね」



 考え事をしながらおそ松の頭、いや髪の中をもそもそ徘徊していたのがダメだったようだ。いやあ…ダメだって分かってはいるんだけど、なんかすっごい落ち着くんだよね…。
 おそ松は俺を片手で包み親指を俺の頬に充ててむにむにと弄る。ちょっと、俺はスマホでもストレス発散のマスコットでもありませんよ。

 抵抗の意を示すためにおそ松の親指に噛みつきがじがじと齧るが全くもって効いていないようで、ほんわ〜と和んでいる顔をしながら頬杖をついている。ちょっとは痛がれよちくしょう。
 ぴき、と怒りマークを浮かべて噛む力を強めたらおそ松の「あいてっ」という対して痛がっていないような気の抜けた声とともに、俺の口の中に鉄の味がぶわりと広がった。

 慌てて口を離すとおそ松の親指の先に小さな赤い玉がぷくぅと浮き出ている。血だ。…あれ、力入れすぎちゃった…?


「ありゃりゃ、血出ちゃった」


 何でもない風に言うおそ松。いや慌てろよ、血だよ?血液ですよ?ほんとすみませんでした。
 俺は離れようとするおそ松の親指を掴んで焦りながら一生懸命傷口を舐める。


 ここで前記した俺の職業とやらの話が絡んでくる。どうやら俺の唾液には治癒?的な効果が微量にあるようで、みんながケガをしたら専ら俺が舐めなければならない。俺の松野家での職業は治癒係。ファンタジーRPG物で言うところの、一戦につき大半が過労死待った無しで有名なヒーラーだ。ヒーラー本当忙しい。
 他人の傷口舐めるとか前までの俺なら「いっそ殺してください」と頼んで拒否していただろう。しかし相手はあの松野の六つ子だ。むしろ自分から「舐めさせてください」と土下座して頼みに行く。これ以上は俺がド変態のクソ野郎ってことがばれるので言及しないが、とにかく今のポジションに不満はない。しいて言うなら一日一回は誰か舐めてる気がするのでそろそろお前らケガをせずに健やかに日常生活を過ごして頂きたい。
 …まあ、唾液に成分が含まれてるなら別に舐めなくても唾吐いときゃなんとかなるんじゃないかと思ったが、絵面的に美しくないのでやめた。今も十分美しくない上に誰得だよと問いただしたいが、前者よりはましだ。と思いたい。


 ぷは、と顔を上げておそ松の親指を見る。もうすでに血は止まり傷も塞がりかけていた。俺マジですげーな…。

 恐る恐るおそ松を見ると、先ほどと変わらずニコニコ顔で俺を見つめていた。


「…あの、ごめんなさい…」

「ん〜?いやいや、アレは俺も悪かったから。それに名松はちゃんと治してくれるからな〜」



 俺を手のひらに乗せて頬擦りしてくるおそ松。…楽しいのだろうか。まあ幸せそうな顔してるし別にいいか。



「…あ、兄さん。お使いは?」

「え?あー…そうだ、夕飯…」



 おそ松は俺を解放はせずに顔から離し、怠そうに松代さんから渡されたメモを取り出した。
 ポケットに入れられてくしゃくしゃになったそれを広げてしかめっ面をする。


「んぁ゛ー…めんどくせェ〜…」


 ごろんと寝っ転がったおそ松は俺を額の上に降ろしながらぶつぶつと文句を垂れている。「何でこんな時に誰もいないんだよ…」だの「そもそも外に出てるあいつらにメールしてついでに買って帰るよう言えば…」だの言っている。確かにそれが一番効率的だが忘れてはいけない。彼らは俺を含めて全員ニート。そんな懐が温かいはずもなく、松野家計九人分の食料を買って帰られるほどの財力は持ち合わせていないのだ。

 めんどくせえめんどくせえと唸るおそ松。…あ、待てよ、これおそ松が外出たら俺も連れてってもらえるパターンじゃね?久々の外だ、ぶっちゃけ新鮮な空気を吸いたい。窓の外を見ると温かい春の日差しが惜しげもなく家の壁や屋根を照らしている。
 おそ松兄さんの額に座っていた俺はそのままぺちぺちと叩く。「んあ」とおそ松がこちらに反応した。


「行かないの?」

「え?」

「おつかい」

「…えーっとぉ…」

「…行かないの?」



 行くよな?むしろ行かないって選択肢ないからな?と圧力をずんずん掛けていれば、それに折れたのかおそ松は俺を掴んで上体を起こした。
 そのまま俺を自分の頭の上に乗せて松代さんから託された財布をポケットに入れる。


「しゃーない、行きますか」

「うん」



 ッシャア!久々の外だぜ!!と若干テンションが上がった。遊びに来る猫たちの毛についている太陽のにおいや温かさでしか外の空気を味わえなかったから、今日久々に太陽光に直に当たることができるという事実がうれしい。


「帰りにコンビニでアイスでも買ってくか」

「アイス」

「名松は俺と半分こな」

「ん」



 アイスまで食べられるようだ。今日は本当良い日だな。


























(side_osomatsu)







 俺の弟に天使がいる。

 いや贔屓目とか血迷ってるとかじゃなくて、本当に。
 元々弟はみんな可愛いが、その中で一人だけ本当に天使でいつか天界に帰ってしまうんじゃないかと心配するくらいの可愛い可愛い弟がいる。

 松野名松。松野家の七つ子の中では四番目、丁度真ん中に当たる奴だ。
 彼は気が付けば俺たち松野家の中で俺たちと同じように過ごしていた。父さんと母さんも「まあ名松だから」と言って特に疑問には思っていないようだ。彼は普通の人間とは色々と違うところがある。

 まず小さい。身長とか以前に身体そのものが小人レベルに小さい。そして羽が生えている。本当に俺たちと同じ兄弟なのか?と思ったりもするが、どう見ても遺伝子でしか成しえないレベルのそっくり造形の顔立ちなので同じ血を分けているのだろう。
 そして彼は何故だか分からないが、唾液に微量の治癒能力がある。ここまでくると最早ファンタジーの領域だ。生まれる作品を間違ったんだじゃないだろうか。

 俺たちがケガをすると名松はその羽でふらふらと飛んできて一生懸命に患部を舐めてくれるのだ。その姿が愛おしくて堪らない。欲求不満なときはぶっちゃけめちゃくちゃ興奮する。てか大体いつも愛おしいとエロいが混ざり合ってる。健全な男子だから仕方がないな。…え、「身内しかも弟に欲情するのは健全ではない」? いやいや、関係ねえって。もう名松は家族とか兄弟とか以前に俺たちの所有物だから。どうしようがどんな感情を抱こうが俺らの勝手だろ?
 この前だって名松が勝手に一人で外に出ようとして大変だったんだぜ?しかもそれの第一発見者が寄りにもよってクソサイコパスのカラ松だってんだから、名松も運が悪い。相当きつく叱られたようで名松は暫く押入れの座布団の隙間から出てこなかった。カラ松は主に一松とトド松に絞められたようだ。名松が出てきて一週間程は首輪と紐を繋いで過ごしていたな。その時のカラ松となぜかチョロ松の機嫌は頗るよかった。弟が無自覚サイコパスでお兄ちゃんは心配です。

 名松が眠る場所もバスケットから鳥かごになったんだが、暫くして名松がフードの裾を引っ張りながら「…いっしょに寝たい」って言ったから、バスケットに戻ったんだよなそういえば。流石に一人で閉鎖空間に眠らせるのはきつかったかな。あいつめちゃくちゃ兄弟大好きだし。



「こーら名松」

「み゛ゃっ」

「くすぐったいから頭に潜ったらダメって何度言ったらわかるかなー」



 ひょい、と俺の頭をもぞもぞ徘徊していた名松を摘み上げる。きょとんとしている名松。可愛いなあ。

 優しく手のひらで名松の身体を包む。その時、名松の背中にある羽がもふりと指に当たった。
 俺はそれを見ながら気づかれないように一瞬だけ眉を潜める。


 嫌なわけじゃない、それどころか名松の羽は一体何でできているのかと思うほどに触り心地が良い。トド松が前に「シルクの肌触りなのにもっふもふ〜!」と言って顔を埋めていたのを思い出した。その時の名松はちょっとだけ嫌そうで十四松に助けを求めていた。

 名松の羽は全部で三翼。左に綺麗に一翼、右に綺麗なのが一翼と、一回り小さく先が若干ぼろぼろのがもう一翼。
 本当は最初は六翼だったのだ。左右で対になっていて三翼ずつ。それが今では痛々しい背中となり、かつて羽が生えていた場所にはその名残が今でも残っている。まるで引き千切られたかのようなその傷を思い出し、どうしても彼の痛みと苦しみを想像して眉を潜めてしまうのだ。時々本人も気になるのか背中に手を伸ばしたり残っている羽をぐいぐいと無遠慮に引っ張ったりしている。その度にチョロ松や一松が止めに入る。





 そうなった原因は数年前、名松がまだ元気に飛び回って好き勝手に外に遊びに行っていた頃。


***


 その日はお昼までは晴れていたのに午後から突然大雨が降りだし、警報でも出るんじゃないかと思っていた。それと同時に「ネコと遊んでくる」と言って元気に飛び出していった名松のことが気がかりで、彼専用の出入り口である窓をちらちらと見ながらそれぞれが部屋で自分のやりたいことをしていた。
 雨が降り出してから数時間後、もうすぐ六時が回ろうとしていた時だ。いつもなら既に帰宅している名松が未だ戻ってきていないことに遂に我慢が利かなくなり、各々雨合羽や傘などを準備しようとしたとき、窓がかりかりと引っかかれる音がした。その音を耳聡く拾ったのは十四松だった。すぐに窓に近寄りがらがらと開けると、すぐに雨と泥、それと赤に塗れた毛玉が部屋に飛び込んできた。 それはいつも一松や名松が仲良くしている猫だった。その猫は所々が傷だらけでぱっくりと裂けた額からは血がだらだら流れ出ていた。驚いた一松がすぐさま猫を抱きかかえようとすれば、猫は口に咥えていた何かを一松の手に優しく乗せた。



「…!! 名松、にいさ…っ」



 それは惨たらしく羽が千切られ、その羽と猫と同じように泥と血に塗れた名松だった。気絶しているのか意識はなく、顔色も悪くぐったりと一松の手のひらで横たわっていた。どんどん体温が下がっていく名松にガタガタ震えていた一松を叱咤したのは真っ先に我に返った十四松だった。流石野生児。
 病院に連れていきたかったが名松は松野家以外の人間には見えていない。これでは最後の頼みの綱であるデカパンにも頼めない。どうにかこうにかネット検索で見よう見まねの治療を必死に試みたのだ。猫は一松が大急ぎで動物病院に連れて行った。


 努力の結果最悪の事態は免れたが、名松の翼だけはどうしても戻ることはなかった。それに、三日三晩生死の境を彷徨った名松はすとんと抜け落ちたように表情の起伏がなくなってしまった。余程怖い思いをしたのか、それ以来一人で外に出ることはなくなったし、何より三翼だけでまともに飛べないのだ。俺たちも名松が一人で外に出ることは許さなかった。

 さて、ここで名松をこんな目に合わせた奴は誰だ、という問題に差し当たる訳だが。それはデカパンに協力してもらい、あの傷だらけの猫から聞き出すことにした。聞けば、この街にやってきた流れ者の野良犬に襲われているところを偶々通りかかったあの猫が救出した、らしい。その野良犬の特徴を聞き実際に猫に匂いを辿ってもらって突き止めた。
 ……え、そのあとどうしたかって?まあ、いいじゃん。もう終わったことだし。






 むにむにと名松の頬を弄る。少々迷惑そうな雰囲気を出し、そのあとかぷっと親指を噛んでくる名松。可愛い。小動物のペットがじゃれてきている気分だ。癒される。

 偶に力加減を間違えて本気で噛みつかれたりもするが、名松はすぐに我に返り必死に傷を舐めてくれるので全然構わない。むしろバッチこい。
 毎日誰かしらが小さなケガを拵えて名松に嬉々として傷口を差し出すのだ。如何に名松の必死な姿が可愛いかが伺える。


「(あ〜…本当、可愛いな〜…めちゃくちゃに泣かせたらどうなるんだろーなー…)」


「…兄さん?」



 真っ黒の名松の瞳がちとっと俺を見つめてくる。一切光の入っていないその瞳すらも愛おしく見える。


「んー、お前は本当可愛いな〜」

「え…嬉しくない……」



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