[IF.よゐこわるいこおびえるこ(そのに)]



 グーッドモーニーング。爽やかサンサン太陽が眩しいぜ全く。 今日は昨日とは大違いで大変晴れやかな日になった。俺の傷だらけの足もご機嫌だ。ザーザー降りが嘘のようにカッと太陽光がコンクリートに突き刺さる。俺の肌にも突き刺さる。年がら年中パーカー来てるから別にいいんだけど。顔だけは焼けたくないなあ…。 やっとこさ日課を再開できたので、上機嫌で俺は雫を弾いて幻想的な光景になっている木々を下からカメラでカシャカシャと数枚撮ってじっと画面を見つめる。うん、いい出来だ。プロから見ればゴミなんだろうけど、パッと見の綺麗さで言えば結構良い方で、きっとおそ松たちは綺麗だと言ってくれるだろう。それだけで俺は大満足なのである。

 鼻歌を歌いながら俺はチチチ、と鳴く鳥の声をBGMにして林の中を進んでいく。…あれ、そういえばここって昔俺が散々迷った場所ではないか? 周りを見渡せば視界を埋め尽くす木、木、木…どの方向に行けばどこに行けるかは流石にもう頭の中に入っているので迷うことはないが、初見だったあの頃を思い浮かべればまあ迷うのも無理はないか。あの時は混乱していたし、雨も降っていて周りも真っ暗だったから。
 それにしても懐かしいな…こんなところまで気づかないうちに来てしまっていたのか。というか、ここら辺だったのか。全く気付かなかった。今もまだあのボロ小屋は健在なのだろうか。 ザザ、と道から外れて木々の合間を進み、舗装された道に出る。ここで確かお巡りさんと出会ったんだよな…あの人元気かな、年齢で言えばもう三十路入ってるだろうし、もしかしたらアラフォー行ってるかも。

 カメラを肩にかけ直して道を一歩一歩確かめるように進んでいると、後ろから声を掛けられた。


「すみません、ちょっといいですか?」

「? はい…?」



 振り向けばそこには自転車を押すお巡りさんが。なんつータイミングだ、この人ここら辺の人か?それなら数年前のお巡りさんのこと何か知っているだろうか。


「あの、ここら辺で最近不審者が出るらしいんですが…何か見たりしていませんかね?」

「え、さぁ…この辺あんまりテリトリーじゃないんで…」

「そうですか…」



 残念そうにするでもないお巡りさん。見回りも大変だな…しかもこのご時世に不審者とは。…まあ、このご時世だからこそか。ロリショタを脅かす存在は抹消しなければなるまい。

 会話は一旦終了した筈だが、お巡りさんは立ち去らずに下から上まで俺をじっと見つめてくる。顎に手を当てて何かを考えているようだ。……アレ、もしかして俺疑われてる…?いやちょっと誤解です。俺確かにロリショタとかホモとかおっぱいとか好きですけどそれは二次元の話であって、いやここも二次元なんですけどそれとはまたベクトルが違うというか、YesロリータNOタッチ精神で基本的に生きているというか、兎に角俺は断じてこのカメラで盗撮をしている訳では「もしかして、松野名松くん?」 ……ファ?


「…? え、っと…」

「ああ、ごめんね突然。僕の事覚えてないかな…ほら、君前ここで血まみれになってて…雨の日に、あの時声掛けたの僕なんだけど…」

「……あ、ああー…ああああー」



 まさかこの人がご本人様でした。俺三次元でも二次元でも人の顔覚えなさすぎだろ、脳みそがポンコツなのが憎い。確かに言われてみればその人は数年前のあの雨の日に傘をさしていたお巡りさんと面影が似ていた。成長したな…主に身長とか…。


「あの時はお世話になりました」

「いやいや、君の方が大変だっただろう?その、色々と」

「あー…まあ…」



 主に家族が。大変とか大変じゃないとかのレベルじゃなかったしなぁ…。俺の心境も修羅場だったし。しかしお礼も言えずになあなあになってしまっていたのでここで出会えたのは本当にありがたい。



「お蔭様で、何とか生きてます」

「縁起でもない…! ま、まあとにかく元気そうでよかった…あの後傷は大丈夫?後遺症とかにならなかった?」



 お、この人の属性はチョロ松寄りのようだ。ということは結構良識のある常識人か。うちのチョロ松本当可愛いからな…この人もなんか、顔は普通にいいのに雰囲気がほけっとしている。とても良しです。我々の業界で言えば受けか天然攻めに周るタイプの人だ。


「はい、傷は残ってますけど、日常生活に支障は出てないので」

「そっか…残っちゃったんだ……」



 ええ人や…。見ず知らずのこんな不愛想な奴の心配をしてくれるなんて…。

 しばらくベンチでお巡りさんと話し込んでいたが、日も傾きかけてきたところで惜しいがお開きとなる。どうやら彼はこの近くの交番の人らしい。また暇があれば寄ってくれと言われた。
 なんかこういうのいいなぁ…ちょっとだけ見知らぬ土地で古い何でもない縁が復活するみたいな……ここにおそ松たちの中の誰かがいればなぁ(歯軋り)。





 満足感に軽くふう、とため息を吐き改札口まで来たとき、ふいに背筋にぞくりと悪寒が走った。


 俺は慌てて周りを見る。周囲は何の変哲もない改札口と人通り、しかし何かとても気持ち悪いものを感じ俺は視線を右往左往して彷徨わせる。
 なんだ?この悪寒、気持ち悪さ、不自然さは。まるで心臓を他人に鷲掴みされてるかのような……いやそんなこと実際されたことないんだけど。とにかくとても嫌な空気が俺にだけ漂う。ダメだ、ここから今すぐ消えたい。誰の目にも映らない場所へ行きたい。

 その場から逃げるように俺は駅の中へ入っていく。



 身体の震えと鳥肌はしばらく収まらなかった。



「名松兄さん?」

「っ! …トド松…」

「わー奇遇!どうしたのこんなところで」

「いや…ちょっと、ね」



 腕を擦っているとふいに肩に手を置かれた。それにビクリと反応して振り返れば、うちの可愛い可愛い末っ子がそこに立っていた。服はいつものパーカーではなく余所行きのオシャレな私服だ。トド松によく似合っている。



「…あれ、顔色悪いよ、大丈夫?」

「あ、あー…ひ、とに、酔っちゃったの、かも…」

「名松兄さん人混み苦手だもんね、電車来るまでそっちのベンチで休もう」



 イベントの人混みは我慢できるのにね…本当に…何で俺は……。 トド松に手を引かれて構内のベンチまで移動する。これじゃどっちが兄なんだか…何で俺は…何で俺は……。


 大分身体の調子も戻ってきた。トド松がいるってことも関係しているのかもしれない。
 それにしても、先ほどは何故あんなにやばい雰囲気を過剰に感じ取ってしまったのだろう。あんな嫌な空気生まれて初めて……いや、前にも一回どっかで…どこだったかなァ…。


「ね、名松兄さん」

「っどした、トド松」

「今度一緒にここ行かない?今日女の子たちと行ったんだけど、パスタがすっごい美味しかったんだ〜ドリンクバーの種類も多くて!」

「へえ…」



 トド松がスマホで見せてきたのはオシャレな洋風のお店だった。また女の子に貢いでもらっていたのか弟よ…。全く裏山けしからん。俺もおにゃのことランチデートとかしたい…頼むから、ホログラムでもいいから二次元を三次元に変換する機械を……ああここ元々二次元だ……。



「トド松がそう言うなら、美味しいんだろうね」

「うん!ね、いいでしょ?一緒に行こうよ〜」

「いいよ。チョロ松兄さんとかも好きそうだね、誘う?」

「ええ!ダメ!僕と名松兄さん二人だけ!」



 それOKなの?俺的には何の問題もないけど…。俺と一緒にいても絶対つまんないだけだと思うんだよな。


「トド松がいいならいいよ」

「やったあ!それじゃ今度名松兄さん用のオシャレな服見繕って…あ!他の兄弟には内緒だからね?」

「? うん、わかった」



 んふふー、と上機嫌なトド松を見て俺の萌えメーターがマッハでフルだ。うちの兄弟本当可愛い。見ろよこの愛らしさ、犯罪だろ。むしろ俺が犯罪者。

 アホなことを考えていればファーン、と音を立てながら電車が来た。それに乗り込んでまた車内でトド松とぽつぽつ話をする。




 その時にはもう悪寒のことはすっかり忘れてしまっていた。






























(side_policeman)









 彼を見つけたのは一度目も二度目も偶然だった。…いや、この場合は運命とでも言った方が良いのかもしれない。いい年した大人が何を、と思うが、それしか言いようのない出会いだった。



 一度目の彼を見つけた時はぼろぼろで、一瞬ただのマネキンか人形に見えたのだ。雨に降られながらただぼーっと突っ立っているその姿。今思えばアレは体力切れで動けなかったのだろう。
 懐中電灯の光を当てて血まみれだと気付いた時には、まだ若かった自分はパニックになりながら無線で救急車の要請をした。その時、倒れこんだ彼の身体を支えた時にはぎょっと目を剥いた。

 見たところ男子中学生と言った風貌なのに、異様に身体が軽かった。ほっそりとした手足に青白い肌、そこに真っ赤な血ときたもんだ。そりゃあ、不謹慎ながらこの子はもうだめなのでは?と正直思ってしまった。


 救急車に頼めば自分の仕事はほぼほぼなくなる。上司に行方不明だった少年が見つかったと報告して、現場の状況を説明して、あとは警察署の刑事部の方々にお任せする。
 …彼が行方不明で捜索中の少年だったと知ったときには本当に驚いたが。


 人聞きにちゃんと意識を取り戻し、日常生活に戻れるようになったと聞いた時には他人事ながらほっとした。自分が第一発見者だったからというのもあるだろうが、おそらく一番の理由は彼のことが頭から離れなかったこと。
 純粋に綺麗だと思ったのだ。最初に言っておくが僕は決してペドや同性愛者と言う訳ではない。本当に、雲ひとつない空を、北の大地のオーロラを綺麗だと言うのと同じように綺麗だと本能的に思ってしまったのだ。
 あの雨の日に見た光景。真っ黒の髪、真っ黒の瞳、真っ黒の服…それとは対極的な真っ白な肌に真っ赤な血。警察がこんな感情を抱くのはいけないことだが、彼自身が一つの芸術作品のように思えて仕方がなかったのだ。
 もちろんそんなことは人に言う訳にはいかないし、まともな思考回路でないことくらいは承知しているので心の中にしまっておく。



 二度目に見つけたのはあの日と同じ場所。少しだけ成長していた彼はその瞳に一切の光を失っていた。それがより一層彼を際立たせて綺麗に見えた。本当に僕の頭は重症だと思う。

 しかし話してみれば意外にもとっつきやすく、少し茶目っ気のあるどこにでもいそうな青年だった。少しだけスケッチブックやカメラのデータを見せてもらったが、芸術センスはかなりあるようだ。売ったり人に見せたりしないのかと聞くと、「…家族が綺麗だねって言ってくれるだけで十分なんです」と言っていた。家族思いな性格の子らしい。
 残念ながら傷跡が残ってしまっているらしいが、本人はケロリとしているのでそれほど気にしていないらしい。僕はせっかく綺麗なのにもったいない…とも思ったが。



「そう言えば不審者って言ってましたけど、いつ頃から?」

「一週間ほど前かな。誰かが被害にあったって訳じゃなくて、少し妙な人がいるって通報が数件来たんだ」

「なるほど…大変なんですね警察って」

「やりがいはあるけどね」



 不審者という単語を聞いたとき、彼がわずかにだがピクリと反応した。おそらく、数年前のあの事を思い出しているのだろうか。

 彼を攫って暴行を働いた犯人は未だに捕まっていないらしい。今通報が入ってきている不審者が同一人物か全く別の人物か分からないが、早いところ捕まえなくては。市民の平穏を守るのは警察の役目だ。



「…何かあればすぐそこの交番に来てね」

「ありがとうございます。そうします」



 ぺこりと下げた頭。彼のアホ毛がぴょこ、と揺らいだ。


 暮れてきた日を見て彼にもうそろそろ帰った方が良いと告げる。それに大人しく頷いて彼は駅の方へと歩いて行った。少しだけ名残惜しいが、いつまでも引き留めるわけにもいかない。自分だって職務怠慢だと思われるのは嫌だ。

 ぐっと伸びをしながら自転車のストッパーを上げる。



「…そういえば、通報のあった不審者と誘拐犯の目撃情報、かなり似てたような…」



 ま、不審者なんて大体似たような服装が多いから気のせいだろう。何にせよパトロールを多めにすればいいだけの話だ。



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