[よゐこわるいこひとりのこ]

※四話『自立しよう』ネタ
※拍手コメントで頂いたネタリクエストです。ありがとうございました!





「ただいまー」



 お昼より少し前、いつもの徘徊を終えた俺は郵便受けに入っていたチラシに載っている、『四国の厳選グルメ』といううたい文句を見ながら玄関を開けた。いつもならすぐに返ってくる返事がなかったので、なんだ、みんないないのかと一人思いながら靴を脱ぐ。
 別に特に珍しいことでもない。むしろずっと家にいるのヤツはあまりいない。みんな何かしらの理由を着けて外に出ていくので、みんなが屋内に揃う日は多くはなかった。…少なくもないんだけどね。以心伝心六つ子可愛いです。

 …え、俺? いや俺は別に…結構家と外の頻度とか対比はマジでランダムだから…。
 お昼ご飯どうしようかなーと思いながら七つ子ルームを開けると、そこには余所行きの服に身を包んだ六つ子が居た。んん? どうしたんだよお前ら揃いも揃って。そして俺だけハブにして、本当どうした?


「あ、名松兄さんおかえり!」

「ただいまトド松。どうしたの皆揃ってその服着て」

「今から面接あるから! ほら、名松兄さんも着替えて着替えて!」

「…面接…?」



 はて、今日はハロワに行く日ではなかったはずなんだが…。 首を傾げながらソファにカメラとスケッチブックを置くとすかさず一松と十四松がそれに飛びついた。今日は猫の写真を撮ってくると一松と約束していて、それを近くに居た十四松も知っているからだ。
 俺はそれに構うことなくどういうことだ、とおそ松に視線を合わすと、彼は鼻の下をこすりながらバチンとウインクをする。可愛すぎか。


「そ! 扶養家族選抜面接だ!」

「…ふようかぞくせんばつめんせつ…? 何で?」

「それが…ちょっと言いにくいんだけど…」



 チョロ松がさっと俺の隣に来て耳打ちしてくれる。


 話によれば、どうやら松代さんと松造さんが離婚すると言い出したらしい。ああ、そう言えばそんなお話もあったなぁ…すっかり忘れていた。
 それで、松代さんの扶養に入るためには面接で合格しないといけないらしく、ニート生活を続けたい彼らは面接に本気なんだとか。 確か合格組と保留組に分かれてたんだよね。おそ一トドが合格でカラチョロ十四が保留組。ぶっちゃけ保留組の安定さすげえなと思うんだけどその辺どうなんだろうか。まだそこまで行ってないけど。


 服を着替えながら俺は、俺自身はどうしようかとぼーっと考える。 まあ合格外されても正味、俺働こうと思えばバイトなりなんなりできるしなぁ多分。今はこのぬるま湯のようなニート生活になんとなーく浸っているが、何なら就活も真面目にするし。よしんば保留組からも外れたとしても一応イベントとかで稼いだ微々たるお金も貯金してるから一人でも大丈夫だろう。大学時代は一人暮らしだったし、自炊も多少なりともできるつもりだ。
 ……むしろ俺一人の方がいいよね? 合格組に入っても松代さんの負担が増えるだけだし、保留組だったとしても男四人でとか結構無理あるんじゃないか。三対四とか数微妙すぎるし、なら真ん中の俺が潔く身を引くのが最善の策だろう。よし、この作戦で行こうか。自己PRは…何も言わなくていいか。めんどいのもあるけど、下手なことして合格組保留組のメンバー編成が崩れるのが個人的に怖いから。あわよくば二つの組のあれやそれやが見られると名松、大変、満足。


 …いやでも結局は離婚しないんだし、特に慌てる必要もないんだけどさ。




***




「それでは今から面接を始めます。みなさん、存分に良い息子アピールしてください」


『よろしくおねがいしまーす!』


「何だこの狂った空間…!?」

「それな」



 みんな揃ってお辞儀をするが、チョロ松はやはり乗り気ではないみたいだ。ご尤もな意見に俺は静かに同意を示す。確かに、普通のご家庭から見たら「なにしてんだこいつら…」ってなるだろうな。

 其々アピールしたい人、と松代さんが言えば皆がこぞって我先にと手を上げる。はしゃいでるおそ松とか十四松を見てカメラ持って来たくなってしまった。はしゃいでる成人男性可愛い。
 真っ先に発言を呈したのはトド松だった。その末っ子柄、どういう反応を示しどういう言葉を紡げば松代さんに取り入れられるかを熟知している。

 「こんなことで家族ともめたくない良い子な僕」アピールを平然とやってのけ、あまつさえ微塵も思っていないであろうに「母さん、僕、一人で生きてみるよ!」と笑顔で言ってのけたトド松は流石強かドライモンスターというかなんというか。


「一抜けフゥー――――!!!」


「や、やられた…っ」

「くそっ…ドライモンスターめ…!」

「流石だなぁトド松」

「いや頼むから名松までそっちサイドに行かないで!」



 一人のんきに感想を溢せばチョロ松にビシッとツッコまれる。

 合格したトド松は先ほどのしおらしさはどこへ行ったのかと言いたくなるくらいの素晴らしいはっちゃけ具合だ。うん、今日もうちの弟が可愛い、平和だ。
 次にアピールをしたのは十四松だったが、一体何をアピールポイントにしているのか四割は固いなんて言われてもといった具合に保留組に回された。そうだよね、肩強いのなんの関係あるか分かんないよね。でもグラウンドの土弄るのは大変可愛かったです。いつも元気なのに今は落ち込んでいる十四松の姿が新鮮すぎてガン見してしまった。ほんと珍しい。

 そのあと、おそ松が駄々っ子アピール(非常に萌え)をして松代さんの母性本能を擽り合格組に。次にカラ松が同じようなことをするが何かニュアンス違いがあったらしく、ただのクズだろとチョロ松にツッコまれてへこんでしまった。言わずもがな保留組に。
 そして一松が手を上げたかと思えば「いいの? 身内から犯罪者を出して」と言い出した。それは最早脅しになっているのでは、と思い止めようか否かおろおろしているうちに彼の合格組入りは決定してしまった。…まあ、原作でも同じような感じだったしいいか…。

 もうすぐ面接が終わってしまう、そんな空気を感じ取ったチョロ松はこちらが心配になるくらいにダラダラと冷や汗を流していた。



「(嘘だろ…!? 名松はまだいいとして、残りの二人共々一緒に暮らすとか冗談じゃない…!!)」

「…チョロ松兄さん大丈夫…?」

「だ、大丈夫……はっ!」



 へろへろと返事をしたチョロ松は何かに気が付いたようでガタンと立ち上がった。


「ちょっと待って母さん! 冷静に考えてみてよ、一体誰と暮らせば幸せになれるかを…!」



 おお、ついにチョロ松が反撃に出た。俺も個人的にはチョロ松の子供見てみたいな〜。二次創作ではお相手にトト子ちゃんやにゃーちゃんが多かったけど、どうなるんだろうか。チョロ松に子供ができたら俺も叔父さんになるのかぁ…ちみっこ姪甥に「名松おじさん(お兄ちゃん)!」って呼ばれるのちょっと夢だったりする。前世(?)では一人っ子だったし親戚付き合いもまったくなかったから、身近に子供なんて一人もいなかったんだよね。いても友達の弟や妹とかだったし。
 ……そう思えばチョロ松が扶養に入るべきなのかなぁ…ここでは俺がいるから合格組むこうに一人行っても保留組の人数は原作と変わらないワケだし…ワンチャンあるぜチョロ松ガンバ! どうせ離婚しないんだろうけど!


 心の中でエールを送りながらチョロ松を見守っていると、ふいに視線を感じてそちらを向いた。そこにはおそ松が俺のことをじっと見ていて、俺は不思議に思い少しだけ首を傾げる。どうしたんだあいつ。俺の顔になんかついてんのかな。


「…名松?」

「? 何?」



 急に名前をおそ松に呼ばれる。合格組に属しているおそ松が何故俺の名前を呼ぶのだろうか。…いや別に呼んじゃダメって訳じゃないんだけどさ、何というか…別に関係ないというか、ほらアレ。なんか言葉出てこないけどアレだ。目的が分からない。しかもこのタイミングだし。
 おそ松はててて、とこちらに近寄ってきて俺の目の前で膝を折って目線を合わせてくる。



「お前、さっきから全くアピールしてないけど…どうした?」

「…え?」

「確かに。名松兄さん、一緒に扶養入ろうよぉ」



 おっとそう来たか。まあ普通に考えたらそうだよな。さっきからほぼだんまりだし、手を上げるそぶりすらしてないワケだから。

 チョロ松も話すのをやめてこちらを向いている。全員に注目されている俺。アッちょ、大学時代のプレゼンという名のトラウマを思い出すのでやめてもらえませんかね。
 取り敢えず何か言わなくては…えっと…自己アピールなんだよな? 自分の良いとこ言えばいいんだよな、いいところ、いいところ……。


 ………………。
 ……………………。



 ……俺なんで生きてるんだろう…。 自分の良い処を必死に探していたが全く出てこないので鬱になってしまった。うつだしのう。
 …あ、一つあった。俺献血できる。今ここでは全くもって役に立たない情報だけど。



「…あの、はい」

「はい、名松さんどうぞ」

「言っちゃえ名松兄さん!」



 トド松が可愛らしく応援してくれる。手を上げた俺を松代さんが指名してくれた。チョロ松の邪魔しちゃって本当すみません、大人しく引いてくれるチョロ松本当兄弟の中で一番良識あると思うよ俺は。



「母さん、冷蔵庫の卵って使ってもいい?」

「あら、別にいいけど何に使うの?」

「ホットケーキミックス残ってたから、ホットケーキ焼こうかなって」

「いやいや何言ってんの!? 何で今ホットケーキ!? しかも母さんも普通に返さないでよ!!」



 チョロ松のパーフェクトなツッコミを全身に受けながら俺は気まずそうに視線を下に向ける。チッ、話を逸らす作戦は失敗か。
 かなり情けないことを言おうとしているので自然と声もしょぼしょぼとすぼんでしまうが、取り敢えず弁明はしておこう。



「いや…自分の良い処、探したけど…いっこもなかった…」

「なっ…い、わけ、ないと思うけど…名松手先器用じゃん」

「トド松も器用でしょ?」



 ね? とトド松に顔を向けるとそ、そう? と返される。まあ器用と言うよりは女子力が高いと言う方が正しいかな。でも器用と言えば器用なんだよなそれも。



「包容力はおそ松兄さんの方があるし、歌はカラ松兄さんの方が上手いし、真面目度はチョロ松兄さんの方が上。
集中力は一松の方がすごくって、筋力は十四松のがあって、器用さはトド松が随一。 ぶっちゃけ、俺を扶養に入れてもなんの利益もないから…。
……だから、まあ、別にいいかな。俺は」



 そうそう、無理に食い込んでも迷惑がられるだけだぞ、と脳内で誰かの声が響く。うるせえほっとけ。というか、真面目に考えて俺一人暮らしの方が向いてる説浮上してる。
 きっと一人になれば嫌でも働かなきゃいけないだろうし、嫌でも周りとの関係を持たなきゃいけないだろう。考えたら死にたくなるけどな。できることなら一生働かずに暮らしたい。

 もしこれが原作と違って本当に離婚しちゃうってなったら最悪一人で生きていく覚悟はできてる。


「……海綺麗なところでアパートとか借りたい…」



 ぽつりと願望を呟く。綺麗な海があるところに住みたいけど、きっとそういうところは観光地として売っている土地が多いだろうな。でも四国地方や中国地方は本当に海綺麗なところ多いから憧れではあるんだよね。都会ってイメージはないけど、ある程度のところなら大体は揃っているだろうから我儘言わなけりゃ普通に暮らせるだろうし。







「じゃあ俺と一緒に行くか。熱海あたり」



 ぽすん、と頭に手を置かれる。顔を上げるとおそ松がいつもとは少し違う笑顔で俺の頭を撫でていた。意図が分からずにまじまじとおそ松を見ていると、彼は松代さんに顔を向けて言った。



「母さん、俺名松と一緒に暮らすからやっぱパスで」

「はぁ!? ちょ、おそ松兄さん!?」



 トド松が声を荒げる。おそ松のまさかの暴挙に目をまんまるとさせることしかできない。まさかあのクソニート代表の長男が―――あ、貶してるんじゃなくてね? あのおそ松がぬるま湯の扶養組を脱してしまうだなんて、一体何の天変地異の予兆だろうか。
 …いや待てよ、もしかしてこれ俺が集られる感じ? いや別にいいんだけどさ、松ラーとして養わせていただくけれども。

 ポカーンとしている俺の頭に置かれているおそ松の手ががしがしと動く。しかしその時、おそ松の腕が何者かによってバシリと叩き落とされた。結構すごい音した。



「……痛ぇじゃねえか、何すんだよ」



 かなり低い声でおそ松はその人物、カラ松のことを睨みつける。とてつもなく鋭い眼光に生前何度も見た二次創作のブチギレ長男を思い出した。
 一方のカラ松はと言うとにこやかな表情を顔面に張り付けており、俺の肩をぽんと叩く。


「兄貴は既に合格しているだろう? 名松のことは俺に任せるといい」

「は?」

「折角の兄貴の合格を棒に振らせるのは忍びないんでな」



 まさかのたらい回しフラグが成立されてしまったみたいだ。お前だけおそ松兄さんと過ごすのは許さないってか? 長兄松最高。

 肩に置かれた手にギリ、と力が込められる。ちょっと力緩めてほしいな! そんなに肩強靭じゃない!



「そうそう。おそ松兄さんたちはもう母さんの扶養入ってるからいいよね」

「僕らは自分たちで頑張りマッスル!」

「そういうことだ。 アンダースタン?」



「ハァ? 長男様差し置いて何言ってんのお前ら」

「ちょっと、それなら僕だって名松兄さんと二人なら別に扶養外れるのに文句ないんだけど」

「じゃあ僕らが名松兄さん養うからそれでいいじゃん」



 一体何なんだこのカオスな空間は…? 俺と暮らすのそんなにいや…? たらい回しにするほど嫌なの…??


 そっと母さんの隣に移動して事の成り行きを見守る。ぎゃあぎゃあと騒ぐ合格組と保留組に俺は蚊帳の外感満載でスッと正座をした。


「…ホットケーキ食べたい…」

「あら、作ってくればいいじゃない」

「これ放って?」

「私が見ておくから大丈夫よ」

「……なんか楽しそうだね母さん」



 終始ニコニコ顔の松代さんを効果音だけでジト、と見上げる。松代さんは「気付いちゃった?」と茶目っ気たっぷりの笑顔を俺に向けてきた。本当年とってもかわいいんだからもー。松野家は天使しかいないのかな?



「名松的には誰と暮らしたいの?」

「…へ?」

「もしかしたら今すぐじゃなくても、誰かと一緒に暮らすかもってことも無きにしも非ずでしょ?」

「…あるかな、そんなこと…」

「仮によ仮に」

「んー…」



 そっと六つ子たちに視線をやる。意味不明な言葉を叫びながら取っ組み合いの喧嘩をしている彼ら。

 誰と暮らしたいかって…別に俺は誰でもいんだけどなぁ…。そもそも俺が望んでいるのは俺+誰かというものではなく、あくまで『六つ子のうちの誰か+六つ子のうちの誰か=ホモ』の図式だから…ホモで世界は平和になる。
 俺が仮にここの誰か一人と暮らしたとして、それはきっと相手にすごく申し訳なくなる気がするんだよなぁ。なんか俺ごときがすみませんって感じで…。



「……俺よりは、皆が誰かと暮らす方が良いかな」

「名松はどうするの?」

「んー…さっきも言ったけど、適当に海がきれいなとこで暮らしたいな」



 服の上着を脱ぎながら「皆が笑顔で暮らせるのならそれでいいや」とだけ言う。松代さんはにっこりと笑い「そう。貴方らしいわね」とだけ返してくれた。

 そのあとそっとホットケーキの付属フルーツのリクエストを聞けば、バナナが余っているからそれを使えとのお達しが出た。
 了解し、静かに部屋から退出しようとする。その前に振り返って松代さんに聞いてみた。


「…本気で離婚するの?」

「さぁ? どうかしらね」


 いたずらっ子のような顔で微笑まれた。うちのお母さまが女神すぎて辛い。































(side_todomatsu)





 『だからまあ、別にいいかな、俺は』 そう言った名松兄さん。名松兄さんはある時から僕ら兄弟の中に自分から踏み込むことはしなくなった。
 表面上はちゃんと"兄弟"として過ごしていても、どこか自分と周りを線引きしているというか…なんとなくだけど、名松兄さんは自分を『松野家の一人』として認識できていないのではないかと思う。

 例えば、今川焼や別のお土産を渡されて、それの数が中途半端だった時には必ず兄弟間で争奪戦が起こる。名松兄さんはそれには一切参戦せずに必ず辞退を申し出るのだ。「お腹すいてない」「これはちょっと苦手だから」「今甘い(塩辛い)ものの気分じゃない」、そんな尤もな言葉を言ってそっと僕らの輪から身を引く。それを言われると無理に参加させるのも何だか忍びないのでいつも名松兄さん抜きでやってしまうのだ。その間名松兄さんは審判をやったり審議をしたりなど何だかんだで楽しんではいるが。
 兄としての責任感の強いチョロ松兄さんや元来優しい性格の十四松兄さんなんかが、後でこっそり名松兄さんと半分こしているのも僕は知っている。大抵その時は遠慮して受け取ってくれないのだが、涙目で頼んだりしょんぼりとした顔を見せればおずおず受け取ってくれる。

 名松兄さんのそんなところも長所だとは思うけれど、逆に短所でもあると僕らは考えている。
 だって僕らは奇跡の七つ子。甘いも酸いも共にしてきた謂わば一心同体、あいつが僕で僕があいつの存在なのに、名松兄さんはその法則から半分抜けているみたいでなんだか寂しい。


 だからだろうか。名松兄さんの言葉を聞いた瞬間、その場に居た者母さん以外の全員が瞳の色を変えた。
 「俺を扶養に入れてもなんの利益もないから」? まさか、本気でそう思っているんだろうか。今までの僕らの行動を見て本当に心の底からそう思っているのだとしたら、何というか…名松兄さんは本気の本気で自分の価値を理解していない。

 名松兄さんの為なら僕は、僕らはなんだってする。働いてと言われれば嫌々でも働くし、面倒を見てほしいと言われれば喜んで見る。一緒に暮らそうなんて言われた日には即日即決でこの家を出て二人きりで新たな人生をスタートさせてしまうかもしれない。もちろん、名松兄さんがそういう意味で言ったのではなくともだ。どうせ切っても切れない縁なのだから一々繋ぎ方に文句を言われる筋合いはない。それがたとえどんなに歪で常識から逸脱していても。


 おそ松兄さんの"俺と一緒に暮らそう"発言により場の空気は一転してしまう。カラ松兄さんとチョロ松兄さんは静かに、でも確かにブチギレていてその証拠に普段は滅多に手を出さないカラ松兄さんがおそ松兄さんの腕を払い落としていた。しかしそれでおそ松兄さんの琴線に触れることとなり、三人の間にピリピリとした空気が流れてしまう。

 僕と一松兄さんと十四松兄さんも参戦してその場は混とんと化してしまった。名松兄さんの困惑した表情(微々たる変化だが)を見て申し訳なくも思ったが、これだけはぜったいに譲れなかったのだ。



「ちょっと、それなら僕だって名松兄さんと二人なら別に扶養外れるのに文句ないんだけど」

「じゃあ僕らが名松兄さん養うからそれでいいじゃん」




 扶養合格チームと扶養保留チームで派閥の亀裂ができてしまい、お互いのメンチ切りが始まる。
 僕は別にこの二人と名松兄さんを共有したいだなんて思ってはいない。きっとそれは二人とも同じ。けれど保留チームの三人はおそらくだが、名松兄さんを三人で共有することを目的として手を組んでくるだろう。何よりも「兄弟仲が良い方が嬉しい」という名松兄さんの言葉を重んじるのが保留チームの三人だからだ。因みにここまでで名松兄さん自信の人権を尊重する意思は全く見当たらない。その辺はまあ仕方がない。



「お前らだけじゃ無理だろ。職見つけられんの?」

「お前よりは働く気満々だよクズ長男。いいから一生養われて家に引きこもって姿見せんな」

「他人とまともに会話できないくせに仕事見つけられんの?」

「兄さんそれ特大ブーメランでっせ!」

「フッ…弟の一人や二人養えないのはナンセンスだろう?」

「痛いよねえアバラ折れるよホント。名松兄さんこんなのと一緒とか本当可哀想だと思わないの?」



 ああ言えばこう言うの集大成かと思うほどにはお互い容赦ない言葉を突き立てていった。本当全部が全部ブーメランなわけなんだけれども、そこは分かってるからいいんだよ今は。

 母さんは母さんで何も言わずにニコニコとこちらを眺めているだけで、名松兄さんはいつの間にか母さんの隣に移動して正座していた。何アレ可愛い。







 こうして始まった離婚騒動からの僕らの仁義なき戦いは開始したわけだけれども、それも一時間後に名松兄さんがホットケーキを持ってきたときに集結した。

 結局母さんたちは離婚しなかったけれど、僕らの共同戦線が確立されてしまった瞬間でもあった訳だ。
 この日以降のことはまあ、ご想像にお任せする。



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