[▼コンティニューしますか?]
※先にこちらを読んだ方が分かりやすいです。
寝起き一発目にネッコのお顔がドアップで目に入った私の心情を述べるとするならば、「猫アレルギーじゃなくてよかった」である。
ぐっと身体に力を入れて上半身を起こすと、周りは見たこともない和室だった。おかしい。確か私は昨日自宅で眠りに着いた筈だ。それも五年連れ添った彼氏に振られてヤケ酒呷ってそのまま寝落ち。我ながら女捨ててると思う。
もしや誘拐か?しかし私のようなしがない女性事務員を攫ったところで大したお金が手に入る訳ないだろうに。それに誘拐ならば手足縛って猿ぐつわくらいしてもよさそうだけど。あと存在忘れかけてたけど猫がいたんだった。いいね猫。私のアパートペット禁止だったんだよね。
再び猫へ視線をやれば、そこではた、と気が付く。猫、…というか、え、このにゃんこめっちゃ見たことある。
「…エスパーにゃんこ…?」
「なぅ」
まるで私の言葉を肯定するかのようにその猫は鳴いた。そうだ、どこからどう見ても某ウン十年振りに復活した古参アニメで出てきた猫にそっくり、というかそのものなのだ。しかも今返事したしな。
ちょっと待って、頭混乱し過ぎて何を言えばいいのか分からない。バクバク鳴る心臓を押さえつけようと胸元に手を当てると、そこにある筈の柔らかい贅肉がきれいさっぱり無くなっていた。
「…!!?え、ちょっ、ハァ!?」
バッと下を向いてべたべた胸元を触る。しかし何度確認したところでそこには無情な現実が待っていただけだった。
おっぱいが、ねえ。
ちっぱいになってる。
「わ、私のむねが…!」
しかもよくよく見ると身体も縮んでしまっているようで、着ているものも淡い色の女の子らしいワンピース。逆立ちしても私が着られないようなサイズとデザインだ。ちょっと本気で訳が分からないんだけど。
わなわな震えながら立ち上がって和室から出る。そこはよくある和風の家で見る廊下で、電気はついていないが外はまだ明るい昼のようで、玄関のすりガラスから入る日の光が廊下を薄ら照らしている。…実家思い出す…母さんと父さんとばあちゃん元気かな…。
素足なので歩く度にぺた、ぺた、と子供特融の可愛らしい音が響く。家には誰もいないのだろうか。出来れば今のこの状況を一から百まですべて詳しく説明してほしい。何か怪しい宗教だったら問答無用で帰る。…あと、マジで最後に考えてる可能性なのであれば、泣き崩れる。
一つの障子に差し掛かり、私はぴたりと止まって深呼吸する。ふと足元を見るとエスパーにゃんこがするりと足首にすり寄って来ていた。天使か。可愛い。
うりうりと頭や顎を撫でまわしながら優しく抱き上げるとその子はにゃあと鳴いた。もう既に薬の効果は切れているようだ。そりゃそうか。
私は小さく息を吸い込んで障子をスパンと開けた。
「…ジーザス…!!」
「にぃー」
居間であろう部屋にはちゃぶ台とテレビ、そしてちょっと訳の分からない手型のモニュメント。あのモニュメントがあるってことはもうこれ最後の可能性が微レ存だわ死にたい。ふわふわのにゃんこを抱きしめながら喉から必死な声を絞り出す。
「…よろしくおあがり…っ…おそ松さん…っ!!!!」
今ここに友人がいたら「カイジかよ」とツッコまれていただろう。
***
あれから一刻、混乱も大分解けて――いやまあそんな解けたわけじゃないけど。それでも何とか立ち直った私はにゃんこを抱きかかえて街を散策しているところだ。
暫く歩いていくうちに大分分かったことがある。
まず一つ、ここはやはりあのおそ松さんの舞台…いや、世界?だということ。最初は随分ファンキーな建物や人が多いなあと思ったが、もう今では慣れて特に気にしなくなった。私が順応力高いんじゃなくて、この世界には不思議な何かが流れているんだと思う。絶対そうだ。二つ、私はどうやらあの松野家の娘らしい。娘、というか、正確に言えば孫?あの六つ子の、なんとチョロ松の娘なんだとか。これは街行く人から声を掛けられて「お、今日はチョロ松とーちゃんと一緒じゃねえのか?」と言われて分かった。因みに推し松がチョロ松だった私のその時の内心は穏やかじゃなかった。狂喜乱舞だった。お相手はトト子ちゃんかな?それともにゃーちゃんかな??
そして三つ、これが一番重大なことだ。どうやら、その、あの六つ子…そう、あの無職ニートだった六つ子たち……働いているらしい。これは偶々会ったイヤミと少し話をしたときに出てきたので分かったことだ。因みにイヤミに出会った瞬間めちゃくちゃに腰に抱き着きたかった。エロいフォルムしてますねグヘヘ。彼曰く「あの碌でもない六つ子ちゃんたちが真面目に働いてるのが未だに信じられないザンス」らしい。
それを聞いた瞬間にファ!?となった私は悪くない。世の中がすべて悪いんだ。
だって、あのニートがだよ?一生養われて暮らしたいとか俺を養わないかとか言ってたあのクズニートたちがだよ?どういうことだってばよってなるよ普通に。あと何気に酷いこと言ってるイヤミだけどその意見に私も全面的に同意を示します。
それでも私がここまで冷静にいられたのは予備知識のお陰だろう。どこで知識を身に着けたのかはツッコまないで頂きたい。私にも人に知られたくない黒歴史というものがあるのだ。特に小学校終盤から中学の最期に掛けて。
にゃんこを抱いてずっと歩き回っていたら随分と遠くまでやってきてしまったようだ。因みにもう帰り道は分からない。三十分くらい前に通った道をまた通っている気もするが、まあ気のせいだろう。
「ここどこだろうねー?」
「なー」
一々律儀に返事を返してくれるにゃんこを撫でながらひたすらに歩き続ける。
…―――と、急ににゃんこが腕の中からひょいと抜け出し、物凄いスピードで駆けて行ってしまった。あまりの突然の出来事且つ流れるような動きにポカンとしていたが、慌てて我に返りにゃんこが駆けて行った方を追いかける。
「ちょっ、まっ、まってぇぇ!!」
なんということか。一松のベストフレンドであるにゃんこを逃がしてしまうなんて…!一松ガールである友人に知られたら極刑物だろう。それにこの世界の一松にも殺されそうだ。まだ死にたくねえ!
「にゃんこー!もどってきてー!!」
履いている靴がつっかけなので走りにくいことこの上ないのだが、それでも必死ににゃんこを追いかける。が、どうしでも猫と人間の差ですぐににゃんこの姿は見えなくなってしまった。
えええー……うそでしょ…これ本格的に拙くないか?息を荒げながらその場で立ち尽くす。ひゅう…と風が吹いて私は周りに誰もいないのに気付いて途方に暮れた。ちょっと、冗談抜きで本当の本当に拙いことになった。
にゃんこもいない、誰もいない、そして迷子なう。
「…あ、あばばば……」
今私の顔は真っ青になっているだろう。サァ、と引く血の気を意識しながら震える身体で一歩を踏み出した。
考えても仕様がない、ここは一か八かで行動に移るしかない。迷子の時はその場を動いてはいけないみたいなことを聞いたけれど、今それどころじゃない。にゃんこが、私のモフモフが迷子なんだよ。
「まっててね、私のもふもふ…!」
多分、混乱で頭がどうかしてきているんだと思う。
***
「どこにもいねええ!!」
あれから数時間。もう既に日が傾きかけていたが、一向ににゃんこが見つかる気配がしなかった。可愛いワンピース汚れちゃう〜とか全く気にせずにめちゃくちゃに駆けずり回って満身創痍になりながら探しているが、全然猫のねの字も見つけられない。姿の鱗片すら見せないとは恐るべしエスパーニャンコ。
もうすぐ良い子はおうちに帰る時間になってしまうのではないか。そうなったとしてもにゃんこを見つけるまでは帰ることはできないし、何より家族一のポンコツ脳を誇る私の頭だ。帰り道はまともに覚えていない。今から帰ろうと踵を返しても日が沈むまでにたどり着けるかどうか。ハァ…。何故こんなことに…。
「にゃんこぉ……」
涙声になりながらふらふらと路地を彷徨う。にゃんこー俺だーお願いだから出てきてくれー。餌か何かが必要かもと思ったが今現在全くの一文無しなので何かが買えるわけでもない。くそ、財布くらいもって来ればってそういやここ赤塚ワールドだった…!私のアパートはないんだろうなぁ…!畜生…!
「に゛ゃんこ…」
子供というのは涙腺が緩いらしく、私はとうとうぽろぽろ涙を零し始めた。その場で立ち止まり蹲る。
涙を零したのは一体いつ振りだろうか。最後に泣いたのは夜中に動画で泣けるコピペ集を見た時だったと思う。定期的に見たくなるよねアレ。う゛ー、と唸りながらしゃくりあげる。
真剣な話、これ私がもし家に帰らなかったらどうなるんだろう。誘拐?行方不明?扱いになるのかな。正直、チョロ松の娘なんて願ってもないポジションなのだが、それがいつまで続くのか分からないしこれからずっとこの赤塚ワールドで暮らしていかなければならないというのはちょっとキツイ。
そもそも何故私がこんなことに。ただ彼ぴっぴに振られてヤケ酒した女子力皆無の私が…あ、女子力ないから連れてこられたのかな。いや理由になってねえわ今のナシ。
ぐるぐるとどうでもいいような重大のような、そんなことを堂々巡りに考えていればふとか細い声でにゃあ、と聞こえた。
バッと顔を上げると、そこにはずっとずっと探し求めていたモフモフ、基エスパーニャンコが私の目の前でお座りの状態で佇んでいた。音も気配もなく…!?いや、そんなことはどうでもよくて
「にゃんこぉぉぉっ」
「に゛ぁ」
「めっちゃしんぱいじだぁぁぁ゛」
がばっと抱きしめるとにゃんこは苦しそうな鳴き声を上げながらも暴れることはなかった。ちゃんと躾が行き届いている…さすが一松。でもカラ松のグラサンは獲物として教えるんだね。あれ、あれは違う猫だったっけ。
「っはー…!よかったぁ…!」
「なぁぅ」
「もう一人でどっかいかないでね、さみしすぎてしぬから。私が」
「に」
「さて…家に…」
そこでぴたりと停止する。にゃんこが不思議そうな顔で見上げてきたが、今は反応してあげられなかった。
先ほども言ったが、家族一のポンコツ脳を誇る私の脳内では"帰り道"なんてカテゴリーは検索に引っかからない。「もしかして:流行り街」という検索結果が出る始末。流行り街ってなんだよ舐めてんのか。
だらだら冷や汗を流し、とにもかくにもとまた歩き始めるがやはりというか、見知った風景何て見えてこなかった。
「うう……うう゛ううう゛う…っ」
「にー」
また涙が出てくる。にゃんこが心配してぺろ、と頬に伝った涙を舐めてくれた。大天使かよ。にゃんこを撫でながら涙を拭うことはせずにひたすら歩き続ける。
さっきは帰っても特にアレだわみたいなこと言ってたけど、どうやらこの身体は全力で不安を感じ取っているようで先ほどから心臓のバクバクと絶望感が半端じゃない。確かにこんな小さい子が見知らぬ街で一人と猫一匹、なんて不安以外の何物でもないよね。むやみやたらに歩き回ってごめんね幼女。
ぐすんぐすんと適当に歩き続けていたら、曲がり角で誰かにどんとぶつかった。相手は私より大きい人だったようで、少し揺らいだだけで倒れはしなかったようだ。逆に私は尻餅をついた。
「っ…ご、ごめんなさ…っ」
「だよ〜ん」
「………え?」
特徴的なその返事に思わず顔を上げる。見上げると、顎が外れるんじゃないかと思うほどに口をカっぴらいたスーツのおじさん―――ダヨーンが立っていた。
ダヨーンだ。生ダヨーンだ。ちょっと、驚きと感動で涙引っ込んだ。見ろよにゃんこもポカーンってしてるよ可愛い。
ダヨーンは心配そうな顔でもう一度だよーん、と言って私に手を差し出した。慌ててその手を取って私は立ち上がる。
「あの、ありがとうございます…」
「だよーん」
全く会話が成り立たない気がする、が、よくよく見るとちょっとだけ彼の背後に影が出来ているのに気が付いた。目を凝らしてそれを凝視すると、そこには小さな文字で「どうしたの?迷子?」と書かれていた。
…まさか、通訳……や、翻訳?え? 何そのオプションみたいなの。ここが二次元だからってそれ許されるの?
困惑している私を見てダヨーンはちょっと焦った風にだよーんとまた言った。すると、背後の文字がふっと消えて新しい文字が浮かび上がる。
―あ、怪しくないよ!僕はダヨーンって言って、君のお父さんと知り合いで…―
「……だよーん、さん」
「! だよーん!」
―! そう!―
今知った事実。ダヨーンは癒し系。
というか、ダヨーンって話話で役割結構まちまちだよね。一番キャラぶれてるっていうか…いや、一番ぶれてるのはデカパンか…?とにかく、彼はだよーんしか言わないときもあるし全く喋らないときもあるし、ちゃんとした会話が出来るときもある。噂じゃコピーされたアンドロイドだとかなんだとか。そんなお話もあったねえ、懐かしい。まだあの時は暑かったなぁ…。
「だよーん」
―もしかして、道に迷っちゃった?この辺君の家から結構遠いけど…―
「…にゃんこ、さがしてて…」
「だよーん」
―そっか。じゃあ、近くまで送るよ―
紳士か。優しすぎか。もうダヨーンと結婚したい。年齢的に無理か。
ダヨーンは私の手を握ってさりげなく車道側を歩いてくれる。ヤダもう…!私にはもう究極生命体というお嫁さんがいるのに…!考えることやめてるけどあの生命体は。
道すがらぽつりぽつりと話しかけてくれるダヨーンには本当に頭が上がらない。今日は何してたの?とか、昨日君のお父さんのお兄さんと飲みに行ったよ、とか。そんなに友好関係深かったんですか。にしては私とは初対面みたいな反応だったなぁ…。ふむう、謎は深まるばかりか。
暫く歩いているとすっかり日が暮れてしまった。ちょうど公園に差し掛かったところ、中にほんのりと灯りが灯っているのを見てダヨーンと一緒にそちらを向く。
そこにはおでんの屋台があった。もしかして…!と私の心臓はまたどくどくと音を鳴らす。緊張と興奮で頬が火照る。
ダヨーンは私の手を引いて公園の中に入りその屋台へ近付き、声を掛ける。
「だよーん」
―こんばんはー―
「…ん?ああ、ダヨーンじゃねえか。悪ぃ、今ちょっと取り込み中……って、名松!!」
「うぇっ」
やはりチビ太のおでん屋さんだったようで、肩にタオルをぶら下げた彼は電話を掛けているところだった。しかし私を見つけた瞬間大声を出し、電話の向こうへ話しかける。
「おいおそ松!名松いたぞ!今ダヨーンがおいらんとこに連れてきた!」
「だよーん」
―ナイスタイミングだったみたいだね―
「そ、そですね…」
「にゃー」
ま さ か の 。
え、おそ松ってあのおそ松…!?ま、待って…ちょ、心の準備が…!
きゅっとにゃんこを抱きしめるとにーと鳴く。私の緊張の一割ぐらい持ってってくれないかな。
電話を終えるとチビ太はこちらに来てがしがしと私の頭を撫でる。
「お前、父ちゃんたちめっちゃ心配してたぞ?帰ってきたらもぬけの殻で、夕方になっても帰ってこねえって」
「あの…にゃんこが、逃げちゃって…」
「それ追ってったのか?なら今度からは誰かに一言言うか、何か紙に書いてから行ってやれ」
はぁー、と緊張を解す様にチビ太は伸びをした。な、なんか色々ご迷惑おかけしてすみません…。この歳、と言っても見た目幼女なんだけど、迷子になって家族から知り合いまで巻き込んで捜索されるって結構心痛い。
「父ちゃんたちすぐ来るってよ!」
「だよーん」
―よかったね―
「…うん」
「にしても、ちょぉっとあいつらもオーバーだよなぁ」
チビ太に勧められてダヨーンと一緒に椅子に座る。
「帰って名松が居ないって知った瞬間に血相変えてここに来たんだぜ?」
「だよーん」
―? それはまだ外が明るい時?―
「そうそう!いくら一人娘っつっても遊びに行きたいときくらいあらぁなぁ」
けけけ、と笑うチビ太につられてダヨーンも目元を薄らを細める。あーでも一人娘って父にとっては可愛いもんだよなぁ…。私には姉がいたからよく分からないけど。
けれど和やかな空気が少しだけ変化し、チビ太が視線をおでんの方へ落としてぽつりと呟いた。
「…まあ、しょうがねえか。母ちゃんのこともあるしなぁ…」
「…」
え、ちょ、うん?待ってよ、何かシリアスっぽい雰囲気流れてるけど私の置いてけぼり感半端ないよ。何?母ちゃん?松代さん?いや、この場合は"私の"お母さんってこと?……アッ待って嫌なフラグビンビン!これアレか?Bパターンか?
困惑していると後ろから「名松!」と超人気声優の声が聞こえた。自分の名前をあの声で読んでもらうってもう死んでもいいかもしれない。
振り返るとそこには肩で息をしている緑パーカーの彼が居た。
「…おとう、さん」
「名松っ」
椅子から飛び降りると、緑パーカー、チョロ松がこちらに駆け寄りぎゅっと抱きしめてくる。はぁ〜〜雰囲気台無しで悪いけどめちゃくちゃテンション上がる。あとにゃんこもいるのであまり力を入れないで頂きたい。
「おとうさ「バカ!」っ」
言葉を遮られて罵られた。でもいい許す。だってチョロ松だから。
「お前っこんな、こんな時間まで…何して…っもし、何かに巻き込まれたら…っ」
チョロ松の瞳は確かに怒り、というか叱る?その色を表しているが、声と私の肩に置かれた手は震えていた。
「…本当に…無事でよかった…!」
再び抱きしめられるが、今度は壊れ物を扱うかのように優しく力を込められる。後ろでチビ太が鼻を啜る音が聞こえた。本当に涙もろいなぁ。そんなとこも君の魅力だがな!
「お前に何かあったら…俺…っ」
「……ごめんなさい…」
一人称が俺になってる。結局のところ、彼の正確な一人称が分からない。
しかしこの取り乱し具合はちょっと普通じゃないと思う。これはやはり、私が思い付いた最悪のパターンが当てはまってしまうのでは…?この世界で、私の母親って実はもう……
「おいチョロ松!俺置いて先行くなっての!」
「お前が足遅いだけだろ」
「なにおう!?」
シリアスな雰囲気をぶち壊しに来たような声色で叫んだのは赤パーカーの彼、おそ松だった。
おそ松は私を視界に居れるとほっとしたように息を吐く。次いで私の頭を撫でた。
「名松…!ほんっとに心配したぞ?今までどこにたんだよ」
「えっと…」
「猫が逃げ出したから、それ追ってたんだとよ」
「え?…ああ、エスパーニャンコ…」
そう言って二人は脱力したように息を吐いた。さすが兄弟、息ぴったりだ。
「もう、一松とトド松が大変でさぁ…勝手に誘拐って決めつけてめっちゃ呪詛吐きまくってんの。カラ松は号泣してるし、十四松は「犯人に会ったら特大ホームランだね!」とか言ってすごい勢いで素振りしてるし」
何ソレちょっと見てみたい。字面だけでも相当カオスなその状況を思い浮かべ、少しだけ吹き出す。それを見たチョロ松が私の頬を軽くぐに、と引っ張った。
「こら、笑い事じゃないぞ」
「あー、ダヨーンもチビ太も、サンキューな」
「いいってことよ。あと、騒ぐのはもうちょい日が傾いてからにしやがれバーロー」
「だよーん」
―無事に見つかってよかったよ―
そう言って笑う二人は真のイケメンだった。イケメンっていうか、漢だ。かっけえ。
「それじゃあ、帰ろう」
「んじゃな〜また今度なんかお礼するわ」
「それはいいから、まだ溜まってるツケ払え!」
「あーそのうちそのうち」
まだツケ払い終えてないのか…まあアニメ内でも結構飲み食いしてたしね。いくら今働いているとはいえ一括とかは無理なんだろう。あそこのおでん屋確かカード払いオッケーだった筈だけど。
右におそ松、左にチョロ松を連れて手を繋いで帰る。にゃんこは私の頭の上に移動していた。
この風景どちゃくそ萌えるんだけど。背後からスニ―キングしたいくらいにはドツボにはまりすぎて鼻血出そう。
「帰ったらまずお風呂だね」
「ホントだな。どんだけ遠くまで行ってたの」
「わかんない…」
「ダヨーンと会ったってことは結構遠いよな…あいつの勤め先二駅くらい離れてなかったっけ」
ダヨーンの職業が非常に気になる。
しかしまあ、今はとても疲れていて取り敢えずお風呂に入って寝たい。ご飯はもう後回しでいいから寝たい。
段々と近づく見たことのある風景に少しだけ胸が高鳴る。これから他の松兄弟に会うのかぁ…。
あのちょっと古い松野家に近づくにつれて何だか緊張してきた。あ、暫くは現実に帰れなくてもやっていけるかも。
おそ松が玄関を開けて「ただいまー」と言う。夜と昼とじゃ全く違った顔を見せる家の中にちょっとだけ興奮した。
のもつかの間、どたんばたん、ごっ、がしゃーんという音が聞こえ次いでばたばたと慌ただしい音がこちらへ向かってくる。チョロ松は額を抑えおそ松は苦笑していた。
『名松!!』
押し合いへし合いしながら出てきた松野兄弟に圧倒される。
やっぱり今すぐ現実に戻りたい気がしないでもない。
寝起き一発目にネッコのお顔がドアップで目に入った私の心情を述べるとするならば、「猫アレルギーじゃなくてよかった」である。
ぐっと身体に力を入れて上半身を起こすと、周りは見たこともない和室だった。おかしい。確か私は昨日自宅で眠りに着いた筈だ。それも五年連れ添った彼氏に振られてヤケ酒呷ってそのまま寝落ち。我ながら女捨ててると思う。
もしや誘拐か?しかし私のようなしがない女性事務員を攫ったところで大したお金が手に入る訳ないだろうに。それに誘拐ならば手足縛って猿ぐつわくらいしてもよさそうだけど。あと存在忘れかけてたけど猫がいたんだった。いいね猫。私のアパートペット禁止だったんだよね。
再び猫へ視線をやれば、そこではた、と気が付く。猫、…というか、え、このにゃんこめっちゃ見たことある。
「…エスパーにゃんこ…?」
「なぅ」
まるで私の言葉を肯定するかのようにその猫は鳴いた。そうだ、どこからどう見ても某ウン十年振りに復活した古参アニメで出てきた猫にそっくり、というかそのものなのだ。しかも今返事したしな。
ちょっと待って、頭混乱し過ぎて何を言えばいいのか分からない。バクバク鳴る心臓を押さえつけようと胸元に手を当てると、そこにある筈の柔らかい贅肉がきれいさっぱり無くなっていた。
「…!!?え、ちょっ、ハァ!?」
バッと下を向いてべたべた胸元を触る。しかし何度確認したところでそこには無情な現実が待っていただけだった。
おっぱいが、ねえ。
ちっぱいになってる。
「わ、私のむねが…!」
しかもよくよく見ると身体も縮んでしまっているようで、着ているものも淡い色の女の子らしいワンピース。逆立ちしても私が着られないようなサイズとデザインだ。ちょっと本気で訳が分からないんだけど。
わなわな震えながら立ち上がって和室から出る。そこはよくある和風の家で見る廊下で、電気はついていないが外はまだ明るい昼のようで、玄関のすりガラスから入る日の光が廊下を薄ら照らしている。…実家思い出す…母さんと父さんとばあちゃん元気かな…。
素足なので歩く度にぺた、ぺた、と子供特融の可愛らしい音が響く。家には誰もいないのだろうか。出来れば今のこの状況を一から百まですべて詳しく説明してほしい。何か怪しい宗教だったら問答無用で帰る。…あと、マジで最後に考えてる可能性なのであれば、泣き崩れる。
一つの障子に差し掛かり、私はぴたりと止まって深呼吸する。ふと足元を見るとエスパーにゃんこがするりと足首にすり寄って来ていた。天使か。可愛い。
うりうりと頭や顎を撫でまわしながら優しく抱き上げるとその子はにゃあと鳴いた。もう既に薬の効果は切れているようだ。そりゃそうか。
私は小さく息を吸い込んで障子をスパンと開けた。
「…ジーザス…!!」
「にぃー」
居間であろう部屋にはちゃぶ台とテレビ、そしてちょっと訳の分からない手型のモニュメント。あのモニュメントがあるってことはもうこれ最後の可能性が微レ存だわ死にたい。ふわふわのにゃんこを抱きしめながら喉から必死な声を絞り出す。
「…よろしくおあがり…っ…おそ松さん…っ!!!!」
今ここに友人がいたら「カイジかよ」とツッコまれていただろう。
***
あれから一刻、混乱も大分解けて――いやまあそんな解けたわけじゃないけど。それでも何とか立ち直った私はにゃんこを抱きかかえて街を散策しているところだ。
暫く歩いていくうちに大分分かったことがある。
まず一つ、ここはやはりあのおそ松さんの舞台…いや、世界?だということ。最初は随分ファンキーな建物や人が多いなあと思ったが、もう今では慣れて特に気にしなくなった。私が順応力高いんじゃなくて、この世界には不思議な何かが流れているんだと思う。絶対そうだ。二つ、私はどうやらあの松野家の娘らしい。娘、というか、正確に言えば孫?あの六つ子の、なんとチョロ松の娘なんだとか。これは街行く人から声を掛けられて「お、今日はチョロ松とーちゃんと一緒じゃねえのか?」と言われて分かった。因みに推し松がチョロ松だった私のその時の内心は穏やかじゃなかった。狂喜乱舞だった。お相手はトト子ちゃんかな?それともにゃーちゃんかな??
そして三つ、これが一番重大なことだ。どうやら、その、あの六つ子…そう、あの無職ニートだった六つ子たち……働いているらしい。これは偶々会ったイヤミと少し話をしたときに出てきたので分かったことだ。因みにイヤミに出会った瞬間めちゃくちゃに腰に抱き着きたかった。エロいフォルムしてますねグヘヘ。彼曰く「あの碌でもない六つ子ちゃんたちが真面目に働いてるのが未だに信じられないザンス」らしい。
それを聞いた瞬間にファ!?となった私は悪くない。世の中がすべて悪いんだ。
だって、あのニートがだよ?一生養われて暮らしたいとか俺を養わないかとか言ってたあのクズニートたちがだよ?どういうことだってばよってなるよ普通に。あと何気に酷いこと言ってるイヤミだけどその意見に私も全面的に同意を示します。
それでも私がここまで冷静にいられたのは予備知識のお陰だろう。どこで知識を身に着けたのかはツッコまないで頂きたい。私にも人に知られたくない黒歴史というものがあるのだ。特に小学校終盤から中学の最期に掛けて。
にゃんこを抱いてずっと歩き回っていたら随分と遠くまでやってきてしまったようだ。因みにもう帰り道は分からない。三十分くらい前に通った道をまた通っている気もするが、まあ気のせいだろう。
「ここどこだろうねー?」
「なー」
一々律儀に返事を返してくれるにゃんこを撫でながらひたすらに歩き続ける。
…―――と、急ににゃんこが腕の中からひょいと抜け出し、物凄いスピードで駆けて行ってしまった。あまりの突然の出来事且つ流れるような動きにポカンとしていたが、慌てて我に返りにゃんこが駆けて行った方を追いかける。
「ちょっ、まっ、まってぇぇ!!」
なんということか。一松のベストフレンドであるにゃんこを逃がしてしまうなんて…!一松ガールである友人に知られたら極刑物だろう。それにこの世界の一松にも殺されそうだ。まだ死にたくねえ!
「にゃんこー!もどってきてー!!」
履いている靴がつっかけなので走りにくいことこの上ないのだが、それでも必死ににゃんこを追いかける。が、どうしでも猫と人間の差ですぐににゃんこの姿は見えなくなってしまった。
えええー……うそでしょ…これ本格的に拙くないか?息を荒げながらその場で立ち尽くす。ひゅう…と風が吹いて私は周りに誰もいないのに気付いて途方に暮れた。ちょっと、冗談抜きで本当の本当に拙いことになった。
にゃんこもいない、誰もいない、そして迷子なう。
「…あ、あばばば……」
今私の顔は真っ青になっているだろう。サァ、と引く血の気を意識しながら震える身体で一歩を踏み出した。
考えても仕様がない、ここは一か八かで行動に移るしかない。迷子の時はその場を動いてはいけないみたいなことを聞いたけれど、今それどころじゃない。にゃんこが、私のモフモフが迷子なんだよ。
「まっててね、私のもふもふ…!」
多分、混乱で頭がどうかしてきているんだと思う。
***
「どこにもいねええ!!」
あれから数時間。もう既に日が傾きかけていたが、一向ににゃんこが見つかる気配がしなかった。可愛いワンピース汚れちゃう〜とか全く気にせずにめちゃくちゃに駆けずり回って満身創痍になりながら探しているが、全然猫のねの字も見つけられない。姿の鱗片すら見せないとは恐るべしエスパーニャンコ。
もうすぐ良い子はおうちに帰る時間になってしまうのではないか。そうなったとしてもにゃんこを見つけるまでは帰ることはできないし、何より家族一のポンコツ脳を誇る私の頭だ。帰り道はまともに覚えていない。今から帰ろうと踵を返しても日が沈むまでにたどり着けるかどうか。ハァ…。何故こんなことに…。
「にゃんこぉ……」
涙声になりながらふらふらと路地を彷徨う。にゃんこー俺だーお願いだから出てきてくれー。餌か何かが必要かもと思ったが今現在全くの一文無しなので何かが買えるわけでもない。くそ、財布くらいもって来ればってそういやここ赤塚ワールドだった…!私のアパートはないんだろうなぁ…!畜生…!
「に゛ゃんこ…」
子供というのは涙腺が緩いらしく、私はとうとうぽろぽろ涙を零し始めた。その場で立ち止まり蹲る。
涙を零したのは一体いつ振りだろうか。最後に泣いたのは夜中に動画で泣けるコピペ集を見た時だったと思う。定期的に見たくなるよねアレ。う゛ー、と唸りながらしゃくりあげる。
真剣な話、これ私がもし家に帰らなかったらどうなるんだろう。誘拐?行方不明?扱いになるのかな。正直、チョロ松の娘なんて願ってもないポジションなのだが、それがいつまで続くのか分からないしこれからずっとこの赤塚ワールドで暮らしていかなければならないというのはちょっとキツイ。
そもそも何故私がこんなことに。ただ彼ぴっぴに振られてヤケ酒した女子力皆無の私が…あ、女子力ないから連れてこられたのかな。いや理由になってねえわ今のナシ。
ぐるぐるとどうでもいいような重大のような、そんなことを堂々巡りに考えていればふとか細い声でにゃあ、と聞こえた。
バッと顔を上げると、そこにはずっとずっと探し求めていたモフモフ、基エスパーニャンコが私の目の前でお座りの状態で佇んでいた。音も気配もなく…!?いや、そんなことはどうでもよくて
「にゃんこぉぉぉっ」
「に゛ぁ」
「めっちゃしんぱいじだぁぁぁ゛」
がばっと抱きしめるとにゃんこは苦しそうな鳴き声を上げながらも暴れることはなかった。ちゃんと躾が行き届いている…さすが一松。でもカラ松のグラサンは獲物として教えるんだね。あれ、あれは違う猫だったっけ。
「っはー…!よかったぁ…!」
「なぁぅ」
「もう一人でどっかいかないでね、さみしすぎてしぬから。私が」
「に」
「さて…家に…」
そこでぴたりと停止する。にゃんこが不思議そうな顔で見上げてきたが、今は反応してあげられなかった。
先ほども言ったが、家族一のポンコツ脳を誇る私の脳内では"帰り道"なんてカテゴリーは検索に引っかからない。「もしかして:流行り街」という検索結果が出る始末。流行り街ってなんだよ舐めてんのか。
だらだら冷や汗を流し、とにもかくにもとまた歩き始めるがやはりというか、見知った風景何て見えてこなかった。
「うう……うう゛ううう゛う…っ」
「にー」
また涙が出てくる。にゃんこが心配してぺろ、と頬に伝った涙を舐めてくれた。大天使かよ。にゃんこを撫でながら涙を拭うことはせずにひたすら歩き続ける。
さっきは帰っても特にアレだわみたいなこと言ってたけど、どうやらこの身体は全力で不安を感じ取っているようで先ほどから心臓のバクバクと絶望感が半端じゃない。確かにこんな小さい子が見知らぬ街で一人と猫一匹、なんて不安以外の何物でもないよね。むやみやたらに歩き回ってごめんね幼女。
ぐすんぐすんと適当に歩き続けていたら、曲がり角で誰かにどんとぶつかった。相手は私より大きい人だったようで、少し揺らいだだけで倒れはしなかったようだ。逆に私は尻餅をついた。
「っ…ご、ごめんなさ…っ」
「だよ〜ん」
「………え?」
特徴的なその返事に思わず顔を上げる。見上げると、顎が外れるんじゃないかと思うほどに口をカっぴらいたスーツのおじさん―――ダヨーンが立っていた。
ダヨーンだ。生ダヨーンだ。ちょっと、驚きと感動で涙引っ込んだ。見ろよにゃんこもポカーンってしてるよ可愛い。
ダヨーンは心配そうな顔でもう一度だよーん、と言って私に手を差し出した。慌ててその手を取って私は立ち上がる。
「あの、ありがとうございます…」
「だよーん」
全く会話が成り立たない気がする、が、よくよく見るとちょっとだけ彼の背後に影が出来ているのに気が付いた。目を凝らしてそれを凝視すると、そこには小さな文字で「どうしたの?迷子?」と書かれていた。
…まさか、通訳……や、翻訳?え? 何そのオプションみたいなの。ここが二次元だからってそれ許されるの?
困惑している私を見てダヨーンはちょっと焦った風にだよーんとまた言った。すると、背後の文字がふっと消えて新しい文字が浮かび上がる。
―あ、怪しくないよ!僕はダヨーンって言って、君のお父さんと知り合いで…―
「……だよーん、さん」
「! だよーん!」
―! そう!―
今知った事実。ダヨーンは癒し系。
というか、ダヨーンって話話で役割結構まちまちだよね。一番キャラぶれてるっていうか…いや、一番ぶれてるのはデカパンか…?とにかく、彼はだよーんしか言わないときもあるし全く喋らないときもあるし、ちゃんとした会話が出来るときもある。噂じゃコピーされたアンドロイドだとかなんだとか。そんなお話もあったねえ、懐かしい。まだあの時は暑かったなぁ…。
「だよーん」
―もしかして、道に迷っちゃった?この辺君の家から結構遠いけど…―
「…にゃんこ、さがしてて…」
「だよーん」
―そっか。じゃあ、近くまで送るよ―
紳士か。優しすぎか。もうダヨーンと結婚したい。年齢的に無理か。
ダヨーンは私の手を握ってさりげなく車道側を歩いてくれる。ヤダもう…!私にはもう究極生命体というお嫁さんがいるのに…!考えることやめてるけどあの生命体は。
道すがらぽつりぽつりと話しかけてくれるダヨーンには本当に頭が上がらない。今日は何してたの?とか、昨日君のお父さんのお兄さんと飲みに行ったよ、とか。そんなに友好関係深かったんですか。にしては私とは初対面みたいな反応だったなぁ…。ふむう、謎は深まるばかりか。
暫く歩いているとすっかり日が暮れてしまった。ちょうど公園に差し掛かったところ、中にほんのりと灯りが灯っているのを見てダヨーンと一緒にそちらを向く。
そこにはおでんの屋台があった。もしかして…!と私の心臓はまたどくどくと音を鳴らす。緊張と興奮で頬が火照る。
ダヨーンは私の手を引いて公園の中に入りその屋台へ近付き、声を掛ける。
「だよーん」
―こんばんはー―
「…ん?ああ、ダヨーンじゃねえか。悪ぃ、今ちょっと取り込み中……って、名松!!」
「うぇっ」
やはりチビ太のおでん屋さんだったようで、肩にタオルをぶら下げた彼は電話を掛けているところだった。しかし私を見つけた瞬間大声を出し、電話の向こうへ話しかける。
「おいおそ松!名松いたぞ!今ダヨーンがおいらんとこに連れてきた!」
「だよーん」
―ナイスタイミングだったみたいだね―
「そ、そですね…」
「にゃー」
ま さ か の 。
え、おそ松ってあのおそ松…!?ま、待って…ちょ、心の準備が…!
きゅっとにゃんこを抱きしめるとにーと鳴く。私の緊張の一割ぐらい持ってってくれないかな。
電話を終えるとチビ太はこちらに来てがしがしと私の頭を撫でる。
「お前、父ちゃんたちめっちゃ心配してたぞ?帰ってきたらもぬけの殻で、夕方になっても帰ってこねえって」
「あの…にゃんこが、逃げちゃって…」
「それ追ってったのか?なら今度からは誰かに一言言うか、何か紙に書いてから行ってやれ」
はぁー、と緊張を解す様にチビ太は伸びをした。な、なんか色々ご迷惑おかけしてすみません…。この歳、と言っても見た目幼女なんだけど、迷子になって家族から知り合いまで巻き込んで捜索されるって結構心痛い。
「父ちゃんたちすぐ来るってよ!」
「だよーん」
―よかったね―
「…うん」
「にしても、ちょぉっとあいつらもオーバーだよなぁ」
チビ太に勧められてダヨーンと一緒に椅子に座る。
「帰って名松が居ないって知った瞬間に血相変えてここに来たんだぜ?」
「だよーん」
―? それはまだ外が明るい時?―
「そうそう!いくら一人娘っつっても遊びに行きたいときくらいあらぁなぁ」
けけけ、と笑うチビ太につられてダヨーンも目元を薄らを細める。あーでも一人娘って父にとっては可愛いもんだよなぁ…。私には姉がいたからよく分からないけど。
けれど和やかな空気が少しだけ変化し、チビ太が視線をおでんの方へ落としてぽつりと呟いた。
「…まあ、しょうがねえか。母ちゃんのこともあるしなぁ…」
「…」
え、ちょ、うん?待ってよ、何かシリアスっぽい雰囲気流れてるけど私の置いてけぼり感半端ないよ。何?母ちゃん?松代さん?いや、この場合は"私の"お母さんってこと?……アッ待って嫌なフラグビンビン!これアレか?Bパターンか?
困惑していると後ろから「名松!」と超人気声優の声が聞こえた。自分の名前をあの声で読んでもらうってもう死んでもいいかもしれない。
振り返るとそこには肩で息をしている緑パーカーの彼が居た。
「…おとう、さん」
「名松っ」
椅子から飛び降りると、緑パーカー、チョロ松がこちらに駆け寄りぎゅっと抱きしめてくる。はぁ〜〜雰囲気台無しで悪いけどめちゃくちゃテンション上がる。あとにゃんこもいるのであまり力を入れないで頂きたい。
「おとうさ「バカ!」っ」
言葉を遮られて罵られた。でもいい許す。だってチョロ松だから。
「お前っこんな、こんな時間まで…何して…っもし、何かに巻き込まれたら…っ」
チョロ松の瞳は確かに怒り、というか叱る?その色を表しているが、声と私の肩に置かれた手は震えていた。
「…本当に…無事でよかった…!」
再び抱きしめられるが、今度は壊れ物を扱うかのように優しく力を込められる。後ろでチビ太が鼻を啜る音が聞こえた。本当に涙もろいなぁ。そんなとこも君の魅力だがな!
「お前に何かあったら…俺…っ」
「……ごめんなさい…」
一人称が俺になってる。結局のところ、彼の正確な一人称が分からない。
しかしこの取り乱し具合はちょっと普通じゃないと思う。これはやはり、私が思い付いた最悪のパターンが当てはまってしまうのでは…?この世界で、私の母親って実はもう……
「おいチョロ松!俺置いて先行くなっての!」
「お前が足遅いだけだろ」
「なにおう!?」
シリアスな雰囲気をぶち壊しに来たような声色で叫んだのは赤パーカーの彼、おそ松だった。
おそ松は私を視界に居れるとほっとしたように息を吐く。次いで私の頭を撫でた。
「名松…!ほんっとに心配したぞ?今までどこにたんだよ」
「えっと…」
「猫が逃げ出したから、それ追ってたんだとよ」
「え?…ああ、エスパーニャンコ…」
そう言って二人は脱力したように息を吐いた。さすが兄弟、息ぴったりだ。
「もう、一松とトド松が大変でさぁ…勝手に誘拐って決めつけてめっちゃ呪詛吐きまくってんの。カラ松は号泣してるし、十四松は「犯人に会ったら特大ホームランだね!」とか言ってすごい勢いで素振りしてるし」
何ソレちょっと見てみたい。字面だけでも相当カオスなその状況を思い浮かべ、少しだけ吹き出す。それを見たチョロ松が私の頬を軽くぐに、と引っ張った。
「こら、笑い事じゃないぞ」
「あー、ダヨーンもチビ太も、サンキューな」
「いいってことよ。あと、騒ぐのはもうちょい日が傾いてからにしやがれバーロー」
「だよーん」
―無事に見つかってよかったよ―
そう言って笑う二人は真のイケメンだった。イケメンっていうか、漢だ。かっけえ。
「それじゃあ、帰ろう」
「んじゃな〜また今度なんかお礼するわ」
「それはいいから、まだ溜まってるツケ払え!」
「あーそのうちそのうち」
まだツケ払い終えてないのか…まあアニメ内でも結構飲み食いしてたしね。いくら今働いているとはいえ一括とかは無理なんだろう。あそこのおでん屋確かカード払いオッケーだった筈だけど。
右におそ松、左にチョロ松を連れて手を繋いで帰る。にゃんこは私の頭の上に移動していた。
この風景どちゃくそ萌えるんだけど。背後からスニ―キングしたいくらいにはドツボにはまりすぎて鼻血出そう。
「帰ったらまずお風呂だね」
「ホントだな。どんだけ遠くまで行ってたの」
「わかんない…」
「ダヨーンと会ったってことは結構遠いよな…あいつの勤め先二駅くらい離れてなかったっけ」
ダヨーンの職業が非常に気になる。
しかしまあ、今はとても疲れていて取り敢えずお風呂に入って寝たい。ご飯はもう後回しでいいから寝たい。
段々と近づく見たことのある風景に少しだけ胸が高鳴る。これから他の松兄弟に会うのかぁ…。
あのちょっと古い松野家に近づくにつれて何だか緊張してきた。あ、暫くは現実に帰れなくてもやっていけるかも。
おそ松が玄関を開けて「ただいまー」と言う。夜と昼とじゃ全く違った顔を見せる家の中にちょっとだけ興奮した。
のもつかの間、どたんばたん、ごっ、がしゃーんという音が聞こえ次いでばたばたと慌ただしい音がこちらへ向かってくる。チョロ松は額を抑えおそ松は苦笑していた。
『名松!!』
押し合いへし合いしながら出てきた松野兄弟に圧倒される。
やっぱり今すぐ現実に戻りたい気がしないでもない。