[▼ここでセーブしますか?]

※拍手コメントで送って頂いたネタです。ありがとうごさいました…!




 キィ、と揺らした鎖が軋む音に眉を潜める。この音本当好きになれない。私の膝で丸まって眠るにゃんこは特に気にする様子もなくぱたりと尻尾を揺らしている。

 チョロ松に近くの公園に遊びに行ってくると告げ、宣言通り公園でブランコに座って只々ボーっとする遊びもそろそろ飽きてきた。つい先ほどまでは私の隣にはホームレスだと名乗る人が居て、そのおじさんが話し相手になってくれていた。
 「最近また煙草が値上がりした」だの、「あそこの池では食べられる魚がよく釣れる」だの、「いついつの時間帯にここによく来るスーツの男は実は失業している」だの、身も蓋もなく特に為にもならない会話内容だったが、それでも暇を潰すという目的は大いに達成されていた。あのおじさんの情報網がヤバすぎて引き攣った笑みしか出なかったが。なんなんだあのひと。

 暫く話し込んだ後、日課の釣りに行くと言っておじさんは公園から出て行ってしまった。私もついていきたかったが、チョロ松に公園にいることしか告げていないので別の場所に移動するのはあまりよくないと思いここに残ったのだ。今思えばついていけばよかった…暇だ…。…いや、女子小学生がホイホイ知らない人について行ってはダメだ。ああでも暇だ。

 ひたすらににゃんこを撫でながら空を仰ぐ作業とすら言えない苦痛を味わいながら、私はざっざ、と誰かが近づく音を聞いてそちらに目をやった。にゃんこもぱちりと目を開け顔を向ける。
 そこには私と同い年と思われる男の子三人組が立っていた。…どっかで見たことあるような…。


「おい」

「? はい?」

「どけよ。じゃま」



 急に言われたその言葉を理解するのに数秒を要した。成程、ブランコに乗りたいと。確かにさっきから私が占拠してしまっていたな、悪いことをした。すまん少年たちよ。
 これがリアルな年齢での同い年から言われたら「お前の態度が気に入らない」と喧嘩に発展していたところだが、相手はまだまだ小学校低学年の男の子たちである。遊びたい盛りの憎たらしくも可愛らしい年頃なので、特に不快感は湧いてこなかった。

 私はにゃんこを抱いて「ごめんね」とだけ言って少年たちの横をすり抜ける。

 その時、ぼそりと少年から言葉が発せられた。


「…―――なまいきにゆうぐ使ってんじゃねえよ、親なし」



 私は動きを止め、振り返って少年たちを見た。彼らはにやにやと笑ってこちらを見ている。……成程、ブランコに乗りたい訳ではなく、私にちょっかいを掛けるのが目的だったのか。あと屁理屈言って悪いけど親はいるから。松野チョロ松っていう超絶に可愛くてイケボでめちゃくちゃにバブみ感じずにはいられないパパ上がいますから。というか、この子達あれだ。クラスメイトだ。どこで見たのだろうと記憶を辿れば確かに給食の時間に配膳してるときに彼らを見かけたようなそうでないような。

 まあ、子供のちょっかいなんて可愛いもんだよなぁ。特に小学生とかのは。これが中学高校と上がるにつれえぐいことになっていくのだが。それにアレでしょ?私、というかこの幼女が出鱈目に可愛いから、好きな子には嫌がらせして構ってもらいたい的な奴でしょ?分かる。私も男でこの子のクラスメイトとかだったらやっちゃいそうだもん。 そんな大体の男の子が通るであろう心境と状況に私は心があったかくなり、特に何を言うでもなく今回は見逃してやろうという寛大な心を持つことができた。

 踵を返して去っていく私に男の子は舌打ちをして地面を蹴り、私に砂を掛けた。しかしそれにも動じず私は公園から出ていく。あれ、地味に靴の中に砂入ってイラッとするんだけどね。リアルで友達にやられたら「よし殺す」ってなるわ。
 にしてもまあ、あの年ごろの子たちは感受性が豊かな子が多いからなぁ…自分と違う珍しい個を持っている子にちょっかいをかけたいんだろうな。腕の中のにゃんこはじっとこちらを見上げていたが、気にしてないよと頬擦りするとにぃ、と鳴いた。



***



 どうやら目を着けられたらしい。


 次の日に普通に学校へ行くと私の下駄箱の上靴が水浸しになっており、それを見た第一声が「はぁ!?マジかよ!何で私のとこだけお天道様土砂降りだよ!?」と小学生らしからぬツッコミをしてしまった。仕方がないのでスリッパを借りて上靴は水道でもう一度水で洗い南庭の日当りのいい場所で乾かしておくことにした。先生には怪訝な顔をされたが、普段からのこの子の行いが良いのか特に言及はされなかった。少しだけブルーな気持ちになりながらスリッパで教室に入ると公園の男の子と目が合い、彼らはスリッパを見てにやにやとした笑みを浮かべていたのを見て「ああ標的を見つけたんだな」と他人後のように思ってしまったのは仕方ない。

 やってくれたなドちくしょう。いじめとしてはパンチは足りないがインパクトはこの年にしたら十分だろう。今週念入りに上靴洗わなくては…。どうやら机や椅子には何もしていないらしい。そこら辺は頭は回らなかったのか。それかそこまであからさまなことは出来かねたのか。どちらでもいいが、どうせ放っておけばそのうち飽きるだろう。ああいうものは無視しておくのが一番だ。

 私は何でもない風に席について、いつもと変わらない日常生活を過ごせるように極力彼らを視界にいれない視界に入らないように徹した。











 ――が、認識は甘かった。最近の小学生ガッツありすぎ怖い。

 あれから二週間程が経ったが彼らからのちょっかいは止む気配がない。むしろどんどん大胆になってきている。ベタな机の落書きなんてものはないが、体操着が泥に塗れていたのはびっくりした。アレいじめが怖いとかじゃなくて、チョロ松や家の人たちにどうやって悟られないように証拠を隠滅するかがものすっごく気がかりだった。だってただでさえ一人娘で神経質になってんのにこの上にいじめ紛いなことまでされてる、しかもそれが片親なのを理由にだなんてチョロ松が不憫すぎる。チョロ松泣かせる奴は誰であろうとタコ殴りにする。
 すれ違いざまに足を踏んで来たりわざとぶつかって青あざつくるようにしてきたり、一番きつかったのは給食の量を私のだけ極端に少なくされたことだな。同じ班の子に「それどうしたの?変えてこようか?」と言われたとき「アッ ダイエットだから大丈夫!!」って言っちゃったよ。小学校低学年がダイエットて。苦し紛れの言い訳乙。何ともまあねちっこいちょっかいを掛けてきやがる、と器の半分もない味噌汁を啜る。ふん、まあいいさ。どうせあと一年もない付き合いだ。学年が変わればクラス替えもあるだろうし、そこで離れられるだろう。…たぶん。



 何だかんだで相手も私も上手く立ちまわっているのでいじめ(笑)の件は公にはばれていないようだった。数人の女子は先生に言った方がみたいなことを私に言ってくれるが、あまり大事にしたら親御さんにも連絡が行ってしまうのが小学校だ。それだけは避けたい、ということでこの件はまだ黙っておいてほしいと頼んである。良い子たちが多くて助かった。
 エスパーニャンコからは最近無言の圧力を感じるが、まあ、たぶん、大丈夫な筈…。何だかんだで頭良いし聡いからなぁあの子…。私のぼろぼろの体操服引っ張り出して一松とかに渡さなきゃいいんだけど。


 結局三週間が過ぎても私へのちょっかいは止まなかった。お前ら私がメンタル強くてよかったな?普通だったら今頃この子引きこもりになっててもおかしくないぞクソが。

 いつものようにエスパーニャンコと下校の道を辿る。もう道順はしっかり覚えた。これで迷子になっても大丈夫。
 今日はどうせ家に帰っても誰もいないのでちょっとだけ公園に寄って行こう。この前のホームレスのおじさんがいたらまた話をしてもらいたい。何だかんだであの人の話は面白いから。

 少しだけ駆け足で公園まで行ったが、数人の子供たちが遊んでいるだけでおじさんはいなかった。うーん…残念…。にゃんこを抱きながら帰ろうと渋々出口へ足を向けると後ろから声を掛けられた。


「おい」

「…なあに?」



 振り向くとそこには彼の問題児たちのリーダーが。今日は珍しく一人なのか周りには誰もいなかった。
 面倒くさ、じゃなくて、あまりいい雰囲気ではないのでできるだけ当たり障りのない反応を返しておこう。私は苦笑しながら彼に聞き返すと、彼はギッとこちらを睨んできた。



「おまえ、きもちわりーんだよ」

「え」



 ちょっとその罵倒は女子に対してはあんまりなのではないだろうか。き、気持ち悪いって…バカとかアホとか、普通の悪口よりもかなり心を抉られる。心が痛い…。確かに友人からも「何にやけてんの気持ち悪いよ」と言われたことはあるけど…。
 胸に抱いているにゃんこをきゅっと抱きしめる。にゃんこは特に反応することはなく、じっと彼の方を見ていた。…目つき的には睨んでいた、かな?

 彼はショックを受けた私を気にすることなく次いで口を開く。


「どんだけいやがらせしてもへらへらしやがって…」

「い、いや…だって…」

「足ふんでも、つきとばしても、なにしても平気みたいなかおしやがって…!」

「うえぇ…」



 や、だ、だってさぁ…自分より(中身が)大分年下の子供に何されても別に…ねえ? かなり反応に困るキレ方をされておろおろと困惑する。彼の表情が子供らしからぬ思いつめたような顔だったからだ。大丈夫か少年。



「…―――っおまえなんか片親のくせに!!」


 やはりそこか…そこに行きついちゃうか…。この年頃からそんなこと気にしちゃってるのか…いや、この年頃だからこそなのか?でもまあ、だからって許される言葉と許されない言葉があるわけでして…私自身はそこまで気にしてないけど。うちにそういうことめっちゃ気にして神経すり減らすんじゃないかってくらい父上がいるからそれ以上はやめてやってくれないか少年。



「親そろってねえくせに!片方だけのくせに!かわいそうなやつなくせに!! ――なんで、なんでもないふうにわらってんだよ…!」



 おれは、わらえなかったのに。 そう消えそうな声で呟いた少年。そこで大人な、大人な私は察してしまった。もしかしてこの子も片親なのか?そういえば、彼の机のグリーンマット(ローカルネタじゃないことを祈る)がやけに真新しかったり、上靴もみんなとどこか違うものだったり、何より決定的なのが図書カードを入れるケースが普通は出席番号順(五十音)なのに彼のケースだけ一番最後に張り付けられてある。もしかして、この子は転入生だったりするのか?この言動からして前の学校で何かあって、こちらに越してきた…みたいな?
 そんなあってはならないよくあることを想像して私は胸が痛くなった。ほんの少しでも私の予想が掠ってでもいたらなんて不遇なんだ彼は…同じような境遇の私がアホ面晒してへらへら笑ってたらそりゃムカつくわ…。

 俯いている彼のつむじが見える。日に焼けて茶色くなっている、触り心地のよさそうな髪の毛をふわりと片手で包んだ。
 すぐさま彼がバッと顔を上げる。その表情は何が起きたのか分からない猫のような顔だった。



「私ね、たしかにお父さんしかいないけど…じぶんのこと、かわいそうなやつだなんて思った事、いちどもないよ」



 これが家に帰ってもチョロ松しかいない、しかもそのチョロ松でさえ残業で毎日帰ってくるのが夜中とかだったら発狂するけど。チョロ松の疲労度合を想像して。
 でも私、というか"松野名松ちゃん"にはチョロ松の他におそ松たち、松代さんと松造さんがいるのだ。大家族の松野家に帰るだけで片親だなんてこと忘れそうになるくらいには賑やかになるんだ。それにちゃんと母親のことだって分かっている。私は詳しい事情は知らないし、聞かされてもいないかもしれない。けれど、チョロ松と私の部屋や松野家の所々を見る限り、母親はちゃんと受け入れられて愛されていたんだということは理解できる。母親がいない分チョロ松やおそ松たちが存分に甘やかしてくれる。そりゃあ女性は松代さんしかいないけど…そんなの些細なことだ。朝におはようって言って、夜におやすみと言える相手がいる。

 それだけで私は満足なのだ。



「お母さんのぶんまでお父さんと、おそまつ兄さんたちと、おじいちゃんおばあちゃんが私のこと大事にしてくれる」

「…!」

「おともだちだっているし…ね、にゃんこ」

「にぃ」



 お前も仲間だもんな?とにゃんこの頭を撫でれば目を細めてそれを受け入れてくれるにゃんこ。鼻血でそう。



「…君は?」

「え…?」

「じぶんの家族、好き?」



 少年はそれを聞いて目を見開く。その目尻には涙が溜まっていた。こんな年から不憫だな、前の学校で色々とあったのは大凡間違いではなさそうだ。
 ぎゅっと握りこぶしを作ってふるふると震えている彼を刺激しないようにゆっくりと笑みを向けた。



「私は好き」



 むしろ愛してます。喜んで養わせていただきます。私が成長して就職した暁には何があろうとも松たちを養って見せます。

 二割の冗談はさておき、私の言葉で何か思うことがあったのか少年はそれっきり何も言わなくなってしまった。そろそろ潮時か?と私はゆっくりとその場を離れる。にゃんこは公園を出るまで少年のことをじっと見ていた。
 うーん…これで嫌がらせの類も無くなるといいんだが…もし火に油を注いでしまっていたらどうしようか…。今度こそチョロ松に相談?でもなあ、ただでさえ仕事してる彼らの手を煩わせるのもなぁ…最初は松代さんに言った方がいいか?

 悶々と考えながら家路を急いでいるとふいに頭をぽんと軽く叩かれる。後ろを振り返るとそこにはカラ松とチョロ松が立っていた。スーツ、と言う事は仕事帰り?でも時間帯はまだ早くないか?


「お父さん、カラまつ兄さん、おかえりなさい」

「ただいま名松。お前もおかえり」

「奇遇だな、こんなところで出会うなんて」

「おしごとおわるの早かったね?」



 話を聞けばどうやら二人とも会社の設備に不備が出て社員は全員追い出されたらしい。そりゃなんともまぁ…でも早めに家に帰れるのならとも思ったが、社会人は仕事持ち帰りなんですよね死にたい。
 にしてもまあスーツが随分と似合ってらっしゃる…。

 によによ顔を隠すためににゃんこの頭に顔を埋めると、チョロ松が私の頭を撫でた。彼の方を見ると母親の写真を見ている時のような少しだけ切なそうな顔をしたチョロ松と目が合う。



「まだ時間あるし、商店街寄って帰ろうか」

「? うん、いいけど…」

「名松、お父さんがケーキを買ってくれるらしいぞ」

「! ケーキ」



 本当に?甘いものだやったぜ。ぱっと顔を上げるとチョロ松が私と手を握ってくれる。
 しかし急にケーキだなんてどうしたんだ、誰かのお祝いか?そのことを聞こうとしたが、なんとなくだけれど何も聞かない方が良さそうな雰囲気だったので私は黙っておいた。
 空気の読める日本人に生まれて良かった。
































(side_choromatsu)






「まさかそっちもとは…」

「僕の台詞だよそれ」



 きついネクタイを緩め乍ら昼下がりの住宅街を歩いて帰宅する。つい一時間ほど前に会社の設備が一部使えなくなり、その影響で仕事を進めることができなくなってしまった。そのせいで今僕は家路につくことになった。しかも、カラ松も同様らしい。


「帰ったら夕飯の買い出しかな…」

「ああ、マミーに聞いたらもう朝のうちに済ませてあるそうだぞ」

「あ、そうなの?」



 じゃあ、別にわざわざ着替えてもう一度外出、なんてことはしなくていいわけだ。よかった。年を取って漸くカラ松も空っぽな頭に中身がつまり気が利く奴になってきた。主に幼いころの名松の育児が良い影響を与えたのだろう。



「それじゃあさっさとかえ…―――あ」

「んぁ?」



 カラ松が丁度視線を前に戻したときに動きを止めた。少しだけ進んで僕も足を止める。
 振り返ってカラ松を見るとある一点を見つめ立ち尽くしていた。



「おい、カラ松?」

「チョロ松、名松だ」

「え」



 名松。僕の娘だ。
 僕の妻の遺伝子を多めに含んで可愛く育ってくれた大事な娘。初の孫娘ということで(兄さんたちには初の姪になる)大いに可愛がられて甘やかされたが、我儘になることなく逆に大人しく聡明な子に成長した名松。…別に親バカじゃないから普通だから。
 そういえばこの時間帯は小学生の下校時間なのか。カラ松の見つめる先には公園があり、そこに名松とエスパーニャンコが一緒に居た。名松は公園から出ようとしているみたいだ。


「フッ…運命ってやつかな?」

「あーはいはい」


 気が利くようになったが、それ以外のことはやはり頭は空っぽのカラ松を置いておいて僕は公園に近づいた。せっかくなので一緒に帰ろう。周りの子供たちも視界にいれ「あーやっぱうちの子が一番かわいいわ」と思いながら足を進めるが、ふいに名松が誰かに呼び止められてその足を止めた。同時に僕とカラ松も立ち止まる。まだこちらには名松は気づいていない。
 反射的に電信柱の影に隠れてしまった。カラ松も後に続くが「隠れる必要あったか?」と視線で訴えてくる。…反射だよほっといて。

 どうやら呼び止めたのは同学年くらいの男の子だった。顔はまだ幼いのでおそらく可愛い部類に入るのだろうが、如何せん目つきが鋭い。ギッと名松の方を睨んでいるように見える。



「おまえ、きもちわりーんだよ」

「え」

「どんだけいやがらせしてもへらへらしやがって…」


 カラ松がスッと身体を動かしたのを見て慌てて僕は腕を掴んだ。目だけで離せと言っているが、あいつが出ていけばややこしいことになる。ただでさえ子供のいざこざに大人が出てくると厄介なことにしかならないのに、それがカラ松の場合はもっと厄介なことになる。
 それにこのくらいの年であればこの程度の喧嘩は日常茶飯事だろう。小学生のいやがらせや喧嘩なんて可愛いものだ。落ち着け、と自分にも言い聞かせるようにカラ松に言った。



「足ふんでも、つきとばしても、なにしても平気みたいなかおしやがって…!」



 今度はカラ松が僕の肩を掴んだ。離せよ、あのクソガキ二、三発殴るだけだから。


「ノンノンブラザー、目がイっちまってるぜ」

「うるせえ離せクソ松」

「一松かお前は…!?」



 うちの大事な一人娘の足を踏んで、尚且つ突き飛ばしただと?許されるかよ。ここにいるのがもしトド松や一松だったらあの子供は三秒後には大泣きしてるぞ絶対に。
 ギリギリと押し問答をしていると、次の瞬間に子供が叫んだ言葉に僕の思考は停止した。



「…―――っおまえなんか片親のくせに!!親そろってねえくせに!片方だけのくせに!かわいそうなやつなくせに!!」




 後頭部を誰かに思い切り殴られたような錯覚に陥った。"片親" たった一言のそのキーワード。しかし名松の、僕の心を抉るには十分すぎる言葉だ。


 名松には母親がいない。同時に僕も妻がいないことになる。名松が生まれてすぐに彼女は事故で亡くなってしまった。名松がまだ一歳にもなっていなかった頃だから、彼女の顔はおろか声だって実物で聞いたことを覚えていないだろう。
 普段の名松は大人しくて聞き分けがよくて、いつもニコニコ笑っていてまるで幼い彼女を見ているようだった。今の今まで母親に関して何も言わなかった名松。あまり気にしていないのか、気にしているが僕に気を使っているのか、どちらにせよ中学校に入る前までには伝えようとは思っていた。しかし、ここにきてその判断が誤っていたことを思い知らされた。
 多感な子供たちは、自分と少しでも違う部分があるとそれを執拗に知りたがる。それは時としてナイフよりも鋭利な凶器となってしまうのだ。小学校に入る前は少し不安だったが、周りの保護者にはそういうことを一々詮索してくる人も嫌そうにする人もいなかったので大丈夫だろうと高を括っていた。 子供と大人の反応は絶対に違うはずなのに、僕はそれが分からなかったんだ。


 僕のせいで、名松が。





「ちがうよ」






 凛とした声が響いた。
 顔を上げると、名松がまっすぐと男の子の方を見て立っている。その顔は絶望にも悲しみにも染まっていない、いつもの名松の表情だった。



「私ね、たしかにお父さんしかいないけど…じぶんのこと、かわいそうなやつだなんて思った事、いちどもないよ」



 そう言って名松はふわりと笑う。曰く、母親の分まで僕らや父さんや母さんが大事にしてくれているからだと。友達もちゃんといるからだと。目を細めて言う名松に、彼女の面影を見た気がした。


「…君は?」

「え…?」

「じぶんの家族、好き?」



 男の子は言い淀む。視線を彷徨わせていると、名松が笑って言った。



「私は好き」




 愛おしそうに、慈しむように言う名松。名松は「それじゃあ、また明日ね」と言って呆然と俯いている男の子から離れて公園から出て行った。

 その場には男の子、道路には僕らだけが取り残される。



「……子供というのは、親のいないところで成長するものなんだな」

「…そうだね…嬉しいような、寂しいような」

「…だな」



 泣きそうな男の子に声を掛ける勇気はなく、僕らはその場を後にする。


 …名松は、優しい子だ。明らかに悪意を目的とした相手にだって、初めから嫌な奴だと決めつけずに笑って対応する。相手の意見は否定しないが、自分はこうだとはっきりと言う。相手を一番傷つけない方法で。



「…帰り、ケーキでも買おうか」

「そうだな。商店街を抜けて帰ろう」



 僕らは名松に追いつくために歩くスピードを速めた。



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