[よゐこわるいこげんきなこ(そのいち)]

※十話以降設定



「お、なんだ名松。おめえ一人か?」

「ん」


 ウィーッスと手を挙げて挨拶をすれば向こうも手をひらりと挙げてくれる。

 相変わらず美味しそうな匂いを漂わせている屋台の主、チビ太は何年経っても身長が変わっていない。…いやちょっと伸びたのか?気のせいかな。


「まだ店やってえねえが、どうしたんだよ」

「ちょっと話聞きに来た」

「話ィ?」

「…レンタル彼女」

「う゛っ」


 ぼそりと呟けばチビ太は罰が悪そうに眼を逸らす。

 そう、俺はあの伝説の萌えげふん女体化回であるレンタル彼女の話を聞きに来たのだ。俺はその期間中丁度いい被写体を見つけ朝早くから晩遅くまで外にいたので参加は出来なかった。確かに皆なんかバイトとかしてそわそわしてんなーとは思ってたんだよ。悔しさのあまり体重が痩せた。くそう。
 生のチビ美ちゃんとイヤ代さんを是非お目に掛かりたかった…!!だってチビ美ちゃん、ツインドリルでワンピースだぜ?俺の二次元的な好みドストライクなんだけど。そもそもただの女装の時点で大分好みだったんだけど。俺も貢ぎたかった。あわよくば写真撮らせて貰いたかった。くそう。

 机に一眼レフを置き、がたりと椅子を動かして座ればチビ太は嫌そうに顔を歪める。


「もうその話は無かったことにしてくれ…ちくしょー」

「そう言わずに。出来れば俺も一目見たかった」

「…金取んぞ一文無し」

「一文無しからお金取っちゃうのか」


 効果音だけで笑うとチビ太も苦笑して俺の前に缶のチューハイを置いた。


「お前ビールも日本酒も好きじゃねえだろ。それで勘弁してくれぃ」

「……残念。イヤミなら教えてくれるかな」

「あいつはもっと口固えぞ」

「だよね」


 ぷしゅっとプルタブを開け、トロピカルフルーツのチューハイを飲む。俺はビールや日本酒等の本格的なお酒は飲めないことはない。しかしぶっちゃけこの"名松"自体が子供舌なので、ジュース感覚のチューハイしか美味しいと感じられないから普段はそういう類のものは飲まない。のであまり酔うことはない。
 チビ太はついでといってたまごとこんにゃくと大根を皿にのせて出してくれた。気前がいいな。商売上手ではないだろうが、そんなチビ太が好きです。


「そういえば、あの…美女薬?だっけ?あれまだ残ってないの」

「おいらはもう持ってねえよ。…何でだ?」

「いや、うちの兄弟に使ってみたいなと」

「悪魔かよお前…」

「失敬な」


 呆れた顔をするチビ太にむっ、と効果音だけで不満を伝える。ただ俺は兄弟の誰かが美女になって兄弟からちやほやされているところを記録に残したいだけなんだよ。出来れば末っ子のトド松とか長男のおそ松に飲んでほしい。切実に。
 そして余りの可愛さに周りが愕然としてちょっと初心い反応とかしちゃったり?本気で好きになっちゃったり?そこから元に戻ってもまだ好きのままで美味しい展開が待ってたり?妄想が楽しすぎて毎日がエブリディ。


「てやんでい!あんなもん、人間が頼る薬じゃねえぞバーロー」

「おまいう」

「そもそもあの兄弟に飲ませて何が楽しいってんだよ。おいらたちみたいに金を稼ぐわけでもねえだろ?」

「まあ、ね。そこはほら、色々とさ」



 とんとん、と人差し指で一眼レフをつつくとチビ太はまた呆れた様な顔をした。なんだよぅ。兄弟の成長記録(意味深)を残すのは同じ兄弟の役目だろうがよぅ。

 チビ太は俺の隣にドサッと腰を下ろし、自分もおでんと一緒に酒をあおり始めた。まだ店をやっていないからって店主が酒を飲んでいいのだろうか。


「おいらは持ってねえが…デカパンなら持ってんじゃねえか」

「そいや薬の元凶だったね」

「ま、渡してくれるかどうかはしらねーけどよ」

「ん…真っ当な理由言わなきゃ博士は貸してくれないだろうな」

「ならお前にゃ無理じゃねえかバーロー」

「失敬な」


 チビ太の座っている椅子の足をげしっと蹴れば同じように俺の椅子の足を蹴られた。
 確かに「兄弟の女体化とそれを軸にしたいちゃこら(願うことならR-18)が見たいので薬譲ってください」なんて言ったら蹴り出されそうだ。ああ見えて服装以外は常識人な人だし。…多分。

 こんにゃくの最後の一口を口の中に放り込む。出汁がしみてて美味しい。前世ではあまりおでんは好きなほうではなかったが、こちらに来てチビ太のおでんを食べた瞬間におでんの虜になってしまった。コンビニのおでんとかの大根や餅巾着めっちゃ美味い。


「ご馳走様でした。 デカパン博士のとこ行ってくる」

「結局行くのか。無駄だと思うぞバーローちくしょー」

「ダメ元ダメ元」



 ごちそーさんとチビ太に手を振って一眼レフを首に提げ俺はデカパンの研究所へ向かう。取り敢えず美女薬を目当てに、ダメなら他の試作品的な薬を譲ってもらおう。天使薬とかないのかな。

 てってけ駆けて行けばすぐに着く距離にあるのがデカパンの研究所だ。話によって悪役のボスやとんでもない下ネタ要因になったりするが、基本的に温厚で良い人な彼のことだから土下座で頼み込めば何かの薬はくれるだろう。
 中に入って「こんにちは」と声を掛けるとすぐにダヨーンが出迎えてくれた。デカパンの居場所を聞くと中へと案内される。ナース服可愛いね。


「ホエ、名松くんどうしただスか?」

「こんにちは博士薬ください」

「いきなりどうしただス!?」


 びっくりしているデカパンにかくかくしかじか、をするわけには行かないので美女薬が欲しいのと「兄弟に飲ませたいです。女の子の被写体を撮りたいです」と取って付けたかのような言葉を並べ立てた。ちょうど一眼レフ持ってるし。
 それを聞いたデカパンは少しほっとし、うーんと頭を悩ませる仕草をする。


「それだけであの薬を譲るわけには…どうして女性を撮りたいんだスか?」

「偶にはいいかなと。でも撮らせてくれる知り合いの女の子っていないんです」

「幼馴染がいるじゃないだスか」

「絶対お金取られる」


 確かにトト子様を撮られれば一番なんだろうが、それは無理だろう。俺達松野家兄弟に関してかなりドライな上その辺に関してちゃっかりしている彼女に被写体を頼むのは本当に最終手段だ。そもそも女の子が撮りたいんじゃなくて、「女の子になった俺の兄弟」が撮りたい訳でして。


「お願いします。ちょっとだけでいいんです」

「うーん…そうは言われても、実はあの薬はもう廃棄処分しちゃったんだス…」

「うぇ」


 デジマ?嘘だろ…なんであんな展開とか色々と美味しい都合の良い薬を廃棄しちゃえるんだ!?俺みたいに煩悩まみれじゃないからだろうけど、ちょっとくらい置いといてくれてもいいじゃんかよ!!くそっ…もっと早く来るべきだったか…!

 しゅん、という効果音を背負っているのをデカパンはパンツの中をごそごそと探り、一つの瓶を取り出した。中にはクリスタルのような綺麗な粒が入っている。なんだろうコレ。ブレスケア?


「これ…」

「わスが開発した『鳥人間薬』だス。今はこれしか持ち合わせがないだス」

「鳥人間薬…?」


 そりゃまた珍妙、というかマイナーな。どうせなら猫耳生えたりだのの方が需要があったんじゃないだろうか。
 瓶を受け取って中の粒を振ると、からからと軽い音が聞こえた。


「まだ試験段階だスが…一粒飲むと、次の日背中にほんの小さな翼が生えるだス。大きさで言えばスズメの翼程度だス」

「…すごいですね。それって飛べるんですか?」

「いや、まだその段階では飛べないだス。これは本体の影響を考えて日に日に翼が大きくなるようにしてるだス。期間は一週間、最終日に背中の翼は自分の身体を覆い尽くせるほど大きくなり、その状態なら飛べるだス」

「……鳥人間っていうか、天使ですよね」

「まぁ…翼の種類は選べなくてランダムだスから…」

「なるほど」


 しかしこれは面白い薬だ。是非とも十四松あたりに飲んでほしい。…いや、これ確か試験段階なんだよな?危なくない?下手打ったら一生翼生えたままとかめっちゃ身体が痛いとか、不具合がありえるかもしれないんだよね。あいつらに試すのはちょっと怖いな…。副作用とか、体質的に合わなかったらそれこそ大惨事だし。


「…これ、俺が飲んで大丈夫ですか」

「ホエ?そりゃあ飲んでくれるのなら止めはしないだスが…大丈夫だスか?」

「自分から出しといてそりゃないですよ博士。命にかかわるようなことはならないですよね?」

「そこは安心してもらっていいだス」

「それじゃあ」


 自分の身を持ってして確かめてみよう。それで大丈夫だったらあいつらに使おう。なんてったって六つ子…じゃなかった、七つ子なんだから体質もまあ同じだろう。
 瓶の蓋を開けて中身を一つだけ取り出す。 ダヨーンが水を持って来てくれた。

 口の中に薬を入れて水を飲む。普通に病院で出される薬や漢方などの類と同じように飲んだが、特に異変は訪れなかった。


「…?これ、翼が生えてくるのっていつですか?」

「一晩経てば生えてくるだス」

「どうもです。…それじゃあ、これお礼と言ってはアレなんですけど」


 そう言って俺はポケットから金平糖の袋を取り出した。まあお金を払うのが常識なのだろうが、今月はあまり持ち合わせがない。ごめんねデカパン。
 それでもデカパンはにこにこと笑ってそれを受け取った。天使か。




 研究所を後にすれば、外はすっかりオレンジ色に染まっていた。もうそろそろ帰ろうか。と、思ったが夕日がきれいなので展望台に寄って写真を撮ってから帰ろう。この時間帯なら誰もいないし絶好の場所だ。

 階段を上って天辺に着けば、やはり誰もいなかった。橙色がそこかしこに広がり、時折ゆらりと鳥の影が揺れる。一週間経ったらここで飛んでみよう。絶対きもちーだろうな。
 カシャ、カシャ、と一定の間を空けながら写真を撮っていると、ふいに頬に温かいものが触れた。


「!…チョロ松兄さん…」

「や、名松。今日もひたすら写真?」

「うん」


 後ろを振り向けばそこには缶のココアを持ったチョロ松が立っていた。ご自慢の緑のパーカーではなく、就活用のあの水色の余所行きの服を着ている。いつもむっと閉じている口はゆるりと半弧を描いており、夕日がそれを照らしてまるで女神のようだ。…いやチョロ松は女神か。松野家の女神担当だもんな。
 手渡されたココアを自分の頬にくっつけるとじんわりと温かさが伝わってきた。あぁ^〜心がじんじんするんじゃぁ^〜。


「この後もまだ撮影?」

「ううん、今日はもう帰る」

「そっか、よかった。最近十四松とトド松が名松名松ってうるさいんだよ」

「…十四松とトド松が?」

「そう。最近朝から晩までずっと外で撮ってただろ?それで二人が名松と遊べないって駄々捏ねてさ」

「あー…」


 がりがりと頭を掻いて俺は一眼レフを仕舞う。末松にそこまで言われちゃったらもう遊ばないと殺されるよな俺。色んな人に。


「明日二人とも暇かな…」

「僕ら皆毎日暇でしょ」

「そうなんだけどさ」


 二人肩を並べて歩き出す。欲を言うなら俺の場所に他の兄弟の誰かがいて俺は電信柱の陰からこの構図を後ろから撮りたい。┌(┌ ^o^)┐<ようはこの状態です。

 あーあ、早くあの天使薬…もとい鳥人間薬を誰かに試してみたい。俺は一体どんな翼が生えてくるんだろうか。かっこいいから鷹とかがいいな。それか鴉とか?翼が生えるまでは別にあいつらに言わなくていいか。生えたら見せてあげよう。一人くらいなら抱えて空中散歩くらいできるかもしれないし。
 チョロ松と他愛ない話をしながら帰路に付く。 やがて家の前まで来た時、肩甲骨のあたりをだれかにくいっと引っ張られる感覚がした。思わず後ろを振り返るが、そこには誰もいない。


「…?」

「? 名松?どうかした?」

「…ううん。なんでもない」


 既に玄関を開けているチョロ松に続いて俺は家の中に入る。
 もしかしてもう症状が出始めたのかな?早いな。

 ……待てよ、これ背中に翼生えて来たら寝るとき仰向けで寝れなくね?


































(side_choromatsu)




「ぜんっぜん捕まらない!!」


 僕が家を出る前に末っ子であるトド松がそう愚痴を零していた。
 別にゲームをしていたとか何かの事件の犯人がとかではない。実の兄弟である名松のことだ。

 兄弟一何を考えているか分からなくて、兄弟一行動範囲がほぼほぼ不規則的で不明。そして兄弟一、良識を持ち合わせている子でもある。そんな名松と遊びたくて遊びたくて仕方がない末っ子二人とおそ松兄さんはどうにかして朝早起きし名松と行動を共にしようとするが、面白い程偶然が重なってそれは未だ実現できないでいる。
 そもそも名松は酷いときには朝日が昇る前に家を出たりすることもあるので、そうそう簡単にノーアポで偶然を装って一緒に、だなんて無理なのだ。それは長年の経験で身に染みた。


 しかし彼らの言い分も一理ある。最近はお互いが忙しかった(僕らの方は少し、いやかなり不純なものであるが)こともあって、ゆっくりと言葉を交わすのも久方ぶりなのだ。
 そろそろおそ松兄さんが言っていた「夜中のうちに首輪付けて縛っときゃいいのか…?」という言葉を実践しかねない。なんであんなのが長男なのだろうか。


 そんな自分はというと、いつもの就職活動に見せかけて名松の居そうな場所を適当に巡っていた。パーカーを着ていつも通りに家を出ようとすれば、おそ松兄さん辺りに勘付かれるからだ。
 午後から開始した名松捜索は既に諦めの境地に入っていた。ここまで鱗片を見せずに姿を眩ませることができる名松はある意味すごい。……昔は、もっと不器用な子だった筈なのだが。

 小さく溜息を吐き、ちょっとした気まぐれで最後に展望台に上ってから帰ろうと決めて階段を上る。途中にあった自動販売機で温かいココアを買い、それを握りしめてすっかり冷えた手を温めながら登れば、段々と近づく頂上。その時、自分の足音に紛れて小さな音が響いているのに気が付いた。カシャ、カシャというシャッター音を耳にし、僕は自然と口端が上がるのを自覚する。なんだ、ここにいたのか。




 登り切った先に居たのは、やはり実の弟でありずっと探していた名松だった。彼は無言で夕日や周りの木々、ベンチに相棒の一眼レフのレンズを向けて一心不乱に撮り、時折顔を離して中のデータを確認している。その一連の動作は非常に様になっていた。
 少し前、カラ松が偶然名松を見つけた時にふと気づけば周りの女性が名松を見て頬を赤く染めながらひそひそと話していたのを見た、と言っていたのは本当だったらしい。しかしどちらかと言えば今の名松はかっこいいというより綺麗の方がしっくりくる。同じ顔同じ遺伝子を持った兄弟になにを、とツッコミを入れるのが常なのだが…今はそんな気は全く怒らなかった。

 僕に気付かずひたすらにシャッターを切る名松の頬に買ったココアを押し当てると、彼はびくりと反応した。ほんの少し見開いた目を僕に向け、「…チョロ松兄さん」とだけ呟く。


「や、名松。今日もひたすら写真?」

「うん」


 僕の手からココアを受け取った名松はそれを頬に押し付けた。すると彼は僅かに目元を緩ませる。本当に微々たる変化で、恐らく家族以外の人間には常日頃四六時中名松は同じ顔をしているように見えるだろう。
 その様子を見て綺麗から可愛い、にシフトチェンジした。


「この後もまだ撮影?」

「ううん、今日はもう帰る」

「そっか、よかった。最近十四松とトド松が名松名松ってうるさいんだよ」

「…十四松とトド松が?」


 兄弟の中で一番子供っぽい十四松とトド松がそう言っていたと言えば、彼は絶対に次の日は家で弟たちの面倒を見るのだ。そうすれば兄弟たちは自然と皆家に集まる。
 身内に甘い名松は特に弟である一松、十四松、トド松に甘い。自分よりも年下(と言っても七つ子なので歳の差はないのだが)である弟三人組が可愛いのだろう。僕だって弟は純粋に可愛いと思う。それに関しては純粋な思いしかない。

 ただ、それを名松個人にはどうかと問われれば、僕は笑顔で黙示するだろう。皆まで言わずとも悟れ、それができないのならば知る権利はない、と言った具合だ。


「そう。最近朝から晩までずっと外で撮ってただろ?それで二人が名松と遊べないって駄々捏ねてさ」

「あー…」


 嘘ではない。それっぽいことをトド松が言っていたし、十四松も思っているだろう。
 弟に甘い名松にそれはそれでムカつく、ぐずぐずぐちゃぐちゃにして泣かすぞ、と思う所もあるが。


「明日二人とも暇かな…」


 ほら。やはり、彼は明日は自分の予定を変更して家にいるつもりなのだろう。相変わらず人が良いというか。

 静かに歩き出した僕らの間にぴゅっと風が吹き抜ける。ちらりと隣を見ると、名松は僕の少し斜め後ろを歩いていた。これは名松の癖だ。
 昔、今の名松に変わってしまった頃を境に名松は僕らの半歩後ろを歩くようになった。家族や兄弟で行動しても、その輪に入るか入らないかの中途半端な位置にいる。まるで、僕らと自身を線引きしているかのように。

 それに気づいた僕らは必ず歩くスピードを落として名松の隣に自分たちを収めるのだ。名松は気付いていないだろうが。本当に無意識でやっているらしい。

 そのことに昔は何故自分たちを頼ってくれないのかと思い悩んだこともあった。しかし、スケッチブックに書きなぐってあった名松の心の悲鳴を見た時から頼らないのではなく頼れないのだと悟り、出来るだけ名松の行動を注視することに徹した。
 表情が無くなった、愛想がなくなったと言われても、それでも名松が優しいことには変わらない。







「…?」


 家に着いた時、名松はぴたりと立ち止まり後ろを振り返った。それに気づいた僕は玄関に手を掛けて名松の方を見る。
 特に何の代り映えもない、しいて言うなら玄関の周りに砂利が溜まっていることくらいだ。…また十四松だろうか。一松の猫もあり得る。


「? 名松?どうかした?」

「…ううん。なんでもない」


 少しだけ首を傾げた名松は不思議そうな顔をしながらもやっと家の中へ入った。靴を脱いでいる名松を横目に僕はもう一度名松が見た方向を見つめる。
 しかし、そこにはやはり何も無かったので僕は何も気にしないことにして玄関を閉めた。


 それが、後のとんでもない伏線だとその時の僕は知る由もなかった。



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