トリップした(仮)



※SSSのこれが元ネタです。


 どうしてこうなったのだろうか。私は死んだ目をしながら公園のベンチに腰掛けて空を仰ぐ。



 友人に「トイレへ行ってくる」と言って会場から抜け受付近くのトイレで用を足し、すっきりした気分でもう一度会場の重たい扉を開ければ、そこは室内特有の明るさではなく容赦なく照り付ける太陽の光が眩しい屋外だった。
 本当に自分でも何を言っているのか分からないが、取り敢えず人間の理解の範疇を超えた出来事が私の身に降りかかったのだけは理解できた。本当に本当に、何が起こっているのだろうか。何十回目になるのか分からない溜息を吐きながら髪を引っ張る。…――いや、"元ウィッグだった現自髪の毛"をだ。

 赤寄りの茶髪をツインテールにし、先の方はくるくると巻いている可愛らしい髪型。大凡私の年で現実でやれば白い目で見られることは間違いない。それに伴って今私の着ている服にも目を落とし、また死んだ目をしながらため息を吐いた。白いフリルの付いたブラウスにレースが可愛いオレンジ色のワンピース、ニーソと赤い靴。これが許されるのはぎりぎり小学校までだろう。低学年の子がしていたら「あ、かわいい〜」くらいのノリの服装だ。

 これだけでお分かりいただけただろうか?いや無理だろうけれど。これだけで察しろというのは些か難易度が高い。

 どうやら私の見た目は、今日イベントでコスプレをした「おそ松さん」のキャラクターである「チビ美」に完全に同化したらしい。そしてここはどうやら二次元の世界らしい。恐らくは、「おそ松さん」の。実際の私はあんなに美少女ではない。筈。自分自身の外見を二次元で例えるとか結構難しい。それでも私の見た目は可愛らしいチビ美ちゃんのそっくりさんになっていたのだ。
 そこで耐えきれずに私はゲンドウポーズを取った。







 会場の扉を開けたあの時の私はすぐさま異変に気付き、戻ろうとした。しかし後ろを振り向けば既に扉の姿はなく、虚しく風が吹き抜けるだけだったのだ。慌てて周りをうろちょろ動き回り、視界が全て二次元構成になっていて慣れるまで少しくらくらとした以外は特に身体的な異常は感じられなかった。
 ただ、被っていたウィッグの感覚がなくなり、水面を覗き込めばそこにはアニメのチビ美ちゃんと瓜二つな女性が死んだ目をしていたのを発見した時は発狂しそうになった。どうしてこうなった。
 すべて二次元構成になった自分の肌や服をちょいちょいと引っ張りながらもう二時間程公園のベンチでひたすらにボーっとしている。現実逃避だ。あ、ここ現実じゃないから逃避ではないや。はは。

 扉を開けたらそこは別次元なんてよくある話だ。何を驚いているのだ。そう、よくある話よくある話。



「いやねえよ」



 冷静にそう呟いてから私は立ち上がった。とにもかくにも、いつまでも公園で不貞腐れているわけには行かないのだ。事態は一刻を争う。万が一にもしここが「おそ松さん」の世界であってもそうではなくとも、私の知っている常識が通用するとは限らないのだ。取り敢えず最低限暮らせるだけの用意をしなければならない。幸い常備している財布は無事私と共にこの世界にやってきているようだし、キャッシュカードも使えるかどうかは分からないが…大丈夫だと思いたい。

 まず寝床の確保…せめてカプセルホテルか長期滞在可能のビジネスホテルを確保しなければ…あと下着は絶対…!!

 そう悶々と考えながら住宅街を当てもなく彷徨っていると、ふと視界の端に赤いものが写り込んだ。うん?と思いそちらに何となく目を向けると、そこには私、というか私たち一部のオタクはよくよく見知った、嵌まったその時から見ない日はないであろう人物。



「(松野…おそ松…っ!!)」



 背後にピシャァァンと稲妻が走ったような気がした。

 そう、私の前方にはあの松野おそ松が口笛を吹きながら歩いているのだ。ヤバい、ここマジでおそ松さんの世界だ。友人よ、私はついに次元を超えてしまったようだ。私のパソコンの中に入っているデータを宜しくお願いします。むしろHDをハンマーでたたき割っておいてください。
 すごくテンションが上がり、話してみたいという思いがむくむくと湧き出てくるが、そんなこと出来るわけでもなくチキンな私は少しうつむき加減でおそ松からは出来る限り離れた場所を歩いて通過しようとした。





「おい」

「!? え、あ、」



 視界から彼が消えて少しほっとした瞬間、がっと肩を掴まれた。振り向くと、そこにはやはりというかおそ松が居て私の肩を掴んでいる。表情は至極不快だと言う風に歪められていた。アッ傷つくけど何かに目覚めそうです…。



「あのっ…」

「お前、また懲りずにそんなもんやってんのかよ!」

「えっ、え、? うぇ、あ」

「今度は誰引っ掛けてんだ…――ってアレ、お前おっぱいちっさくなった?」

「ヴェ!?」



 おそ松は睨みを効かせた表情から一転して訝し気になり、私の胸をわしっと掴んだ。
 悲しきかなコミュ障。今まで異性とこんな近くで話す、ましてや胸を掴まれたことなんてない私は何の反応をすればいいのか分からず、ただただ顔を赤くして耐えることしかできない。こういう場合頬を引っ叩くのが普通の反応なのだろうか。
 あわあわとしているとおそ松は私の表情を見てぎょっとする。


「…は?何その顔、チビ太もしかして心まで女になっちゃった?」

「あ、あ、の…っわたし、チビ太じゃ…」

「はァ――――?お前、一回俺たちから大金ぶんどっといてそりゃないんじゃない?今更純粋キャラ繕っても騙されねえよ」

「アッ…いや…えっと…っ」



 …悲しきかなコミュ障。まともな受け答えができずに私はひぃひぃと言いながら後退ることしかできない。

 どうやら見た目から私を完全にチビ美、チビ太と勘違いしているらしい。うん、マジでどうしよう。だらだら汗を流していると、痺れを切らしたのかおそ松は私の腕を掴んだままずるずるとある方向に歩き出した。


「!? え、あ、…ど、こに…」

「お前の店だよ。どうせ儲かってんだろ?なんか食わせろよ」



 まさかの本物のチビ太の元へ向かうと言う。逃げ出したかった気持ちが一気に萎み、あのチビ太に会えるのかと思うと胸が高鳴った。
 成人男性の力を振り払えるほど鍛えていない私は結局のところ彼に従うしかない。顔を青くしたり赤くしたり、焦ったりわくわくしたりと自分でも忙しいとは思う。



 暫く腕を引っ張られる形になる。あ、これ実質的に手繋いでることになるんじゃ…!?
 頭の中だけでふへ、と危ない人になっていると急に目の前を歩いていたおそ松が立ち止まった。急なことに反応できなかった私はぼふっと彼の背中に激突する。慌てて謝罪をするが、彼は目と口を開いて前方を凝視していた。

 私も彼の視線の先を見ると、そこには背の小さい坊主頭の彼が。


「…ち、チビ太ァ!!?」

「あん?なんだおそ松、ツケでも払いに来たのか?」

「え、何で…!?だって、え?」

「どうしたオメー、様子が……オァ!?」

「ひぃ!?」



 チビ太がこちらを見た瞬間、二次元特有の驚き顔をこちらに向ける。それに私もかなりビックリした。
 三人が三人とも驚き顔を晒しているが、時間が時間なので周りに人は少なく訝し気な顔を向ける人はいなかった。



***





「本当に申し訳ない…!!」

「だ、大丈夫です…!」



 おそ松が私の手を握って頭を下げる。おそ松をリアルに手を繋いでいる…神様ありがとう。
 しかし憧れのキャラに頭を下げさせるなんてこれはファンに殺されるかもしれない。


「ほんと、大丈夫なんで…!頭上げてください…!」

「ほんと?いやあ〜ありがとう!可愛いのに優しいって君サイコーだね!」


 ぼそっと胸は小さいけど、という発言は聞かなかったことにします。貧乳で悪かったな…!

 アニメのようなとろけた表情ではないが、頬を染めて笑顔で話すおそ松に私の胸も自然と高鳴った。可愛い…!


「バーローおそ松!いくら似てるからってなにもこんなお嬢ちゃん巻き込むこたぁねえだろぃチキショー!」

「ああ゛ん!?元はと言えばお前のせいだろうが!」

「オメーらがツケ払わねえからだろうが!」

「あばば…っ」



 リアルチビ太とおそ松の言い合いを見れるのは歓喜である。が、やはり喧嘩はあまりよくないものだ。それが大変萌えとして優秀なものでもな…!


「ああああの!おでん、貰ってもいいですか?」

「おう、なんぼでも食ってけ!そこのバカが迷惑かけた詫びだ」

「だから、俺そんなに悪くな」
「わあありがとうございます!」


 また言い合いに発展する前に私はおそ松の言葉を上から重ねる。すまんな…! しかし目の前に出された湯気が立っているアツアツのおでんを前に私の意識はすべて持っていかれた。なんだこれめっちゃ美味そう…!

 生のチビ太の生のおでんに感動し、瞳を輝かせながら私はおでんを口にいれる。めちゃくちゃ美味しい…!
 はふはふと大根やこんにゃくをほおばっていると、いつの間にか酒を飲んでいたおそ松がニヤニヤとしながらこちらを向く。


「美味しそうに食べるねえ〜」

「はい!美味しいです!」

「そりゃありがとうよ」


 でもおでんって飽きるのも早いよね、と言ったおそ松にチビ太がお玉で殴りかかっていた。喧嘩するほど仲がいいってことか。眼福眼福。


「そういえば名前、まだ聞いてなかったね?俺は松野おそ松!で、こっちがチビ太」

「あ、えっと、なまえっていいます…!」


 よろしくお願いします、と頭を下げれば頭をぽんぽんと撫でられた。撫でられちゃったよ…!


「なまえちゃんもしかしてこの町初めて?見かけないよね」

「は、はい…えと、そろそろ一人暮らししなさいって親が…」


 ということにしておこう。詳しい説明なんかしても信じてもらえないだろうし、そもそもどう説明すればいいのか私自身整理がついていない。


「はぁー偉いなァ…それに比べて、お前は…」

「あーうっせー!俺はいつかビッグなカリスマレジェンドになるからまだいいんだよ!」

「カリスマレジェンド…?」


 希望はビッグッス!って奴だよな?人間国宝的な。でも人間国宝ってどうやってなるんだろうか。というかあれってお給料もらっているのか…?
 私が食いついたことに気を良くしたのかただ酔っているだけなのか、おそ松は機嫌よく話してくれた。


「そーそー!人間国宝っての?いつか絶対ビッグになるんだ〜」

「てやんでい、今時小学生でも見なさそうな夢だな」

「っせーな、夢はでっかい方がいいんだよ!」

「ふふ…でも」

「?」



 パロ松とか、普段の六つ子でも二次創作でラスボスとして君臨するのは高確率で彼だ。それはある意味カリスマなのかもしれない。まあ、長男だからというのもあるのだけれど、彼の弟に対する姿勢がそうさせているのも事実だろう。
 鬼畜おそ松とか素敵だと思いませんかね。


「おそ松さんなら、なっちゃいそうですね」

「っ、え、真面目に?」

「はい」


 大体のラスボスは貴方でしたよ、とは言えないが、六つ子の中心は間違いなく彼なのだ。それだけで既にカリスマが滲み出ているだろう。


 …というようなことを友達に言えば「フィルター乙」と言われた。現実は非情である。



「ふーん…そっかぁ……へへ」


 酔って上気している頬を覚ます様におそ松はパタパタと手で顔を扇いでいた。

ALICE+