「……は?え、訳が分からない」
「いやだからさ、」
気まずそうに視線を逸らした目の前の店長。いや、本当に訳が分からない。かなりいい加減な店だなと常々思ってたけどこれだけは本当訳分かんない。
「この店閉めることになった」
「…な、何故に…?」
「立地とか俺の引っ越しとか色々理由はあるんだが……一番はやっぱあれだ、不景気」
「ああ…」
無精髭を生やした店長は煙草をふかし頭を掻きながら視線を遠くにやった。彼のパートナーであるタブンネ(色違い)が悲しそうに耳をへにょんと下げている。可愛い。
不景気なら仕方がない。私だってこの就職氷河期と不景気の中やっと無理言って雇ってもらったカフェだったが、やはり社会の風には勝てない。物理的にも、経済的にも。そもそも大した資格を取ろうともせず本気で旅をするわけでもなく、ふらふらと実家と色んな街を行ったり来たりしてきた私が悪いんだ。そりゃこんなの雇うよりちゃんとしたトレーナーとか資格持ちの人を雇うよな。それに二十歳以下の所謂子供を雇う所なんて早々見つかりっこないだろう。
「店長は大丈夫なんですか、店長も無職でしょ」
「俺は家業手伝うから何とかなるさ。でも問題はお前でしょ」
どうすんの?と問う彼に私は視線を逸らすことしかできない。
得意な事はタイピング、趣味は新メニューの開発、ポケモンバトルはちょっと戦い方に癖がある程度で人並みでありコンテストやミュージカルなどは全く興味がない。人に自慢できることと言えばエイパム並の身軽さだけ。色んな街には行ったが、如何せん持ち前の低コミュ力とめんどくさがりの性格が発揮してしまいジムバッジを集めるなんてことはしなかった。出来なかったの間違いか。
若干の知り合いはいるものの、それも両の手で十分、下手すりゃ片手で足りる程度の数でコネなんてものもある訳でもない。
一瞬家帰ろうか、とも思ったが、小さい妹や弟たちの面倒を見る父に迷惑はかけられない上、これ以上口─と言う名の穀潰し─が増えたら父が倒れてしまう。 実家に頼るのだけはできないな。
「…なん、とか、やります……」
「……んなこの世の終わりみたいな顔で言われても、説得力ってもんがなあ…」
「タブンネ〜」
なんとかやる、なんとかしなければいけない。ほぼ義務感というか完全な義務感で私は自分のパートナーが入ったボールを撫でた。
大丈夫、お前のフーズ代は死んでも守るから。文字通り死守するから安心しろ。
「そこでだ。お前に話がある」
「え、まさか無職の知り合いなんて嫌だから一生連絡取ってくんなとか言いませんよね…!?」
「どんだけ悲観的、っつーかお前にとっての俺はどんな鬼畜人間なんだよ」
ぐしゃりと指で潰した煙草を店長は後ろへ放り投げた。それは見事吸い殻入れに落ちる。 その気になればこの人ヒモでもやっていけるんじゃないだろうか。顔だって結構偏差値高い筈。
そんなことを考えていたら目の前に一枚の紙が差し出される。紙、というかハガキ。それを受け取りまじまじ見つめると、宛て名の所が私の名前になっていた。住所はこのカフェのものだが。
「…これ、なんですか?」
「二十歳にも満たない小娘が行き成り無職じゃ可哀想だろうと思ってな。知り合いに話付けといたから次からそこで働け」
「て、てんちょう……!!」
店長は私が思っていたほどいい加減な人ではなかったらしい。まさか新しい働き口を紹介してくれるとは思わなかった。開店時間は九時なのに十一時に出勤してきたときはどうしてやろうかと思ったけど、本当にこれは助かった。
「あああありがとうございます…!野宿しなくて済みます!」
「野宿するつもりだったのお前。ポケセンとかあるでしょうが」
「トレーナーカード持ってないんで料金が発生するんです」
「ああ…」
昔発行したトレーナーカードは既に期限切れ。新しいのを申請しようにも料金が発生すると言われて止む無く断念した。今はそんなことにお金を使っていられない、とその時は思っていたのだ。
「じゃあ、そこに書いてある日付までに行って来いよ」
「はい。 …にしても、店長って割と顔広いんですか?」
「んな訳ねーっしょ。只の旧友なんだよそいつとは。 …悪友の間違いか」
ぼそりと呟かれた言葉は聞こえないまま、私は自分の相棒と店長のタブンネとを対面させてちょっとしたお別れ会をさせた。
明日から、私はここには来なくなる。
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