路地裏の場合……

逮捕された時に、身元引き受け人になってくれそうだった人が居ました

その人とは、路地裏(偽造屋)を始める前から付き合いが有り(裏鍵師を辞めて裏仕事浪人時からw)

逮捕される迄本名すらまともに教えていませんでしたが……

逮捕された時に(一切の接見禁止状態でしたので連絡出来ません)帰宅場所の彼女として、家宅捜索場所にしてしまいました

いきなり自宅マンションに刑事がドタドタ来てびっくりしたと、後の面会で伝えられました(東京都の港区です)

(ナニかあった時にと、現金を少し預けてあったので、ある程度覚悟は出来ていたと思います)

身元引き受け人になって、裁判の情状証人に立って貰いました

証言台に立った彼女は言った……

この人は私が全責任を持って更正させると…

検事の嫌みな質問や、本人に全く反省の面が見られない等w
オレオレ詐欺の諸悪の根元等
大悪党呼ばわりされた裁判でしたがw

この人ツエ〜
全人類が敵だとしても、この人は俺の味方かも知れない!
って真面目に思った

出所したら、残りの人生この人にくれてやっても良いかなって

裁判の求刑は5年

判決は実刑4年でした

東京→福島県(会津若松)ですので、拘置所に面会は裁判のある時だけでしたが十分に気持ちは伝わりました

判決が出た
拘置所最後の面会時に、たった4年くらい待てない時間じゃ無いでしょ
逮捕された時は、懲役7年くらいと予想していたので全然余裕だと
↑
この時の決心は本物だったと思いますが




刑が確定する迄の手紙の頻度は…

留置所
週1通程度
(毎週可愛い封筒に可愛い便箋3枚くらいびっしりと書いてありました)る

拘置所
週1〜2週に1通程度
(封筒が白無地に代わり、便箋も白縦書き便箋に変化しました)

刑が確定してから(留置所に約1ヶ月いた)
週1通〜2通程度


福島刑務所で移送待ち期間
(1ヶ月半で2通)
(封筒が安物の茶封筒に変化しました、内容は便箋2枚程度)

山形刑務所
1年目は毎月1通程度
(茶封筒に便箋1〜2枚くらい)
その後手紙の返事頻度は2ヶ月に1通程度と減りました
(茶封筒に便箋1枚くらい)

函館少年刑務所
こちらからは毎月1通以上出していますが…

(8ヶ月4通)この頃から手紙に生活の愚痴が多くなりました
(茶封筒に便箋1枚くらい、字が汚なくやっつけ感が見られる)
↑
とっても情緒不安定な感じでした

山形刑務所に戻り

手紙の返事が3通に1通程度の戻りしかありません
↑
この頃は…かなり不安でした

しばらく返事が無いと思っていたら…

処遇から呼ばれて、身元引き受け人辞退の書類が届いたと報告があり、身元引き受け人の変更手続きをしないと、満期確定だとw

その後…
たった3行半の別れの手紙が届きました

昔の人はよく言ったモノです
別れ=三行半(みくだりはんを叩きつける)

リアルに3行半しか書いてありません

それは懲役2年半を少し過ぎた頃の話しでした



懲役生活をしていると、よく聞くパターンの別れです

刑務所の中と一般生活を営む人は、時間の流れ方が違うのです

手紙しか気持ちを伝える手段が無いうえに、検閲があるので本当に伝えたい事が伝わらないジレンマ…

外の世界と全く自由の効かない刑務所の中の生活ギャップ

懲役生活のストレスと不安…

些細なすれ違いから気持ちがお互いに伝わらなくなり

支えになっていた人からの突然の別れ


このパターンで、刑務所の中で荒れる人間も居ました

支えを失い自暴自棄になって作業をしなくなる者も居ました

あっ!
路地裏さんは…

とりあえず
懲役あるあるの笑い話しのネタとして流しました

ろくでなしにはお似合いなのさw

これで出所してから若い子選び放題だ!

と…
現在に至りますw

路地裏の刑務所情報