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▽無題

工藤姉


昴さんと暮らすようになってから姉は仕事の打ち合わせはポアロでする事が多くなった。
今日もそれは例外なくポアロの片隅で行われていた。
どうやら今回はインタビューらしく、担当編集者が隣に座っているから大丈夫だとは思うが、それでも何処か不安を感じてしまうのは姉の性格があるからだ。

「先生の書く作品は絵本にも関わらず大人にも大人気ですが、普段から意識されていることなどはありますか?」
「意識、ですか」
「はい。特に恋愛物は女性からの人気が絶大で話題にもなりましたよね。なので先生のプライベートについても今回はお伺いしたいと思いまして」

担当の顔にべっとりと貼り付けられた笑みが物語っている。余計な事聞いてんじゃねぇよ。と。
インタビュアがする質問としては当たり障りないが、相手があの姉だ。
そして姉の担当は姉に憧れるあまり少々過保護なせいか、この手の話題は全て切り捨ててきている。

「工藤先生はプライベートはおろか性別、存在すらも謎に包まれた作家として出ていますので、プライベートに関する質問はご遠慮下さい」
「ですが最近はネットでも騒がれていますし、これを機に表に出てはどうですか?」
「先日の放送で先生に似た人が出ては居ましたが、モザイクもかかっていましたし、先生とは限りません。それにその娘が絵本作家なんて情報はどこにもありませんでしたよね?よって工藤先生が表に出ることは今の所何の予定もありません」

互いに笑顔を貼り付けた中行われる、水面下の戦いがそこにあった。

「電話、出られないんですか?」

不意に着信音をあげた担当の携帯に、チャンスとばかりにインタビュアが指摘する。
マナーにすらしていなかったということは、元々このインタビューには乗り気じゃなかったんだろう。
最初から笑顔貼り付けて警戒心剥き出しだったもんな。

「…失礼」

舌打ちでも打ちそうな忌々しい声で、けれど笑顔だけは貼り付けたまま席を離れた担当に机の下でインタビュアが拳を握ったのが見えた。
まぁだからといって姉ちゃんが求められている受け答えができるとは限らねぇけど。

「では改めて先程の続きですが、先生はとてもお綺麗でいらっしゃいますし、やはり絵本のような恋愛もされてきたんじゃないですか?」
「いえ、ありません」

まさしく一刀両断。
取りつく島もない回答だった。
脳裏に担当がガッツポーズをする姿が過った。
あんたが居なくてもうちの姉ちゃんは相変わらずマイペースだぜ。

「すみません先生、僕今から別の先生の所行かないといけなくなってしまって…!」
「でしたらどうぞお構いなく。こちらは先生と二人で進めさせていただきますので」

慌てて帰ってきた担当の笑顔がついに引きつった。

「…うちの先生に余計な言動をとったら二度とそちらの仕事は受けませんから」

去り際にちゃんと釘を刺して出ていった担当はドアが閉まるその間際まで姉を心配そうに何度も振り返って居た。
…分かるぜ、その気持ち。
ついつい世話を焼きたくなるような、どことなく危なっかしさを感じるところはこっちが常に不安になるレベルだ。

「では質問を変えましょうか。お父様は有名なミステリー作家である工藤優作先生ですが、先生は小説は書かれないんですか?」
「小説は書きません。けれど本を読むのは好きなので、ジャンルに関係なく何でも読みます」
「そうでしたか、では次の質問をさせていただきますね。お母様は日本を代表する元大女優、藤峰有希子さんですが、先生は女優を目指そうと思われたことはありますか?」

つーか正体不明の絵本作家なんだからんな質問したところで記事にできねぇだろ。

「…何故親が女優だと子供もそれを目指すと?」
「だって先生はこんなにもお美しい。お会いしてびっくりしましたよ。まさかこんなにも美しくて可憐な方があの正体不明の絵本作家、Drw(ドロー)だったなんて」

そう言って姉の手を握ったインタビュアの男に頬が引きつったのを感じた。
野郎、ハナからこれが目的だったんじゃねぇだろうな?
するりと親指で姉の手を撫でるようにして見つめ返す男。
普通の人間は姉にあの瞳で見つめられるとあの独特の雰囲気に負けて怖気付く奴がおおい。特に男は。
あの純粋で綺麗な瞳は一切の迷いも濁りもなく相手を真っ直ぐと見つめる。
心の奥まで見透かされそうだと直感的に感じるほど、あの瞳は透き通っている。
そこに姉の持つ雰囲気が合わさり、大抵の男は尻尾を巻いて身を引くのだ。
あまりの美しさにこれには触れてはいけないと、そう思わせる雰囲気が姉にはある。
だからあの瞳に見つめられてまともに声を返せるのは身の程知らずの馬鹿か、それとも同じように真っ直ぐと向き合うことのできる人間かのどちらかだ。
…あとは人を誤魔化すのが上手い人、とかな。
あの男は完全に身の程知らずの馬鹿だ。

「そうだ、気分転換も兼ねてこの続きは場所を変えてやりませんか?いいところを知っているんです」

おいまてふざけんな、何処に連れ込む気だ。
明らかに下心満載なその言葉も、姉は気づきもしないのだろう。
自分自身に興味もなく、自身の感情にも疎い。それ故に他人から向けられる感情にも気付くことができない。
だから姉は人の言葉を真っ直ぐそのまま受け取ってしまう。
このままいったらマジでどっか連れ込まれかねねぇぞ。
そろそろ助けに行くかと椅子から降りた瞬間、テーブルに置かれていた姉の携帯が震えた。
…一応マナーにはしてたか。
姉の連絡先を知るのは限られた人間かつ、その人数も少ない。
その為あの携帯が震えることは滅多にないわけだが…最近タイミングが合わなくて会えてないって言ってたし、母さんか?
まぁ相手が誰であれナイスタイミングだ。

「出てもよろしいでしょうか」
「ええ、どうぞ」

男は余裕の笑みで促した。
テメーに着いていくこと決まったみたいな顔してっけど、ぜってー行かせねぇかんな。

「…はい、いえ、今はポアロでインタビューを…すみません、お伝えするのを忘れていましたね…いえ、お迎えは必要ありません…わかりました、では直ぐに帰ります」

どうやら姉の中ではインタビューはもう終わりらしい。

「…いつもありがとうございます、沖矢さん」

最後に相手の名前を呼んだ時、微かに緩んだ口元。
思わずその顔を凝視すれば、誰が見ても分かるくらい、優しい顔をしていた。
普段見る近しいものにしか分からない変化とは違い、珍しく誰が見ても分かるような表情の変化。
…あんな顔、誰かにするのは初めて見たな。
しかもその相手が沖矢さんとは。
一体彼と何があったのだろう。

「ねぇコナン君」
「へ、な、なぁに、安室の兄ちゃん」

そういやぁこの人居たんだっけな。
まだ沖矢昴の正体を疑ってそうだし、この人が姉ちゃんに探りを入れたらまずいな。

「彼女と沖矢さんってどんな関係なんだい?」
「前にも言ったけどただの同居人だよ」
「そうかな、僕にはそうは見えないけれど」

まぁ疑ってる上に今のあんな顔見たらそりゃそうだろうな。俺だって何があったのか気になるし。

「うーん、でも姉ちゃんはああいう性格だから、家に居てもあまり喋らないし、図書館に閉館時間まで居るから家にいる時間も少ないから特別仲良しってわけでもないと思うよ」

これは事実だ。
家の中でも外でも常に本を読むか執筆活動をしているかのどちらかのような人間だから、あまり会話をすることはないだろう。
俺や母さん達が居た頃もそんな感じだったし。

「へぇ、本当に本が好きなんだね」
「うん、子供の頃から変わらないよ」
「あれ、コナン君は彼女が子供の頃のこと知ってるのかい?」
「って新一兄ちゃんがよく言ってたから!!」

あっぶねー!うっかり口滑らせるとこだったぜ…

「コナン君」
「あれ、姉ちゃんお仕事は…ってああ、もう終わってたか」

ばっさりと悪意のない言葉で切り捨てられたであろう男が、呆然として居たのが見えて全てを悟った。
何を言われたのか気になるが、もう姉にちょっかいを出すことはないだろう。ならこの件はさっさと忘た方がよさそうだ。

「沖矢さんにおつかいを頼まれたから、一緒にスーパーに来てくれると助かるのだけど」
「いいけどいつもなら一人で行けるのにどうして?」

別に食材が分からないとか場所が分からないとか、そんな事はないだろうし、わざわざ付き添いを頼まれるのは珍しい。

「折角頼ってもらったのに、間違えたくないと思ったから」

それはつまり、違うものを買って失望されたくないという事じゃないんだろうか。
まさか姉が、人からの評価を気にするなんて今まででは考えられなかった変化に驚いてしまう。
そういえば沖矢さんと暮らすようになってから、姉の纏う雰囲気がほんの僅かに柔らかいものになったような気がしなくもない。
…まてよ、最近蘭が言ってたな、確か姉ちゃんの絵柄が少し変わった気がするって。
それってもしかして、少なからず姉の中で何らかの変化があったということではないだろうか。

「っねえちゃん!もしかして最近何かあった?」
「…なにか?」
「そう、どんな些細なことでもいいから!嬉しいって思ったこととかない!?」

人間らしい感情を、自分自身の感情を自覚してほしかった。感じで欲しかった。それと同時に自分に向けられる感情にも気づけるようになって欲しかった。
どれだけ愛され、必要とされているか実感を得て欲しかった。
自分のことを、自覚して欲しかった。
生きているということは、感情を持つということだ。
どこか危なげな雰囲気を纏う姉に、人間らしい感情の自覚と生きている実感を得て欲しかった。
そのきっかけが今、できたかもしれない。
ずっと望み続けていたことが、少しずつ起きているのかもしれない。

「嬉しいかは分からないけれど、彼の居る家に帰るのはとても落ち着く気がするよ」

それは、あの人のそばが落ち着くのだということではないんだろうか。
興味がないから気にならないのではなく、安心できるから落ち着くということだ。

「そっか、よかった」

本当に、よかった。
姉の心にかけられた呪いが解ける日が来るのなら、相手は魔法使いだろうが王子だろうが騎士だろうがハンターだろうがなんだっていい。
忘れた感情を思い出させて欲しい。
それがもしあの人だったらいいと思ってしまうのは、心の底から満面の笑みを浮かべる姉を見たいからだろう。


ーーーーーーーーーーーー


私の幸せは、お父さんに恋をして結婚して貴女が生まれたことよ。
勿論辛いことも悲しいことも苦しいこともたくさんあったわ。
でもね、それも全部まとめて幸せなの。

どうして?と問う私に、母はまるで物語を読み聞かせるようにその綺麗な声で語るのだ。

世界で一番愛する人と結ばれて、貴女が生まれた。
そんな愛する人たちと暮らせるから幸せなの。
お母さんはね、物語で言うのなら幸せなお姫様!

じゃあお父さんは王子様だね!と笑う私に母は大正解!と歌うように紡いで私を抱きしめるのだ。

でも物語はまだまだ続くのよ?
今度は大きくなった貴女がお姫様になるんだから!

私もお母さんみたいな幸せなお姫様になれるかなぁ。と呟く私に母は勿論!と向日葵のように笑って断言した。

懐かしい、夢のように幸せな物語。


「おや、今日はもうおしまいですか?」

…駄目だ。
幾ら文字を追ってもその一つも頭に入ってこない。
お姫様と王子様のハッピーエンドのお話を選んだからだろうか。昔母と交わした会話ばかりが頭の中を埋めていく。

「いえ、今はこの本は合わなかったようなので、別のものと変えてきます」

新一も大好きなホームズを読むのも良いかもしれない。優作さんが書いたミステリーもいい。

「少し休まれてはどうですか?今日はご飯もまだでしょう?」
「そういえば、そうでしたね」

時刻は昼時を示していた。
何かに集中すると寝食を忘れてしまうのは、きっと治ることはないのだろう。
物語で頭を埋めて居なければ、余計な事を考えてしまうから。

「いつも作っていただいているので、今日は私が作ります」

最後に料理をしたのはいつだろう。
新一がまだこの家に居た頃だったのは確かだけれど、もうそれすらも思い出せない。

「少し買い出しに行ってきます」
「一人で大丈夫ですか?」
「はい、寄り道はしません。いってきます」
「いってらっしゃい」

守るべき人が居るナイトはいつだってお姫様を守れるところに居るものだ。

ふと、思い出したのはまだ絵本作家になって間もない頃にされた質問だった。
先生の物語には王子様はもういらっしゃるのですか?
当時の私に問いかけたのは、とても綺麗に笑うインタビュアの女性だった。
私の描く物語ではなく、私自身の人生を示した言葉だった。
私自身の物語のお姫様はたった一人で、王子様も一人だけ。
綺麗な母と優しい父の二人だけ。
だからもう、私の物語にはお姫様も王子様も必要ない。
私のお姫様と王子様は、私の目の前で物語をとじたのだから。
二人の愛の終わり。それを見届けて私の物語も終わった。
誰も知らなくていい、私だけが見届けた、綺麗な愛の終わり。
私も一緒に終わらせてくれなかったのは、何故なんて考えても答えは出ないから、だからあの日で私も終わりにした。
私の物語はもう終わっている。
終わっているから、私はお姫様にはなれないし、王子様も居ない。
それでいい。
物語が終わったのと同時に主役も消えた物語。
だから私は何も感じなくていい。
傍観するだけの書き手として、流れるままに生きている。
物語は終わったのに、未だ私の鼓動は終わらない。

ーーーー
不思議ちゃん過ぎて私もたまに工藤姉がわからなくなります。
ーーーー


物語は自分でも気づかない内に始まっているんだ。
気付いた時にはもう遅い、沢山のどきどきやわくわく、ときめきに色んな感情が支配して、生きているという実感に満ち溢れるんだ。
世界がこんなにも美しかったなんて!と気付いたときにはもう自分が主役になっているんだ。

ミュージカルのように語る父に、母はまた始まったと呆れたように言いながらも、とても優しい顔で私達を見守っていた。

だからきっと驚くぞ?
今まで見えていた景色が違って見えた時の感動を、いつかお前も知る日がくるんだ!

あら、それはお姫様になった時かしら?

う、そ、それは…まだちょっと心の準備が…

わからないわよ?もうこのこの世界はきらきらと輝いているかも。

揶揄う母に顔色を変えて私を見る父が面白くて、母と二人で笑ったのを思い出した。

「…きれい」

前よりも色が鮮明で、ぼやけていた輪郭がはっきりと写って見えた気がした。
二人がいっていたきらきらした世界にはまだ遠いけれど、それでも、今までよりも透き通って世界が見えた気がした。
ぼやけていた私の世界が、少し変わったのが分かった。
…いつからだろう。
気付いたときには世界は少しずつ変わっていた。
とくとくと、いつもは気にもならない鼓動は少し速く、血が巡るような感覚を感じた。
これが、生きているという実感、なのだろうか。

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頑張れなかったので尻切れとんぼです。
こうやって徐々に人間らしい感情を自覚していってくれたらなぁと。
完全にお相手は沖矢昴さんという名の以下略みたいな流れです。そもそものスタートラインが安室さんは遠すぎた上に、家族ぐるみなあたりがもうね。大変だよね。

遠い昔、心に鍵をかけて誰にも見つからない、それこそ本人すらも忘れてしまうほど奥深くに心を隠してしまったお姫様が居ました。
何重にも厳重に掛けられた鎖と鍵は、あまりの月日に錆びてしまい、お姫様も感情を忘れてしまいました。

みたいな物語をいつか描く工藤姉。
これを描いた時には心から笑うようになっているはず。
両親が亡くなる前まではちょっとかしこいくらいで普通の子供と変わらず、それなりに喜怒哀楽のある子。
両親が亡くなるその直前まで、鮮明に写っていた世界がぼやけて見えるようになったとかそんな感じ。
なので描く絵本も何重にも薄く色を重ねたような淡いタッチ。
それが沖矢さんと暮らすようになって少しずつ変わっていくとかだと私が嬉しい。
多分沖矢昴という以下略も少しずつ工藤姉に絆されていくんじゃないかと。

2017/07/30(22:39)


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※この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません
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