私という存在自体を現すのなら変態であるというのはあながち間違いではないが、私の親しき友人はそれを拒否している。

私は怪我を治すような力を持ち合わせていないから医者が必要だ。しかし、苦痛とは快楽である私にとっては必要性が薄い。

なにを与えれば喜ぶのかを覚えるのではなく、どうすれば笑ってくれるかを探っていく方が平和である。しかし、面白みにかけるのは事実だ。

もう少し幼ければと悲願するよりも、その男の子供を待つほうがいい。ただし幼少期を知りたくないわけではない。

君にはわからないかもしれないがこれは高貴なことである。世界に共感してくれる人がいなくとも、私には高貴なことなのだから。

えぇ、
■■
紳士
ですよ、もちろんです。


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