ポートマフィアには幾つかの同盟組織が存在する。
裏社会で組織を拡大させていく為に都合の良い同盟組織。その組織との関係を保つ為に、定期的に会合が開かれている。会合と云っても豪華客船を貸し切ってのクルージングや料亭での食事会等で、主に互いの顔合わせの意味も含めたパーティーである。

本来であれば首領である森鴎外が出席するこのパーティーだが、今回別件の用事が入ったという事で代理として太宰に白羽の矢が立った。
この手のパーティーには何回も出席している太宰だが、権力や自分の利益の話ばかりをする大人達に話を合わせるのが疲れる為、正直あまり好きでは無い。適当に言い訳をして逃れようとした太宰だったが、パートナーにナマエを連れていく事を提案され、渋々頷いた。




「……はぁ、」


目の前にそびえ立つ高級ホテルを見上げ、太宰は大きく溜息を吐く。

別任務に出ているナマエとは会場であるこのホテルで待ち合わせをしていたが、開始時間に間に合いそうにない、とつい先程連絡が入った。
つまり、彼女の到着までは一人で対応しなければならないという事。ただでさえ乗り気では無かったこの任務、最悪なスタートを迎える事になり溜息を吐かずにはいられなかった。


(嗚呼最悪だ)



出来る事ならこのまま帰ってしまいたいが、ポートマフィアの名に、森鴎外の顔に泥を塗る訳にもいかない。
ナマエが早く到着する事を祈りながら、護衛に連れてきた部下を引き連れ太宰は会場へと足を進めた。















「これはこれは太宰殿。変わりないようで何より。鴎外殿の姿が見えないようですが?」
「どうも、首領は別件で用がありましてね。今回は私が代理で来ました」
「ハッハッ、まだ稼ぎますか、鴎外殿も忙しそうですな。ウチの商売にも是非参加していただきたいものだ」
「はは、今度伝えておきますよ」



太宰が会場に顔を出すと、比較的付き合いの長い同盟組織の頭目が声を掛けてきた。
その姿を見て、他の組織の人間も太宰の周りに集まり始める。



「先日の東部制圧、あの短期間で見事なものだ。流石、最年少幹部殿」
「太宰様、次は私どもにも戦略のご指導を」
「幹部殿」
「太宰さん」
「太宰様、」



この会場に居る人間の中で最も若い太宰だが、誰一人として太宰を軽視する者はいない。マフィアとして存在する太宰治という人間を、身を以て理解しているからだ。
そして何より、ポートマフィアとの繋がりは、闇に生きる組織として何よりも欲しいもの。関係をより深いものにしたいが為に、この機会を狙う者も少なくない。



(はぁ…疲れた)


漸く自分に群がる人達が少なくなったのを見計らい、少し席を外すと部下に伝えその場を離れた太宰。
テラスに出て椅子に腰掛け空を見上げる。
夜風にあたりながら妙に冷静な頭で太宰は早く終わらせて帰る事だけを考えていた。


(くだらない)


扉の向こうから聞こえる大人達の笑い声を聞き、小さく息を吐く。

こんな子供に媚びを売り、己の利益と保身しか考えていない大人達を見ていると心底この世界に生きる価値があるのかを考えてしまう。
何か生きる理由が見つかると、そう思いマフィアになる事を決めたが、地位や金、権力を振りかざし欲望を満たす事だけを考えている人間達を見ていると、その価値すら感じなくなっていた。



でも、彼女は違った。


欲にまみれたこの世界でも、闇に染まらずに生きる彼女に触れると自分が生きている事を実感させてくれる。



「…早く来ないかなあ」


こんな事なら本当に断れば良かった、と空を見上げたその時だった。







「太宰サマ、お隣よろしいですか?」





凛としたその声に、太宰は後ろを振り返った。



「…え、」


呆けた声が出てしまう程、太宰は珍しく動揺した。



聞き慣れた声に反応した筈だったが、振り向いた先に居たのは頭に思い浮かべていた人物とは違っていたのだ。


透き通る白い肌、整った目鼻立ちは見慣れた彼女そのもの。
しかし、腰まで真っ直ぐ伸びた、絹のような漆黒の長い髪は普段の彼女とは似ても似つかないものだった。ただその艶髪が彼女の美しさを際立たせているのは確かで、シルク生地の真っ白なドレスがそれをより一層際立たせていた。



「……ナマエ?」
「うん」
「…如何したんだい、その格好」
「さっきまで潜入任務だったから。首領から聞いてないの?」



ナマエの言葉を聞き、太宰は首領との会話を思い返す。
この仕事が至極嫌だと感じた事は覚えているが、首領との会話はあまり思い出せなかった。



「で、座っても良いのかしら」
「勿論」


笑みを浮かべ隣に座るナマエ。
彼女の存在が近くなり、ふわりと漂う香りがナマエ本人であると実感させた。



「珍しく手間取ったみたいだね」
「…標的の男の好みに合わせた格好で潜入したのは良かったんだけど、必要以上に気に入られちゃって」
「中々離してくれなかった?」
「うん…予定よりも時間が押してたから着替えもしないで来たんだけど、遅くなってごめんね」
「謝る事は無いさ、仕事なら仕方がない。私も俗物達の下らない話を一人で聞かなくてはいけないそれは大切な任務を遂行していたのだからね。いやあ、本当に記憶に残らない位あっという間だったから気にする事は無いよ」
「…ごめん、なさい」



息継ぎもせずに発した言葉に秘められた嫌味を感じ取り、ナマエは太宰がどんな思いで自分を待っていたのかを知り、小さく謝罪の言葉を呟いた。

小さく項垂れる彼女を見て、太宰は口角を上げる。



「…ナマエ」


刺々しい先程の言葉とは違い、何時もの優しい声で囁くように声を掛けられ、ナマエは太宰の顔を見上げる。

笑みを浮かべる太宰の目が何を云いたいのか察し、周囲に人が居ない事を確認してからゆっくり太宰の膝の上に移動した。
向かい合うように座り、目の前の太宰の頭を抱きしめるように包み込む。



「治」

「お疲れ様」



ナマエの柔らかい声を聞き、太宰も彼女の背中に両腕を回した。
縋るように距離を埋める太宰を見て、ナマエは胸の奥が締め付けられるような思いを感じていた。



「此れは、ウィッグ?」
「そう。良く出来てるでしょう」
「まぁそうだね。でも人工毛に頬ずりする気にはならないなぁ」
「ふふ、パーティー終わるまで待ってね」



自分の胸に顔を寄せたまま話す太宰の髪を撫でながら、ナマエは小さく笑った。

きっと乗り気では無かったであろう今回のこの仕事。
くだらないとは思いつつも、ポートマフィア最年少幹部としての仕事を全うした太宰を、今は素直に甘やかしてやりたいと思ったのだ。



「却説、そろそろ戻ろうか」
「そうね。変な噂が立っちゃう」
「私は構わないけれど?」
「私は困るの」




立ち上がり室内へと戻る二人。


パーティーホールの騒がしさが聞こえてくる廊下で、太宰は前を歩くナマエの背中に声を掛けた。



「ねえナマエ」
「何?」
「挨拶は私がしておいたからさ、もう今日は帰ろう」
「ええ?私まだ何も話してないんだけど…」



突然の太宰の発言にナマエは困惑した表情を浮かべる。
普段、首領の付き人のような仕事もしているナマエは同盟組織にも顔が広く、今回のようなパーティーには毎回参加している。その度にそれぞれの組織のトップには必ず挨拶をするようにしていたのだが、遅れて来た上に部下に話を聞いて真っ直ぐ太宰の元へ来たナマエだったので今回はまだ誰にも挨拶をしていなかった。

だが、太宰はそれも承知していた。
承知した上で帰る意思を曲げないのだ。



「急にどうしたの?」
「思ったより疲れてしまってね。早く帰りたいんだ」
「…じゃあ先に戻って、」
「ナマエ」



首を縦に振らないナマエに、太宰は彼女の腕を取り壁に押し付ける。
予想外の行動に、ナマエは目を大きく見開いた。



「帰ろう」



逃げ場を塞ぎ、耳元で囁かれナマエは太宰の求めている事を瞬時に理解した。




「…判った、」



溜息混じりに発した言葉に、太宰は満足そうに笑みを浮かべる。

機嫌良さげに歩き出した太宰の後を、ナマエはゆっくりと追いかけた。






(見せてやらない、全て私のものだ)




長い髪も、何もかも全部。

全部私のモノ。






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