「はい、いってらっしゃい」
精一杯の優しげな笑みを貼り付け、三人と一匹が仕事へ行く背中を見つめた。今日はどうやら血生臭そうな依頼らしく、夕飯はいらない、今日帰って来れるかも分からないと朝ご飯で用意した納豆をねちねちと混ぜながら言われたことを思い出した。その言葉を言われる度に、自分がひどく非力に思えて何の返答もできないまま目玉焼きの黄身を少し乱暴に潰した。神楽ちゃんが心配そうな顔で、「なまえ、おかわり欲しいアル」と彼女用の大きめのお茶碗を甘えるように差し出してくる姿にはっとして、物分かりの良い女の皮を被り、やっとの思いで「分かりました」と言葉を振り絞った。
それからはひたすら無心で家事に没頭するしかなかった。みんなが使った朝食の食器を泡だらけにして洗い、洗濯機を回し、掃除機をかけ、洗い終わった洗濯物を干し、また掃除機をかけ、家計簿をつけ、お風呂を洗い、乾いた洗濯物を取り込む。
いつもなら神楽ちゃんがそこらへんで定春と遊んで毛だらけになるのでその度に掃除機をかけたり、家事の邪魔をしてくる銀さんがいたり、そんな二人を叱ってくれる新八くんがいるのに、今日はいない。その代わりに着々と片付いていく家事が、なんだか物足りなくて心に穴が空いたようだった。
お昼も特別空腹感はなく、ひたすらぼうっとしていた。あとはもう乾いた洗濯物を取り込むだけなので、本当にすることがない。お登勢さんのお店を手伝おうと思っても開店の準備を始めるにはまだ早い時間だ。
「ひまだな…」
広い部屋に自分の小さな声が誰にも拾われずにぽとりと落ちて、虚しさが増すだけだった。いつも銀時さんが寝転がっているソファに同じように寝転がってみる。客人用ソファということもあるため中々の寝心地、いや、座り心地?でこれは銀時さんも寝てしまうわけだと納得した。
万事屋のみんなの、銀時さんのお世話になってしばらく経つが、こういう時に自分に出来ることが家事だけというやるせない気持ちが積もっていくのが歯痒い。猫の捜索や、軽い潜入捜査等だったら参加させてもらえるのに、少しでも危険要素があると私は一歩もそこに入れない。
「私、平気ですよ。神楽ちゃんも新八くんも私よりずっと若いのに、私だけ家で待ってるなんて嫌です」
いつかの自分の言葉が蘇る。これは初めて銀時さんに着いてくるなと拒絶された時の言葉だった。これに対する銀時さんの答えはもちろん「夕食を作って待っててくれ」で、私はみんなが仕事へ行った後に一人で情けなくわんわんと泣いていた覚えがある。このはっきりとした拒絶以来、私は無理に着いていくとは言えなかった。
いつの間にか眠ってしまったようで、寝ぼけた目を擦りながら薄ら目を開けると視界がとても暗かった。起き上がろうとして手を伸ばすと、その手が誰かに優しく掴まれ、予想外の行動に思わず小さな悲鳴が漏れた。
「…」
「…は、銀時さん?」
暗さに慣れた目を凝らすと、朝よりも少し汚れた衣服に身を包んだ銀時さんが私の手を優しく握りながらこちらを見ていた。
「え、なんで…依頼、もう終わったんですか」
「意外と楽勝だったからな。お礼に依頼主に飯ご馳走するから泊まっていけって言われた」
「は、はあ」
「だから新八と神楽と定春は泊まらせてきた」
「ええ…?」
「なあ、さっきどんな夢見てたんだ」
銀時さんの赤みがかった目が私の目を射抜き、あまりの真っ直ぐな視線に目眩がしそうだった。
「夢…、ごめんなさい、忘れちゃいました」
恐らく昔拒絶された時のことを夢に見ていたんだろうが、あまりにも恥ずかしかったので隠すことにした。お茶でも淹れてこようと手を離そうとすると、その手が引っ張られて銀時さんの腕の中に閉じ込められる。
「え!?あの、銀時さん」
「敬語止めろって何回も言っただろ」
「…へ、」
「嘘がヘッタクソなくせに隠したがるしよ」
な、何が始まっているんだ。
「貼りついた嘘っぱちの笑顔はうんざりだ」
「う、うんざり…」
「泣きそうな顔するくせに人前で泣こうともしねえ」
「それは、」
「もう何も我慢すること無いだろ」
以前、銀時さんに拾われたばかりの頃、真夜中に一人で声を押し殺して泣いていた時に言われた言葉だった。
「…あ、ごめんなさい、わたし」
涙腺が決壊したように、目から大量の涙がこぼれおちる。止めなきゃと思って慌てて目を塞ぐと、塞いでいた手をいとも簡単に取り払われ、もう一度抱きしめられる。止まらない涙が銀時さんの着物を濡らし、色が変わった。
「う、うう、やっぱり、わたし、心配、です」
「おう」
「いつかみんなが、依頼に、行ったまま、帰ってこなかったら、どうしよう、って、誰もいなくなっちゃったら、わた、し、今度こそ、ひとりだから」
「俺たちゃんなヤワじゃねえよ」
「だったら、わたしも、連れて行ってほしく、って、役に立たない、ですけど、何か、できないかな、って」
「お前の手ならいつも借りてる」
大きな手がわたしの心を落ち着かせるように、よしよしと背中を撫で続ける。その温かさがなんだか懐かしくて、涙はまだ止まらなかった。
「わたし、強くなります、う、とりあえず、妙さんに、薙刀教えてもらいます」
「いきなり上級者行くなオイ」
少し引き攣った顔の銀時さんがなんだかかわいく見えて、頬が緩んだ。