なりたいものはあなたのもの

万斉と一仕事終えた後、船に戻るために重い体を引きずりながら歩いていると近くに海を見つけた。冬の海はとても暗くて異常に冷たそうで、遠くから見ても夏の海のようなきらめきは感じられなかったのに無性に惹かれた。ぼんやりと海を見つめる私に気づいたのかはわからないが、返り血を落として行こうと言って万斉はさっさと海の方へ歩いて行ってしまった。
辺りはもう暗くなっていて、あと数十分もすれば船が出発してしまいそうなのに、海へ行く足は止まらなかった。いつの間にか繋がれていた手は誰のものかわからない血で滑り、しっかりと握っていないといとも簡単に離れてしまいそうだ。白い浜辺に足を踏み入れた途端、私は万斉の手を引いてあっという間に腰まで海へ浸かってしまっていた。
遠くで見ていたときは綺麗さなど感じなかったのに、いざ入ってしまうとなんだかとても綺麗なものに包まれているように思える。底の見えない黒い海の色も、水面に反射して光る月の光も、全てが眩しくて目が痛い。
「顔に血がついているでござる」
「万斉も」
万斉の端正な顔に手を寄せて、汚い血を海水で拭う。優しい指が私の顔をゆっくりと撫でて、そのまま首筋へ置かれた。
「今日の夜ご飯なにかな」
「…なまえの作る飯が良い」
「えー、今日は疲れたからやだ。明日の朝作ってあげる」
冷えてきた身体が気持ち悪くて、体温を求めて万斉の背中へ腕を回すと、二度と離れないような力で抱き締め返してくれた。皮のコートが海水を弾いて、つるりと指先が滑る。爪を立てて滑らないように耐えていると、万斉がすこし笑った気がした。
「…なに笑ってるの」
「拙者と離れるのを怖いと思ってくれているのが嬉しくて、ついな」
「うん、絶対離さないで」
「無論。死んでも離さないでござる」
ゆっくり脚の力を抜いて海の中に入ると、万斉はそのまま私と一緒に海の中へ来てくれた。意外だ、すぐに引っ張り上げそうなのにな、とぐらぐら揺れる視界で、口付けられた気がした。あるはずもない酸素を求めようとして、口を開くと開いたそばから冷たい舌がねじ込まれる。このまま死んでもいいかもしれないな、とゆっくり目を閉じた瞬間、一気に身体が浮上し、そのまま姫抱きされて海から逃げ出した。ごめんね、と小さく呟いて腕の中で寝たふりをすると、つむじに唇を寄せられる。明日の朝は、たまごサンドにしようかな。