万斉さんが大怪我をして帰ってきた。頭から血を流して、体に力が入らないらしく仲間の人に身を任せてずるずると体を引きずっている。手当てをしようと震える手で救急箱を持って近づくと、船内の医者がさっと前に出ててきぱきと周りの人に指示を出して医務室へ向かった。がしゃんと手から救急箱が滑り落ちる。周りの人が心配してくれたけど、その手をやんわりと振り払い、床に落ちた中身を乱雑に箱に入れてその場から離れた。
鬼兵隊はみんな強い。特に幹部の万斉さんはとても強く、その辺の侍なんかじゃ歯が立たない相手だと思う。なのにどうしてあんなに大怪我を負ってしまったんだろう。仲間を庇ったのか、相手が卑怯な手を使ったのか、それを私は知る由もないし聞いて良い理由なんかない。私は万斉さんに拾われたただの女中だから。
たまご粥を作って医務室へ入ると、医者の人に今日はもう目覚めないかもしれないと言われて追い返された。私にできることなど何もないんだと思い知って、みんなの分の夕飯を作り終わったあとすっかり冷たくなったたまご粥をひとりで食べた。
寝る前にどうしても万斉さんの顔を一目見たくて、医者の目を盗んでこっそり医務室に入った。布団の上で規則正しい寝息を立てる万斉さんを見てほっとする。そばに座り、小さく蹲りながらそっと万斉さんの前髪を撫でた。いつもならセットされている髪の毛がぺたんと下がっていて、なんだか幼く見える。そろそろ出ようと手をついた瞬間、その手を掴まれた。
「っ!ば、万斉さん!目が覚めたんですね」
「…なまえ」
「は、はい。ここにいます」
「何故泣いている」
「え?」
万斉さんの手が私の頬に触れる。そのまますうっと目尻まで指が滑って、いつの間にか流れていた涙を拭き取られた。本当だ、私泣いてる。なんで?万斉さんが起きて嬉しいから?
「ごめんなさい、せっかく目覚めたのに、こんな顔…」
「良い。目が覚めて一番になまえの顔を見れるのは嬉しいでござる」
「ふふ…」
「ずっと寝ていたら腹が減ってしまった。すまぬが何かあるか?」
「はい、すぐに!お粥とかなら食べれそうですか?」
「ああ」
台所まで小走りで向かい、すぐにお粥を作る準備をする。夕方に作ったたまご粥と同じものを作ろうと冷蔵庫に手をかけた。なぜかたまご粥を作っている時も涙が止まらなくて不思議だ。私はなんでこんなに泣いているんだろう。万斉さんが大怪我して帰ってきて悲しかったからかな。
「お待たせしました。たまご粥です、どうぞ!」
「いただきます」
万斉さんは私の料理をいつも美味しいと言って味わって食べてくれる。私は正直料理に自信はなかったのだが、万斉さんが美味しいと一言言ってくれるだけで、とっても自信がつくので万斉さんの存在は私の中で一番大きなものになりつつあった。ぼんやりと万斉さんが食べる姿を見ると、頬にまた温かい涙が流れていた。私は一体何度泣き顔を晒してしまうんだろう。
「ごめんなさい、私、もう寝ますね、お皿は横に置いてくださればいいので…」
また泣き顔を見せるわけにはいかないと、自分のプライドが叫んでいたので気づかれないうちに部屋を出ようとしたが、また手首を掴まれ引き戻された。どうやらお見通しだったらしく、そのまま抱き寄せられる。万斉さんの体温が暖かい。
「なまえ、泣くのは構わないでござる。だが、拙者の見えないところで泣かれるのは困る」
「…う、でも、見られたくないです」
「分かった。泣き顔は見ない。泣いている理由も聞かないでござる。だが、泣くなら拙者の目が届くところで泣いてほしいでござる」
後ろ抱きにされて、頭を優しく撫でられる。自分がこんなに大怪我をして傷口も癒えていないから相当身体に負担がかかっているはずなのに、どうしてこの人は他人の私に優しくしてくれるんだろう。わからない。わからなくて、悲しい。
私は自分のことばっかりだ。泣いてる理由がようやく分かった。何もできない自分が情けなくて、無力で、万斉さんのために何もできない自分がかわいそうで泣いているんだ。人のために泣けない自分の浅はかさに心底軽蔑する。
「万斉さん、ごめんなさい」
そうしてこうやって独りよがりに謝っているのだ。
「謝らなくていい。なまえがいてくれるだけで拙者の心は休まる」
背中を暖かくて大きな手が優しく撫でる。その暖かさにまた涙が出て、ついつい余計なことを喋ってしまうのだ。
「私、もっと強い人だったら良かった。万斉さんと一緒に、高杉さんや武市さんやまた子ちゃんみたいに、みんなを守りたい…」
「なまえは十分強い」
「そうしたら、万斉さんの代わりにこの怪我も引き受けられるのに」
「それだけは勘弁して欲しいでござる」
「ふふ、本気ですよ。私の命は万斉さんに拾われたんですから、万斉さんのために使いたいです」
「ならその命、拙者に全て捧げて死んで欲しいでござる」
向き合い直して真剣な顔の万斉さんが私の目を真っ直ぐ見る。サングラス越しじゃない目はかすかな月明かりにきらりと輝いて、私の心をすっかり奪ってしまった。
「勿論です。私は万斉さんのために死にますよ」
そういうと万斉さんは笑って私の前髪に優しく触れた。