御御御付け


女の子が色付いていく中、一人だけスカートが履けなかった。
男物のズボンを履いて通う学校が苦痛で仕方がなかった。

声の違いと、体の違いがはっきりして来た頃。
手を繋がないとトイレにも行けない女どもと同じとされるのが嫌だった。
一人で行動をすると訳の分からない言葉を浴びる場所が嫌だった。


「あんな、ところ。」

一人の男性が、玄関でうずくまった生徒と同じ視線で話をした。
「来たくないなら来なくて良い。勉強は家でだって出来る」
教師らしからぬ言葉に顔を上げた。泣くことももう出来なくなっていた顔が歪んだ。

「俺は、おれ、は、あんな、――」

涙が出ない。言葉も、次第に。
暴力が止められる世の中で、未だに生徒を殴るような、無邪気なその教師は、教師というよりお兄さんのようなものだった。

「君が男の子だと思うならそれで良い。でも見た目は女の子だから、その中で上手く生きていけるように、何か考えよう」

同じ視線で話す大人を、そういえば初めて見たな、と。
怒鳴りつける、手を上げる親と、この人は違う。
そう感じた時。男であることを初めて認められた時。皮肉にも、女であることに興味を持った。「自分はこうだ」と声を上げて生きて良いのだと知った。


――短いズボンと、ニーソックス。一年中、そんな姿の女性がいた。

「おみおつけ、好きなんですか?」

飲み会の席で出てきた味噌汁を啜っていると、そんな声が近くからかかった。

「おみおつけ?」
「あぁ、古い言葉か何かで……。ついお味噌汁のこと、おみおつけって言っちゃうんです」

へにゃりと笑う女性の髪は長く、首を傾けた時に一緒に揺れた。

「なんつーか、典型的な女性、って感じっすよね」

また味噌汁を啜って、思ったことを口にする。女性はその言葉に、ひとつ、間を置いて言葉を返した。

「――私、昔男の子だったんですよ」

とびきり小さな声で、内緒話のように。

「え、……付いてるんですか」
「あ、いえ。体は女、心が男の子だったんです」

性同一性障害。聞いたことはある。でも実際に見たことは無い。

「治るもの、なんですか、あれって」

んー、と首を傾げた女性は、やっぱりそんな過去はカケラも見えない、女性だった。

「『男の子で良いよ』って言われたら、女の子になれたんです。反抗期だったのかも。でもやっぱり、今でもスカートは履けませんよ」

パタパタと足を動かして視線を誘導させる。仕草も可愛い、完全に女性、というか、女の子。

「無理やり女の子になろうとしたので。だから言葉遣いが古かったり、格好が、年の割に幼かったり。今でも男の部分は残ってますしね」

例えば、と続けて動かした視線の先には、飲み会で騒ぐ男たちの姿。美少女ゲームの集まりの飲み会である。そんなところに何故女性が、とは思っていたが……。

「可愛いものを愛でるのが好き。女性がアクセサリーを好むみたいな話です。キラキラした女の子を見るのが好き。でもやっぱり、たまーに男性的な感情も湧きますし、女性の、集団行動は未だに理解出来ないですしねー」

生きづらい世の中ですよー、とのんびり話した女性は、俺の隣に陣取るつもりなのか、しっかり自分のグラスを持って座っていた。

「……どうしてそんな話を、俺に?」

口にグラスをつけたまま、軽く固まったのが見えた。一瞬の後、普通にアルコールを飲んで、答える。

「お兄さんなら、なーんか聞いてくれそうな気がしたので、つい」
「なーんか、ってなんすか……」

女慣れしていないのがバレないうちに自分も酔っておくべきか。悩むうちに、女性の酔いが回る。

「『男の子で良いんだよ』って言ってくれた先生に、おにーさん、そっくりなんですよ。あー、見た目とかじゃなくて、性格。やさしー感じの、んー……?」

ぼんやり考える女性は、そのうちうとうとし始めて、その後の言葉は続かなかった。
ついに俺の肩で眠った女性の寝息が聞こえて、髪の毛の匂いを感じる。中途半端にアルコールの入った頭が狂いかける。

「しっかり、女の人じゃねーか……」

この何年後か、しっかり残った男性部分の彼女を見ることは、まだ知らない。

- 6 -

*前次#


ページ: