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少しだけ、ほんのちょっぴり前世の話をするとしよう。テイク二だ。
私は前世でとある作品が大好きだった。映画もたくさん見たし、原作だって当たり前に読破していた。だがその作品は今世ではまだ発売していなかったから世間で一度も話題にだされなくてもおかしいことはないと。そう思って、信じて疑わなかった。
それがまさか、その彼らと同じ世界に産まれていた、だって? 何言ってんだ寝惚けるのも大概にしろエレナ。……と言いたいところだというのに、目の前の彼がふざけているようにも嘘をついているようにも見えない。
藪から棒に突き付けられた、あまりの事実に私が唖然と口を開いていれば、彼はなにを勘違いしたのかムッと可愛い口を突き出して眉根を寄せた。
「なんだ、笑うのか」
「え?」
「お前も僕の名前が変だって、そう思ってるんだろう」
視線を靴へと落とし、悔しそうにもごもごとそう呟く。そして小さな声で「マグルのくせに」と続けた。あちゃーこれ確定、ハリでポタな世界ですね。
コホンと咳払いをして意識を彼へと引き戻す。そういえば彼の名前は魔法界でも珍しい部類に入るんだっけ。でもあれ、元日本人的感性でいえと他国の人の名前なんてどれも珍しく感じるからなぁ……彼の名前について特になにか思ったことはないんだけど。
なんて言ったものかと考えながらスケッチブックにぐるぐると渦を描く。
「……マルフォイくん。“──”って名前、どう思う?」
「は?……よく分からないけど、別に普通だろ」
「……うん。じゃあそれと一緒だよ」
前世では散々珍しいねと言われた、自分の名前を彼に伝える。すると彼は『意味が分からない』といいたげな顔をしつつも律儀に返事を返してくれた。まあこの意図が彼に伝わることはないだろうが。案の定彼は納得がいかなそうな表情でむっつりと顔を顰めたままであった。
「そうだマルフォイくん、怪我は?」
「怪我は別にしてない、ただちょっと枝が手のひらに刺さっただけで」
「ええ、ちょっと見せて」
「は――お、おい! 気安く触るな!」
彼の両手をむんずと掴めば一拍置いたのちに暴れ出した。うっわすべすべだ……。一瞬止まってたのは何されてるかわからなかったのかな、可愛い。じたばたとして必死に私の手から逃れようとしている。でもね、ドラコくんよ。箱入り息子なおぼっちゃまの抵抗が、じゃじゃ馬田舎娘に適うとでも?ふはは、甘い、甘いぞぅ! 糖蜜ヌガーより甘い! 食べたことないけど!! そして付け加えるなら、今の私は憧れの世界に産まれた事実、また最推しに遭遇してしまった興奮によりアドレナリンがドバドバである。つまり元気百倍。興奮した馬は手のつけようがないのだ。
抵抗を無意味と悟ったのか、それとも疲れたのか。やがては彼はぐったりと手をあずけされるがままになった。全身から悲壮感が漂っている。そんなに嫌がらんでも……。ちょっと傷付いたことで冷静になってしまった。手を握ったまましょんもりと俯いていると、痺れを切らしたのか苛立たしそうな声がかかる。
「おい、傷見るんじゃないのか」
「……えっいいの?!」
「いいもなにも、お前が離さないんじゃないか……」
「えへ……じゃあ失礼して」
そういえばそうだったと笑って誤魔化せば大きなため息を吐かれた。すまんて。改めて彼の手を拝見する。子供体温でほんのりぬくいその右手の平には、三センチ程の切り傷があり微かに血を滲ませていた。これは痛かっただろう。手当してあげたいが、救急セットなんて持ってないし……。仕方ない、と鞄からハンカチを引っ張りだした。今日は一度も使ってないし汚いことはない、はず。
「おい、別に大怪我でもないんだからそんなものは必要ない」
「どっからバイ菌が入って壊死するか分からないでしょ?! 山舐めたらだめだよ!!」
「そ、そうなのか……」
面倒くさそうに口を動かすマルフォイくんに思わず鼻息荒く捲し立てる。すると気圧されたのか彼はぱちぱちと瞬きをした。うん、そうなのです。山舐めたらいかんとです。
改めて、湖の前に二人並んで腰を下ろす。微妙に距離を開けられた。しかし、かと思えば彼の方から声をかけられる。
「やっぱりお前、マグルか」
「え、う、あ……マグルって?」
いけない、普通にうんって言おうとしてしまった。すんでのところで留まり、聞き返せばマルフォイくんはふんと鼻を鳴らして「非魔法族のことだ」と教えてくれる。なんて返せばいいだろう。迷いながらも口を開く。
「……じゃあ、マルフォイくんは魔法使いなの?」
「ああ、当然だろ。僕は純血なんだから」
「純血……」
「魔法使いと魔女の夫婦から生まれた魔法族のことを純血というんだ」
そう語る彼の顔はどこか誇らしげにみえる。そこら辺はちょっと、申し訳ないけどふーん、としか。なのでそのまま素直に返したらまた不機嫌になってしまった。デリケートだなぁ……。
あ、そういえばドラコ・マルフォイってクディッチが好きなんだっけ。
「やっぱり箒に乗って空を飛んだりするの?」
「ああ、スポーツがある。クィディッチといって――」
よかった、あってたみたいだ。嬉々として語りだした彼にほっこりとした気持ちになる。一通りルールを説明してくれたあと、彼は気恥しそうに目を泳がせた。
「……ぼくは」
「うん?」
「僕は大きくなったら、クィディッチの選手になりたい」
「!」
「けど父上には魔法省の役人になるように言われているんだ。そもそもクィディッチは人口も多いし――」
「なれる、なれるよ!」
零れ落ちたそれを恥じたかのように早口で誤魔化そうとする彼を遮ってぐっと彼の方へ身体を近付ける。呆けた顔をするマルフォイくんに、やきもきとした気持ちで言葉を重ねた。
「きっとなれる! 私、応援する!」
「……」
「それで、いつか飛んでるところ見せてほしい!」
「……見たこともないくせに、なんで言い切れるんだよ」
「えっだってマルフォイくんだし……きっと上手なんだろうな、と……」
至極真っ当な意見を返され思わず吃る。咄嗟に並べた返事は出来のいいものとはいえないだろう。一人あわあわとしていれば、「変な奴」と彼は楽しそうに吹き出した。
マルフォイくんはすっと立ち上がると、こちらに手を差し伸べた。えっ紳士じゃん……好き……こわごわと手を重ねればやんわりとした力で引っ張ってくれる。
「僕は旅行で来てるんだ。ここら辺はほら、避暑地にもなってるだろ? お前は?」
「私はここのジモティーだよ」
「は?……まあいい。とにかく、涼しいだけでなんの娯楽もないのが難点だと思っていたんだが……」
彼は一旦言葉を区切ってそわそわとこちらを見つめた。なんだろう? 服の泥がそんなに気になるのだろうか? 首を傾げているとマルフォイくんは目元を赤く染め何かを言おうと大きく口を開く。が、言葉に出来ないのか数度パクパクとさせてそのまま閉じてしまった。
「ど、どうかしたの?」
「…………もういい。おいお前、次はいつ来るんだよ」
「いつでも来れるよ、近所だし」
「……なら、明日も来い。ハンカチ洗って返すから」
「別に無理して返さなくても……」
「っだから! マグルのハンカチなんていつまでも持ってられるか! いいから明日、 約束だぞ! 絶対だからな!!」
怒りで顔を真っ赤にさせたマルフォイくんは、最後に捨て台詞のように「分かったな!」と強く念押しをして、肩をいからせながら林の奥の方へと姿を消していった。
うーん、マグルと純血、思ってたより溝が深いなあ。なんにせよ、次の約束ができたのは私としては嬉しいことだ。明日はお菓子とかも持ってこよう。「マグルの作った食べ物なんて要らない」って言われたらどうしよう。
そんな心配をしつつも、明日のことを考えると足取りは軽くなった。よーし、頑張って仲良くなっちゃうぞ! そう意気込んで空にこぶしを突き上げたところで気付く。
そういえば何時に待ち合わせかとか、聞いてなかった。
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