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 ホグワーシュ、ではなくホグワーツ。ホグワーツ魔法魔術学校といえば思い付くのはあの児童文学の作品だけだ。……けど、有り得ない。信じられない思いで封筒に記された『ホグワーツ』の文字列を見つめた。そんなまさか。手の込んだ悪戯に決まってる。
 
「ちょっと、エレナ?」
「……いや、ほら。一応、見てみないと」
 
 そうは、思うのだが。
 ちょっと中身を確認してみるくらいしてもいいよね。いや別に期待してるとかそんな。有り得ないって分かった上でね、ちょっと見るだけね。困惑している母を余所に、ゆっくりと丁寧に封蝋を外していく。
 印璽のデザインは凄い凝ったものだし、封筒に印刷された蛇の鱗から獅子のたてがみ、鷲の羽根に穴熊の毛なども細かい所までしっかりと描き込まれていた。ただのインクと印刷機を使っているようにはとても思えない出来栄えだ。
 なんか見れば見るほど本物みを増してくっていうか……悪戯にしては追求されすぎたリアリティだということは確かだ。
 
 封筒の中には二枚の手紙が入っていた。一枚は『ホグワーツに入学を許可する』との旨を書かれたものだ。ミネルバ・マクゴナガルという名前で締めくくられていた。もう一枚は買い物リストのようで見慣れない文字がこれでもかと並んでいる。一通り目を通し、母と顔を見合わせた。
 
「やっぱりなにかのいたずらかしら?」
「うーん……そう、なのかも……?」
 
 微妙に思い当たる節を見つけてしまったため、歯切れの悪い曖昧な返事をこぼす。母は困ったように苦笑しながら「とりあえずパパに相談しましょうか」と言って買い物袋を肩にかけた。
 
 思い当たる節というのは当然さっきのお花乱舞事件のことだ。もしや魔法的なあれだったりするんだろうか。誰かのドッキリマジックとかではなく、私がやったことなの? しかしそれにしては、さっきの今だしさすがに手紙が届くのが早過ぎる気が……いやでもホグワーツ(というよりダンブルドア)が入学に対しての執念が半端ないことは知ってる。主にダーズリーの一家を参照で。

「(『ダーズリー』?)」

 そこではたと気付く。
 もしこの手紙が(ありえないことなんだけど)仮に本当に本物だったとしたら。
 
 私は“あの”ハリー・ポッターと同じ学年になるってこと?

「──いや、そんなまさか」
 
 

「エドガー?」
 
 リビングに入ると突然ここにはいない叔父の名を叫んだ母に首を傾げる。叔父さんがどうかしたのだろうか? 不思議に思いながらリビングを覗けば、さっきまでちょうど私が座っていた椅子にゆったりと腰掛ける叔父さんの姿があった。……うん?
 
「いつ来たの? 事前に教えてくださればちゃんとおもてなしできたのに」
「いやいや、たった今来たのさヘレン。気にしないでくれ」
 
 母は嬉しそうに抱擁しているが、おかしい。だってついさっきまで家の中にいたのは確かに父と私の二人だけだった。私が外に出てから五分も経っていない。驚く私に父はいたずらっぽく口を上げた。なんだその暗示は。
 入り口で立ち尽くしていると、私の存在に気付いたエドガー叔父さんがこちらへ大股で向かってくる。膝をついて視線を合わせると、私の両肩を優しく掴んだ。
 
「久しぶりだね、エレナ。さっき報せがきたんだ」
「報せ……?」
「入学おめでとう。そして我々の世界へようこそ」
「……えっ」
 
 予想もしなかったカミングアウトに私が言葉を失ったのは当然のことだと思う。
 
 
 
 エドガー・ワイアットは父の兄にあたる私の叔父だ。父方の祖父母は私が生まれてすぐに亡くなってしまっているから、父の最後の血縁者である。不定期に遊びに来ては色んな国のお土産を持ってきてくれる、職業不明の不思議な人だった。
 この世にこんな綺麗なものがあるのか、と感動させられたことも少なくはなかったが、つまりそれらは本当に違う世界のお土産だったというわけか。自室の引き出しに仕舞ってある品々を思い出して目が遠くなった。そりゃ非現世みを感じてしまうわけだ。

 まさかの身内に魔法使いがいたことでこの世界があの児童書の世界であり手紙が本物だとあっさり確定されてしまった。驚きすぎて言葉がでないよね。
 
「買い物は私がついていこう。ダイアゴン横丁は詳しいんだ。ああでも、今日はもう夜遅いから漏れ鍋に宿泊かな。構わないか?」
「分かった、大丈夫。それじゃあ頼むよエドガー」
「ちょっと待って、どういうこと? なんの話をしているの?」
 
 私の意思などないかのように叔父さんと父はテキパキと予定を立てていく。別に構わないけどね。だって今ダイアゴン横丁って聞こえた。漏れ鍋って聞こえた!
 黙ったままの私の代わりか、母が慌てて口を挟んだ。
 
「買い物ってなんのこと?」
「ホグワーツからの入学届けが来たんだろう?」
「なぜあなたがそのことを……もしかしてあの手紙はあなたのいたずら?」
「いいや違うさ。私が知っているのはダンブルドアからフクロウが届いたからだ」
「ダンブルドアってさっき書いてあった……」
 
 ダンブルドアからのフクロウだって? 叔父さんの人脈一体どうなってるんだろう。
 母はまだ分からないという顔をしている。当然の反応だ。対して父はいつも以上にニコニコとしていてやけに機嫌がよさそうだった。
 
「つまり、エドガーはこの手紙が本物だって、そういいたいわけ?」
「もちろんだとも! ホグワーツも魔法もあるんだよ!」
「(その言い方はよくない……)じゃあ私は魔法使いなの?」
「おお、そうだとも! そうだともエレナ!」
 
 私の問いに、叔父さんは誇らしそうに繰り返して答えた。そして「正確にいえば魔女だがね」といたずらっぽく片目を瞑りながら訂正を付け加える。
 
「なにか心当たりがあるんじゃないか?」
「……多分、庭に」
 
 心当たりと言われたらあれしかない。あまり自信はないがそれ以外は特に思い当たる事象もないので仕方なく一同を庭へと案内する。

 庭は先程までと同じ状態、つまり花々が咲き乱れたままの状態が綺麗に保たれていた。それを目にした途端、叔父さんが「なんてことだ!」と大きな声をあげる。母は叫び声を抑えるように口をパッと覆った。非現実的なその光景を映した瞳は小刻みに揺れている。
 
「綺麗だなぁ、エレナがやったのかい?」
「やったっていうか……水遣りしてたら突然咲いて」
 
 叔父さんはこの並ぶ色鮮やかな生垣に酷く狼狽しているようだった。母はこの異様な光景に空いた口が塞がらないのか、ピクリとも動かず呆然とその場に立ち尽くしている。唯一冷静なのは父だけで、のほほんと「凄いなぁ」と続けた。テンションの振り幅0か100しかないのか、ワイアット家。
 
「これは魔法界でも特別希少な植物だぞ?! それが、こんなマグルの民家に群をなして……! す、少し採取させてもらっても?!」
「あっどうぞどうぞ……」
 
 希少なんだ、へえ。すごく綺麗だから納得ではある。ただ、勢いが強すぎて怖い。瞳を爛々と輝かせ、鼻息も荒く興奮する叔父さんに私と母は若干怯えながら距離をとる。父は慣れている様子で呑気に笑っていた。そんな父に母がひそひそと小声で話し掛ける。
 
「あなた! どうして今まで教えてくれなかったのよ?!」
「だってうちの家族に魔法使いはエドガーだけだったし……言わなくても別にいいかなーって」
 
 ノリかっる。お父さんそういうとこある。
 
 叔父さんは両手いっぱいに花を抱えてほくほくとした顔をしながら庭から戻ってくる。そして杖を一振りして花を消した。母は無言で目をかっぴらいて花があった場所を凝視している。唇をきゅっと真一文字に結び、なんとも言えない顔だ。
 
「ああ、エレナも魔法界の仲間入りだなんて誇らしいよ。父さんと母さんも天国で大喜びしてるだろうな」
「九月一日まであと一週間しかない! さあ急いでロンドンに行って、」
「……待ってエドガー」
 
 顔を地面に向けたまま、母はやけに硬い声をだした。低く、小さな声だがそれでもその言葉は私達の耳へしっかりと届く。
 
「エレナを連れて行ってはダメ」
 

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