スリザリンの偏愛主義者


【ハーマイオニーをかわいがる】
※倫理観やばめな破綻系女夢主/百合/死ネタ/報われない



『スリザリンの博愛主義者』

 人間が好きと豪語する私を、人は一様にそう呼んだ。

 誰が言い始めたかは知らないけれど、もし私が冷酷非情な人間だったら『ナンセンス!』と叫んでいたわ。その言葉を聞くたびに身悶えしながら腕に走る鳥肌を見せて回っていたかもね。でもそれはもしもの話。私はそんなことしない。みんなが望んで貼ったレッテルをわざわざ剥がすなんて可哀想だもの。それに面倒くさいしね。


 私は別に博愛主義者じゃない。ただ人間『の外側』が好きなだけ。一皮剥げばおんなじ中身なのに、こんなに多種多様の見た目をしてるだなんて面白いじゃない?

「今日もかわいいわね、グレンジャー。そんなあなたが大好きよ」
「やめてちょうだい」
「不機嫌な顔もかわいいわ」

 とりわけ、かわいいものは好きだ。だって女の子ですもの。近頃のお気に入りはなんといってもハーマイオニー・グレンジャー。ふわふわした栗色の毛並みもくりっとしたつぶらな瞳も少し大きい前歯もかわいい、全部好き、全部かわいい。彼女、まるで子リスみたいよね。私、小動物も嫌いじゃないわ。うちにたくさんいるもの。ああ、彼女のことも飼ってあげたい。うちにペットはたくさんいるけれど、彼女が来てくれたら脇目も振らずに一番可愛がるのに。
 周りのスリザリン生は『穢れた』なんとかってうるさいけれど、そんなのどうでもよかった。私はただその造形が動くさまを見られればそれで満足なの。




 彼女は階段の真ん中にへたりこんでいた。啜り泣く声がする。先程ロナルド・ウィーズリーと口論しているのが聞こえたから、きっとその影響で泣いてるんだわとすぐに分かった。恋の痛みでぽろぽろと泣き崩れる彼女──きっと、いまだかつてないほどにとてもかわいいはずだ。これを逃す道理はない。

「グレンジャー」

 私はわくわくと名前を呼んだ。彼女はなかなか顔を上げなかったが、その場に留まり続ければ、やがてのろのろとした動きで億劫そうにこちらを見た。

 私はそれはもう驚いたわ。
 その表情を見た瞬間雷が落ちたの。だって彼女の泣き腫らした顔といったら、私がこれまでの人生で見たなかで一番──

「かわいくない」
「……なんですって?」
「まったくもってかわいくないわよ、グレンジャー。これっぽっちも。こんなにかわいくない人間って存在したの? びっくりしちゃったわ」
「っ余計なお世話よ!」

 グレンジャーはヒステリックに金切り声をあげて顔を怒りで歪めた。怒鳴る口から以前より小さくなった前歯が覗いている。
 怒り心頭な彼女の顔はぐしゃぐしゃの自乗みたいになってひどいものではあるけれど、ああ、そのほうがまだ幾分かマシね。そう言ってあげようと思ったのに、二の句を告げるよりも早くヒールが飛んできたのでやめた。あらぬ方向へ無様に転がったヒールを一瞥して無言でドレスを翻す。どうしてだか、拾って返すなんて親切を施してあげる気分じゃなかった。
 これじゃ博愛主義者の名が泣いてしまうわね。あら、博愛主義者って別にそういう意味ではないのだっけ? まあどうでもいい。何主義者でも構わないけど好きに泣いたらいいわ。

 でも彼女は別。あんなしょうもない男のことで泣くなんて、そんなのだめよ。あの子は泣いちゃいけなかったわ。

「あんなんじゃ、せっかくのドレスも褒めてあげられない」

 泣いてさえなければ、とってもとってもかわいかったのに。


 それ以来、グレンジャーからは侮蔑を込めた眼差しを送られるようになった。うっとりする。なんて素敵な瞳なんでしょう! ずっと見ていられるしずっと見ていてほしい。瓶詰めにして飾ってもいいかしら。きっと大事にすると約束するから。でもそれだとただのガラス玉を飾ってるのと同じことになってしまうのかしら。だめだわ、それじゃあ意味がない。なぜって私は瞳に込められた彼女の感情が──

「……あら?」






 闇の帝王なんてものに興味はなかった。
 誰かからか聞いたけれど、『人間を越えた完璧な存在』? とやらになるためにその外見をぐちゃぐちゃのごたまぜにして今に至るらしいじゃない。はああああなんて、なんてつまらない! 彼こそが真のナンセンスなんだわ! そう思わずにはいられなかった。
 私の家族は一応彼の臣下──なんていったかしら、死喰い人? とかいうこれまただっさい名称のだっさいタトゥーを彫ってる人たち──であるらしいけれど、そんなの知ったこっちゃないわ。私がつまらないといったらつまらないし、ナンセンスといったらナンセンスなの。


 そんなつまらない人間が──正確にはつまらない人間の手先の蛇が──私のいっとうお気に入りのかわいい彼女を殺そうとしている。果たして許されるかしら、そんなことって。いいえもちろん、答えは否よ。私がとる行動といったら、一つしかない。

 たとえこれで死んだとしても、それは私にとってこの上なく幸せなことだわ。

「ああ、すてきだわ……」
「あなた、どうして……!」

 血塗れの私を抱え込んでグレンジャーは苦しそうに呟いた。どうしたのかしら、怪我は負わせてないはずだけど。あの禍々しい不気味な蛇からきっちり守り抜いたと、思ったのだけれど。

 どうして? そんなの決まってるじゃない。分かりきってることだわ。

「わたし、かわいいあなたがだいすきだからよ」

 それにしても、優等生のあなたがそんな当然なことを聞くなんて! おかしくなって笑えば傷口がひどく傷んだ。流れる血すらそろそろなくなってしまいそうね。ああそう、あまり触らないほうがいいわ。せっかく守ったあなたが血で汚れてしまうのはいやよ。そう言おうとしたがちょうどそのタイミングで血を吐き出してしまって声にできなかった。離れようにももはや自身の力のみでは動けそうにない。

 震えるまつ毛を伝って、彼女の涙がぽたりと頬へ落ちた。やだ、グレンジャーの泣き顔ってかわいくないのよね……。かわいい彼女を守りたかったのに、かわいくない彼女に看取られるなんて報われないわ。可哀想な私、と思ったところで違和感を覚える。

「……? あら、あら? どうしてかしら……」
「……なに?」

 はらはらと涙を流している彼女の顔へと手を伸ばす。なにを察したのか手を握られる。そうじゃないのだけれど、まあこっちでもいいわ。冷たい指先にほんの少しだけ温かさを感じた気がした。

「あなた、とってもかわいいわね」
「っ……!」

 また涙が降ってくる。ふふ、雨みたいだわ。雨はあまり好きじゃないけれど、こんな雨なら大歓迎。もっと早くに知りたかった。今際の際に知ることのできた事実にすてきすてきと笑いたくなる。なんて幸せなんだろう。

「すてき、ね……」
「──私たち、友だちになれたはずよね」

 視界を闇が染める中、そんな言葉が聞こえた。残念ながら口を動かす力はもうない。せめて笑えば伝わるかしら? ……いいえきっとだめね。さっきから、彼女ったらなんにも分かってないようだから。


 友達なんて無理だわ。
 だってずっと言ってるじゃない。

 私、あなたのことが『大好き』なのよって。


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