恋人はブイチューバー


 パチンと飛んできたウインクに悲鳴をあげる。今絶対私に向かってやった、今絶対私見てた! あのウインク私の! はい結婚! 興奮のまま脳直でだかだかと文字を打ち込んで送信する。
『けっこんした……ふふっ、結婚もなにも、私はもうきみだけの私でしょ〜? おばかさん!』
 どらどらちゃんが鈴の転がるような声で悪戯っぽく笑うと、その花唇が綻び、チャームポイントの八重歯が覗く。その破壊力に野太く呻いて胸を抑えた。かわいいのになぜか妖艶。ちょっとえっちな幼馴染みたい。えっ幼馴染?! 幼馴染だった世界線のどらどらちゃんを想像して死んだ。うう、どらどらちゃん可愛い……。嘔吐きながら紫のペンラを力なく振る。
 私は今、ドラルクさんに「なんでもしますから!」と頼み込み、特別独占生配信をしてもらっていた。少しズルかもだが、これも恋人の特権である。個人仕様なためスパチャ機能が無効なのが残念で仕方ない。
『それじゃあ今日はここまで! またね、私の愛しい子!』
 投げキッスの仕草とともにプツリと落ちた画面を唖然と凝視する。え、なに今の……結婚したけど……? 去り際に落とされた爆弾に呆然とする。なんかもうキレそう。頭がおかしくなるくらいかわいかった。たとえ中身が二百歳越えの畏怖けべザコザコ最弱クソゲーマーおじさんだとしても、どらどらちゃんのかわいさは何者にも侵せない。完璧なかわいさ。どらどらちゃんは木の葉にて最強。暗い画面をそのままにして、暫く恍惚と余韻に浸る。扉が開いた音に息を吐いて心を落ち着け、満面の笑みを携えてそちらへと顔を向けた。
「お疲れ様です!」
「いい笑顔だこと」
 そりゃあもう。あなたのお陰で潤いまくりましたとも。そんな私とは対照的に、ドラルクさんはどこか機嫌の悪そうだ。機材を身につけていたからか、ジャケットも着ていなかった。いつもよりすっきり身軽な風貌のドラルクさんは、やや疲弊を滲ませた顔で腰に手を当てながら、「きみねえ」と私を睨んだ。
「さっきのなに?」
「さっきの?」
「いいよとかリットルとかだよ。、画面越しだからってああいうことをおいそれと言うんじゃない。本気にするぞ」
「いいですよ」
「えっ」
 別にただの伊達や酔狂で送ったメッセージじゃない。ドラルクさんはぎょっと目を剥いて途端に狼狽えだした。
「え、えっ……ほんとにいいの?」
「もちろん。だってなんでもするって約束しましたし」
 髪を片側に寄せてほらどうぞと手を広げれば、彼はおずおずとしゃがんで私を抱き竦めた。簡単に抵抗できそうな力加減だったので、私の方から腕に力を込める。うなじの辺りに少し荒い吐息を感じた。
「えー……まじ?」
「まじですってば……あっこれがほんとの赤スパ……?」
「おいやめろ、そういうこと言うの」
 緊張を和らげてあげようという気遣いだったのだが、剣のある声でぴしゃりと言われる。長い溜息のあと、首の付け根へ牙が突き立てられた。

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