即堕ち


 ゆるゆる追ってた実況者の一人がVTuberになった。V系は門外漢だし、なにより興味が無い。実況者ってなんである程度人気になったら顔出しやらV化やらするんだろと思いながら、画面をスクロールして別の人の動画をタップした――のが、つい先日の話。
『みんな〜っ! 今日もスーパー畏っ怖、よろしくねーっ!』
「スーパー畏怖ってなに……」
 ぬるぬる動く美少女にツッコミをいれつつ、カシュッとビールを開ける。ていうか声かわいいな、ボイチェンしてるんだ。へえ、思ってたよりずっとがっつり美少女願望あったんだなこの人……。なんとも言えない気持ちで炙りベーコンをつまむ。
 なんでこんな引いてるくせに視聴してるかって、たまたま配信時間に間に合ったから、という他ない。普段は時間が合わないためログばかり視聴していたので、実はリアタイというものに憧れがあったのだ。チャットに反応してるのをリアルタイムで見れるの、なんだか一体感があって楽しい。LIVE独特の空気感だ。
『よーし、じゃあ早速どらどらちゃんのちょーぜつ畏怖プレイを披露してあげるとするか。レッツ・どらどら〜!』
 ただ唯一残念な点といえば、『どらどらちゃん』状態での配信ということ。間延びしたつたない平仮名喋りが多いのはあえてなんだろうな。まだ耐えれるけど、これ以上ネカマキツッてなったら出てこ。
 なんて、考えていたのだが、配信はとても楽しかった。プレイはいつも通り畏怖かったし、素の雑な口調がまろびでて笑える場面も多々あったし、なにより『ヌーをだせ』の流れを生で体験できて面白かった。あとVTuberという現代技術に普通に感動した。今まで妙な偏見で忌避してしまっていたけど、愚かだったな……。ゲームもひと段落したので、と締めに入ってるどらどらちゃんを見ながら罪悪感を抱いた。反省と日頃の感謝を込めて画面の\マークに触れる。冒頭で述べていたスーパー畏怖とは、所謂スパチャのことらしい。六千百円で設定すると、コメ欄がマゼンタカラーに変色した。気持ち的には最高金額の赤いやつを送りたいけれど、なんとなくひよってしまった。
「あ、メッセもつけれるのか」
 どうしようかなと悩んで指が止まる。『スパ畏』。つまらないし語感が悪い、却下。『どらどらちゃん初見です、かわいい』。初見ですとか伝える必要ある? だめ。
「……いいや、【いつもありがとうございます】と」
 考えるのがめんどくさくなって、結局無難な文を入力した。みんなは【いふいふ〜】とか軽い感じで投げてるけど慣れてないのでそんなフランクにいけない。気軽にやるにはまだまだ経験値が足りなかった。もし次回があれば、その時は頑張ろう。自分でもよく分からない決意を固めながら送信ボタンを押すと、ピンクのコメントが流されて上っていく。
『……おや』
 急にお喋りをやめたどらどらちゃんはちょっと驚いて、きゅるんとした大粒の瞳が半分伏せた。視線を斜め下へと落とし、やや難しい顔でなにかを考え込む。
『んん、んー……まあいいか! ――くん!』
 唐突に呼ばれた名前に目を剥く。えっなん、あっこのアカウント本名で設定してるんだった! コメントとかもしないからと思って登録しちゃってた……焦りと後悔で心臓が跳ねたが、すぐにまあいいかとどらどらちゃんと同じ感想に落ち着く。だって別に疚しいことはないんだし。ちょっとびっくりしたけど。
『いつも見てくれてありがとう! これからもドラドラチャンネルを見て癒されてね!』
 ハートが舞い散る笑顔とフェイスラインを隠すあざといピース。そして感謝の言葉は、正真正銘、全て私だけに向けられていた。イタい勘違いオタクみたいな思考かもしれないけど、違う勘違いじゃないほんとだもんだって最初に名前呼んだし絶対私のこと見てたし。やばい、Vにハマる人の気持ちが分かってしまったかもしれない。次、次こそは、赤いコメントしよう。それでもっと喜んでもらって、たくさんお話してもらおう。

 >>back
 >>HOME