ミルクティーに蜜ひとたらし


 理由は分からないが、幼馴染の半田は私が『ロナルド様』を好きだと思っているらしい。会ったこともないのにだ。
「遅い!」
 自宅の扉横の壁に凭れていた半田の姿に肩を竦めた。「声がデカい」鞄から鍵を取り出しながらアホルドTシャツ男を窘める。
「遅くない、定時であがりました」
「お前の定時は十七時だろう。今何時だと思ってる? 四時間も経ってるぞ」
「別に残業を押し付けられたわけじゃないよ。今日は金曜日だからショッピングして、外食して帰ったの」
「待て、それは一人でか?」
 開きかけていた扉が閉じられる。扉を手で抑えた半田が顔を覗き込んできた。影が深く差し込まれた相貌に、細くなった鋭い目。いつになく厳しい剣幕の彼へ私も眉根を寄せて見返す。
「……そうだけど、それがなに?」
「いや、一人ならいい」
 半田は途端満足そうに頷いてさっさと扉を開けると、私を残して部屋の中へ入っていく。なんだその返事。ていうか私の家なんですけど。戸口で呆れていれば「なにしてる、早く入ったらどうだ」とせっつかれた。こいつほんと……。
 半田を追って部屋に入る。半田はまるで自宅かのように我が物顔でキッチンに立ち、手際よくお茶を用意していた。
「今日は非番でしょ? 貴重な休日になにしにきたの?」
「お前に会うのに特別な理由が必要なのか?」
「……さあ?」
「はっきりしない奴だな。しかしまあ、たしかに朗報は持ってきているぞ。お前の大好きなアホルドのことだ!」
 大好きなのはお前だろ。もやっとした気持ちを作ってくれたミルクティーとともに飲み下す。「聞け。あいつはな……」半田はこちらの蟠りにまったく気付かないまま訝しげに片眉を上げたが、すぐにニヤリとして声を潜めた。
「――なんと遊園地デートで照り焼きチキンを食わせてくる男なんだ!」
「ああ、あれ美味しいよね。私も好き」
「なんだと?! この運動部め!」
「そんな罵倒ある?」
「俺が焼くチキンの方が美味いしカロリーも抑えて作れる!」
「そういう話だったっけ」
「ロナルドと行きたいと言っただろう!」
「ひとっことも言ってないです」
 どうしてそうなった。必要以上に行間を読むな。うんざりしたが溜息はなんとか堪えた。かわりに「なんで急にそんなこと」をという質問を投げ掛ける。
「先日、非常に不本意ではあったがロナルドと遊園地で共同任務を行った」
「それで任務が早く終わったから残りの時間は遊んだってこと?」
「そんなわけあるか! 訳あって遊園地で女性吸血鬼をロナルドと共にデートしてもてなすことになったのだ」
「は?」
 自分で思っていたより低い声がでてしまった。半田はびくりと驚き、飲もうとしていた紅茶を口から離す。
「どうかしたか?」
「ごめん、なんでもない。それより私とも遊園地行こう、今度」
「それは構わないが……」
「よかった、次の非番はいつ?」
 狼狽しながら告げられた日付をスケジュール帳に書き込み、さらにアプリにも打ち込む。今日買った服は次に半田と出掛ける時にと思ったけど、あれだと遊園地には可愛すぎるかな。明日買いに行こう。
「ふふん、ならば当日は弁当を作ってきてやろう」
「それはいい」
「なんだと!」
「チキン食べたいもん」
「そんなの俺が作ってやる!」
「……私が作ろうか?」
 半田が切れ長の目を丸くする。彼に手料理を振る舞ったことは数える程しかなかった。
「まあ冗談だけど」
「なんなんだ!」
「だって半田の料理の方が私が作るよりずっと美味しいから」
 もし作ったら、きっと味が濃いやら彩りがやら文句をつけながら完食してくれるんだろうな。「それはまあ当然だが」釈然としないような微妙な顔つきで呟く半田へ、にっこり微笑む。
「デート楽しみだね」
「……ただ一緒に出掛けるだけだろう」
 声に動揺が滲んでいて今度は私が目を見張る。こいつが狼狽えるなんて珍しい。その珍しさに免じて、『世間ではそれをデートと言うんだよ』という追い討ちは胸の内に閉まっておこう。かわりに当日もっかいデートって言ってやろ。

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