ドラ2と恋バナ


 私は変態です。
 一度ばっさりしっかりフラれたにも拘わらず、『ドラルクさんに好い人ができるまでは!』とかぬかして往生際悪く粘り彼へ好意を押し付けている変態です。鬱陶しげにしながらも強くは拒絶しないドラルクさんの優しさにつけ込み事務所に押しかけてはダラダラと入り浸るなどの迷惑行為を繰り返す変態ストーカーです。いやさすがに盗撮とかはしてないけれど。半田じゃあるまいし、そこらへんはね。最低限の倫理というか常識は一応弁えている。つまり私は、変態であることには変わりないが、それでもそんな中途半端に分別をつけている変態なのです。
「あー……こちら、ドラルクの弟」
「ドラ2です! はじめまして、お姉さん!」
「ど、どうも……」
 だからこんないたいけな、『この世の穢れなど一片も知りません』といった風貌の少年を前にしてしまうと、普段は麻痺って沈黙しているなけなしの良心が途端に喚き出して脳内警報を喚起させだしたりしてしまうのだ。
 ドラルクさんそっくりの弟さん、ドラ2くんの溌剌とした可愛らしい挨拶に笑顔を作ろうとした口角がみっともなく震え、喉奥が引き攣る。抱えられたジョンが気遣うように鳴いてくれたが、お返事をすることもままならない。私を急に呼び出した張本人であるロナルドは、やたらと苦々しい溜息を吐きだした。
「た、たんま、ちょっと待っててくださいドラ2くん。ロナルド、ちょっと」
「うお、なに?」
 旧友のジャージを強めに引っ張り部屋の隅まで移動する。ロナルドは訝しげに眉をひそめた。なにじゃない、それこっちの台詞。
「なにあのこ」
「だからドラ公の弟さん」
「うそだ!!」
「な、なんでだよ」
「弟さんを前にしているという事実を現実だと受け入れられないから……」
「そう……」
 だからつい『うそであってほしい』という願望を叫んでしまった。
「なんで急に遊びに来たの? ていうかなんで私を呼んだの?」
「ドラこ、……2くんがど〜〜〜うしてもお前に会いたいってうるさかったから」
「なんで……?」
 ロナルドが子どもに対してうるさいとかいうの珍しいな。万物(ドラルクさんは除く)に心優しきゴリラなのに。
 いや、それよりドラ2くんだ。どうしてもって、え? うちの兄上様に変態迷惑行為を働いてる不埒な輩はてめぇかオラ、って牽制しにきたってこと? や、やめてください、あんなちったい子にそんなこと言わせてしまったら罪悪感で多分泣きます。余談だけれど、私は頻繁に訪れているというドラルクさんのお父上殿も全力をもってして避けていた。親族、無理。申し訳なさ過ぎて顔合わせらんない。え? 合わせたじゃんたった今。あ無理終わった。
「し、死のうかな、今から」
「なんで?!」
「あのぉ」
 控えめな声にひそひそ話をやめて振り返れば、困り眉のドラ2くんと視線が交わる。向けられていた純新無垢を体現したかのような輝かんばかりの相貌に、なんとなく嫌な予感がした。ドラ2くんと並ぶとジョンはいつもより大きく見えて二人合わせていつも以上にかわいいなあと、現実逃避する。
「お姉さんって、ドラルクお兄様のことが好」
「違います好きじゃないです」
「えっ」 
 こんな幼いかわいらしい子がほわほわと紡ぐ『好き』と私がクソデカ阿呆dBで喚き散らかす『好き』は余りにも色合いが異なりすぎる。こんなものを一緒にはできない、し、ましてや兄がこんな女に好意を抱かれているなんて知ったらドラ2くんにショックを与えてしまうかもしれない。トラウマものだろう。こんな小さな子にそんな経験をさせるわけにはいかない。
 なので『安心してね!』という意味で食い気味に答えたのだが、ドラ2くんはピシリと石像のように固まってしまった。瞬く間にその顔色は紙のように白くなっていく。えっなになんで私返答間違えた?! 腹切る?! と一瞬思考が死へと走ったが、至る寸前で言葉足らずだったと気が付いた。慌てて「いや、あのね!」と弁解を舌に乗せる。
「好きじゃないって言い方はちょっと語弊があったかも! お兄様のことはもちろん――ヒト? 吸血鬼? として尊敬してますし、畏怖も――畏怖……?――……も、してますし、嫌いというわけじゃないですよ! むしろとっても大事な――」
「大事な?」
「……し、知り合い?」
「なんでじゃ!」
 儚げな見た目からは考えられないほどの激しいツッコミを受け、驚きで肩が跳ねる。しかしドラ2くんは私の動揺に気付かないまま、ワッと顔を両手で覆った。うわ手ちっさかわい。いやそうじゃなくて。
「え〜んお兄様から聞いてた話と違う〜」
「え、ごめ、え、なんて聞いてたの?」
「『私のことを畏怖してやまない人間の娘がいる』」
「い、ふ……?」
「え〜ん!」
 予想していた伝聞とちょっと違くて上手く読み込みができなかった。畏怖、いふは……どうかな……うーん。劣情を催しているわけだからむしろ畏怖からは遠い気が……?
 悩みこんでいれば、ふくふくとした指の隙間からじろりと赤目で睨まれる。先程まで泣いていたはずなのにどうしてか全然濡れてないように見えた。ドラ2くんはそういう能力を持っているのだろうか。すごい。さすがドラルクさんの弟。
「あなたはお兄様を弄んでいるのですか?」
「ど、どこで覚えたのそんな言葉」
「どこでもいいでしょう」
 ツンと顔を背けられ、どうしようと助けを求めてロナルドを見遣る。「お、最新映画更新されてる」「ヌヌァヌ2」「ジョンこれ観たいの? いいよ〜!」ネットフリップスを操作しながら、ジョンとカップ焼きそばを分けっこしていた。覚えとけよお前。次の半田の計画には私も混ぜてもらおうと画策しながら銀の頭を睨みつけていれば、袖口をくい、と引かれる。「どうなんですか、ねえ」じっとりと咎めるような眼に見つめあげられ、たじろいで足を下げかけたが、袖を掴まれているため動けなかった。
「うー、あー……あの、その……私は……畏怖の念とは、また別の感情を抱いてるというか……」
「……別のって?」
「いや、え、うーん、それはちょっと、口にするのは憚られるかな〜、みたいな……」
「やっぱり一時の感情だけでお兄様の鼻面を引き回そうとしてるんだこの人間! え〜ん!」
「だからどこでそんな言葉を……あっ、でも全てを捧げたいって思ってるよ! これはある種の畏怖なのでは?」
 思い付いたこじつけ――というか事実ではあるけれど――に頬が綻ぶ。これならドラ2くんも納得してくれるのでは、と期待して彼を見た。が、当のドラ2くんは、ちいさな顔をおでこまで余さず真っ赤にして口をはくはくと動かし、信じられないという瞳で私を凝視するばかりであった。
「あ、あれ?」
「……あれ、じゃありませんよ」
 再びぷいと顔を背けられる。「この小娘」とかなんとか聞こえたような気がしたが、まあ気のせいだろう。いくらご兄弟とはいえ、ドラ2くんがそんなドラルクさんみたいなこと言うわけないしね!

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