裏切り者


 昔からゲスで泣き虫で、そのくせ生意気な、しょうがないやつだった。
「なにあれ」
 私の声を聞いて、数人のクラスメイトが気遣うように名前を呼び、息を呑む。よほどひどい顔をしていたらしい。自覚はあった。今の私の心は、『裏切られた』という失望でいっぱいだったから。
 ほんの数分前まで、モニターに映っていたのは「モテたい!」と泣き喚く情けない幼馴染の姿だった。それなのに、今のあいつは自分より大きい、意識のない瀬呂を引き摺ってゲートに辿りつこうとしていた。しっかりあのミッドナイトも行動不能にして、だ。昔の、少し前の実からは到底考えられない姿だった。
 変質した髪をもぎって投げるだけの、しょうもない個性だと思っていた。なんの役にも立ちはしないものだと、ずっと馬鹿にしていた。ヒーロー向きの個性だと持て囃されてきた私には敵うべくもないと思っていたし、本人だってそれを認めていた。
 それなのに、なに、だれ? いま私は誰を見ている? ゴールを報せるアナウンスがする。クラスメイトの歓声がいやに響いて頭の中で反響した。うるさい。
 裏切り者、いつの間にそんなヒーローになっちゃったわけ? 高校生になり、世界の一端を知った私は何度も挫折を経験した。ヒーロー向きの個性が集まるこの雄英高校で何度も心が折れそうになった。でもそんな中で、実だけはいつも馬鹿みたいに泣き言を喚き続けてて。だからあんただけはずっと私の下で、変わらないんだと、勝手に安心していた。それだけが、私の拠り所だった。裏切り者。私を置いてヒーローになんてなるな、ばか。

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