ロナ誕


 声がだせなくなった。ファッキンボケナス吸血鬼との戦闘の最中、気が逸れた一瞬の隙をつかれてしまったせいだ。
「だ、大丈夫だぜ!」
 堪えきれなかった溜息に、隣を歩くロナルドがぴくっと反応する。彼はグーにした両手を謎にぴょこぴょこ振りながら、私を元気づけようとしていた。
「ほら、俺らなんかもうしょっちゅうかかってっから! 比べてお前は催眠にかかることなんて滅多にないんだし……そう気を落とすことないぜ!」
 純粋な慰めの言葉も今の私には追い打ちにしかならなくて、余計落ち込んでしまう。いつもはかからないからこそ、こんなに凹んでいるのだ。よりにもよって、どうして今日……。
「二十四時間声出せねえってのは、まあちょっと不便そうだけど……でも変態共の催眠よか全然マシだと思うぜ」
 短時間で効果が切れる分いっそY談波のほうがよかった、なんて思ってしまうほどには、ヤケクソな気分だった。こういう時に限って無駄に長いのなんなの、キレそう。
「あ、そういえば催眠食らったとき、なんかに気ぃ取られてたみてえだけど……なんかあったのか?」
 ふと思い出したように尋ねられ、ギクリとしてしまう。言えない。零時ぴったりにアラームかけてたからそれに驚いて気を抜いてたなんて、絶対言えない。……いやだって日付変わって一番最初に言いたかったんだもん! 最初にお祝いしたかった! でもそれで本業を疎かにしてこの結果になってたら世話ないよね〜……。自身の至らなさがもたらした現状を改めて思って、胃が重く沈みこんだ。しょんぼりした気持ちで首を力なく横に振って否定すると、「お、おお、そうか」とあんまり納得していなさそうな声が返ってきた。話題を変えるために急いで携帯を取り出してメモ帳を開く。【送らせちゃってごめんね】打ち込んだ文面を見せると、彼はぱちりと瞬きをして、「やめろよ」と困ったように眉を下げた。
「謝らなくていいって。やりたくてやってるんだし。お前にもしなにかあったら、俺が嫌……アッいやあの、俺もっていうか俺『たち』な?! 決して他意はなく!」
 いきなり顔を茹で上がらせて弁解するロナルドへ笑みを向ければ、「ど、どういう笑い……」と困惑された。もうそこまで言ったなら誤魔化すなよ、ていうか誤魔化せてないよもう、っていう呆れ笑いです。息を吐いて表情を切り替える。
【でも誕生日なのに】
 本日の主役に、こんな雑用じみた真似をさせてしまった。……おめでとうも言えてないし。ていうか今日中には言えなさそうだし。諸々の気持ちを込めてごめんねと彼を見つめる。ロナルドは目を見開くと、なぜか頬をほんのりと染め、口元を控えめに綻ばせかけた。「あー……んん……」もにょもにょと唸ったかと思えば、銀の睫毛の下から、そろりと青い瞳を差し向けてくる。
「あ、ありがとな」
 なにに対するお礼なのか分からず首を傾げれば、彼はとうとうへにゃりと相合を崩した。
「おぼえててくれて」
 心底嬉しそうに告げられ、思考が停止して顎から力が抜ける。ぽかんと瞠目する私に、ロナルドは照れ臭そうに眦を落としていた。いや、おぼえてって、おま、たったそれだけでそんな幸せそうな顔をするな。まだなにもしてないのに。言葉を送ってすらいないのに。
「や、その、まだなんも言ってもらってはねえけどさ」
 ロナルドは少し言いづらそうにしながら、ちょうど私が思ったことと同じことを口にした。
「でもその、お前に覚えててもらえてたってだけで、俺はもう充分っていうか」
 緩みきって紅潮した彼の顔に、色んな感情が込み上げてきたので、唇をきつく噛み締める。む、むり、これ以上直視してたら死ぬ。私は必要以上に俯いて携帯へ顔を近付けて、荒々しく【は? 普通に忘れるわけないじゃん】と打ち込み、ふんぞり返ってロナルドに見せつけた。この妙に甘ったるい空気を霧散させたろ作戦。はい? 照れ隠しじゃないですけど? は? 別に照れてませんが? 場の主導権を握れないのが気に食わないだけなんですけど?
 しかしロナルドは画面を見た瞬間、「ぅ、わ」と、思わずといったように零し、口元を手で覆い隠す。最後に見えた顔下半分は、なぜか先程よりもさらに蕩けていた。
「そ、そっか、わけねーんだ……ふつうに……」
 ロナルドは、画面を愛おしげに見つめたまま、ありがと、とくぐもった小さな声を零した。もーやだ、この幸せの沸点低男。

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