茶番
雨の日は基本暇だ。
ギルドにて待機中であるロナルドは、しとしと灰色に霞む窓の外の街並みを、頬杖をついてぼんやり眺めていた。滝のような雨ならまだしも、こんな涙雨にさえ影響を受けるなんて、吸血鬼とはまったく不便な生き物だ。ロナルドの事務所に住み着いている吸血鬼も「なんかダルい体が辛い働きたくない」と宣いながら棺桶に寝そべってソシャゲ周回をしていた。こんなのについてこられても邪魔だし、とロナルドは吸血鬼を放置して出てきたが、いやなんか今更思い出して腹立ってきたな? 唐突に込み上げてきた苛立ちと舌打ちの衝動を堪えるために、ロナルドは手元のドリンクへと口をつけた。
「ロナルドお前、いつになってらあいつに告白すんの?」
「ボカァッグフッ」
「きったな……」
飲み物を口に含んだタイミングでの思わぬ声掛けに、ロナルドは激しく噎せ返った。ターちゃんの冷めた眼差しに刺されつつ、ロナルドは濡れたテーブルを手早く拭い、質問の主を見遣る。
「な、なに、なんですか急に」
「いや、すごい暇で」
「人の恋を暇つぶしに使わないでもらっていいですかねえ?!」
「いいからいいから」
「なにがいいんだよ!」
騒がしくしていたせいか、周りに人が――暇を持て余した退治人たちがぞろぞろと集まってくる。ロナルドが先程マリアが『アイツ』と称した女性に長年想いを寄せていることほ、ギルドの退治人たちにとっては周知の事実であった。好奇の目に囲まれ、ロナルドの頬がじわじわと赤く染まっていく。くそ、面白がってんじゃねえ、散れ!……とは、言いたくとも言えなかった。なにせロナルドは、普段からさりげなく二人きりにしてもらったり、自分では聞けないことを聞いてもらったり――例えば好きなタイプとか。背の高い人が好みらしい。サテツを越すために最近は牛乳を毎日二リットル飲んでる――と、彼らにはなにかと力になってもらっていた。
「う、や、あの……アー……そっそう! ほら、今はまだ友達としての関係性を楽しんでたいなっていうか?! 時期じゃねえかな、みたいな?!」
「へえ、日和ってるを言い換えるとそうなるんだな。流石は作家先生」
「ゴフッ」
「マリアさーん! 歯に! 衣!!」
吐血してテーブルに突っ伏したロナルドの背へ、サテツが慰めるように手をやったところで、カランカランと店の扉につけられている鈴が鳴った。大きく開け放たれた扉から、しっとりとした水気の多い空気が入り込んでくる。そんな扉口に立っていたのは、パトロールのためずっと席を外していた、今ちょうどロナルドとともに話題になっていた人物であった。
「おー、おつかれ」
マリアが手を上げて労うが、女は仁王立ちで深く俯いたまま、その場から動こうとはしなかった。よくよく見ると、華奢な体躯は微かに震えている。想い人の異様な様子に、ロナルドは目と眉の幅を狭めて腰を浮かせた。
「こ……」
「おい、なんかあっ――」
「告白されちゃった!」
直視してしまった紅潮した頬に満面の笑み、そして「それもすっごいイケメンに!」という追い討ち。立ち上がりかけていたロナルドの身体が、突然蹴り飛ばされたドラム缶のようにゴロゴロとすごい勢いで転がっていく。そのまま壁にぶつかって、今度はロナルドが動かなくなった。こく、こ、え、こくはく? だれから? おれまだしてない。え? 失恋? まだなにもしてないのに?
女はピクピクと打ち上げられた魚のように痙攣するロナルドに気が付くと、不思議そうに一瞥を送った。が、すぐに興味をなくして、「まじで美形だったんだよ」と喜色を帯びた面持ちで意気揚々とターちゃんの隣に座り、「あのね」と話し始めた。
「最近通りにできた喫茶店あるじゃん? 花屋の向かいの。あそこの店員さんなんだけど」
「あら、もしかしてあの齋〇工似のあの子?」
「そうそう。ほら、私のパトロール順路ってちょうどあの辺じゃん。で、通りかかる私の事がいつも気になってたんです、もし良ければお付き合いを前提にお友達になってくれませんか……って言われちゃった!」
「ダッなっそんな、そんな軽、つかポッと出の、お、俺は、おれのがもっと、ア、う、ぐあああ!」
BSS(僕が先に好きだったのに)に悶えて床にのたうち回るロナルドを横目に、メドキが引き攣った笑みをして身を乗り出す。
「え、え、じゃああの、え……お、オッケーしたん?」
「いや、普通に断ったけど」
「え?!」
「だって知らない人とはお付き合いできないよぉ。すっごくイケメンだったけどね〜」
カッコよかったなあと思い出して頬を染める女に、付き合ってから知っていくという道もあるのでは、とその場にいる誰もが思った。しかし視界の隅で溶けそうなほど安堵しているロナルドの手前、誰も口には出さなかった。
「……ん? なら知ってる人とはお付き合いできるってことか?」
「え?」
「いや、今の言い方だとなんかそんな感じじゃん」
ショットの言葉に女は目を瞬かせ、ぽかんとした。顎に手を当て、目を伏せて考え込む仕草をする。
「……たしかに? え、でも知ってる人……えー、んん、どうだろ……そんな状況正直あまり経験がないので自分でも判然としませんね……」
「……じゃ、試してみるか」
試すっていったいなにをどうやって。脈絡のない提案に面々が当惑する中、ショットは俊敏な動きで手を挙げた。
「エントリーナンバー一番、鉤爪の蜘蛛ショット! 好きだ、付き合ってくれ!」
「ァ?! ショットお前――」
「無理です」
「そ、即答!」
女は難しい顔で「いやなんか、全然……びっくりするほど心がマッジでときめかなかったっていうか」とろくろを回した。
「彼との未来をこれっぽっちも想像できませんでしたね」
「未来まで視野に入れた上で一刀両断されんの普通に傷付くな。はい次サテツ!」
「俺ぇ?! え、えっと……す、好きです……おれと付き合ってほしい、です……」
「……ごめんなさい。気持ちは嬉しいんだけど……」
「おい差。俺の時との差。はい次バッター!」
「おう、任せろ! 俺のホームランが月に届いたら付き合ってください!」
「何億光年先?」
メドキ、ショーカ、マリア、ターちゃんと、その場にいる者が次々と女へと想いを告げていく。最初はショットの勢いに押されているだけだったが、後半になるにつれ、ショットの企みの真意を、女を除いた全員が察し始めていた。
「やばい、シーニャの告白めちゃくちゃ揺らいだ……一番グッときてしまった……」
「齋藤〇よりも?」
「〇藤工よりも……」
もー、かわいいんだから♡ と言いながら、シーニャは女の両肩を掴んでくるりと反転させ、ロナルドの方を向かせた。きょとんとした女の顔に、ロナルドはびくりと硬直する。
「じゃ、大トリはロナルドよね」
「へ?! や、おれは……」
「おい、ここまでお膳立てされてまだグダグダ言うのかよ?」
マリアからじろりと睨まれ、ロナルドは体を縮こませた。彼女の言うことはもっともだ。だけど、でも――。
「……あー、ロナルド?」
沸々と茹だった意識でロナルドがぐるぐると思考を巡らせていれば、自身の名前を呼ぶ控えめな声が耳朶を打った。その声がどこか困ったような色をしている気がして、ロナルドはハッと顔を上げる。声音に違わずといった表情で、女は眉を下げて笑っていた。
「あの、さっきからみんながなにしたいのか分かんないんだけど……でもやりたくないならやらなくていいんだからね、ほんと」
「……おう、ありがとな」
「ううん、全然。……いやマジでなんなんだろね、この茶番」
楽しかったからいいけどさあ、とからから笑う女を前に、ロナルドは瞼を閉ざして、肺が大きく膨らむほど深く息を吸った。ひっそりと息を詰め、自身の鼓動の音だけに数秒浸り、やがて静かに吐き出す。そうして睫毛を持ち上げ、窓の外を見て「あっ」と嬉しそうに口元を綻ばせる女を見据えた。
「雨、もうすぐ止みそう――」
「好きだ」
「……えっ」
「お前が好きだ。ずっと前から好きだった。絶対幸せにするから、俺と付き合ってくれませんか」
真剣な顔付きのロナルドに、女は目を瞬かせた。流れのとおり、茶番の延長だと思われてしまうかもしれない。本気と受け取られて真面目に断られてしまうかもしれない。もはやどちらでもよかった。少なくとも、『告白をしたくないわけじゃなかった』ということが伝われば、今はそれだけで、ロナルドにとってはもう充分だった。
「……」
「……あの、――?」
「へっ?!」
けれど余りに長く続く沈黙が少しだけ焦れったくなって、ロナルドは女の名前を舌にのせる。名前を呼ばれた女は、大きく肩を跳ね上げさせた。呆然としていた女の相貌に、卒然と朱色が咲き満ちる。驚いたようにも泣きそうにも、ともすれば嬉しそうにもみえるような女の複雑な表情に、ロナルドは大きく目を見張った。
「ぅ、あ、えと……あ、の……」
女は言葉を探すのように瞳をうろうろと彷徨わせる。笑えばいいのに、断ればいいのに。女はそのどちらもせず、桃色の唇を、ただ恥ずかしげに細かく震わせていた。さっきの『告白された』と報告したときよりも鮮やかな赤色にあてられ、ロナルドのほうにも封じこんでいた羞恥が急に舞い戻ってくる。え、アレ、うそ、もしかしてもしかするのか、これ。もしかしちゃうのか、これ?!
――なんて、当人たち以外の全員が知っていたことを胸の内で考えながら、ロナルドは女が再び話し出すのをじっと固唾を飲んで、そして期待を込めて待っていた。
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