好きな人


「我が名は吸血鬼目が合った人物が好きだと思っているものになりきってしまう!」
「は?! 分かりづれえ! 家に帰れ!」
 ロナルドとカメ谷になぜかどうしてもと頼まれたので三バカの怪異ツアーに同行したら、今回の目的地である遊園地(観覧車で怪異がでるらしい)を目前にして、変態が現れた。「まあまあまあ!」声を荒らげたロナルドへ、吸血鬼は物腰柔らかに語りかけた。
「分かりづらいなんていけずなこと言わないで。じゃあほら、そこなおなごでいざ実演。そ〜れビーム!」
「えっ私?!」
 吸血鬼の指先が突然ピンク色に光る。閃光は男どもの合間を器用に潜り抜け、私へと直撃した。なんだその妙な精密さは。「大丈夫か?!」切羽詰まった様相の半田が、肩を掴んで顔を覗き込んでくる。半田、半田桃、やたらと私にちょっかいをかけてくる情緒小三公務員、の、好きなものといえば――。
「ヴェボアッァピピェアバッタラバー?!」
「なに? 滅びの呪文?」
「マジかよ半田そんなのが好きだったのかよ」
「好きなわけあるか!」
 自然と口が動き、およそ自分の声とは信じられないような奇声があがった。急に無理をさせられた喉がヒリヒリと痛む。「対象がなりきったものを『好き』と認めるまで催眠は続くよ☆」「続くよ☆ じゃねえ!」吸血鬼の愉しげな声とロナルドの怒声、それから激しく殴打したような音が聞こえた。
「ヴォエッアパッパピャー?」
「……あっこれもしかしてロナルド?」
「え、あいつの中の俺ってこんなイメージだったの……?」
「好きなわけ! あるか!!」
「セロッ?!」
 好きじゃないの?! 鬼のような剣幕と額に浮き出た分厚い血管に慌てふためく。えっ違う?! あっそうなんだ?! じゃあ、じゃあ、他は、半田の好きなもの……。
「もも、ちゃん?」
「えっ」
 恐る恐る、目の前の男の反応を伺いながら言葉を紡ぐ。白い肌にじわりと朱色が滲み上がってきたので、私はほっと胸を撫で下ろした。今度こそ正解らしい。やったぁ! というテンションのまま、意気揚々と口を開く。
「ももちゃ〜ん! まま、あっアケミ、アケミままですわよ〜! わたくしがかの有名なアケミおかあさんです」
「誰だ! いや分かるが!」
「解像度ひく〜」
 聞こえてくるカメ谷の茶々にちょっと口を尖らせる。仕方ないじゃん、だって会ったことないし。
「ももちゃん、私のこと好きわよね〜?」
「好きわよねて」
「好ッ、う、それは――それは当然……いや、しかし、ゥグ……」
 『お母さん』がどれだけ素晴らしいのかは、普段からさんざ聞かされている。だから半田がお母さん大好きっ子という認識は、間違いなはずがなかった。しかしおかしなことに半田は一向に『好き』と言おうとはしない。ギリギリと歯噛みして言葉を潰した。真っ赤な顔でただ私を睨む。金色の瞳が薄く浮かんだ水膜で煌めいており、なんなら今にも泣き出しそうな相貌になっていた。ええ、これも違うの? じゃあもうセロリくらいしか選択肢がないんだけど。セロリを表現するにはいったいなにをしたら正解なのだろうか。
「……あいつ、自分が好かれてるとはまったく思ってないんだろな。南無三、半田」
「まあ日頃の行いってやつだろうな」
 外野がなにやら言っていたが、それよりも私はセロリの威嚇行動を思い出したので、両手を上げて少しでも身体が大きく見えるように振舞ってみた。

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