青春、一回り


 千鳥柄が流行ってるらしい。
 待機室の大きなソファを広々使い、長机に放置されていた誰かの雑誌を捲ってへえ、と一人呟く。私が学生の頃も流行ってたな。流行は回るものって本当なんだ。この身をもって実感して、時の流れを感じてしみじみする。私も歳をとったものだ。正直この柄にあんまりいい思い出はないんだけど……。若かりし頃の苦い記憶に思いを馳せていれば、扉が開く音がしたため慌てて居住まいを正した。
「って、なんだ五条か」
「なんだとは随分な扱いだな」
 こんなだらしない姿、七海だったら軽蔑した眼差しを送るだろうし、伊地知ならあられもないと対応に困ってキョドるだろう。その点、五条は楽。最強だなんだいったって、私にとってのこいつは昔から変わらず、ただのムカつく同級生だから。再び身体の力を抜き、だらりと肘掛けにもたれ掛かり寝そべる。横になったまま惰性で雑誌を眺めていると、影が落ちてきた。
「あー、これ、昔も流行ってなかった?」
「よく覚えてんね」
 女性服の流行なんて興味無いものかと思ってたので意外だ。横目で見上げると、五条は「まあね」とどこか誇らしげに口端を上げた。別に褒めたわけじゃないんだけど。
「お前も着てたよね」
「一度だけ。誰かさんにはいたく不評だったけど」
「うわ、根に持ってんの? 暗いなー」
 この柄を私にとっていい思い出じゃなくした元凶はいけしゃあしゃあとしていてやっぱウザいなコイツと思った。「でたでた」とか「流行りにのるミーハー女」とか馬鹿にしてきたくせに。じっとり睨むと五条はへらへら薄ら笑いしながら「いやー」とか言って爆発した頭に手をやる。
「似合ってはいたよ? でもこれなんか目がチカチカするからさー」
「……は?」
「ん?」
「似合ってたの?」
「え、うん」
「そんなの聞いてない」
 思わず起き上がると、ソファの後ろに立っていた五条は私を見下ろしたまま下唇を少し突き出した。じっと見つめれば「そりゃ」と顔を逸らしながら小さく零す。
「言ってないからね」
「じゃあなんで今言ったの」
「……口が滑った」
 滑っちゃったんだ……。五条は恥ずかしいのか顔を背けているが、真っ赤になったうなじが丸見えだった。なんだ、似合ってると思ってたんだ。初めて好きな人と遊びに行くからって精一杯のお洒落したら、散々言われて、嫌な思い出だったんだけど。恋が冷めるとまではいかずとも、こいつの前で洒落っ気なんて一生出すまいと決めるほどトラウマだったのに。今更言われて嬉しくなってしまうくらいには、私は単純だった。
「今度どっか行こ。これ着てくから」
 浮かれた気持ちで笑えば、長い沈黙のあと「場所考えとく」といつもの飄々さがすっかり消えた、不貞腐れた声が返ってくる。いい歳した大人のくせに、二人して学生に戻ったみたいだった。

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