性癖ツイステッド


 元退治人・現変態の友人に、「気になる人がいるんだよね。人ってか吸血鬼なんだけど」と何気なく零したら、「靴下奪ってみろ。めちゃくちゃ興奮するから」と意味不明なアドバイスとともにサムズアップされた。
「ちょっなに、ぅあ……! こ、こら、返さんか!」
 ので、実践してみたわけですが。
 奪った瞬間、頽れるようにして床にへたりこんだドラルクさんを、黒い靴下片手にまじまじ見下ろす。耳が、輪郭が、指の先がと、身体の所々を絶え間なく砂と流しながらも、ドラルクさんはキッと顔を険しく歪め、気丈な態度をとって私を睨んでいた。
「いきなりどういうつもりだ……!」
 ドラルクさんは牙を剥いて、全身から怒りを迸らせる。しかしその青褪めたその顔には、気迫だけでは到底誤魔化しきれない量の冷や汗が浮き出ていた。私は背筋がぞくりと粟立つのを感じ、知らず溜まっていた唾を飲み下した。
 やばい、めちゃくちゃ興奮する……。
 苦痛のせいか喘ぐように荒い呼吸、眼窩の奥から虚ろに揺れる、今にも閉じんばかりに暗い紅。枝のような痩躯は、カタカタと止まらない震えのせいでいつもの数倍儚く見えたし、剥き出しとなった足先を守るように添えられている砂にさえドキドキと胸が高鳴った。そんな、砂なんかで覆ったってなんにもならないのに……! こんなの無駄な抵抗だと彼自身も分かっているはずだ。しかしそれ以外、身を守る術がないのだ。力が出ないから! 
 ゾクゾクと歓喜にも近い感情が、電撃のように全身を駆け巡る。その痺れるような感覚に私はハッとして、掲げていた靴下を慌てて彼へ差し出した。
「お、お返しします。急にすみませんでした」
「えっ、あ、うん」
 あかん扉を開きかけて――ていうか開いてしまった。どうしよう。自分にこんな一面があったなんて知りたくなかった。変態の助言に従ってしまったことを後悔したが、しかしもう遅い。脳裏にこびりついて離れない弱りきったドラルクさんの姿に、開けた扉はもう閉まってくれないだろうという悲しい確信があった。
「ったく、いったいなんだったのだ……どこぞの変態みたいな真似しおって……」
 たかだか靴下一枚奪われただけなのに、ドラルクさんはすっかり疲れきった様子でぶつくさボヤいていた。そんな彼を横目に、他の吸血鬼のああいう姿を見ても同じくらい興奮するのだろうかと考えてみる。へんな、野球拳、ゼンラニウム、ヴェントルー……。しおしお弱った彼らを想像して、ちょっと唸る。まあ多少はかわいーと思うけど、いやなんか、どれもそこまで……。
「おい、さっきの奇行の説明は――」
「ドラルクさん、好きです」
「ああどうも。……ウン?!」
 うん、多分ドラルクさんだけだな。
 気になってる人、が好きな人に変わった。晴れやかな気持ちで思いを告げる。あんなことをされたばかりなのに朱を宿した痩けた頬に、うわチョロいなこの人、と思った。チョロかわ。ふふ、好き。

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