タピオカナギリ


 ナギリさんとタピオカを飲みに来た。来るまでは「は? 俺は行かん」だの「おい手を離せ!」だのキャンキャン喚いていたが、店に入るなり途端に大人しくなった。目を見開き、ほんの少しだけ眉間に皺を寄せて、女性の比率が九割の店内を無言で観察している。猫なら毛が逆だっていそうだ。
「……目がチカチカする」
 呆然としたような呟きに、「席座っててもいいですよ、注文しておくので」と言うと、彼はこくんと頷いて覚束無い足取りで窓際のボックス席へと歩いていった。
「ブラックミルクティーのM、甘さ多め、氷は少なめで……あ、パール増量でお願いします」
 出来上がったドリンクを両手に持ち、窓際まで向かう。私が向かいの席に座ると、腕を組んでむっつり俯いていたナギリさんはパッと顔を上げた。
「そんな緊張せんでも
 」「は? してないが?」
「ナギリさん、普通のミルクティーでいいですよね? こっちは黒糖のなんですけど」
「知らん。なんでもいい」
 そう言うだろうなと思ってた。でも一応訊ねるポーズだけでもとっとかないと、妙な勘繰りを受けたり怪しまれたりするから。やった〜なんて嘯きながら素知らぬ顔でミルクティーの方を渡した。ナギリさんは恐る恐るといったように太いストローに口をつける。黒い物体が口に入ってきた瞬間ビクッとして、ちょっと固まった。引き結ばれた口が、もちゃもちゃとぎこちなく咀嚼して動き、やがてごくんと喉が上下する。
「どうですか、初タピオカ」
「……悪くはない」
 まあまあだなみたいな口振りに反して、黒がすぽぽぽと先程とは大違いなスピードで管を昇っていく。私はニヤニヤ笑いを誤魔化すために、自身のドリンクに口を寄せた。異変が訪れたのは、それから十五分ほどした頃。
「……これ、全然減らなくないか?」
 そりゃそう。だってナギリさんのは増量してるからな。
 とは言わず、私は白々しく「そうですか?」と順当に減っている自分の普通規格のドリンクと、渡した時と黒の量がほぼ変化していない彼のドリンクを見比べた。増量してもパッと見じゃそこまで違いが分からないのがタピオカの恐ろしいところだとしみじみ思う。やっておいてなんだが。
「タピオカって芋ですし、結構お腹にたまりますよね」
「は?! これが芋?! うそつくな」
「いやほんとほんと」
 ほら、とヌーチューブを開いて芋からタピオカを作る動画を再生する。
「ね、うそじゃないでしょ」
「……信じられん」
 見終わったスマホを置いて、私は明るくにっこりしてみせた。
「まあ飲んでればそのうちなくなりますよ!」
 普段なら当たり前だろくらい言われそうだけれど、ナギリさんは特に噛み付くことなく、ただ素直にまたストローを口に運んだ。また数個、黒がストローを昇る。けれど底で揺蕩う粒の量は変わらない。『こういうもんなのか……』という顔をしているナギリさんが面白かったのでとりあえずこっそり一枚収めておいた。次はどこに連れて行こうかな、シカゴピザとか? うーん、二人じゃそれは私も辛いかも……そうだ、次はカンタロウさんも巻き込んじゃお。

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