断髪


 髪を切った。
 うなじが余すことなく見えてしまうくらいバッサリいった私を見て、ノースディンは目を丸くさせたが、すぐに「似合ってるよ」と微笑んだ。
「しかしこれからの季節、些か寒いのではないか」
「いいんです。好きな人のためなので」
「……ほう」
 努めて澄まし顔をして、平然を装って答える。向かいの席で、ノースディンがすっと目を細めた。
「きみに想い人がいたとは、初耳だな」
「ええ、まあ、隠してたので。でもこれからは頑張ってみようかなって」
「……つまりその髪型はその人間の趣味ということか」
 私が答えるより前に、彼は意地悪く鼻を鳴らした。
「髪型を強制するような奴なのか、その男は。随分とまた狭量な男を好きになったものだな。そもそもきみはありのままで完璧だったというのに、まったく、なんと愚かな」
 こちらの意見も聞かず口早に言い切ると、彼は淹れたばかりだった紅茶を一気に飲み干した。刺々しい言葉の羅列に一瞬虚を突かれたが、内容を咀嚼して口元がニヤけそうになる。それをなんとか堪えながら、私は「実は」と切り出した。
「こんなに短くしたの初めてだから、ちょっと緊張してたんです」
 けれどうなじを綺麗に見せたいんです、と美容師さんに伝えたら、これが一番だと言われたから。
 続けてそう口にすると、不機嫌そうだった氷の顔が疑問で少し和らぐ。
「うなじ」
「ええ。吸血鬼なので、やっぱりうなじが好きかなと。ノースディン、好きですよね?」
「…………いや、私は……」
 視線を逸らさず、じっと見つめる。僅かに見開かれた切れ長の瞳が、動揺で細かく揺れていた。その反応に満足して、私は今度こそ頬を緩めた。
「なにあれ、ノースディンに似合ってるって言ってもらえたので、とりあえずひと安心です。あなたの反応だけが気掛かりだったので」
「……そうか」
 一拍挟んでから、ノースディンは何事も無かったような素振りで、ティーカップを傾けた――先程空にしたばかりのティーカップを。

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