初夢


 ロナルドの夢を見た。内容は夢らしくしっちゃかめっちゃかで訳分からんものだったし、もう半分以上朧気だ。けれど、とにかく黒インナー姿のロナルドが元気に笑っていたことだけはたしかだった。初夢で好きな人の夢を見れるなんて、今年はいい一年になるに違いない!
「ぴちぴちインナー越しの腹筋! よよいのよい!」
 なんて、そうは変態どもが卸させてくれなかった。Y談を叫びながら、ニタニタ笑っている黄色とジャンハゲをまとめてグーで殴り飛ばす。なんでこうなるんだ勘弁してくれよ新年だぞ。壁に凭れて重たい溜息を吐く。える、しっているか。退治人にやすみはない。
「おーい!」
 重なって伸びてる変態二人をふん縛り、VRCが来るのを待っていると、聞き覚えのある声が聞こえてくる。駆け寄ってくる人影がロナルドであることに気付いた私は、慌ててスマホを取り出した。適当な文を打ってY談催眠が解けていることをしっかり確認してから、ロナルドへ向けて笑顔を作る。
「あけおめロナルド」
「おう、あけおめ。今年もよろしくな。……で、新年早々、お疲れ様です……」
「はい……」
「VRCは?」
「もう呼んだ。でもほら、捕まえたのコイツらだから、しばらく来ないと思う」
 連絡した時はヨモツザカも喜んでいたが、捕らえた吸血鬼がY談と野球拳の常習犯どもと分かった瞬間『もうすぐ蕎麦が来るから食べ終わったら迎えを回す』と言って速攻電話を切られた。せめて来てから回すとか言え。
 事情を話すとロナルドはすぐに納得して、気の毒げな顔をした。
「……あっじゃあちょっと待っててくれよ!」
 ロナルドはそう言って姿を消したが、すぐに戻ってきた。その手にはココアの缶が二本収まっている。
「ん、ほら」
 差し出された一本を驚きながら受け取れば、悴んでいた指先へ、じわじわと熱が移ってくる。
「このままここで待つのは寒いだろ」
「え、ありがと! ゴチでーす」
「おう」
 カシュ、とプルタブが開いた音がする。ふわりと甘い香りをした蒸気が隣から漂ってきた。隣で缶を傾けるロナルドを、こっそり窺う。……うわー、一緒に待っててくれる感じ? このくそ寒いのに? そういうとこ、そういうとこほんと好き……。
 嬉しさが込み上げてきて、なんだか笑いだしたくなる。誤魔化すために両の手のひらを細い缶の側面にぎゅうと押し付けた。アッツ。ていうか缶のココア久しぶりだな。自販機のココアってなんか妙にクセになる味するよね。絶妙な薄さだけどしっかり甘い感じとか……。たまに飲みたくなる。
「缶のココアって妙に美味いよなーたまに飲みたくなる」
「ね、分かる」
 やった、同じこと考えてる。うれしい。些細なことだし、わりとみんな思ってそうなことだけど、それでもちょっと、もう堪えきれなくて口角を上げてしまった。ニヤついてるのがバレないように、少しだけ顎を引いておく。
「……あ、そういえばさ。初夢見た?」
「見た!」
 手の中で缶を転がしながら話を振る。表情から察するに、余程いい夢だったみたいだ。なんだろ、富士のてっぺんで鷹がナスつついてたとか? さすがにこれはテンプレすぎるか。……まさか巨乳に挟まれたとかか?
「アニキが怪獣と光線の撃ち合いしてたぜ!!」
「さよか」
 よかった〜、変な夢見てなくて。「こうやってさ――こう!」腕を使ってビームを再現する無邪気な様子に、こっそり胸を撫で下ろす。
「最終的にはもちろんアニキが勝ったけど、ゴジ〇の方もなかなか手強くてさ……まあでもアニキの勝利! 連れ去られた姫も無事奪還!」
「姫?」
 急にRPGみたいな世界観じゃん。私が聞き返すと、ロナルドは「ああ!」とニッカリ笑った。
「なんか、こう、重そうなドレス着てて、でもふわふわヒラヒラしててさ……すっげー可愛かったなあ……」
「…………へえ」
 あっそう、ふぅん。先程抱いた微笑ましさも一瞬で消えた。すっと気持ちが冷えていき、目からも力が抜け、眼光も鋭くなる。けれどロナルドは夢のオヒメサマとやらを思い出して浮かれているのか、やたら蕩けた顔をしたままだ。はにかむ横顔に、ますます苛立ちが煽られる。
「とっても素敵な夢だったみたいだねー」
「おう!」
 私の嫌味にも気付かず、ロナルドは歯を見せて屈託なく笑った。
「お前、ああいう服も似合うんだな。衣装のイメージが強いから新鮮だったぜ。それに初夢で会えたのも嬉しかったし」
「……うん?」
「ん?」
「あ、いえ、なんでも……」
 どうした? と小首を傾げられたので、あれ、私がおかしいのか? という気持ちにさせられた。ボソボソ答えてから、ちょっと缶に視線を落とす。……いや待てなんかおかしいだろ。
「あの、あの……」
「なんだよ?」
「……なんでもないです」
 あれ? やっぱり私がおかしいのか?
 問い詰めてやるという気持ちで顔を上げたのに、当のロナルドはすごく平然としていたため、そんな闘志もすぐに萎んでしまった。もう一度俯いて、缶を睨む作業を再開する。そうして私は、すんなり飲み込むことが出来なさすぎるロナルドの言葉を悶々と反芻した。
 だって、だってお前って。かわいいって。嬉しいって! あの問題発言たち、結局どう捉えればいいわけ? かわいいとか言ってたけど全然照れとかなかったのはなに? いくら友達だとしても異性相手に素面でかわいいって言えるほど女慣れした奴じゃないでしょ。ということは私って、もう逆に脈ナシってこと? さっきのはペット的かわいいの意なのか? そもそも姫ってなんだよ。アニキさんによって助けられる立場の姫ってことは、ロナルドはアニキさんと私がお似合いだと思ってるってこと? つまりやはり脈ナシなのか??
「そうだ、お前はなんか夢見た?」
「見ましたけど……」
「へえ。いい夢だったか?」
「うん、まあ……」
 えー、何事も無かったかのように会話を続けようとしてるこの人……。うそでしょ……。ロナルドは自分がどれだけ爆弾発言したか自覚ないらしい。でも私の方は普通にそうもいかなくて、困惑から抜け出せないままぼんやり返事をしていく。
「へえ、富士? ジョン?」
「いや、ロナルドが出てきた……」
「ど、どういうこと? 夢の俺はなにしてたの……?」
「笑ってただけだけど」
「それのどこがいい夢なんだ……」
 俺が笑ってるだけ……? と戸惑う声がする。そう、私の初夢は、ロナルドが笑ってただけの夢だった。それを思い出したら、頭に渦巻いていた混乱が一瞬だけ解け、自然と口元が綻んだ。
「好きな人が笑ってたらいい夢でしょ」
「……うん?」
「ん?」
「あ、いえ、なんでも…………えっ?」
 いやそれより結局私ってロナルドにとっていったい……。かわいいとは……。姫とは……。うれしいとは……?!
「あの、あの……!」
「ごめん、今忙しいから……」
「ええ……」
 ロナルドがなにか話したそうだったが、いや悪いけど誰かさんのせいで今まともに会話する余裕とかないんで……。
 そんなわけで、私はVRCの迎えが来るまで、延々と哲学をする羽目になったのだった。新年早々なんでなんだ。

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