罵倒


「罵ってほしい」
「……はい?」
「罵って」
「はい?」
「っつけーな罵れって言ってんだよいい加減にしろクソジャリ」
 聞こえてたはずなのに聞き返されたので同じ台詞を繰り返す羽目になった。二度も言わされたんだから絶対に罵って貰わなきゃ割に合わない。当のロナルドはひんひん泣きながら「罵りたいではなく……?」とか言っている。違うっつってんだろなに聞いてたんだ捨てちまえそんな耳。
「絶対ウソ……この人罵られたいとかミリも思ってない……絶対逆……」
「いつもドラルクにやってるみたいにしてほしい。砂にしてくれれば最高なんだけど」
「無茶言うな!」
 わかってる、うっかり本音が零れただけで、私もそこまでは求めてない。高望みなのは重々承知している。殴る蹴るくらいはしてくれないかしらと思うけど、まあそれはさすがに嫌だろう。
「だから罵るだけでいいの。さっさとしろ」
「ええ……えと、あー、ば、いや、おバカさん、やーいやーい……あの、あれ……おアホ……」
「ダボハゼがよ」
「ダボハゼ?!」
「罵倒を丁寧にしてどうすんだなにカマトトぶってんだよふざけてんじゃねえぞちゃんとやれやそんなんだからモテねえんだよ作家先生の語彙どこに落としてきたんだヴァミマか? フクマさん呼んでオータム社総出で捜索するか?」
「ウェエエエエン!」
 ロナルドはびゃあああと立ったまま泣き出した。うっうっとしゃくりあげる合間に「でも、だって」となにか言おうとしている。
「たとえウソでも、スッ、すす、す、すす……好きな、子……を、罵りたくないっていうか」
「……本人の望みでも?」
「ウン……」
 この人は私のことをとてもとても大切に扱う。それが嬉しくてこそばゆくて、ほんの少しだけ不満だった。だから対ドラルク時のように罵ってもらい、遠慮を捨てさせ、もっと深い仲になりたかったのだ。しかし本人は嫌がって泣いてしまってるし。仕方ない。私はロナルドの顔を両手で包み、視線を合わせた。その瞳は涙のせいで普段よりキラキラしていて、まるで本物の宝石のみたいだった。ロナルドは泣きすぎで赤くなった顔のまま、スンと鼻を啜り、捨てられた子犬のような眼差しで見つめてくる。私がふ、と微笑むと、その情けない顔にパアッと花が咲いた。
「クソ童貞」
「ウェエエエン!」
 そこで泣くしかしないからいつまで経っても五歳児なんだ。同じ癇癪を起こすにしても、『お前で卒業してやる』くらい言えばいいのに。無理か。

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