酔っ払いに翻弄される


 気になってる人がいる。最近ギルドによく遊びに来る人で、いつも優しくて、笑顔がかわいくて、それで、毎回俺の隣に座りに来てくれる、そんな年上のお姉さんだった。
「あなた、ほーんとロナルドのことがお気に入りねえ」
「えへへ〜そうなの!」
 その日、彼女はいつになく酔っていた。バーに来ているのだから普段も飲酒はしていたけれど、けれどいつも以上にふわふわしていて、頬をぽやぽやと赤くしていた。
 彼女はシーニャの言葉をゆる〜い口調で肯定して、へにゃりと笑った。お、お気に入り。ロナルドのことが。えへへそうなの。盗み聞き――隣でされてる会話だから許してほしい――した会話を、内心でまるっと復唱する。い、いやまあ? 正直? 薄々そうなんじゃないかな、なんて思ってたんだけど。だ、だって会う度に俺の隣にくるとか――な? なんかその、そんな嫌われてはないんじゃね、とか。好感度とか、結構、なんかそこそこ悪くはないんじゃ……ね?! みたいな。
 でも改めて断言されると、やっぱこう、くるものがあるというか。口元がニヤケそうになるのを、歯を噛み締めて必死で耐える。気になってる人にそう言ってもらえて、嬉しくないわけがない。あとご機嫌でふわふわしてるのも、すげえかわいいし。
「よかったわねぇ、ロナルド?」
「いや、まあ……」
 内心で浮かれまくってるのを頑張って隠し、カッコつけてちびりとウイスキーグラス(に入った麦茶)を傾ける。
「ロナルドさ〜ん」
「ピギャッ」
 とか調子に乗ったことをしていたら、彼女が突然こちらへしな垂れ掛かってきたので、自分の喉から甲高い鳴き声が飛び出した。間近からの潤んだ上目遣いの破壊力に、ごきゅりと喉がなる。
「んふ、ふ、あはっ! ロナルドさん、かーわい。すき」
「ヘエッ?!?!!!」
 裏返った叫びと大袈裟に跳ねた身体に、寄りかかっていた彼女が「うるさーい」とクスクス笑いながら離れる。
「どーしたの、ロナルドさん」
「どうっ、いやっ、えっ今、すっ、すす、す……?!」
「なあに?」
 緩く微笑みながら彼女はこてんと首を傾げた。ウワめちゃめちゃかわいい。じゃなくて。
「や、だっだから……い、いま……」
「うん」
「ス、す……すき…………て、言っ……」
「すき?」
 たしかにそう聞いたはずだけど、もしかしたら幻聴とか、都合のいい聞き間違いだったのかもしれない。そんな思いで、言葉尻が情けなく途絶えていく。自信がなくて小声になった部分を、彼女はきょとんとした無垢な顔で繰り返した。ぱちりと瞬きをして、やがてふはっと吹き出す。
「ええ? 私が? ロナルドさんを? 好きって? あははっやだァ! 言ってないよぉ、そんなこと!」
「えっええ……?」
 彼女は鈴を転がしたように軽やかな笑い声をコロコロと楽しげに弾けさせた。言ってな、いや言っ、えっあれ、言ってないんだっけ……? グルグル混乱する俺を置いてしばらく笑った彼女は、やがてふうと息を吐いた。
「私じゃなくて、ロナルドさんじゃない?」
「え?」
「だから、ロナルドさんが私をすきなんじゃない?」
「えっ?!」
 酔いで赤い頬をした彼女がいたずらっぽく覗き込んでくるので、いきなり距離がぐっと近くなった。彼女はもう相当お酒を飲んでいるはずで、事実グラスを空にした所をもう何度も見た。それなのに酒臭さはなぜか全然しない。鼻腔を擽るのは女性特有の甘い香りだけだった。この人はそう、いつも、いつだっていい匂いがする。花の香りでも、クッキーの香りでもない、不思議な甘い香りが。
「ふふ、そう、きっとそうだ。ね、そうでしょ?」
「そ、う?」
「うん」
 切れ切れで返す俺へ、彼女は満足気に艶やかな唇を綻ばせた。首元にしなやかな腕をするりと回され、鼻先同士が触れ合う。ヒ、と喉奥が引き攣ったのを最後に、気道がきゅうっと狭まり、呼吸が詰まった。
「ロナルドさん、私のこと、すきでしょ?」
「は……」
 ばくんという心臓の音が、全身に轟く。すぐ目の前で、チョコレート色の瞳がとろりと垂れた。
「ね、すきっていって」
 どうしてこんなことになっているのか。自分がいまどうなっているのか。もう全く分からなかった。この時の俺は、『声を出したら、自分の息が彼女にかかってしまう』ということと、『けれど請われてるんだから、言ってさしあげなくては』という二点にしか頭が回っていなかったから。
「す、すき……」
 とにかく茹だった頭で悩んだ結果、蚊の鳴くような声をなんとか絞り出す。そんなみっともない返事でも、彼女は「やったあ」と、今まで見た中で、一番嬉しそうに、かわいらしく笑ってくれた。
「私も好きだよ、ロナルドさん」
「ミッ」

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